祖国のすぐそばへ 11
「ペト、ブル、そしてハット、頑張っているわね。私が世界中を飛び回って知った現実を、あなたたちはここに留まってその事実を確認しただなんて、本当にすごい事よ」
五月初旬、領事館にレンタカーで到着したパガーノをロビーで出迎えた三人に向かって、開口一番褒めたたえたパガーノ。
「こんな所で立ち話などせず応接室へどうぞ、長旅でお疲れでしょうし」
三人がパガーノへ挨拶する前に領事館の職員が割って入り、そのまま応接室に入るように促されたハットたちとパガーノ。ハットたちの部屋で四人で話をしようと思っていたのですが応接室に通され、そこへ総領事や領事も加わってまるで会議のような体裁になってしまいました。ただ席に着くと職員がコーヒーとドーナツを配膳したので、茶話会的な気軽でざっくばらんなものですよと領事館側は取り繕ったようにも見えた。
「やっぱりレンタカーを借りてあちこち寄りながら旅するほうが楽しいわね。でもおかげで空港から領事館まで八時間も掛かっちゃったわ 」
「パガーノさん、はじめまして。私は総領事のクーパー・アクセルです。お話はかねがねアリス・ホフマンから聞いております」
「総領事、今はヒカルゴの国家安全情報部の人間ではなく一般人なのに、このようにもてなしてくれて感謝します」
「早速ですが、元側近に近い形で接してた元大統領のアリス・ホフマンについて、パガーノさんはどのようにお考えですか」
「まさか彼がチカリヤと手を組んでいるとは思いもしませんでした。正直言ってショックです。これではヒカルゴから洗浄党の支配が消え去っても、チカリヤというさらに大きな勢力がのさばってしまう。どうするのが良いのか……」
「アストルの代表として申しますが、洗浄党もまずいですがチカリヤが支配するのはもっとまずい。いま世界中であの国が行っていることを見れば一目瞭然です。我が国はチカリヤを敵対国として常に監視しあらゆる面で圧力も掛けていますが、チカリヤがお金の力で攻め落とした国と連携するなど対処に苦慮しているのが現実です。そこにヒカルゴが加わることだけは何としても阻止したい、これが本音です」
「私なりに調査したのですが……」
ミスティ・パガーノは現状のヒカルゴについて話し始めた。
ホフマンとチカリヤの主席が協力し合ってチカリヤ系の人をいったん国外へ待避させた。そして洗浄党を追い出すためにハットたちのSNSによる発信を最大限に利用し、洗浄党は国のためにならないどころか害悪であると世界中の国が認識していると、ヒカルゴ国内のホフマンの支持者が洗浄党支持者に向けて発信している。
これまでにもハットたちは洗浄党による恐怖政治の様子を具体例を出して発信してきたが、以前とは違ってそれらの発信を信じ始めた洗浄党支持者も出てきており、今では洗浄党の支持率は五〇パーセントを割り込んでいるようだ。特にアストルをはじめ多くの国が洗浄党の国外資産を凍結していることや、ヒカルゴとの貿易を制限しているためにヒカルゴ国内では物価上昇と物資不足に見舞われ、さすがにこれまでのように洗浄党を信じ続けることが難しくなっているようだ。
洗浄党に鞍替えした議員たちも今の逆風下では耐えられないとして、洗浄党を離党し無所属として活動する議員のほか、自ら新党を結成して政治活動を継続しようとする議員が出るなど、政治面でもかなり混乱をきたしているようです。
ヒカルゴの現大統領モドル・タイダに関して、洗浄党の支持率が比較的高い頃から交代を望む声が党内からも出ていて、ヒカルゴ洗浄党のヒメキ・ヨーク党首を大統領に推す声も多かった。ただアリス・ホフマンを引きずり降ろすために大統領選挙を前倒し実施した経緯から、おそらくオルダヤの洗浄党側から強引なやり方を止められているようで、表面的には大統領選の話は今のところ出ていない。
ただ洗浄党から寝返った議員のほか、洗浄党の支持をやめた国民からはアリス・ホフマンを推す声が日増しに大きくなっていることや、洗浄党所属の議員の減少から再び大統領選を早期に前倒しで実施しかねない状況になっている。洗浄党は対抗策としてオルダヤの洗浄党が以前からヒカルゴ洗浄党に要求している、モドル・タイダを病気療養に仕立ててヒカルゴ洗浄党党首ヒメキ・ヨークを大統領代行に立てる作戦を実行したいようだが、洗浄党所属議員の減少と支持者急減で難しくなっている。
「私たちがヒカルゴを抜け出てまだ半年も経過していないのに、これほど状況が一変するとは……」
「俺たちのSNSによる発信って結局は利用されているだけで、誰の役にも立っていないんじゃないかなあ……」
ペトとブルが率直な思いを口にしましたが、
「私もホフマンがチカリヤと密約を結んでいたとは知らかったし、その実行のために世界中を行脚しているとはにわかに信じられなかったわ。あなたたちはチカリヤという悪だくみに長けた国にSNSの発信をうまく利用されちゃったけど、世界の多くの人々に洗浄党の危険性が知れ渡った功績は計り知れないほど大きなものよ。一つ言えるとすれば、これからはチカリヤとは一切の協力関係にはないことをSNS上で明言し、勝手に利用されているといった主張を展開する必要はあるかもしれないわね」
「今パガーノさんが言われたとおりだし、我がアストル国としても君たちのSNSによる事実の暴露を高く評価しています。チカリヤという国やヒカルゴ前大統領ホフマンにはうまく利用されましたが、君たちの評価に関しては一切揺るぎません。これからも今で同様、いやもっと事実の暴露に勤しんでもらいたいと考えています」
――結局僕たちはチカリヤやホフマン前大統領だけではなく、アストルという大国にもうまく利用されているんだ。利用される代わりに生活する空間を提供してもらっているんだけなんだ。
ハットは口に出しては言いませんでしたが、ペトやブルの発言、それらに対するパガーノや総領事の返答を聞いてそう思った。
さらに、
――ここまで徹底的に頭のキレる人たちに利用されているのだったら、これからは僕たちも利用させてもらう必要がある。祖国オルダヤが本来あるべき自由な国に戻るために。
ハットは利用されるだけではなくもっと利用する側に立てるように、事実の暴露を行うSNSの発信と平行して、もっと頭脳戦で頭のキレる人たちと対抗していこう、そのように考えた。
「パガーノさんはこれからはどうのように活動していくのですか?」
「ペト、私はヒカルゴが元の国に戻ってほしいだけ、今のようなギスギスした環境は本当のヒカルゴの姿ではないのよ。だから私もあなたたちのように世界中に訴えていくわ、洗浄党やチカリヤの脅威を。これからも世界中を駆け巡って各国の首脳や重鎮、経済界の代表と会って事実を訴えていくわ。そのためにあなたたちの力が必要なの。私が知り得た情報を包み隠さずあなたたちと共有するから、もっともっと発信力を強化してほしい」
「私たちも発信をもっと強化していきます、あの、総領事……」
「ペト、わかっているよ。君たちへの護衛をもっと強化するから、世界のためにもっと発信してくれ」
「ハット、今日は何も話さないのね。何か考えているの?」
「はい、今回の件で思うことがあるのですが、パガーノさん……」
「はい……」
「ヒカルゴの大統領になってくれませんか?」




