舞い戻って 8
「ペト、ブル、ハット、今は国家安全情報部付けとして以前と同じように働いてもらっているけど、大統領直轄の新しい部署を作ろうと思っていて、あなたたちをその部署の正式な職員として起用したいの。どう思う?」
大統領執務室を訪れた三人にパガーノ大統領が提案してきた。
新しい部署は国家安全情報部を大統領直属の部署に再編し、今より調査権などの権限を大幅に拡大して名称を情報調査室に変更する。国内外の情報収集と情報発信のほか、国内では調査権、国外に対しては諜報活動を行うことなどを想定しているという。
「大統領、私たちにそんな任務が務まるわけがありません。SNSでの発信以外には何もできないですから」
「あなたたちに他国に潜入して諜報活動を行えなんて絶対にないわよ。お仕事は今までとまったく同じでSNSの発信だけよ」
「だったら今と同じように、情報調査室に間借りして働く臨時職員でいいですよ」
「あなたたちになぜこういう話を持ちかけたのかと言うとね……」
オルダヤの洗浄党〝独裁〟政権はヒカルゴでの洗浄党支持急落に危機感を持っており、その要因は三人のSNSの発信であり、世界各国から洗浄党に対して厳しい視線が向けられていることに加え、国内でも洗浄党に対する不平不満がかつてないほど渦巻いていることを上げている。三人は脱獄を図り処刑された者の名を騙った人物だとしており、いつ制裁が加わってもおかしくはない状況だという。
洗浄党は三人を脱獄後に処刑したとの表明を撤回し、ヒカルゴに匿ってもらい生き長らえていることを認めたうえで三人の引き渡し要求を行うか、または名を騙ってオルダヤを貶める行為を行っているので、オルダヤへその者たちの身柄を引き渡すように要求してくる可能性が相当高いと、パガーノ大統領は見ている。もちろんリリック分析官からの情報をパガーノ大統領も得ているので、よけいに危険だと感じているという。
今の三人はある意味、人道的見地から手を差し伸べたヒカルゴの善意によって、国家安全情報部で暮らしていけるように助けてもらっている立場。なのでまずはオルダヤの脱獄囚でヒカルゴの善意で臨時職員として働いているという状態を改め、情報調査室の正式な職員として国外諜報活動も可能な特別職である上級公務員という地位を与え、そう簡単に他国が手を出せない人物であるという、いわば印籠を与えようと考えたのです。
さらに言えば大統領直轄の情報調査室ですから、世界中から集めた情報だけではなく、大統領が世界の首脳と直接議論した話や諜報活動によって得られた情報も集約されるなど、世界各国の情報にすべて触れることができる。その部署の職員となるわけだから、祖国オルダヤの情報だってこれまでとは比べ物にならないほど手に入れることができます。
「大統領、僕たちにそんな肩書を与えてしまうと、今までみたいに大統領を推す投稿ばかりはできなくなりますよね……」
「そんなに私を推すような投稿ばかりだった? 確かに大統領選中はホフマンとヨーク両候補のダメな部分をたくさん発信してもらったけど、でもすべてが事実に基づく発信だったでしょ? これからも事実に基づく発信を続けてくれればいいのよ。もちろん私に対するダメな部分や改めるほうが良い部分があれば投稿してね」
「大統領、俺がちょっと強めの言葉で大統領を批判しても大丈夫ですか?」
「心配しなくてもいいわよ、逮捕なんてさせないから。事実に基づくことならば何の問題もないわ。もちろんプライベートな部分はダメよ、あくまで大統領として推せる部分やダメな部分に限定よ」
こうしてハットたち三人はパガーノが提案した、情報調査室所属の特別職となることを受け入れた。
しかしパガーノの本当の狙いは、三人がこの先オルダヤに入国した時に不当に逮捕されにくくすることにあった。本当はヒカルゴ国籍を取得してもらい、議員や官僚などヒカルゴの中枢部を担う人間となり、オルダヤへ帰国しても迂闊に手出しができない人間になってもらいたかったのですが、その真意を話さなかったためにハットに拒否されたので、まずは国籍はないがヒカルゴにとって重要な人物であると看板を背負ってもらうことにしたのです。
パガーノが真意を話さなかった理由、それはハットが祖国オルダヤを誰よりも愛し、そして誇りに思っていることが普段の言葉からもひしひしと伝わってくるから。お世話になった国々や人々への感謝の念は忘れないが、それでもいつかは祖国を元の自由な国に戻したい、自分自身が知らない昔の状態へ戻したい、そんな気持ちが強いからヒカルゴ国籍取得を積極的には勧めなかったのです。
「ペト、在シルバーピークのチカリヤ系住民や移民たちによる、あなたたちを名指しで非難するSNSへの投稿が急激に増えています」
情報調査室で勤務するようになった翌朝、他の職員からの報告を受けたペト。
「シルバーピークで?」
「ええ、それにチカリヤ国内のSNSでもあなたたちのことが取り上げられ、チカリヤ人の敵だとして急速に広まっています。それにこんなフェイク画像まで作られているわよ」
そこには三人がムチを持ち、チカリヤ国旗を踏みつけながら睨んでいる様子が描かれていた。
「ブル、ハット、このフェイク画像を見て!」
ブルはその画像を見て大笑いした。三人が黒いボンテージ衣装に身を包み、化粧を施した顔で睨みつけているのですから。それに対してハットはかなり複雑な表情をした。
「正式にパガーノ大統領が動き始めたのに合わせて、チカリヤ本国やシルバーピークのメリー・イグリーも動き始めたのですね。まずは僕たちを悪の枢軸として広めていく作戦のようですね」
チカリヤはホフマン元大統領との密約の領土の一部割譲を実行してもらうべく、ヒカルゴ国内からチカリヤ系の人民をすべて撤退させた。そしてその後に洗浄党の壊滅に動いてもらうはずが、ヒカルゴ洗浄党のモドル・タイダが前回の選挙で大統領になりホフマンは落選、今回の選挙ではチカリヤとも洗浄党とも距離を置くパガーノ大統領誕生で密約はほぼ実現不可能に。
チカリヤ側にすればヒカルゴからの人民の撤退という負の遺産だけとなり、何も得られる見込みがないのだから黙っているわけがない。そこで三人を最初のターゲットとしたようです。
でも三人は大統領選の最中に何かを仕掛けてくると思っていたので、今のこの時期になってようやく動き出したことに率直に遅いなと感じていた。チカリヤと手を組んだホフマンは選挙が始まる前から劣勢に立たされていたので、もっと過激に出ても不思議ではなかった。ただ当時は波風を立てればホフマン陣営にとってさらにマイナスになる、そう考えてのことだとは思いますが。
三人はチカリヤ国内用のSNSから自分たちに関する投稿をスクショし、それらの画像を次々に自分たちのSNSへ発信していった。もちろん世界中の言語に翻訳して世界中に向けて。するとそのフェイク画像をさらに加工して、チカリヤの国家主席がボンテージ姿でムチを持ち地球全体を踏み付けている画像などが世界中に広まっていった。
またシルバーピーク国内で広がっている、チカリヤ系の移民たちによる三人へのネガティブな発信も逆手に取り、オルダヤの元刑務所長で今はシルバーピークへ移り住みチカリヤ系の人たちを束ねるイグリーに、自分たちと手を組んで洗浄党を壊滅しようと提案してきたことも発信。
ヒカルゴ国内の一部領土を譲り受けて経済特区とするための密約が、チカリヤの主席と元大統領のホフマンとの間で交わされていたことをもう一度発信するなど、ハットたち三人とチカリヤという巨大な国との争いがSNS上で展開される事態となり、さらにはこの争いにアストルというもう一つの巨大な国まで加わり、SNS上で世界大戦が勃発したような騒ぎになっていく。




