舞い戻って 10
「結局九八〇通ほどメールを送ったけど返信は三通だけか。まあ、まったく返ってこないのかと思っていたから上出来かもしれないな」
「洗浄党の幹部たちにも送っているから、オルダヤ国内から私たちのメルアド宛へのメールは送れなくなっているはずだし、そもそもメールを受け取った人たちも偽や詐欺のメールだと感じる人もいただろうから、三通も返信があったのはすごいことだよ」
「特に僕たちの知り合いの人たちは疑ってかかったり、用心深く対処するのが当然だから、こんなものなんでしょうね」
〝私たちは三年前にガルドラ刑務所を一部の刑務官の手助けによって抜け出した、ウーム・ペトロ、ジェット・ブルート、ミッドハット・ホールの三人です。抜け出す際に処刑されたことになっていると思いますが、ヒカルゴのアレグム市の海岸に流れ着き救助されました。ご存じの方もおられると思いますが、私たちは洗浄党の悪政を世界中に知らしめるためにSNSを通じて発信を続けています。願いはオルダヤが自由で笑顔溢れる国に戻ること。それだけです……〟
〝このメールは洗浄党党本部のほか幹部の方々にも送信しています。おそらく私たちへの返信や、今回使用したメールアドレスからのメールの送信は洗浄党・オルダヤ国によってできなくなると思います。それこそが今現在において洗浄党が行っている外部との接触を遮断することで、世界における常識や当たり前がオルダヤ国に流入しないようにし、洗浄党の考えだけを押し付けている証拠になるものです〟
長々と記したメールの冒頭と末尾の部分はこのような感じで、公然と洗浄党を批判した内容になっています。返信をしていただいた方へお礼のメールを送ろうと、今回使用したメールアドレスから発信しましたがやはりエラーとなって返ってきました。そうなるだろうと思っていたので驚きはしません。
「メール送信システムから送られたメールはエラーで返ってきていないのかな?」
「ブル、何通かだけエラーで返ってきたメールもあるそうだけど、ほとんどは届いているみたいだよ」
「返信をくれた人以外には届いていない可能性もあるかとは思ったけど、きちんと届いてはいるんだな。あっ! まさかとは思うけど、これからは一般の国民はインターネットを使えなくする、なんて暴挙には出ないよな……」
「ブル、さすがにそこまではできないと思うよ。今でも不満を抱えた人が多く、小さな反乱は起きているようだってアストルの国家安全保障庁分析官のギブソン・リリックも言っていただろ?」
「ペト、ブル。ひょっとするとSNSが利用できなくなって、新たな反乱というか暴動に繋がったりはしていないのかな」
「ハット、私は起きていても不思議ではないと思うよ。いくらSNSを遮断したり、それこそインターネットを全面的に使えなくしても、これまでに様々な情報は得ているわけだから、洗浄党への不満が一気に爆発したっておかしくはないと思うんだ」
「洗浄党に対して抗議の意思を示すには、今のオルダヤでは反乱を起こすしか方法がないものね。選挙なんて形式的で本当に投票した結果が反映されているとは思えないし。不満が限界に達して爆発したって何も不思議じゃない。ただでさえ簡単に逮捕され刑務所送りにされているわけだし」
「先日オルダヤ国内の個人宛へ送ったメールがきっかけで、オルダヤ国内は大混乱に陥っているようよ」
メール送信システムで一斉に送ったのは一〇日ほど前。
そしてつい先ほど、アストルの国家安全保障庁分析官ギブソン・リリックがオルダヤ国内の最新情報を入手したとして、ミスティ・パガーノ大統領に速報を送り、その内容を大統領秘書が慌てて伝えに来たのです。
オルダヤではハットたちのこのメールがきっかけで、国内はかなり混乱を来しているという。ハットたち三人のメールアドレスを予想どおりに国・洗浄党がブロックしたため、通信の自由が国によって制限されていると国民が立ち上がったのです。
ハットたちはオルダヤ国民向けに、洗浄党の危険性を自身の体験だけではなく、世界基準と照らし合わせて発信し続けてきました。何度発信しても反応がなくオルダヤには届いていないのかと思っていましたが、国・洗浄党への恐怖心がはるかに上回っていたことからじっと耐え忍んできたのです。ごくたまに小さな衝突はあったようですが、オルダヤ全体を見渡した場合は散見できる程度だったようです。
ハットたちがSNSへ発信した投稿のスクショを、一般の国民が貼り付けて投稿しても以前はお咎めはなかったのですが、徐々に逮捕されるようになるなどほぼ恐怖政治によって国民を黙らせてきました。小学生などの子供が洗浄党への批判投稿をスクショして投稿しても逮捕されるようになり、この時点でかなり国民の不満は高まっていましたが、それでもまだ洗浄党へ恐怖心が上回っていたので表面上の平静さは保たれていました。
ところが洗浄党によってSNSの利用が実質禁止となり、若年層を中心に不満が爆発寸前にまで高まっていたところへ、今度はハットたち個人のメールアドレスが国によってブロック状態とされたことで、若年層だけではなく比較的年齢が高い層も含めて不満が爆発し、オルダヤ国が官邸として借りている部屋があり、また洗浄党の黒幕であり同マンションのオーナーでもあるヘム・タテハナが居住しているマンションを群衆が取り囲み、通信の自由を国民へ返せとシュプレヒコールを挙げたのです。
もちろんこれまで同様に逮捕される人々が多数出たのですが、今回の件では次々にマンションを取り囲む民衆が現れるため、このままでは暴動が起きるという寸前にまで事態が悪化。ハットたちのメールアドレスの開放とSNSの利用再開について考慮すると約束し、取りあえずはマンションを取り囲んでいた民衆は解散したそうですが……。
「元同僚だった教師からメールが届いているよ!」
ペトが部屋中に響き渡るような大声を上げた。どうやらメール送信システムで送ったメールへの返信が届いたようだ。洗浄党によってブロックされていたサブのメールアドレスへ届いており、オルダヤの国家安全保障庁分析官リリックが報告したように、ハットたちのメールアドレスの開放を考慮すると国民たちに約束した洗浄党が実際に動いたようだ。
「おい、ペト。そのメールが偽物ってことはないだろうな」
ペトは元同僚からだと言うメールをもう一度読み直してから、
「本人からだよ。私と彼しか知らない学校勤務当時の話も書かれているからね」
「ということは、洗浄党はさすがに国民が立ち上がったことに恐れを抱いて、俺たちのメルアドのブロックを解いたということだよな」
「ペト、ブル、するとSNSの利用も解放されているのかな?」
ハットはすぐさまオルダヤ国の洗浄党が自分たちのメルアドのブロックを解いたことを、オルダヤ国内からの発信と偽ったSNSに投稿した。ここ最近は開くこともできなかったオルダヤ国内で最も利用されているSNSにだ。数分もしないうちにリプライが殺到し、ハットたちが我が国の洗浄党を打ち負かした証だと大盛り上がりを見せた。
このSNSを見た人たちが三人のメールアドレスが開放されていることを確認するように、次々にメールを送ってくる。これまでに体験したことがないオルダヤの人たちへのメッセージやメールの返信。ハットたちが求めていたオルダヤの自由に一歩だけ近付いた気がして、三人は感激して涙を貯めながらせっせと返信していった。
SNSのダイレクトメッセージの中に、
〝ハット、元気にしているようね……〟




