舞い戻って 14
顔を真っ赤にして下を向く三人に対してジェンキンズ大統領は、
「ハット、ペト、ブル。その場でいいから立ってくれるか」
そう言うとジェンキンズ大統領はハットたちのテーブルから離れ、再び登壇してマイクを握った。
「もう一度言う、彼たち三人の顔をよく覚えておけ。今回のオルダヤ訪問団の団長は彼たちだ。それとこれはヒカルゴ政府に言っておくが、地位に関係なく重要な人物はレセプションでは前方に席を用意してくれ、私は探すのが大変だったぞ」
ここからジェンキンズ大統領の独演会状態になっていく。
世の中には様々なメディアがあり、テレビでも新聞でも雑誌でもネットニュースでも皆そうだが、一部分だけを切り取って自社メディの論調に沿った記事に仕立てたものしか出しはしない。中には自社の論調にそぐわない重大な事実をすべて捨て去り、世間の目に触れさせないような記事を配信するが、そのことを報道しない自由だと平然とのたまう。
その反面SNSには事実を包み隠さず発信するアカウントもあり、彼たちによる発信はそのよい例だ。彼たちは世間の人を誘導するつもりで発信しているわけではなく、事実をまとめて淡々と発信しており私はその点を高く評価するし、だからこそ世界中で彼たちの発信を首を長くして待つ人も多いわけだ。結果的にこのヒカルゴでも人々はパガーノ大統領誕生という良い選択をすることができた。
そんな彼たちと私はある取引を実行中だ。ヒカルゴをオルダヤのような国にしないように。これはほぼ取引は完了した。オルダヤを昔のようにアストルとの同盟国として再建してほしい、同時に洗浄党を壊滅に追い込んでほしい。これが今回のミッションとなる。そしてチカリヤの傍若無人ぶりを止めてほしい。さすがにこれは難しいが、彼らはSNSによって多少は抑止に成功しているように私の目には映る。
唯一彼たちに注文を付けたい点がある。リーダーのハットはもっと前に出るべきだ。この夕食会だってハットは我々をもっと前のテーブルに座らせろと言うべきだったし、私に対しても着実に成果を挙げているのだから約束通り対価を寄こせと言うべきだ。ハットの良い点かもしれないが、残念な点だ。ペトは落ち着いて冷静に判断できる人間だし、ブルは腕力を使って突破しようとする。三人はバランスが取れたよいコンビだ。
でも日頃は一歩下がった位置にいるハットだが、実はこの三人の中では最も戦闘的でもある。意外と二人は安全志向が強いのだが、ハットは強行突破も辞さない人物だ。だからシルバーピークに移ったり、ヒカルゴに戻ってきたりしているわけだ。私はハットの行動力を買うし、これからもそれを忘れずに突き進んでもらいたい。そのための協力ならば惜しまずにさせてもらう。
要約するとこのようなことを話し続けたおかげで、せっかく豪華な食事が用意された夕食会なのに、ジェンキンズ大統領の独演会とあっては誰も食事もお酒も楽しむことができなかった。でも意外と誰も苛立つようなことはなく、ジェンキンズ大統領が降壇すると会場内の全員が立ち上がってハットたちに拍手を送った。
「おい、ペト、ハット、何だか大層な話になってきたな。俺たちが団長って、そんなもの大統領がするものだろ」
「私もそう思うよ。私たちなんてSNSで発信しているだけの、言ってみれば宣伝マンだろ。実際に交渉して実績を上げるのは政治家の仕事だし、今回のオルダヤ訪問だって、私たちは速報をSNSで流せばそれでいいと思っていたのだけど……」
「でもパガーノ大統領に最初にオルダヤ行きの話を聞いた時、多くの国民の前で洗浄党やチカリヤの言い分に耳を傾けるなと叫ぶと言ったら、要約して言えばそういうことだって言われたし、僕たちは民衆の前で事実を告げると言うのがメインの仕事だと思うけど……」
「ハットは確かにそんな話をしていたよね。大統領や高官が交渉を行っている間に私たちは演説をするの? すぐに逮捕されそうだけど大丈夫なのかな。今度はガルドラ刑務所へも行けずにその場で……」
ペトの心配はもっともで、パガーノ大統領がいくらオルダヤに対して強く言ったところで何らかの犯罪、例えば民衆を扇動したとか何か理由を付ければ簡単に現行犯で逮捕できるから、下手に演説なんてやると本当に命の危機に襲われるかもしれない。
命がけの演説をして国民の心をもっと洗浄党から離れさせないと、オルダヤの未来が暗いものになるのは十分承知しているが、さすがに怖い。それで三人でああでもない、こうでもないと話をしていると、
「大丈夫よ、アストルもヒカルゴからもあなたたちを警護する要員を出すから。そのために今回の訪問団の人数が倍以上に膨らんじゃったけどね」
笑顔でハットたちのテーブルにやってきた、アストルの国家安全保障庁分析官のギブソン・リリックが話し掛けてきた。
「私たちの警護のために訪問団の人数が倍以上に?」
「そうよ、ペト。アストルは真剣にあなたたちの活躍に期待しているのよ。民衆に直接話し掛け、そして国民自らが立ち上がって国を変えていく。その道標をあなたたちがオルダヤに築いていくのよ」
「リリックさん、それでも僕たちを警護するだけで訪問団が倍以上に膨れ上がるっておかしいですよね。五、六人もいれば大丈夫だと思うけど」
「ハット、オルダヤの洗浄党はチカリヤと秘密裏に話し合いが進行していてね……」
リリックによるとチカリヤ側はオルダヤ・洗浄党に対して無利子の借款を供与し、他国との貿易が完全に行き詰っているオルダヤを救うと表明し、チカリヤが国を挙げて港湾施設や飛行場の整備や鉄道の建設のほか国内各地の開発を行い、チカリヤ陣営の各国との貿易を推進すると提案。その代わりに国外へ追放されたチカリヤ人を元通りに受け入れることを望んでいるという。
実はこの借款がクセモノで、オルダヤの現在の国内GDPの数倍の規模になりとてもではないが返済は不可能。返済できない場合にはチカリヤが整備開発した設備や施設を接収してチカリヤの物とし、一部の国土についてもチカリヤへ割譲することが盛り込まれている。
はじめから返済できないと見込んでお金を貸したうえに、あらゆる設備を近代化してチカリヤが自国の物のとして自由に使い、さらに国土を横取りしてチカリヤ領とする、そんな計画の推進を狙っている。チカリヤはヒカルゴを同じようにして乗っ取るつもりだったが、ホフマン元大統領の失脚で作戦は頓挫。この頓挫した原因はパガーノ大統領誕生が最も大きいと分析しているが、ハットたちのSNSによる世論誘導も大きかったと見ている。
オルダヤでの作戦を無事に遂行するには、ハットたちのオルダヤ帰国は支障を及ぼす存在だと見ており、チカリヤのことだからオルダヤと手を組んでハットたちを暗殺することも十分考えられる。なので要人警護に長けたセキュリティポリスなど警備隊を増員してアストルから呼び寄せているし、ヒカルゴも特殊警察隊を同行させることになっている。もちろん両大統領の警備も必要なので、当初予定した警備要員の人数が爆発的に増加した。
「俺たち、チカリヤに狙われているの? ただSNSでほざくだけの存在なのに」
「SNSで真実を伝えるからチカリヤにとっては都合が悪いのよ。だってマズいことしかやっていないでしょ?」
「洗浄党だったり、オルダヤやチカリヤにとっては耳が痛いどころのレベルの話ではないし、世界中に拡散されるのが本当に困るのですね」
「そうよ、ペト。今やあなたたちの発信は各国政府や経済界から普通の庶民まで、あらゆる人たちが注視しているの。本当に影響力がすごくが大きくなっているから、ジェンキンズ大統領も一目置くわけよ」
「リリックさん、それって結局は僕たちの使い勝手がいいから使っているだけですよね。僕が今アストルにとって都合が悪い発信をした途端にチカリヤが僕に接近を試みて、アストル陣営は僕たちを狙おうとする。ただの便利屋になっているからいろいろな国の掌の中で、転ばされて弄ばれているだけですよね」
ハットは深いため息とともにこんな言葉を口走った。
ペトやブル、そしてリリックも何も言えずに黙り込んでしまった。




