祖国のすぐそばへ 12
「大統領になってくれませんかって、立候補はできたとしても、国民が投票してくれなきゃなれないわよ。そもそも立候補する気なんて私にはないし……」
「でも今のままでは独裁政治の洗浄党に対して、チカリヤに毒されたホフマンとの戦いになるでしょ。それでいいのかなってやっぱり思っちゃうから……。どちらが勝ってもヒカルゴにとっていい結果とは言えないから……、だから、パガーノが一番適任だと思うし……」
「パガーノ、私も今ハットが言ったことがもっとも最適解だと思います。もしも立候補していただけたら、私たちは全力でパガーノを応援しバックアップしていきます」
「俺もハットやペトの意見に全面的に賛成。洗浄党を弱体化させつつチカリヤの侵略を防がなきゃ、ヒカルゴも俺の祖国オルダヤの未来もない」
三人は洗浄党が推す候補者やホフマンがヒカルゴの大統領になっても、昔のような自由な国には戻れないと考え、それは祖国オルダヤだって同じこと。ヒカルゴとオルダヤは隣り合う国として洗浄党やチカリヤの影響を排除しつつ、協力関係を築かなければ元の国の状態に戻すことができないと考えています。
パガーノも三人と同じような考えを持っているはずですが、ただ自身が大統領選に立つことまでは考えていないようです。これまでもホフマンの参謀的な立ち位置で活動し、今はヒカルゴの公務員ではなく一国民として、ヒカルゴを元の状態に戻すために世界中に訴え協力を求める活動を行っています。彼女自身がおそらくは縁の下の力持ちとか、裏方に徹して地道に動くことを良しとしているようですから、大統領になり先頭に立って国民を導くような活動は苦手なのかもしれません。
でも近い将来に実施される大統領選は、今のままでは洗浄党対チカリヤの構図になります。三人にすればこれだけは避けたいし、避けなければ祖国オルダヤにも悪影響が懸念されるからこそのお願いでしょう。
ホフマンはヒカルゴから洗浄党の影響力をなくしたいと考えているのですが、残念ながらチカリヤの力を借りて取り組もうとしています。チカリヤは金と武力と自国からの移民の数によって、世界中のあらゆる地域を支配下に置こうと考える国。普通ならばそんなチカリヤに接近しようとは考えないはずですが、お金の輝きに目が眩んでチカリヤを頼る国が次々に現れる現状。さらにホフマンはチカリヤからの移民の子孫で、おそらくチカリヤに対して恐怖心より親近感を覚えているのでしょう。そうやってチカリヤに呑み込まれていった国々は世界にたくさんあり……。
話を聞いていた総領事が話す。
「私からはアストル国としての考えをまずお話ししますが、わが国も洗浄党とチカリヤという国に対しては危険性を感じていて、チカリヤに対しては敵国であるという認識を持っていますし、洗浄党に関してはあまりにも時代遅れな、前時代的な考えを持つ集団であり危険分子だと認識していてます。アストルにとって好ましくはない選択肢しかない現状を憂いています」
さらに総領事は話を続けます。
「パガーノとは今日初めてお会いしたばかり、なので大統領にふさわしいのかは私にはわかりません。ただこのままヒカルゴの大統領選が再び実施されれば、それはわれわれにとって好ましくはない事態しか招きません。なので違う方が新しい風を吹き込むがごとく立候補されることには、大いに賛成します」
「あの……、私は大統領選に出るつもりはないというか、考えたこともありませんから。ただ、これからのヒカルゴにとってふさわしい方が立候補されれば、現状を打破でき元のヒカルゴに戻るはずだと期待は持っています」
「パガーノ、大統領選はともかく、先ほど提案してもらった、パガーノが持つ情報をもっと世界中に広めていきましょう。もちろんまだ世間に広めるべきではない情報まで僕たちに伝えるような必要はありませんけど」
「ハット、ありがとう。情報を共有することは大事だし、そして公開すべき情報はどんどん公開するほうがいいわよね。うん、あなたたち三人といっしょにヒカルゴやオルダヤのために活動しましょう」
「そしてヒカルゴの大統領にふさわしいと世界中から待望されれば、パガーノだって大統領選に出なきゃ仕方がなくなると」
「ペト、私を大統領に推す人なんてそうはいないわよ。議員経験のない元公務員は裏方の方が合っているしね」
「お言葉ですがミスティ・パガーノ、わが国の大統領は議員も公務員の経験もないビジネスマンです。元の肩書なんて必要はありません。大統領になってどれだけ動いてくれるか、それだけしか必要なものはありませんよ」
総領事がパガーノに対して大統領選へ背中を押すような、そんな話まで飛び出しました。
「今の私はヒカルゴを洗浄党やチカリヤから守るべく、世界中の実務家たちと会って話をし、そして協力を取り付けることがワークライフなの。大統領選なんて頭にもないし、これからも目指すことはないわよ」
ヒカルゴの大統領に関する話はここで終わり、洗浄党やチカリヤのほか、オルダヤやアストルに関する話も交えて数時間に及ぶ〝茶話会〟が終わった。
パガーノはしばらく領事館にご厄介になりながら、シルバーピークの首脳たちとの意見交換に臨む予定。シルバーピーク政府もチカリヤ系の移民や洗浄党の恐怖を感じていることから、シルバーピークに滞在中にパガーノとの会談や意見交換を望まれたのです。パガーノは表舞台には立っていないが、多くの国の実力者からその行動力を認められている存在であり、世界のこれからの命運を握る一人になっていく。
「今はこの作業場から世界に向けて発信しているのね」
パガーノが三人の寝室兼居間兼作業場を見て呟いた。
「ここでもそうだし、ヒカルゴやアストルにいた時でもそうですけど、私たちのような脱獄囚に対してこんな立派な部屋を与えてくれて、さらに食事まで提供してもらえる。本当ならば洗浄党支配下のガルドラ刑務所でくすぶっているだけなのに……」
「ガルドラ刑務所は比較的自由な面もあるけど、少しでも不満そうな顔をすれば即処刑。脱獄しなかったら俺は今ごろあの世へ行ってるさ」
「僕は今も刑務所にいるとすれば、処刑されないように心で不満を感じていても、穏やかな顔をして過ごしていると思います。心と表情が真逆でも平気な人間に作り替えられて精神的に追い込まれて、自分がおかしくなっていることに気付けない、本当におかしな人になっているでしょうね」
「あなたたちが流れ着いたとき、ホフマンはあなたたちを公邸の一室に住まわせて仕事してもらおうと言っていたのよ。私が反対して官邸内の国家安全情報部の一室を使ってもらうことにしたの。私たちと情報共有しやすいようにね。今思うとホフマンはあなたたちを使って、自身に有利なことばかりを発信させようと思っていた気がするわ」
あくまで仮定の話ではあるが、現在のホフマンの動きを見ているとそう疑われても仕方がない。でもヒカルゴに滞在していた当時の三人は、洗浄党をディスってホフマンを持ち上げる投稿を繰り返していたわけだから、結果的には使われていたと言われても仕方がない。人は信用していた人の心の中が思わぬ方向を向いていた時、落胆して信用できなくなりすべての行動を悪いほうへ結び付けてしまい、信用していた時とは真逆の心を持ってしまう。パガーノは今まさにそういう心境だということを表した言葉です。
「でもホフマンは少なくとも洗浄党支配下のヒカルゴを何とかしたい、そんな気持ちを持っていたところは評価すべきかなって思います。ただチカリヤに接近しすぎた面は批判されて当然かなと思いますけど」
ハットは意外に冷静にパガーノの言葉に反応した。
「これからはやっぱりホフマンの真相について発信していくの?」
パガーノが三人に質問した。
「ホフマンのことだけではなく洗浄党の危険性も、そしてチカリヤについても発信していきます。チカリヤはヒカルゴの将来を担うどころか利用することしか考えておらず、どういう視点で見ても選択すべき理由が何もないと発信するつもりです」
「うん、今、ハットが言ったとおりで、オルダヤの洗浄党とチカリヤのホフマンとの対決の構図になっているから、そう書いて発信するしかないですね」
ハットとペトの答えに対して、パガーノが質問する。
「じゃあ、ヒカルゴの国民は次の選挙で誰を選べばいいのかしら?」
「決まってますよ、本当にヒカルゴのことを考えている人を見出して、大統領選に担ぎ出すべきと書いていきますよ」
ハットがこう言うと、ペトとブルはニヤッとしながらパガーノの顔を覗き込むように見ていた。




