祖国のすぐそばへ 14
〝あなたたちに会って話したいことがあるので、明後日、領事館へ行くわ〟
一一月の初旬に届いたミスティ・パガーノからのメールにはこう書かれていた。
ハットたちの発信によって、ヒカルゴ国内では大統領候補として正式に立候補の表明を行ってほしい、そんなミスティ・パガーノ大統領待望論が巻き起こっていた。いや、ヒカルゴ国内だけではなくアストルなどいわゆる西側の国でミスティ・パガーノ大統領誕生を期待する声が大きく、パガーノ本人も当初は立候補なんてしないと否定的に振る舞っていましたが最近はそういった言動もなく、ハットたちと大統領選立候補の話をするために領事館へ来るののでしょう。
ただしミスティ・パガーノ大統領待望論に呼応するように、チカリヤ系の人たちによるハットたちの活動への妨害工作が目に見えて増加していて、SNSアカウントを乗っ取られ、フェイク映像を作成してミスティ・パガーノ大統領誕生を反対する動画をその乗っ取ったアカウントで流されたり、時には領事館へ迷惑郵便物を送り付けたり投石騒ぎが起こるなど、日に日にエスカレートしています。
こういった事態に備えてモノルのアストル領事館は警備体制を厳重に敷いているのですが、それでも不安は付きまといます。
そのような状態の中パガーノ本人が明後日この領事館へやってくるので、総領事はシルバーピーク政府やモノル市の警察当局に対して厳重な警備を敷くように要請。領事館へ用事でやってくるアストル人の方々にも多大な迷惑をお掛けすることになります。
ハットにすれば、自分たちがいるからここまで多くの人に迷惑を掛けるわけだから、自分たちでできる範囲のことは自分たちで解決しなきゃと思い立ち、ペトとブルにこう告げた。
「僕、メリー・イグリーに会ってくるよ」
「ハット、今攻撃を仕掛けてきているのはチカリヤ系の人たちだよ。その中でもメリー・イグリーはシルバーピークにおけるチカリヤ人のトップに立つ人、言ってみれば攻撃を仕掛けてきている張本人だよ。さすがにそれは危険すぎる!」
「ペトの言うとおりだぞ。わざわざこちらから出向かずに警察当局にお願いして、取り締まってもらうほうが良いぞ!」
ペトとブルはもちろん大反対するのですが、
「だけど、領事館に迷惑を掛けているのは僕たちだから、僕たちでできることは僕たちでやるべきだと思うのだけど……」
「ハット、それでイグリーに会ってどうするつもりなの? チカリヤ系の人たちによる迷惑行為が度を超えているから、やめるように指示を出してほしいってお願いするの?」
「ハット、最近のアカウント乗っ取りや迷惑郵便物はイグリー、あなたの指示でしょ? 止めろよ、迷惑だ! ってハットが言ったとしても、知らないし個人が勝手に動いているだけだから止めようがないって言われ、そこからはさらに酷い仕打ちが待ってるはずだぞ!」
いつもはペトやブルの意見を跳ねのけて自分の意見を通すハットですが、さすがに今回は分が悪いと感じたのかハットは反論できなかった。
「ハット、今回はアストル国を代表する領事館からシルバーピーク国への要請だから、言ってみれば国と国とで協力し合う事項なんだよ。だから今回は依頼されたシルバーピークが国として責任を持って警護する。私たちのような素人がしゃしゃり出て邪魔するほうが迷惑が掛かると思うんだ。だから今回は様子を見守ろう」
ハットは黙って頷いた。
ハットにすればメリー・イグリーに協力を要請されたが、後々は敵対する同士になることがわかっているから要請を断った。だからチカリヤ系の人々による様々な妨害工作が展開されているのだから、きっかけはハット自身であり責任も自分にあると思うからこそ、メリー・イグリーに会って直談判したかったのです。
二日後、ミスティ・パガーノは予定通りにシルバーピークの首都にある国際空港に到着した。空港からは警察による護衛が付き添ってモノルのアストル領事館までやってくる。今の段階ではパガーノは一民間人であり本来は護衛の対象者ではない。もちろんヒカルゴの次期大統領選への出馬を宣言しておれば護衛が付いても不思議ではないが、今の時点では何も言及していない。
アストルやシルバーピークにとってヒカルゴの行く末は重大な関心事であり、さらに言えばチカリヤにとってはパガーノが大統領になれば、これまで積み上げてきたヒカルゴへの〝侵略〟作戦が水泡に帰す恐れもある。それだけにパガーノはチカリヤ国の命令を受けたチカリヤ系の人民による襲撃の恐れを警戒しなくてはならないのです。
――なんだか物々しいわね、世界中を好き勝手に旅行しているただの個人なのに。
当の本人はこの厳重な警戒に嫌気を差しているようで、前回モノルの領事館へやってきた時のようにレンタカーを借りて、気が向いた所に立ち寄りながらゆっくり訪れたかったようです。でも今の世界情勢を見る限りそれは許してもらえないようですが。
「パガーノさん、この寒さの中無事に着かれて何よりです」
「今日は空港から三時間で着きましたけど、私としては前回のように八時間ほど掛かって来るほうが良かったです」
領事館のロビーで出迎えた領事にパガーノは、少し嫌味を交えて挨拶を返しながら握手をした。
「ペト、ブル、ハット! 元気にしているみたいね! あなたたちのおかげで大統領選に出ることが周知の事実になっちゃったわ」
パガーノは総領事に挨拶する前に三人に笑いながら挨拶して順に握手をしていった。
「総領事、警護などで大変ご迷惑をお掛けしています、申し訳ありません」
「ヒカルゴの将来を担う方が来られるのですから、アストルもシルバーピークも必要な措置を取ったまでですよ」
総領事と握手を交わしながらパガーノはしばらく立ち話をした。
「お疲れでしょうし、二階にお部屋を用意しているのでそちらでゆっくりなさってください」
領事が少し休憩をしてはと勧めたのですがパガーノはそれを拒否し、
「今日の主目的は三人に話をすることですので、まずはその目的を果たします」
そう言うとパガーノはハットたちが利用している部屋へいっしょに入って行った。
「本当に私は大統領なんて務まるような人間じゃないのよ。でも、誰かが立ち上がらなきゃヒカルゴは本当にダメになってしまう。洗浄党でもダメ、もちろん実質的に他国に支配されるようなことはもっとダメ。だから、本当言うと仕方がなくだけど……。私の気持ち、わかってほしい……」
部屋に入るとすぐにパガーノはまくし立てるように話した。彼女は常に理路整然とした話し方をするのですが、今日だけはそうもいかないほど興奮してそして自分を奮い立たせるため、ひょっとすると自身の信条に反することをするために自分自身に言い聞かせるためかもしれないが、これまで見たことがないパガーノの姿を三人の目の前で露にした。
「パガーノさん、わかっていますよ。いつも誰かに仕えて、縁の下の力持ちだったり黒子に徹して、それこそナンバーツーやスリーを好む人ですものね。そんなパガーノさんが決死の覚悟で次期大統領選に立候補する決意をいま私たちに語った。私たちはパガーノさんを徹底的に支援していきます!」
ペトもパガーノに対して決意表明を語ると、
「主君に最後の最後まで仕える参謀のような人が、今度は元主君たちを相手に闘う覚悟を決めたんだ。俺も全力で支えますよ!」
ブルも呼応するように熱く語った。
「パガーノさん、ヒカルゴへ入国しても大丈夫ですか?」
「ハット、ヒカルゴは私の国よ。私の国に入るだけなのだから何も問題ないわよ」
「あの、僕たちが入国しても安全なのかなと思って。出国する頃には洗浄党を猛烈に支持する信者の人たちがすごかったから……」
「ハット、ヒカルゴに舞い戻る気なの?」
「僕はパガーノさんが正式に立候補を表明する直前に、ヒカルゴへ移って活動しようと考えていましたから」
「ハットは少し前に私たちにそんな話をしていました。私たちのグループのリーダーはハットで、私とブルはリーダーの指示に従う立場。ハットがヒカルゴへ行くと決めれば、私たちもいっしょにヒカルゴへ移動します」
パガーノは三日間領事館に滞在し、その間にシルバーピークの首相や与党幹部たちと面会し、アストル大統領ジョン・ジェンキンズには電話で立候補する決意を固めたことを伝え、大統領になった場合の各国との連携なども話し合った。
「総領事、本当にお世話になりました」
「しっかりとミスティ・パガーノを支えバックアップし、大統領誕生まで頑張ってください。アストル国はミスティ・パガーノ大統領誕生を切に願っています」
ハットたち三人はパガーノとともにヒカルゴへと旅立った。




