舞い戻って 1
飛行機は定刻にヒカルゴの首都アレグム近郊の空港に到着した。三人はオルダヤ国民ながら、ホフマンに発給してもらったヒカルゴのパスポートを使っており、アストル入国の時のように入国審査で止められる可能性もあったが、何事もなくすんなりとパスできた。
「私は内心、入国審査で止められて、また大変なことになるかもしれないと思っていたけど、拍子抜けするほど簡単に入国できたね」
「そうだよな、ペト。俺もまた長時間拘束されて取り調べがあるのかもと思っていたから、本当に変な感じだよ」
「そうだったわね、あの時は私も責任を感じたわよ。まさかあなたたちの素性がすべてアストルに筒抜けになっているなんて、想像しなかったもの」
タクシー乗り場へ向かう道すがら話をするペト、ブル、パガーノに対してハットは黙ったままだった。パガーノ大統領が誕生するように強力な援護を後方から撃ち続ける必要があり、そのことで緊張しているのだとペトたちは思ったのですが、実はハットの頭の中ではまったく違うことを考えていた。
――おかしい、静かすぎる……。
ヒカルゴから出国する時は、失敗に終わったが洗浄党の信者が三人への襲撃を企てたのに、入国時には何も起きない。空港の外を歩いていても何も起きない。今の三人は洗浄党だけではなく、チカリヤと手を組んだホフマン前大統領派から見ても敵とみなされてもおかしくはないはず。シルバーピークを出国しヒカルゴへ向かったことはイグリーが情報を送っているはずだから、チカリヤと手を組んだホフマン派が襲撃してきても不思議ではない。ハットはそう思ったのです。
ペトとブルそしてパガーノたちは話が弾んでいるようだが、ハットは周囲への警戒を怠らずあちこちに目を配りながら歩いていた。
「パガーノ、アレグムはヒカルゴの首都なのにこんなに静かでしたか? もっと賑やかだったような記憶があるのですが」
ハットはあまりにも人が少なく静かすぎる首都アレグムに対して、相当な違和感を感じていた。
「ハット、タイダが大統領になってからはあまり出歩かなくなっているのよ。〝国民に有害だと認めた行為に対し、大統領の裁量で量刑などを判断できる法律〟は今は機能していないけど、でも一言何かを発しても、その言葉が原因で逮捕される可能性がなくなったわけじゃない。だからみんな外出をしたがらないのよ」
「僕たちのSNSへは洗浄党のやり方に対して、以前より多くのリプライやメッセージをもらうのに……」
「そのことは私の事務所で話をするわ」
パガーノとハットたち三人はタクシーでパガーノの事務所に向かった。
「どうぞ、入って」
事務所は自宅の一部を充てていて数人の事務員が働いていた。パガーノは留守中の出来事などを事務員から報告を受け、続いて書類などに目を通し始めた。どのような書類に目を通しているのかは三人にはもちろんわからないが、その表情から察すると国内外の政情や経済など、かなり難しいことなのだろう。
パガーノの表情を見ていた三人に事務員の一人が声を掛けてきた。
「応接間の方でくつろぎながらお待ちください、すぐにコーヒーをお持ちします」
三人は事務所ではなくパガーノの自宅の応接間に通された。
コーヒーを飲みながら三〇分ほど待ったころにパガーノが応接間へやってきた。
「お忙しそうですね、私たちのことはかまわずお仕事してください」
「ペト、それほど忙しいってわけでもないのよ。留守にしていた間の出来事や、ここでキャッチした情報をまとめた物に目を通していただけだから」
そしてパガーノは目を通していた書類を三人に見せながら、ヒカルゴの現状を話した。
「結局それって、国民の多くが疑心暗鬼になっている感じでしょうか」
「ええ、洗浄党のこと、前大統領ホフマンとチカリヤのこと、アストルをはじめ多くの国の捉え方をたくさん発信してもらった成果だと思うわよ」
嘘偽りなくヒカルゴに関することを発信し続けた三人。その結果洗浄党も前大統領ホフマンも信用できなくなり、誰を信用して良いのかわからなくなった多くの国民たち。洗浄党の信者と呼ばれる人も激減して今では支持率は二割ほど。三割ほどの支持があったホフマンも同様に支持率は二割を切っている模様で、六割近い国民がいわゆる無党派層となり、今、誰を支持すればよいのか、もっと言えば誰を信用して良いのかがわからない状態になっている。
この疑問を解決したいヒカルゴの国民は、その解を求めて三人のSNSの発信を見て、さらに疑問を解決すべくリプライやメッセージを送ったりしているのです。
「首都アレグムの街中を歩く人が少なくなっているのは、タイダ大統領や洗浄党による法律だけが問題ではなく、洗浄党の反対勢力だと思っていたホフマンがチカリヤと手を結んでいたことがバレてしまい、誰も信用できなくなって、怖くて他人と接したくはないと考える人の増加が原因だと思うの」
「誰も信用することができない社会。私たちがヒカルゴを後にしてまだ一年も経っていないのに、これほど国って変わってしまうんだ……」
「俺たちの発信が原因ってこと? 俺たちがヒカルゴという国をここまで変えてしまったってこと?」
「ペト、ブル、そしてハットもだけど、自分たちのせいで国をここまで悪くしたとは思わないでね。悪い部分をいったん壊し、良くなっていく過程を歩んでいるのだから。多くの国民に迷惑を掛けているのは事実だけど、根底から作り変えなきゃ元の木阿弥なんてことになりかねないから……」
「パガーノ、大統領選に出馬する決意をまだ公表はしないのですか?」
「ハット、そこが難しくて……、まだ大統領選の前倒し実施が決まったわけじゃないから……」
「じゃあ僕たちが大統領選の前倒し実施が決定したら、大統領候補には元国家安全情報部長官のミスティ・パガーノにぜひ立ってほしいと、全面的にプッシュする発信を繰り返し行います。そして国民がそれを望むようになるように発信を続けます」
「これまでも私のことをかなり発信しているけど、だからと言って私を支持する人なんていないでしょ」
「ハットはこれまで大統領選のことは何も発信していません。私とブルも手伝って、その機運を盛り上げていきますよ」
早速この日の夜から、パガーノ推しの発信をさらに強化することが決まった。
「洗浄党の出方はこれまでとたいして変わらないと思うけど、ホフマンとチカリヤはどんな手を使うのかな。俺にはまったく想像ができないよ」
ブルが話したこの話、ハットも疑問に思っていた。チカリヤは絶対にパガーノが次期大統領選に出てくると読んでいるはずだし、パガーノと三人が手を組んでいることだって知っている。なのにシルバーピーク出国からヒカルゴ入国、そしてパガーノの事務所兼自宅まですんなりと来れたこと自体がおかしい。
「その件だけど、チカリヤ側も下手に手を出せないのよ。あなたたちのおかげでね」
ヒカルゴ国民の六割近い人はいわゆる無党派層へと鞍替えし、その人たちの多くが三人の発信を注視している。今、三人に何らかの形で手を出せば、その無党派層の人たちが黙ってはいないだろう。もしもヒカルゴがチカリヤの属国で、実質的に統括しているのがチカリヤならば一気に三人を潰しにかかるだろう。それができないのはホフマンがチカリヤ系の人たちを国外へ移動させたから。
結局はホフマンが三人を利用して、ヒカルゴとチカリヤがっちり手を組む作戦が実質的に失敗しているとも言えそうです。
また洗浄党もヒカルゴでの求心力を急速に弱めてしまっており、下手に三人を〝国民に有害だと認めた行為に対し、大統領の裁量で量刑などを判断できる法律〟を適用して逮捕に踏み切ったとしても、やはり無党派層の人たちが一気に動き出し国内は大混乱に陥るだろう。それだけではなく洗浄党の悪事は世界中に広まっており、自分たちに刃向かうといった理由だけで処分を下せば、さらにヒカルゴは世界から孤立する恐れが高まる。
結局は洗浄党もチカリヤもそう簡単に手を出せない状況となっている。
〝ヒカルゴを飛び出してもうすぐ一年になる今日、僕たちはヒカルゴへ戻ってきました〟
ハットはSNSでヒカルゴへ舞い戻ってきたことを報告した。チカリヤとヒカルゴ洗浄党の今を見透かしての発信だった。




