舞い戻って 9
パガーノが大統領に就任して一カ月が過ぎたころには、SNS上での世界大戦は活況を呈し、アストルなど一部の国では首脳が直々に参戦し火花を散らしています。戦闘機が飛び交いミサイルを打ち込むような、人にも物にも直接の被害が及ばないネットの世界での大戦争ですが、次第にエスカレートし本当の戦争に移行していかないかが危惧されるところ。
特にチカリヤの国家主席に対するアストル国のジョン・ジェンキンズ大統領の〝口撃〟は目を覆うばかりのもので、とてもではないが国家のトップが発信しているようには思えず、程度の低い人のような口汚い言葉が並びます。それに対するチカリヤの首脳たちもとてもではないけど、一国を率いるような人たちとは思えない凄惨な言葉が並んでいます。
「パガーノ大統領、大統領はSNS上の世界大戦には直接参加しないのですか?」
ブルが大統領に何気なく尋ねたのですが、
「私は参戦しないわよ。私の代わりにSNS上での攻撃も守備にも優れたあなたたちがいるのですから。そのためにここに居てもらっているようなものだしね」
「あの、大統領、どうしてもこれだけは発信してほしいと思う事柄があれば、遠慮せずに言ってください」
「ありがとう、ハット。そうね、我が国を見下すような発言をするどこかの国の代表者がいれば、そういう人には徹底的に攻撃を加えてほしい……。でもブルみたいにあまりにもストレートな物言いは避けてね」
当初はハットたち三人への攻撃ばかりだったチカリヤからのリプライでしたが、徐々に国や大統領に対するネガティブな投稿が増加しています。ハットたちがまともに相手をしなかったり、相手をするにしてもチカリヤが世界各国で行っている傍若無人な振る舞いを揶揄することで、ハットたちをターゲットにしても思い通りにならないと悟ったからかもしれません。
ヒカルゴという国を貶めようとする発信も多く、大統領を見下したような発信も目に付きます。大統領としては自身を揶揄してもかまわないし、政治家という人間は対象にしやすいからと笑っていたのですが、ヒカルゴという国自体を見下す発言は看過できず、その発信が他国を代表するような人物からであればそれは許しがたいから徹底的に攻撃してほしい、というリクエストです。
このところハットたちへのリプライだけではなく、おそらくは洗浄党の信者だと思われる方々によって〝#ハットたちを許さな〟〝#パガーノを許すな〟〝#ヒカルゴは洗浄党があってこそ〟といったハッシュタグを付けた投稿が目立ちます。中にはヒカルゴ国内からの発信ではなく、SNSの利用ができないはずのオルダヤから発信された投稿もあります。
「おい、ペト、ハット、この投稿者のアカウントを見るとオルダヤになってるぞ。SNSは禁止なんだよな、オルダヤでは」
「私もいくつかの投稿を見たけど、たしかしにオルダヤから発信されているようだね。もちろん発信地を偽装している可能性もあるけどね」
「僕はおそらく発信地は偽装されていなくて、オルダヤからだと思ってる。一般の国民はSNSへの発信どころか閲覧もできないはずだから、オルダヤ政府とか洗浄党が国民を装って発信していると思うんだけど」
「そうだよな、俺はハットの意見に賛成だ。いかにも国民が嫌っているように見せ掛けて世界中へ発信して、俺たちや大統領を貶しているわけだろ」
「私もそう思う。ハット、私たちも世界へ向けてさらに洗浄党の危険性を訴えるほうが良いと思うんだ。私たちのSNSへの書き込みをオルダヤ政府や洗浄党の上層部はチェックをし、国民にはSNSの利用をできなくして自国にとって都合の悪い投稿を見せないようにしながら、国や党は一般国民を装って海外向けのプロバカンダに利用していると、また発信していけばいいんだしね」
「僕もそう思います。国民の目に触れさせたくない海外からの情報には蓋をし、世界各国に対しては洗浄党はいかにも優れているみたいな宣伝ばかり。まるっきりの独裁国家のやり方ですよね」
「ペト、ハット、SNSは封じられたけど、インターネットを使ってオルダヤ国内へ俺たちの発信を届ける手段って何かないのかな」
「おそらくインターネット自体の利用を国民に制限はしていないと思うから、直接メールで届けるといった方法ならば可能かもしれない。ただ私は個人のメールアドレスで知っている人はいないんだよな。知り合い全員のメールアドレスが変更されているのか無効にされているのかわからないけど、送ってもすべてエラーになって返ってくるから」
「手紙を送ったところで中身をチェックされてそうだし……。ヒカルゴ国内で僕たちを支持する人たちの中に、オルダヤ国内の知り合いのメルアドを知っている人っていないのかな」
ハットたちはSNSで広く呼び掛けることはせず、三人でヒカルゴ国内の支持者へメールを送っていった。ヒカルゴ国内には勢力がかなり小さくなったとはいえヒカルゴ洗浄党があり、ヒカルゴ国内向けのSNSで呼びかければオルダヤの洗浄党と情報を共有するはずですから。
そして集まったオルダヤ国民のメルアドと名前は思っていた以上に多く集まり、重複分を除いても千人分近くに上った。
「あ! 俺の知り合いの名前がある! えっと……、やっぱりメルアドが変わっているんだ、そりゃあメールを送っても返って来るわな」
「私が逮捕される直前まで働いていた学校で、同僚の教師だった人の名前が……」
ブルは見覚えのある名前を見つけて興奮し、ペトは感慨深かったのか涙を流した。二人とも逮捕される前、制限されていたとはいえオルダヤでの生活を思い出した。
ハットはある一人の名前とメルアドを凝視し無言になっていた。
「ハット、知り合いの名前でもあったのか?」
ブルが質問してもハットは無言だった。
そこに書かれていた名前はシュゼット・グラハム、あの日彼女に会いに行こうと思って家を出たところを警察に逮捕され、即日裁判で刑務所へ送られた。ハットも次第に目に涙を溜め、彼女の名前とメルアドが書かれた用紙に涙を落とした。
「僕のメールアドレスは公開しているのだから、彼女は僕にメールを送ることができたはずなのに……」
ハットは固くつぐんでいた口をようやく開いたかと思うと、彼女に対する気持ちを吐露した。
「ハット、これまでにオルダヤに住む人からメールを受け取ったことはないだろ? 私だって一通もない。私たちのSNSへの発信が見れていたときだって洗浄党がすぐにブロックしていた。今なんてSNSを見ることもできない。オルダヤ国内から私たちへ宛てたメールを送ろうにも、難しいのだと思うよ」
ハットのカノジョの名前とメルアドを見つけたのだと悟ったペトが、ハットを慰めるように話した。
「俺もそうだと思うぞ。メールを送ると洗浄党に捕まるとか、そもそもメルアドを記しているSNSを見ることが難しかったのかもしれない」
「ブルが言ったことが正解だと私も思うよ」
「ペト、ブル。もしも僕たちがメールを送り、僕たちと繋がりがある人物だと洗浄党に睨まれでもしたら……」
しばしの沈黙が続いた。自分たちと繋がりがあると知れると洗浄党独裁政権下のオルダヤでは捕まり、そのまま処刑されるかもしれないと三人とも思ったからです。
「ハット、まったく同じ文面のメールを一斉に送るのはどうだろう。洗浄党にも送り付けるんだ。ただしBCCに設定して誰に送ったのかはわからないようにしておく」
「ペト、どうして洗浄党にもメールを送り付けるんだ? まるでケンカを売っているようじゃないか」
沈黙から少し話をするようになったペトとブル。それでもいつものことを思えばかなり静かな三人。ちょうどそこへ大統領の秘書が部屋を訪れてきた。
「どうしたの、あなたたち。いつもの元気さがないじゃない」
ペトがいきさつを話すと、
「じゃあ、メール送信システムを使えばいいわよ。エラーになることもないし、誰に同じメールを送ったのかもわからないし。文面はこんな感じでどうかしら?」
大統領の秘書がスラスラっと例文をパソコンに入力した。
「それとね、あなたたちのメールアドレスはメインのものではなくサブのアドレスを記しなさい。オルダヤ側ですぐにあなたたちのメルアドをブロックするでしょうから」
こうしてこれまでのオルダヤ全体へ向けたSNSでの発信から、メールアドレスが判明した個人への発信へ切り替えたハットたち。早速秘書が書いてくれた例文を参考に文面を作り、メール送信システムを使って約千通を同時に送信した。




