舞い戻って 11
〝ハット、元気にしているようね。絶対処刑されているはずだし、ハットの名を騙った人が現れているのだと本当に思っていたわ。警察や洗浄党の人もそう言っていたし。でもメールに逮捕された日のこと、その二日前にハットのご両親に会わせてくれたことも書いてあったから、ハットは本当に生きているんだと確信できたの。またきっといつか会えるよね。シュゼット・グラハム〟
たくさん届いたSNSのダイレクトメッセージの中の一通は、ハットが逮捕されるまで付き合っていたシュゼット・グラハムからだった。
〝シュゼット、ようやくメッセージが届いたよ。シュゼットは元気にしている? 大丈夫かい?〟
〝ええ、元気ではあるけど、あの頃より生活が大変なのよ。オルダヤの国内のことをもっと世界中に知ってもらいたいけど、ハット、広めてくれる? そしてオルダヤを救ってくれる?〟
〝もちろんさ! 僕は今隣国のヒカルゴにいて、新しく大統領に就任したミスティ・パガーノの応援をしているけど、オルダヤのことを忘れたことはないよ。そして僕の今の目標はオルダヤがごく普通に自由に生活できる国になること。少しでもそのお手伝いができればと考えているよ〟
〝ハット、お父さんとお母さんのことは何か聞いているの?〟
〝ううん、何も〟
〝ハットのお父さんとお母さんなんだけど……〟
ハットが捕まった時点で、犯罪者の家族として第一〇ランクに落とされる決まりだが、シュゼットによると、元々居住している地域の近隣の第一〇ランク地区への転居ではなく、オルダヤ国内で最も気候が厳しい遠隔地へ強制移住させられ、さらにハットが脱獄を企てたとして、住人たちの目前で見せしめ的に処刑されたという。
〝僕が脱獄したから処刑……〟
〝そんな決まりはないはずだけど、「国民に対する影響を考えたうえで罪状と刑期を判断する法律」によって、脱獄という重罪を犯す者とその家族は国家としては許しがたく、全国民に知らせる必要があるっていう理由で……〟
――処刑したくせに父を装い、僕の居場所を探るために洗浄党は偽のメールを送り付けたってことか……。
アストルに滞在している時に、ハットの父を装って送り付けてきたメール。見せしめ的に父を処刑したくせに、その父を騙ってハットたちの居場所を探ろうとした洗浄党。シュゼットに両親のことを聞かされたハットの怒りは頂点に達し、みるみる顔が真っ赤に染まっていく。
ペトやブルも同様に知り合いからのメールで両親のほか、きょうだいもハットの両親と同じ目に遭わされたことを知ったので、
「まさか俺の両親を処刑するとは……。たしかに脱獄は重罪だけど、罪を背負うのは実際に脱獄した人間であって、俺の両親や弟なんて罰せられる理由なんてないだろ!」
ブルは部屋中に響き渡る大声で叫び、
「ひょっとすると私の両親やきょうだいにも身の危険が及んでいるだろうとは想像したが、まさか処刑されるとは思わなかった……」
ペトは怒りを噛みしめるように、ゆっくりと静かに話した。
ハットは何も発さなかった。表情は明らかに怒っているのだが、
〝シュゼット、教えてくれたありがとう。いくら何でもそこまでするとは思っていなかったけど……〟
短いメッセージを送信した。
オルダヤに住む人たちと直接メッセージやメールをやり取りしたり、SNSに反応があることをとても喜んだ三人だが、今は三人ともに自分たちが行った脱獄という犯罪や、安全な場所からSNSで発信するだけで寝食を与えられる良い身分であることの引き換えに、自分たちの肉親が処刑されたという重い重い事実。
これまでも頭の中のどこかで、あの洗浄党のことだからひょっとするとという思いがなかったわけではない。でもそれ以上に自分たちが行った脱獄という重い犯罪によって、親きょうだいたちが肩身の狭い思いをしていなければ良いのだがという思いの方が強かった。いくら洗浄党とはいえ、少しは人としての良心はあるだろうと言う淡い期待もあったのだが、オルダヤの人たちと繋がったことで厳しい現実を突き付けられた気がした。
「おい、ペト、ハット。俺は洗浄党を何があっても許せないぞ! 俺たちがやった脱獄なのだから俺たちを処刑するのは理解できるさ。でも、親たちを処刑にするっていったいどういうことなんだよ。おかしいじゃないか!」
「ブル、私も同じ気持ちだよ。洗浄党を解体にまで持ち込んで、これまでの非道の数々について責任を取らせなきゃ腹の虫が収まらない。ハット、何かいい手はある? 洗浄党を完全に追い詰められる手は?」
「最も効果のある手は、今のヒカルゴの状態だろうね」
「ハット、どういうこと? 俺には理解できないぞ」
「ハット、それは洗浄党以外の者がオルダヤの首相に就くということだよね。議員もその首相を支持する者が大半になり、首相指名選挙で確実に投票されるってことだよね」
「うん、それ以外の方法もあるかもしれないけど、無血で首相の座を奪うにはそれしかないと思う」
「おい、ハット、他の方法だと無血での洗浄党壊滅は無理ってことか?」
「ブル、現状でも僕たちの肉親は処刑されているわけだし、そんな連中から国を司る権限を取り上げるとなると、国民大多数の支援によって首相になるか、力づくで首相の座を奪って洗浄党を追い出すしかないと思うんだ」
「ハット、ここはゆっくり事を運ぼう。オルダヤ国内に私たちの活動を支援してくれる人をたくさん作り、その人たちの熱量を使って洗浄党を追い詰めていくのが王道だよ。実際に洗浄党はSNSを再び開放したし、私たちのメールアドレスのブロックも解除した。それはオルダヤの人々の熱量が洗浄党の支配欲に打ち勝ったからだし、協力してくれる人はきっと現れるよ」
「うん、これ以上洗浄党支配による犠牲者を出しちゃいけないよね。支援者集めや実際に活動してくれる人たちの身の安全の確保は重要だもん」
「それは俺も賛成するぞ。俺たちに協力したと言って、〝国民に対する影響を考えたうえで罪状と刑期を判断する法律〟によって処刑なんて絶対にあってはならないことだもんな」
三人はこの後も話し合い、まずはオルダヤへ向けたSNSの発信を強化するとともに、支援者を増やしていくために個人宛のメールも積極的に送ることを決めた。もちろんヒカルゴの情報調査室所属の特別職でもあるから、これまでと同様に世界中への発信も欠かさず行うから忙しさに拍車がかかる。
でも祖国オルダヤを自由な国に戻す、洗浄党による悪政に終止符を打つという、投獄されていたころからの念願に近付くための作戦だから、三人はこれまで以上に真剣にSNSでの発信を繰り返していった。
「なるほど、洗浄党がオルダヤ国民に屈しそうだから、SNSやあなたたちのメールアドレスを開放せざるを得なくなったのね。でもそのきっかけはやはり、あなたたち三人が諦めずに発信を続けたからよ。今まで以上にパソコンの前に座っていなきゃならないけど、オルダヤのためだから頑張ってね」
パガーノ大統領にSNSやメルアドのことを報告しに行った三人。ここまでは予想通りの返答でしたが、
「ただ、あまりゆっくりとはしていられないわよ。チカリヤは弱っている部分を巧みに突き続けるから」
「大統領、チカリヤが国を挙げて再びオルダヤに入ろうとしていると……」
「ええ、チカリヤはそういう国だもの。洗浄党が弱体化し国が不安定化していれば、まずは国全体を安定させるためにチカリヤ人を大量に入れて、国によるコントロールが可能な状態にしようと言って擦り寄ってくるのよ。私の元にもチカリヤから再三要請が来ているわよ。ホフマンとの約束はいわば国同士の約束。破られたのだからヒカルゴに在住していたチカリヤ系の人民を元に戻せってね」
洗浄党を追放すればそれで済むと思っていた三人だが、実際にはチカリヤが手を伸ばしつつあると言う。だからゆっくり事を運ぼうと考えていた作戦はもろくも崩れ去った。




