舞い戻って 13
搭乗口からタラップへ降り立ったジェンキンズ大統領は笑顔を振りまきながら手を振り、ゆっくりと降りてきます。降り立ったところでパガーノ大統領と握手してあいさつを交わします。
「パガーノ、大統領就任おめでとう」
「ジェンキンズ大統領、ありがとうございます」
「私は君が大統領就任前から世界中を巡り、洗浄党やチカリヤの危険性を訴え、さらに情報を世界中に知らせてくれたことに感謝しているんだ」
そう言うと歩き出し、並んだヒカルゴの政府高官たちと握手していく。そしてハットたち三人の前で立ち止まった。
「おー、ペト、元気そうだな。ブルは相変わらずの人相だ。ハット、私との約束が実行されるその瞬間をこの目で見たくなってな、それでヒカルゴまで来てしまったぞ」
ジェンキンズ大統領は笑顔で三人に話し掛けた。
「ハット、君はこの三人のリーダーだ。三人で並ぶときは君が先頭に立たなきゃいけないぞ」
笑いながらの言葉だったので、ジェンキンズ大統領にすれば〝ハットも相変わらずだな〟と思ったのかもしれない。
その後一行は官邸へ移動し、今日明日と様々な会談・会合が行われることになっています。
「ジェンキンズ大統領は、急にヒカルゴとオルダヤへ行くって言い出したらしいな」
「僕もさっきそう聞きました。来なきゃいけない理由があったのかな?」
「おそらくだけど、ジェンキンズ大統領はヒカルゴやオルダヤをかなり重要視しているからだと思うんだ。チカリヤの勢力に巻き込まれないようにするため、大統領自らが乗り込んで釘を刺すつもりだと思う。それにパガーノ大統領に直接会って、ヒカルゴの今後のことなど話しておく必要があると思ったんじゃないかな、と私は考えたのだけど」
三人は官邸内の部屋に戻り、ジェンキンズ大統領がヒカルゴへ来たことをSNSで速報しながらそんな話をしていた。
「大統領のほかにも数人の高官が来ているから、今まさにここで外交が繰り広げられているんだよ」
「そっかあ、俺たちは今、その国と国の口での戦いのすぐそばにいるわけなんだな」
「ブル、上手いこと言ったね。本当に口と口での戦争なんだよ、外交って。口と口の争いの後ろには強力な軍隊が控えていて、軍事力のほか経済力もちらつかせて戦っているんだよ」
「本当にそうだよね。結局は武力を使うか使わないかの差だけであって、中身は戦争だもん。おまえはわが国の車をもっと買え、買ってもいいけどそちらは農産物をもっと買え、みたいな感じだろうね」
「そういうことだよ、ハット。外国と渡り合うのに交渉だけですべて解決なんて現実的に無理なんだよ。背後には強力な武力があり、いざとなったらその武力を行使するぞとチラ見せしつつ、口で戦うのが外交なんだよ。何も持たずに口だけで戦えと言う人もいるけど、そんなお人好しな国なんてないからね。隙あれば奪ってやると虎視眈々と睨みつける国ばかりなのだから」
「ペト、教壇に立ってそういう風に生徒に教えていたのか?」
「そうだよ、ブル。教科書に書かれていることだけ教わっていたら、世界のことなんて何も見えないからね」
そう言う意味ではジェンキンズ大統領のように外交を含めた交渉事すべてを〝ビジネス〟〝取引〟として捉え、ビジネスがうまく進捗しなければさっさと相手を切り捨てる、場合によっては攻め入るとはっきり断言するのは外交のお手本かもしれない。そう考えると政治家に向くのは敏腕ビジネスマンであって、二世や三世の跡継ぎ政治家なんて何の役にも立たないような気もする。
ハットたち三人は情報調査室の正式な職員ですが、情報調査室の隣の部屋で三人は寝泊まりも仕事も行っています。三人以外の職員は情報を世界中から手に入れることが主業務ですが、三人は発信することが主業務。内部へ入れるのではなく、広く外部へ出す仕事なので他の職員とは正反対。また三人は自由にお喋りしながら発信していくスタイルで、他の職員の業務の邪魔になるという面も大きいので、別の部屋で仕事をしています。
両大統領や両国の高官による会談は食事の最中も継続的に行われ、三人以外の情報調査室の職員は正式に発表される前段階から情報を収集してはまとめていく。会談には情報調査室の長官も出席しているので、会談の合間に抜け出しては職員に情報を搔い摘んで報告していく。それらの内容は三人の元にも届けられ、公表しても差支えがないと情報調査室として認めたものについては適宜SNSで発信していく。
「話の流れから、どうもジェンキンズ大統領は三人と直接話がしたいようなのだが……」
通常は官邸内のネットワークを使いパソコンへ情報が届けられるのだが、三人の部屋に情報調査室の職員がやってきてそのように伝えてきた。
「あなたたちはジェンキンズ大統領と面識があるの?」
「アストルにいた時は官邸の隣の施設にいて、何度か直接お話させてもらったことがあります」
ペトが職員に答えた。
「お話というか、俺たちに直接注文を出してきたんだよな。洗浄党やオルダヤのこととかいろいろと」
ブルが素直に本当のことを答える。
「その注文って今回大統領が来られたことと関係があるのですか?」
「あの大統領はビジネスマンで、時間が掛かればそれだけ利益が減るという考えを持っているから、弱体化したとはいえいまだ洗浄党が存在していることや、オルダヤがアストルとの関係を昔のように戻せていないこと、チカリヤがちょっかいを掛けてくることが気に入らないのです。僕たちとの取引ではそれらの解消を迫られ、いまだに実現していないから怒鳴り込みに来た、という感じじゃないですかね」
ハットが詳しく説明すると情報調査室の職員は呆れた表情を見せた。
「ひょっとすると、世界の中であなたたちがもっともジェンキンズという人物を理解しているのかもしれないわね」
その言葉を残すと三人の部屋から出て行った。
ヒカルゴの官邸にも要人をもてなす空間は設置しているのですが、ジェンキンズ大統領の要望でホテルのレストランを貸切って夕食会が行われることになり、今回のオルダヤ訪問では主役級となるハットたち三人も参加しています。アストルの首脳たちはそのホテルに泊まるので、移動する手間を渋ったのかもしれません。
前方から両国の大統領や政府高官らが席に着き、三人は会場の最も後ろの席に着きました。役職順に前から席に着くように指定されているためですが、三人にすれば隅の方にいるほうが落ち着きます。大統領直轄の情報調査室所属の特別職とは言えSNSで発信しているだけですから、やはり前の方の席に着く人たちとの間には大きな見えない壁がありますから。
三人は前の方に座る超一流大学を出た人たちを見ると、ものすごく格上に感じます。パガーノの事務所で働き今は秘書となっている人たちだって一流大学で専門分野を習ってきたわけですから、特に大学中途のブルや高校中途のハットは引け目を感じてしまいます。今の実力が上ならば学歴なんて関係がない、どこの学校を出ようが実力がない人の方が下のはずですが、現実には大学卒と高校卒の扱われ方の違い、さらには大学間のランク付けによる扱われ方の差があるし、その世間での扱われ方の差を当人はひしひしと感じるもの。無言の圧力が世間にはありますから。
パガーノ大統領のあいさつと乾杯で始まった夕食会。パガーノ大統領が降壇するとすぐに、アストルのジェンキンズ大統領が登壇した。
「ハット、ペト、ブルの三人はどこだ!」
怒っているような口調で三人の名を叫んだジェンキンズ大統領は会場中を見渡し、何だかマズいことになりそうと感じて下を向いていた三人をみつけた。
「そんな一番後ろの隅っこに隠れているのか!」
ワイングラスを片手に三人のテーブルまで歩いてきたジェンキンズ大統領。
「この会場にいる者はこの三人の顔をよく覚えておけ!」
やはり声には怒気があるように感じ、顔を真っ赤にして三人は顔を上げることもできなかった。




