舞い戻って 3
「ちょっと待ってください、ブルが一体何をしたというのですか!」
ブルを含めて三人は何が起きているのかが理解できずただ茫然としていたのですが、パガーノは乗り込んできた捜査員に猛然と抗議を始めました。
「洗浄党や元大統領は共に国を海外へ売り飛ばす危険分子であると、SNSで公然と名誉を棄損したことと、それらの文言で国民を煽ったと認められるので、大統領の裁量によって逮捕すべきとの判断が下されたために、身柄を拘束します」
このところはまったく適用事例がなかった〝国民に有害だと認めた行為に対し、大統領の裁量で量刑などを判断できる法律〟がブルに適用されてしまったのです。ブルの洗浄党やホフマン元大統領への批判の言葉がかなり強く、ここ最近はハットよりもブルの投稿がより強いメッセージだと熱狂する人がいる半面、受け手によっては〝言葉の暴力〟だと取られかねない文言が羅列していて、そのあたりが逮捕のきっかけになった面は拭えません。
ブル自身も少し調子に乗りすぎたと思っているのか、
「パガーノさん、こういう法律があるとわかっていながら、思いのまま言葉を発した俺が悪いですから……」
ブルは全く抵抗することなく、捜査員に連行された。
その様子を見ていたハットとペトは、誰が読んでいるのかわからないのだから、いくら批判めいた文章を並べるにしても、節度ある言葉で訴えなければ受け手によっては不快にも感じるだろうし、今回のブルのように摘発まで進んでしまう可能性があることを、肝に銘じて発信しなきゃと改めて思った。
しかしパガーノの見方はハットたちとは少し違っていて、
「おそらく洗浄党派とホフマン派が結託して、警察に動くようにと指示を出したのよ。とにかく今は洗浄党派とホフマン派が手を結び、別の勢力が台頭しないように先手を打ってきたのよ」
「パガーノさん、もしも洗浄党やホフマン、そしてチカリヤが国を挙げて先手を打つのならば、国民からの支持率が下がり始めた時にハットを国際手配したり、ヒカルゴ国内でハットの言動を支持する人たちを〝国民に有害だと認めた行為に対し、大統領の裁量で量刑などを判断できる法律〟で取り締まりができたはずですよね」
「今回のポイントはブルを逮捕したこと。本当ならばハットや私を逮捕したいところだけど、そんなことするとさらに支持率が下がり反発する人が増加する。だからブルを逮捕して、あまりにも目に付く言動を繰り返せば誰だって逮捕される可能性があることを知らしめたのよ」
「パガーノさん、何とかブルを助け出すことはできないのかな、オルダヤに強制送還なんてされないのかな……」
「残念だけど、今すぐに助け出すことは難しい。でも強制送還はされないと思うわよ」
「オルダヤに送られることはないのですか?」
「ええ、あなたたちは脱獄を試みたが失敗して処刑されたと報告されているのよね」
「はい、シルバーピークで会った元刑務所長のメリー・イグリーがそう言ってました」
「処刑されたはずの人間が実は生きているだなんて、恥ずかしくて認められないわよ。ただし……、もうこの世に存在していない人間の名を騙って、オルダヤ国を混乱に陥れたと言って処刑という手は考えられるけど、ヒカルゴでは名の通った人になっているから迂闊に強制送還なんてできないわよ。取りあえずは大統領選が終わるまでは拘束されるでしょうね。そこで誰が大統領の椅子に座るのか、それによってその後の方向性が決まるわ」
「パガーノさん、ヒカルゴの留置施設はどうなんですか、大丈夫ですか?」
「ブルとハットは中央警察の留置施設に入れられたわよね」
「はい、僕とブルと警察官で話をしたり、特に変なことはなかったですよ」
「現場の警察官は洗浄党に対してあまり良く思っていない人が多い印象だし、ホフマン前大統領のこともチカリヤとの関係が表に出さたわけだし、あなたたちの味方になる人が多いと思うわよ。今日やってきた捜査員は警察の中でもエリートコースを歩む人たちだから、少し考え方が違うと思うけどね」
ブルは逮捕されてしまったけど、おそらく身の安全は担保されるだろう。結局は洗浄党からの立候補者やチカリヤと手を組んだホフマン以外の大統領選立候補者とその支持者に対する脅しのようなもの。SNSへの書き込みが過激だったブルがターゲットになったわけです。だからと言ってハットやペトがこれまでよりトーンダウンした発信をするわけもなく、これまでどおりに淡々と事実を伝えていくだけです。もちろんブルが逮捕されたことも、そしてパガーノの国内外の考察も。
ブルが逮捕されて一週間が過ぎた一一月の下旬、大統領選の立候補の受付が始まった。
ヒカルゴの首都アレグム市の官庁街に並ぶビル群、その中の内務省のビルに同居する連邦統括省に設置された大統領選挙実施委員会。大統領選挙への立候補の手続きにやってきたミスティ・パガーノは委員会の小さな事務室に入る。
「パガーノ、まさか君が本当に立候補するとは思ってもみなかったよ」
事務室に入ると先に手続きに来ていたホフマンが話し掛けてきた。
「国家安全情報部にいた当時にはお世話になりましたし、私も国のためだと思ってあなたに尽くしてきました。でもここで流れを変えていかなきゃ……」
「まあ、お互い頑張ろう。ヒカルゴのためにね」
パガーノはホフマンと握手をすることなく、軽く会釈だけして彼の前から歩いて離れ、立候補の受付を行う委員会の面々が並ぶ机の前へ移動した。
「元国家安全情報部長官のミスティ・パガーノです、大統領選の立候補の手続きに来ました」
「国家安全情報部長官を解任され、公務員としては分限免職の処分も受けたミスティ・パガーノですね」
「ええ、そのとおりよ」
「我が国の大統領のほか中央や地方議員への立候補においても、特に制限される事由には当たりませんのでこちらで受付をいたします」
事前にオンラインで必要な情報はすでに入力しており、立候補に際して必要な供託金もすでに納めているので書類にサインするだけの手続きだった。
「ところで私を含めて何人が立候補する予定なの?」
「あなたを入れて三人ですよ、前大統領のアリス・ホフマンとヒカルゴ洗浄党党首のヒメキ・ヨークです」
「予想どおりの顔ぶれね」
「ええ、あなたを含めて予想どおりですね」
パガーノが手続きを終えると大統領選挙実施委員会の役員はそそくさと机や椅子を片付け始めた。どうやらヒカルゴ洗浄党の党首ヒメキ・ヨークは真っ先にやってきて手続きを終えているようだ。
委員会の部屋を出たパガーノはすぐに事務所へメールを入れた、いま立候補の手続きが終わったと。
そのメールが入ったことを事務員から伝えられたハットはすぐにSNSを更新し、ミスティ・パガーノが次期大統領選立候補の手続きを終えたことを速報した。




