舞い戻って 4
ヒカルゴの選挙戦はとても静かです。街頭での演説や選挙カーで候補者の名前を連呼するなど、街中での選挙運動がすべてが禁止されているからです。また候補者のポスターを貼り付ける掲示板もありません。ただしポスターを民家の許諾を得て貼る行為は禁止されておらず、支持者の数が物を言う面があるので、新人や大きな支持組織を持たない候補者はポスターを貼る場所を探すのに苦戦します。
ただ選挙戦の主戦場は候補者の演説を生で聞く演説と、候補者同士が討論する番組です。各町ごとに演説が行える会場を抑えていき、選挙の前日まで連日国内のどこかで行われます。候補者の討論番組は各テレビ局や大手インターネットプラットフォームでそれぞれ複数回行われ、投票行動に大きな影響を及ぼします。
パガーノは討論番組には出演しますが、会場での演説はほとんど行いません。三人のSNSにパガーノの動画をアップし、三人の支持者がその動画の鑑賞会に隣近所の人を招く。パガーノへの質問や疑問はその場で本人にメッセージを送り、リアルタイムで本人が返信やテレビ電話に出る手法を取っています。この手法で個人の声も細かく拾い上げ、そしてその場で答えることでより身近にパガーノの人物像を理解してもらえるはずです。
それに対してヒカルゴ洗浄党のヒメキ・ヨーク候補や、チカリヤと手を組んでいることが暴露されているアリス・ホフマン候補は支持者や熱狂的な信者を相手に、大きな演説会場で訴えていくこれまでの戦法を用いています。支持者や信者たちが会場の大半を占める演説ですから、候補者の訴えに共感し大きな熱量を帯び、聴衆はさらにヒートアップして一体感に包まれます。
そして演説を聞いた支持者や信者たちが、その熱量をそのまま他の人へ訴えることで支持を拡大していこうとします。ただしヒカルゴでは電話での投票依頼は禁止されており、個人宅へ訪れての投票や応援依頼をする場合でも住人の退去依頼に従わずに居座る行為は禁止されているので、手紙やチラシなどを配布する手法が従来からよく使われています。
今もっとも使われる支持者獲得や投票依頼はやはりネットです。
洗浄党はもともとネット戦略が上手で、三人がガルドラ刑務所から流されヒカルゴへ漂着した当時、ネットを最大限に活用することで洗浄党は七割以上の支持率を得ていました。ただ最近は三人によるネガティブな発信でかなり支持率は低下しています。洗浄党の支持率の低下は無党派層の拡大へと繋がり、三人はその無党派層の多くから支持を得ているので、その目線をパガーノへ向けさせて大統領選に勝利しようと躍起になっているわけです。
ただしチカリヤにはオルダヤの洗浄党の息が掛かった放送局が多いので、マスコミ主導の世論調査では洗浄党寄りの結果が出ることになっており、テレビや新聞しか見ない年配者を中心に根強い支持はあるようです。
ブルの逮捕に動いて以降の無党派層からの洗浄党やホフマンへの風当たりはかなり厳しく、さらなる支持率の低下によってハットやペトも逮捕するというような表立った動きは見られません。ただ熱狂的な支持者や信者からのSNSへの攻撃は激しさを増していますが、結果的に三人が盾になりパガーノ大統領候補を守る形になっているので、今の状況は選挙戦としては悪くないかもしれません。
大統領選挙と同時に行われる中央議員選挙ですが、ヒカルゴ洗浄党の本拠地でヒカルゴ第三の都市サイマ市とその周辺の都市は、住民の間にヒカルゴ洗浄党発祥の地という意識が強く、これまではすべての議席を洗浄党が占める圧勝状態が常でしたが、今回の選挙ではその構図が崩れそうなほど揺らいでいます。
現大統領モドル・タイダの指導力や実行力の無さ、自身の発言に対する無責任さ、さらにはオルダヤの洗浄党からの指示だと思われる〝国民に有害だと認めた行為に対し、大統領の裁量で量刑などを判断できる法律〟の施行に対する反発など、国民から辞任要求が突き付けられる状態なのにいまだに居座ることで、ヒカルゴ洗浄党自体も指導力が無く国民の声を聞かない政党であるという、そんな見方が強まったことが原因です。
ホフマン陣営も同じような状況で、チカリヤとの密約やチカリヤという国の世界中での行動、またアストルなど主要先進国がチカリヤをどれほど要警戒な国と見ているかなど、これまであまり耳にしたことがない事実も知らされたことから洗浄党が取りこぼしそうな票を拾い上げることができず、さらにホフマン自身からも票が逃げて行く状況でヒカルゴ国内の地方議員票の多くが浮動票となっています。
この状況を作り出したのは言うまでもなく三人による発信が要因であり、パガーノを支える三人がそれらの浮動票を確実に取りに行くために発信の強化をし、パガーノを支持するように訴えていくという構図になっています。
逮捕されて警察署に拘留されているブル。ヒカルゴでは最大一カ月の拘留が可能となっていますが、拘留期限の延長申請を裁判所に行い認められれば、そこから一カ月の延長が可能。結局は延々と拘留されることになります。ブルもこのパターンで、おそらくはこのまま新大統領就任まで拘留が続きそうです。
ペトとハットはほぼ毎日警察署へ面会に行きますが、ブルによると取り調べという名の雑談ばかりらしく、不当な拘束であると弁護士の一部から声も上がります。警察署へ抗議に訪れる弁護士によると、政府など上部から理由のない拘留の指示が出されており、中央警察のトップも政府には逆らえないために苦慮しているのが本当のところのようです。
一月末には一八歳以上の国民全員に大統領と中央議員の選挙に関する通知が届き、いよいよ選挙本番を迎えます。当然ですが三人はヒカルゴ国民ではないので選挙権はなく、ペトはオルダヤで逮捕される前に選挙を経験していますが、ブルとハットはこれまでに一度も選挙を経験したことがありません。
「これが投票所入場券になるのですか。これとIDカードを持参して本人確認を行うのですね」
ハットはパガーノに届いた選挙通知を見せてもらいながら、素直な感想を口にした。
「ハット、落ち着いたらヒカルゴの国籍を取得する? あなたはこれからもヒカルゴになくてはならない存在だし、先々は議員や長官などになってヒカルゴを先導してもらいたいのだけど」
「パガーノ、僕はあくまでオルダヤ人です。ヒカルゴが元の状態に戻れば次はオルダヤの番です。何とか洗浄党の弱体化に成功してオルダヤも元の国に戻していきたい。だからヒカルゴ国籍の取得はまったく考えていないです」
「でもヒカルゴもオルダヤも二重国籍を認めているし、取得するのも悪くはないと思うけど」
「あくまでオルダヤ人として生きていきます、でもヒカルゴには命を救ってくれた恩義もあるから、オルダヤと同じくらい大事な国という気持ちを持っています。国籍はなくとも僕の小さな力が役に立つのならば、もちろん協力していきます」




