ついに故郷へ 1
ジェンキンズ大統領以下オルダヤへの訪問団はヒカルゴでの二日間に首脳会談のほか、さまざまな会議を行いました。ハットたちも短い時間でしたがジェンキンズ大統領との会談がセッティングされ、オルダヤの今後について話し合われたようです。
話し合うと言ってもハットたちはあくまでSNSでの発信が主任務ですから、実際にはジェンキンズ大統領の考えを一方的に聞くだけだったようです。知り得た情報の中で、公開しても差支えのない事柄をどんどん発信していくというスタンスに変わりはありませんから。
オルダヤへ旅立つ日の朝。
当初は車で二五〇キロほどを移動することになっていましたが、警備の関係者がかなり増えたことから飛行機による移動に切り替えられ、アストル国の訪問団は政府専用機で、ヒカルゴの訪問団は民間航空会社のチャーター機でオルダヤへ向かいます。
オルダヤへの訪問を口外しないようにアストル側から釘を刺されているので、それ以外の事柄で公開の許可が出たことを随時いつもと同じように発信し、オルダヤへ向かう日の朝も変わりなく発信していた。ただ実際にはアストルやヒカルゴの訪問団を受け入れるオルダヤ側は当然として、チカリヤだけではなく様々な国の諜報機関は今回の訪問を事前にキャッチしています。
各国の行動を把握できない諜報機関はその存在価値はありませんし、その情報を諜報機関が漏らさないからメディア側が知らないだけ。ジェンキンズ大統領がオルダヤに到着してからその事実を知り、電撃訪問といった見出しが今日の夕方までには世界中に飛び交うことになるでしょう。
飛行場への移動の車の中でもSNSの更新を続け、特にチカリヤの危険性について世界中に発信を続けた。特にチカリヤからの借款とチカリヤによるインフラ整備について注意を促し、最終的にお金を返せないことを見こんでの借款とインフラ整備であり、引き換えに国が乗っ取られるだけである断罪するなど、いつもにも増して厳しい言葉を綴っていった。
これからオルダヤへ向かうが、チカリヤはどのような妨害工作を仕掛けてきて、どのように自分たちを抹殺しようと企んでいるのだろうか。そんな恐怖や怒りが入り混じった状態に心が追い込まれているから、いつもより厳しい言葉で発信してしまうのだろう。そしてこれから向かうオルダヤへの警告の気持ちも込められているのだろう。
オルダヤの空港に着き、飛行機から降りたハットたち。
ペトは空気を胸いっぱいに思いっきり吸い込み、帰ってきたんだと実感したようです。
ブルは辺りを見渡してから雲一つないオルダヤの四月の空を見上げ、本当に小声で何かを呟いた。
ハットは二人とは違って緊張の面持ちを見せている。今回オルダヤにやってきたのは帰郷でもなければ観光旅行でもない。これからのオルダヤの行方を決めるために国民に呼びかける大役が待ち受けているのです。さらに洗浄党やチカリヤなど、ハットたちを全く良く思っていない政党や支持する人たち、そして国も存在しているのだからいつ命が狙われるのかもしれない。
「ハット、大統領がもうすべてをSNSで発信しても良いって言ってるわよ」
やや遠くを見つめていたハットの横にパガーノ大統領の秘書がやってきて、オルダヤ訪問の事実を発信しても良いと言われた。
軽く頷いた後、迎えに来ている車に乗り込むと、あらかじめ用意していた文面に何カ所か修正を加え、スマホでSNSに発信したハット。
〝たった今、僕たちは故郷オルダヤへ帰ってきた。嬉しさよりも緊張感が勝っている。あまり長くはない滞在期間になると思うけど、できるだけ多くのオルダヤの人たちと話がしたい。輝く未来が待つオルダヤのために〟
そう発信した後ハットはスマホの電源を切り、オルダヤの街並みを車の中から見るともなく見ていた。
今回の訪問団には二国の大統領がいるため、通常は官邸や迎賓館など海外の要人を接待する国の施設が使われることが多いが、オルダヤの官邸はマンションの一部を借りて入居している状態だし、昔はあった迎賓館も今はない。オルダヤ政府がホテルを全館貸切って会談や食事、宿泊に充てるようです。ただこのホテルはチカリヤ資本で作られ、今の支配人は洗浄党の幹部らしいのですが、以前はチカリヤからの移民だったとか。今のところはチカリヤの進出は食い止められているというか、正式合意前のために洗浄党・オルダヤ政府が経営しているホテルのようです。
部屋は一人に一室が用意され、ハットたち三人はかなり狭い昔のビジネスホテルのような部屋を案内された。
〝僕たちは招かれざる客だから、ベッドがあるだけマシだろうって感じなのかな〟
これが部屋に入ったハットの最初の感想です。
ホテルですから各部屋には電話が備えられていますがこの電話は使わず、アストルの警備隊から配布されたスマホでテキストメッセージ(SMS)で連絡を取り合うようにと忠告されていました。なので音声通話もダメということです。いちいちテキストを入力して連絡を取り合うのはさすがに面倒で、ブルが部屋に備え付けの電話で掛けてきました。
「ハット、今俺の部屋にブルも来ているんだ。ハットもこっちへ来て〝仕事〟をしようぜ。それはいいけど、この部屋の冷蔵庫には何も入っていないんだな。ペットボトルのミネラルウォーターくらいは入っているのだと思ったのになあ」
「ブル、電話はマズいんじゃない?」
ハットはそれだけを言うと電話を切り、配布されたスマホでペトとブルにメッセージを送った。
〝荷物を片付けたらそちらの部屋へ行くよ〟
いつも〝仕事〟で使っているパソコンと私物のスマホを小さなカバンに入れ、配布されたスマホはポケットに入れてハットは部屋を出た。部屋に残されているのはスーツケースに入った着替えや洗面用具だけ。何となくそれ以外の物は常に肌身離さず持っているほうが良いと思ったからです。
ハットがブルの部屋のドアをノックすると、
「ハットか! 本当に電話はマズかったよ……」
そう言いながらブルが飛び出してきた。片手にミネラルウォーターのペットボトルを持って。
「ついさっきもドアをノックされて、ハットだと思ってドアを開けたらこのホテルの従業員なんだけど、このペットボトルでよろしいですかって差し出されたんだぜ」
「私も迂闊だったよ、スマホを渡されているのに……。ここの電話は盗聴されているのかな?」
ハットは黙ったまま配布されたスマホにメッセージを入力し、二人に送信した。
〝この電話なのか、それとも部屋のどこかに盗聴器が仕込まれているか。声に出すのも控えるほうが良いかも〟
ブルはやや楽観的な捉え方をしていたけど、ハットからのメッセージを見て顔色がさっと変わった。それだけハットたち三人に対する警戒心は異常に高く、少しでもおかしな発言があれば捕まえるぞと宣言されているようなのだから。これが洗浄党が支配するオルダヤの真の姿です。
続いてハットは、
〝荷物も着替えや洗面用具以外は肌身離さず持ち歩くほうが良いと思います〟
〝できるだけ同じ部屋にいるようにしましょう〟
〝一人でいる時間を極力なくしましょう〟
と続けざまに二人にメッセージを送り、
〝部屋の電話なのか、盗聴器が仕込まれているのかはわかりませんが、洗浄党側に話がすべて筒抜けになっています〟
パガーノ大統領やアストルのリリック分析官にもメッセージを送った。
〝オルダヤもそんな国になってしまったのね。チカリヤやその支援国へ行くと同じことが必ず起きるのよ。パガーノがよく嘆いていたわよ〟
パガーノ大統領は打ち合わせの最中なので返信は来なかったが、リリック分析官はすぐに返信してきた。
その文面を見てハットは、
〝チカリヤやその支援国ではこういうことは普通に起きるらしいよ〟
ペトとブルにメッセージを送り、その文面を見たペトはハットに返信してきたが、ブルは怒りが頂点に達したのか、
「洗浄党の連中め! オルダヤをチカリヤみたいな国と同じレベルにまで落としやがって! それは顧問のトクル・カストやイムロ・マカイの仕業か! それとも党首のヒロム・ヨウラか! 黒幕のヘム・タテハナも何があっても許さねーぞ!」
大声で洗浄党の首脳陣たちの名前を挙げながら罵ると、三分もしないうちにオルダヤの警察官たちが部屋にやってきて、
「今回だけは見逃すが、同じような発言を繰り返せば次はその場で銃殺にするぞ!」
やはりハットたちの会話をすべて盗み聞きするために、部屋のどこかに盗聴器が仕掛けられているようでした。




