舞い戻って 2
〝ハットは嘘やハッタリばかりを流してヒカルゴを混乱させたのだから、逮捕要件に合致しているぞ!〟
〝我々チカリヤ系の人民はハットのせいでヒカルゴを追い出された。何があっても許せない〟
〝ハットはアリス・ホフマンが大統領の時には飼い犬だったやつ。今ホフマンに付くのは損だとばかりに離れて好き勝手発信するペテン師だ!〟
〝ハットなんてオルダヤの脱獄囚だろ! 我が国に留まらさせずに洗浄党が責任をもって強制送還しろ!〟
ほぼ予想していた文言がハットたちが発信したSNSのリプライに並ぶ。確かにオルダヤで逮捕された脱獄囚だし、ヒカルゴで助けてもらったアリス・ホフマン元大統領を裏切るような形となった発信も続いている。ただしこれらのリプライの大半はヒカルゴ国外から、詳しく書けばチカリヤ本土から投稿されたもの。
またハットたちがチカリヤ系の人々をヒカルゴから追放したというのは濡れ衣ですが、チカリヤと組んだホフマンを実質的に裏切ったことから、追放したのもハットたちのせいだと思っているチカリヤの人々もどうやら多そうだ。
チカリヤにしてもホフマンが大統領に返り咲き、ヒカルゴの領土の一部を実質的に〝割譲〟してもらう作戦が頓挫しかけている今、ハットたちを悪者に仕立て上げて、チカリヤの国として体面を保つ作戦に国として舵を切ったのかもしれません。とにかく洗浄党の信者とホフマン待望派、そしてヒカルゴ内に領土を得ようと企むチカリヤ国やその人民からの攻撃は激しさを増していますが、それ以上に無党派層からの応援リプライとメッセージが大量に届きます。
〝ヒカルゴへ戻られたのですね、今まで以上に洗浄党やチカリヤの事実を暴いてください〟
〝ホフマンがチカリヤと手を組んでいただなんて今でも信じられないけど、それ以上にハットが暴く数々の真実に驚いています。今まで以上に真相をたくさん暴いてください。そうすれば落ち着いた昔の国に戻すための正しいリーダーの選択ができるはずですから〟
この状態で大統領選の前倒し実施なんてまず行わないだろうと予想していたハットたち三人。しかしハットたちがヒカルゴに舞い戻って約一週間後、議員の改選と同時となる来年二月の第一週目の土曜日に大統領選を行うことが議会で承認されました。さすがに驚かされましたが、
「洗浄党もチカリヤも、このまま支持率がじり貧するともう二度と大統領の座を射止められないから焦っているのよ」
パガーノによると中央議会の議員構成は国民の支持率とは違い、洗浄党所属の議員が四割を少し下回る程度で、洗浄党を抜けた前大統領支持派の議員も同じ程度。そして無所属で活動する議員が二割と少しといった割合。大統領選は国民が直接投票するとは言うものの、各議員の後援会などの力は今でも侮れはしない。そこでこれらの力を頼りに大統領選を前倒しで実施して、何とか大統領の椅子を得ようとの考えが洗浄党とホフマン陣営で一致したのです。
同時に行われる中央議員選挙には無所属新人の立候補が相当増えそうな情勢で、大統領選を任期まで待っていたら洗浄党もホフマン陣営も議員の椅子共々失う可能性が高く、両陣営ともに焦りが見られるということです。その焦りを生んだのはやはりハットたちの投稿によるところが大きく、さらにヒカルゴへ戻ってきたことも無党派層を元気づかせる原因になっているのでしょう。
「でも今の感じだと洗浄党やホフマンには大統領選で勝てそうだから、とにかくパガーノさんを猛プッシュして大統領選で圧倒的な勝利を目指さないとな」
と、中央議員選挙では無所属議員や無党派層を確実に取り込んでいかなきゃいけないよな」
「私たちにできるのはパガーノさんを徹底的に推していき、ヒカルゴを安定した国に戻すことだからね。そのために大統領選だけではなく、中央議員選挙でも無所属議員や無党派層を確実に取り込んで、圧倒的多数の謂わばパガーノ派を作らなきゃいけない」
ブルとペトがそれぞれに口にした。
「でも僕は……、洗浄党やチカリヤと手を組むホフマン陣営が、このまま黙って選挙戦に入っていくとも思えないんだけど……」
「ええ、私もハットの意見に賛成よ。正直に言って洗浄党やチカリヤという国が正々堂々と戦うだなんて考えられないわ」
だからと言ってハットたちが手をこまねいてパガーノの支援をやめることも考えられない。まずはヒカルゴで正常な政治を回復するためにパガーノに大統領になってもらい、洗浄党やチカリヤの力を削ぐことでオルダヤも正常に戻していく。そう、最終的な目標は祖国オルダヤを自由で正常な国に戻すことが最終の目的ですから。
世界各国の首脳や経済界の人たちと会っては情報交換をしているミスティ・パガーノという風に、これまでは彼女を紹介することを前面に押し出していたハットたちのSNSによる発信。自分たちもパガーノから数多くの情報を得ていると公言していたわけですが、大統領選の前倒し実施が決まった今、パガーノが次期大統領選に立候補し、世界各国の首脳や経済界とのパイプを活かしてヒカルゴを立て直していくには彼女しかいないことを強力にアピールし始めました。
これまではリプライには名前を出していたペトとブルですが、選挙対策として発信するものには二人も名前を前面に出しています。パガーノを強力に推しているのはハットだけではないことを表すためです。
ヒカルゴ国内からの反応はすさまじく、無党派層の国民からは熱烈な支持を表明するリプライが殺到し、さらに無所属議員からも支持を表明する反応が見られ始め、ハットたちの作戦はおおむね順調に進んでいましたが……。
ハットたちはパガーノの事務所兼自宅に居候させてもらっています。このことは公表していませんが、多くの人がパガーノの事務所にハットたちはいるはずだと想像しています。以前ヒカルゴにいた時は官邸内の国家安全情報部の一室を間借りしていたことも、公表はしていませんでしたが周知の事実と化していました。
それでも以前の官邸前のように、洗浄党の猛烈な支持者である信者がハットたちがいるはずだと監視しているようなことはなく、パガーノの事務所前は静寂を保っていました。ひょっとすると以前のような猛烈な支持者も減少しているいるのかもしれません。
そんなパガーノの事務所へ、
「こちらにジェット・ブルートはおられますか?」
「恐れ入りますがどちら様で、どのような御用件でしょうか」
一〇数人の男女がやってきてブルがここにいるのかを聞いてきた。対応したのは事務員で通常通りの対応をしました。
「中央警察署の捜査員です、逮捕状が出ているのでジェット・ブルートの身柄の拘束のために来ました。ブルートはここにいますね?」
「はい、ブルは確かにここにいますが……」
パガーノの事務所に居候するようになって一〇日あまり、ブルの逮捕状の執行のために捜査員が乗り込んできました。




