舞い戻って 5
大統領選挙と中央議員選挙は無事に終わった。
テレビ各局は投票が締め切られた瞬間から特番を組み、翌朝のニュースが始まる時間まで夜通しで選挙結果を伝える。
大統領選挙に落選したヒカルゴ洗浄党党首のヒメキ・ヨークは、各局をはしごしながら朝まで番組に出ずっぱりだった。ヨークはしきりに三人による事実を捻じ曲げた発信によって国民が騙されたと主張していたが、洗浄党が政権を握って以降の公務員の大幅な削減と、それを埋めるために派遣会社からの人材を配置したことによって、様々な弊害が出ていることへの国民の不満を受け止めていないことが露呈し、選挙以降はさらに洗浄党の支持率が低下していくことになる。
国や自治体が対応する上下水道設備の補修対応や点検業務への支出を大幅に減らしたことで、各地で続発する道路の陥没事故といった大きなものから、役所で何らかの手続きをしようにも派遣社員では対応できず、対応できる公務員が非常に少ないことから市民の不満が高まっているなど、洗浄党が掲げる身を切る改革という名の支出の大幅カットだけでは、国や自治体は運営できないことが如実に現れた結果です。
同じく大統領選に敗れたアリス・ホフマンは共同記者会見に出てきただけで、その後は一切出てこなかった。記者会見でチカリヤとの関係など三人の発信に関しての質問が飛び交い、最後には記者からヒカルゴ国民の信頼を裏切るのかといった強烈な言葉も浴びせられました。これ以上の記者対応は不可能だと判断したのでしょう。
当選し一週間後には大統領に就任するミスティ・パガーノ。共同記者会見での様子はすべてのテレビ局で報道されましたが、以降はお呼びがかからず自宅兼事務所にいました。いわゆるオールでメディアの大半は洗浄党の息が掛かっていて、新大統領に正式に就任した直後から徹底的に叩いていくので、今はヨークの声ばかりを届けることに徹しているためでしょう。
ヒカルゴにもインターネット専業テレビ局はありますが、こちらは洗浄党の元締めヘム・タテハナによって囲い込まれているのか、パガーノの取材はまず行いません。その代わりにアストルなど他国のメディアが自宅兼事務所に大挙押し寄せて取材を行い、その模様はインターネットを通じて配信されています。ヒカルゴ国内でもテレビを見ずにネット配信でパガーノの生の声を聞くことができます。
三人はネット配信でパガーノの発言を聞いては要約し、さらに普段パガーノ本人から聞いている言葉も散りばめながら発信していきます。そこにはパガーノが目指すヒカルゴ像と、そこに向けてどのような手法で実現させていくのかをより具体的に列挙しています。また三人の個人的な考えであると断りを入れて、例えば洗浄党との完全な決別が必要であるとか、チカリヤとは付かず離れず程度の距離感で付き合っていくのが肝要といった、思っていたとしてもパガーノの口からは絶対に出ない言葉も並んでいた。
パガーノは開票日の翌日お昼になって、ようやく海外メディアの取材を切り上げることができた。今度は長官など政権の主要ポストの人事を進めていきます。ヒカルゴでは議員が長官(大臣クラス)を兼ねることはなく一般人から選ばれます。長官をやらせとほしいと自ら売り込んでくる人もいれば、その人たちの後援者らしき人からの売り込みも盛んです。中には洗浄党やホフマンの支持を辞めるから長官をさせてくれといった、かなり図々しい依頼もあります。
選挙期間中はパガーノへの非難を続けた中央議員選挙の落選者も売り込んできましすし、中には自宅兼事務所へ直接来る人もいるなど本当に節操がありません。こういう人は政治家になって何がしたいという情熱や大志などはなく、ただ中央議員とか長官といった肩書とお金が欲しいだけの人。こういう人は自身の目的である肩書とお金のために、その時に最も勢いのある人に付くだけの風見鶏であり日和見派と言う、世間一般にも多く存在している程度の人たちです。
表面だけ良いから騙されて支持する人や、日和見派だと確認もせず勢いで投票する人がどうしても現れますが、やはり中身を確実に見極めて選ばないと結局は投票した人へのしっぺ返しが待っているだけ。パガーノはこういったいい加減に生きている価値もない人が大嫌いなので、自宅兼事務所にやってきても門残払いしますけどね。
ただこの手の人って性格が粘着物質でできていますから、掌を返してパガーノの非難を展開し始めます。そうなることも当然理解したうえで門前払いしていますから、ここからは三人がその人のこれまでの言論の移り変わりを調査して公開し、いかに風見鶏で日和見派なのかを淡々と証明していくわけです。すると今度は三人へ粘着してきますが、そこは無視して相手をせず淡々と事実だけを発信していきます。
「ペト、ハット、これからもSNS担当者としていてもらいたいのだけど、どうかな?」
パガーノが最初に着手した人事はペトとハットへのお願いからでした。
「私は別にかまいませんが」
「僕は今までどおりで良いのならば断わる利用はないです。ただしブルが戻ってこなければお断りします」
「もちろん私はブルも含めた三人にやってほしいのよ。今から中央警察へ行って、ブルの拘留を解くように言ってくるわ」
「警察って上の指示とか、理由が無ければ拘留は解かないんじゃないですか?」
「ハット、ブルの拘留の目的は私の当選阻止でしょ。でも当選しちゃったのだからブルを警察に留置く理由なんてないわよ」
そう言うとパガーノは昨日から一睡もせず、目が真っ赤な状態で中央警察へ出掛けた。
「ペトたちもここに残りそうなのね、私たちもここに残るのよ。でも今までの事務員の立場から秘書になるらしいけど」
「秘書ですか、それも大統領の秘書ともなればメチャクチャ忙しくなるでしょ?」
「そうね、今までとは桁違いに忙しくなるでしょうね。だからパガーノにはあと何人か入れるようにお願いしているのよ」
「本当に大統領になっちゃったんだな……、私たちみたいなオルダヤの脱獄囚と一緒にいないほうが良いと思うんだけど」
「それは僕も思う。これまでもパガーノを批判する人たちは、脱獄囚をかくまい利用して支持率を……、なんて言ってたけど、現職大統領が脱獄囚と一緒にいるとなるとやっぱりまずい気がするよね」
「ペトもハットもあまり気にしなくても良いと思うわよ。あなたたちの素性をヒカルゴ国民の多くは知っていて、それでもパガーノの得票率は八割を少し上回っているのだから、影響はほとんどないわよ」
こうしてハットたち三人は引き続きSNSの発信を続けていくことに決まり、中央警察の留置施設に入れられていたブルはパガーノによって釈放された。ちなみに大統領に就任するとパガーノは大統領公邸に住み、この家はパガーノの個人事務所として使っていくことになる。そして三人は以前ヒカルゴにいた時と同様に、国家安全情報部付けとして官邸の一室で生活と業務を行います。




