祖国のすぐそばへ 13
シルバーピークへやってきて半年が過ぎ季節は初秋ですが、冬の訪れが早いこの国では初秋でも朝晩はかなり冷え込みます。モノルの街はシルバーピークの中では比較的暖かいと言われていますが、オルダヤのもっとも寒い地域と隣接しているだけあって寒さはかなり堪えます。シルバーピークの国名は一面の銀世界を想像させますが、モノルではそこまで雪は積もりません。でもやっぱり寒いです。
五月の初旬にモノルのアストル領事館へやってきたパガーノは、一週間ほど滞在してシルバーピークの首脳や経済界の代表などとの会談に臨み、その後はまた世界中を飛び回っています。定期的に三人にヒカルゴやオルダヤ、そして洗浄党について世界の各国で入手した情報を提供してもらい、それらの情報をもとに三人は世界中へ発信しています。
そして今後のヒカルゴや世界各国のことを考えると、洗浄党やチカリヤに近しい人を大統領に選ぶべきではなく、例えばパガーノのような世界各国の首脳や経済界の人たちとの太いパイプを持ち、ヒカルゴだけではなく世界各国の今後のことを考えられる、そういう人物を大統領に選ばなければいけないと繰り返し世界中に発信しています。
――そう言えば、アストルのジェンキンズ大統領は現状をどう思っているのかな。
いつものようにSNSへの書き込みをしている時にハットはふと思った。アストルへ渡って二カ月と少し経過したころに、とにかく時間が掛かりすぎていると指摘されたけど、シルバーピークのアストル領事館へやってきて半年になる。あの大統領のことだ、そろそろ堪忍袋の緒が切れてオルダヤかヒカルゴへ強制送還されてもおかしくはないはず。
そのことをハットはペトとブルに話した。
「そうだよね、二カ月の成果が洗浄党の危険性などが知れた程度だと怒っていたよね。時は金なりとも言っていたし、本当に激怒していたらマズいかもしれない」
「ハットに言われるまで忘れていたよ。俺たち大丈夫なのかな……」
「私が代表して総領事にそっと聞いて来るよ、大統領は怒っていませんかって……」
「僕も行きます、一応僕がリーダーらしいし、また大統領に怒られそうだから……」
結局は三人で大統領は自分たちのことを何か言っていないか、確認のために総領事に聞きに行きました。
「大統領ねえ、確かに言ってるようだね、ちょっと仕事が遅すぎるんじゃないかって」
三人で総領事の執務室へ行きたずねてみると、このような返答が返ってきた。
――やっぱり時間が掛かりすぎていると思われているんだ。マズいかもしれない……。
三人は同じようなことを考えた。
「君たちは何も気にしなくてもいい、今のまま地道に仕事をしてくれ。急いて動いて失敗するよりは、地道に動いて着実に成功するほうがアストルにとってはプラスだからね。君たちも会ったことがあるだろ、国家安全保障庁のギブソン・リリック分析官がシルバーピーク周辺の各国とチカリヤの動きなどについて、大統領に詳しく説明して君たちの仕事ぶりについて了承を得ているんだ」
「リリックはこの周辺の各国の状況を分析している専門の方ですね。専門の方が説明してくれているのは心強いです」
ペトが笑顔でこう答えた。
「リリック分析官のレポートが数日前に届いたんだ、君たちも見るといい」
そう言うと総領事は何百ページもあるレポートをペトに手渡し、区切りのいいところでペトが分けてブルとハットに手渡した。
三つに分けたレポートを順番に読んでいく三人。二〇分ほどしたころ、ブルがあることを口にした。
「これってアストルが国として望んでいるってこと?」
そう言いながら二人に指差しながらレポートを見せる。
「え? 本当に?」
「へえ、これだと僕たちが望んでいたことが実現するかもしれないんだ」
ブルが指差した部分には、アストルとしてはヒカルゴの大統領に洗浄党の候補者や、チカリヤに近しいアリス・ホフマン氏が就くことは避けたい。できれば洗浄党ともチカリヤとも距離を置く人物がふさわしい。例えばミスティ・パガーノのような人物が就くことを望む。
「アストルとしては洗浄党やチカリヤに近い人物がヒカルゴの大統領に就くことを望んではいない。やはり一定の距離を置いている人物で、なおかつアストル側の陣営各国とある程度の理念の共通性がある人物が望ましい。そういった面で言えば、世界中の要人や経済界と深いパイプを持つミスティ・パガーノは最適任なんだよ」
――そりゃあそうだよ。パガーノならばチカリヤとも一定の距離を保ちながら、ヒカルゴを良い方向へと導いてくれるはずだもん。
ハットはこのような感想を持った。
「君たちの発信がさらに重要になってくる。ミスティ・パガーノを持ち上げる投稿が世界中に届いている。そこで、さらに洗浄党が自ら牙を抜かざるを得ない投稿やチカリヤの本質をもっと発信してほしい。そのために大統領がこの領事館の警護に関する予算をかなり増額した。大統領は君たちの働きに期待しているんだ」
ペトがレポートを読み進めていくと、ヒカルゴの大統領選に関する情報も書かれており、洗浄党所属議員とアリス・ホフマン派の議員が合意したため、年内に大統領選の前倒し実施に関する提案が行われ、来年早々に実施する方向らしい。
「総領事、ヒカルゴではここまで話が進んでいるのですか」
「分析官による調査ではそのようなんだ。そこでだ、今ヒカルゴでは洗浄党派とアリス・ホフマン派で二分されている議員たちの支持を、何とかミスティ・パガーノに振り分けることはできないかね?」
総領事はペトに向かって質問したのですが、ペトは〝できます〟とも〝できません〟とも答えられず、口を真一文字に固く閉じてしまった。
ミスティ・パガーノ待望論はヒカルゴ国民の間で少しずつ上向いてはいるが、まだ洗浄党やホフマンの支持ほどは高くなっていない。大統領候補としてのパガーノの支持率は限りなく〇パーセントに近いはず。だって議員たちは今、誰を支持すれば得かを考えて行動しているわけで、まだ正式に大統領候補にもなっていないパガーノを支持する道理がないのだから。
「総領事、できる限り頑張ってみます。そこでお聞きしたいのですが、このレポートの中で表面化させても大丈夫な部分を教えてください」
ペトに代わってハットが総領事に返答し、さらに公開可能な部分をたずねた。
「ちょっと待ってくれ、公開可能な部分はどこかを国家安全保障庁に問い合わせてみるよ」
すぐには返答は来ないでしょうから、三人はここで話を切り上げて部屋に戻りました。
「すごいな、あのパガーノを大統領にしようという動きがアストルから出るなんて。俺たちが知っている人物が大統領になるかもしれないんだぜ!」
「ブル、でも私たちは大統領時代のホフマンとふつうに話をしていたし、あの大国のジェンキンズ大統領とも何度か話をしたのだから、それほど驚くことじゃないよ」
「でも僕はブルの気持ちもわかるよ。これから大統領になろうとする人物を僕たちがバックアップしていくわけだよ、まるで僕たちが大統領を作るみたいに感じてすごいと思うんだよ」
「ハット、そうだろ! 俺たちの発信で大統領を誕生させようとするのだよ、本当にすごいことだよ!」
「ブル、ハット、ところでどうやって議員たちを洗浄党やホフマンからパガーノに振り向かせるんだ? かなり難しいミッションになると思うよ」
「それは……、ハットが考えてくれるさ」
「正攻法で攻めるしかないだろうね。世界中の国がパガーノに期待している現状をもっと見るべきだと訴えるとか」
「結局は今以上に発信を強化して、洗浄党の危険性を世界が認識しているとか、ホフマンのチカリヤとの密約とか、知り得ることをヒカルゴに向けて徹底して発信するってことだね」
「ペト、そのとおりさ。僕たちのやり方を変える必要なんてないからね。後はあのレポートの中身をどの程度まで発信しても問題ないかだね」
「ハット、見ちゃったものは仕方がないし、全部流しちゃえばいいんじゃないか?」
「ブル、さすがにそれはマズいよ。私たちが今いるのはアストルの領事館で、見せてもらったことをどんどん表に出したらスパイ行為と大差ないんじゃないか?」
「そういうことになるのか、ペト。国の重要機密だから勝手な行動は慎まなきゃいけないんだな」
「ペト、ブル、今思い付いたことなんだけど……」
ハットが何かを思い付いたようで、そのことを二人に話した。
「ハット、それはダメだよ。危険すぎるよ!」
「俺もそれは避けるほうが良いと思うぞ。ここで取りあえずは身を守ってもらいながら仕事に当たるほうが良い。何かあったら発信どころじゃなくなるぞ!」
「もちろん今すぐじゃないよ。ミスティ・パガーノ大統領誕生を待望する声が、ヒカルゴ国内でかなりの割合を占めるようになってから、もしくは正式に立候補を表明するその直前になると思うけど」
ハットはシルバーピークからヒカルゴへ拠点を移して活動することを提案しました。




