祖国のすぐそばへ 10
「ショックだよ……」
領事館の部屋に戻ってしばらく沈黙の時間が続いたが、ペトが一言だけ呟いた。
「ホフマンのことだろう? 俺もショックだった。まさかチカリヤとそんな密約を交わしていたとは……」
「ペト、ブル、僕はホフマンがチカリヤ側と何らかの約束をし、チカリヤ人を追い出したという話を聞いた時に、薄々こういう密約があったのだろうと思っていたから、この点は特に驚きはなかったんだ」
「領事館へ来た時に総領事から聞いたよね。でも私は半分疑っていたから、今日チカリヤ側の人間のイグリーから話を聞いてやはりショックだったよ」
「ペト、僕もイグリーから領土の話まで出ていたと聞いた時は少なからずショックを受けたけど、それよりも、ホフマンが僕たちを手下と見ていて、洗浄党の追い出しに僕たちを利用していることがもっとショックだった……」
「俺はイグリーの話をすべて信じないほうがいいと思ってはいるけど、でもあれだけはっきりと俺たちのことや、チカリヤ国との密約があるだなんて言われるとさすがになあ……」
三人はこれまでホフマンを信じ、彼との約束があるから頑張ってSNSで発信を続けてきたのだが、その信用を根底から覆すような話を聞きショックを隠し切れなくなっている。さらにオルダヤを元の自由な国に戻してほしいとお願いされ、脱獄させてくれたシンはあの場で処刑された。三人が約束を交わしたうちの一人は自分たちを利用しているだけ、もう一人は早くに処刑。もう何のために自分たちが活動しているのかがわからなくなりそうだった。
「ペト、ブル、ここからは僕たちが望んでいる、オルダヤを元の自由な国にするためだけに動こう。ヒカルゴやシルバーピークのことを念頭においても仕方がないというか、オルダヤを元に近付けることができれば自然とヒカルゴも元の軌道に乗ると思うし、シルバーピークだって洗浄党の魔の手から逃れられると思うんだけど」
「そうだな、ハットの言うとおりだ。俺たちにとっては自分の祖国が元に戻ることが第一で、ほかの国のことまで面倒なんて見れるわけがないんだ。オルダヤを洗浄党の魔の手から救い出すのが一番!」
「ハット、ブル、本当にその通りだよ。それこそヒカルゴはパガーノに任せれば良いと思う。彼女ともう少し連携を深くするほうがいいかもしれないね」
「彼女も世界中を飛び回っていることだし、情報を共有できれば洗浄党やオルダヤ対策にもきっと役に立つはずだよ」
三人は今後の活動の目的をはっきりと見定め、パガーノとの連携を強化することを決めた。
しかしその前に確認するほうが良いだろうと、三人は総領事の部屋を訪れた。
「メリー・イグリー、彼女の名前は聞いたことがありますよ。君たちはその彼女に会い、そしてアリス・ホフマンのことを聞いてきたのですか……。それなら隠しても仕方がないので話をしましょうか……」
三人は総領事の執務室を訪れ、イグリーに会ってホフマンのことを聞いたのだが、どこまでが真実なのかをたずねた。
総領事によると概ねイグリーの話したことは事実で、ホフマンはいったんチカリヤ系の人をヒカルゴから待避するようにチカリヤの国家主席に訴え、その見返りにヒカルゴ内の数カ所にチカリヤ人が居住する区域を設け、その区域はチカリヤの経済特区とすることなどを約束したという。ヒカルゴ国内に実質的なチカリヤ領を設ける約束を取り交わしたのです。
「確かに君たちを利用しているとはっきり言っていたよ。君たちがチカリヤについて良くない発信をしても、目を瞑るようにと国家主席に伝えたとも聞いた。おそらくチカリヤ系の人たちからのメッセージは届いていないと思うが、どうなのかな?」
「はい、確かにチカリヤについて何を書いても反論は来ていません」
「やはりそうか、チカリヤ国内へは君たちの発信は一切届いていない。しかし、世界中にチカリヤ人は移り住んでいるから、本当は山のように反論が届いてもおかしくないんだよ」
今でも反論するメッセージはよく届くが、それはほぼすべてが洗浄党を擁護する信者たちから。チカリヤのことをディスる書き込みをしても反論はあまり届いてはいないが、それがホフマンとチカリヤの国家主席が交わした密約の一部だったとは。そうすることで三人がSNSでの発信を円滑に行えるようにして、ヒカルゴとチカリヤとの密約の一部である、洗浄党を消滅させてヒカルゴ国内に実質的な領土を持つ密約の実施のためだったとは。
三人はホフマンに上手く使われているということだろうか、それとも何かさらに高度な作戦があってのことだろうか。
「結論から言うと、アストル国はホフマンを入国禁止にした。彼が世界中を飛び回っているのは本当のことだが、その渡航先の大半がチカリヤと親密な国々なんだ。私の目からは彼は真剣に、ヒカルゴをチカリヤの属国にしたがっているようにしか見えないんだ」
総領事が公邸でホフマンに会った時、実は喧嘩別れに近い状態だったらしい。だから三人には会わずに公邸を後にしたそうだ。
「なんてことだよ、本当にホフマンが俺たちを利用していただけとは……」
「総領事、ホフマンは僕たちがヒカルゴにいる時から、そのような考えを持っていたのでしょうか」
「ハット、当初は洗浄党を追い出せればよいと考えていただけのようだよ。ただ政権維持も難しく、さらに経済的に苦しくなったことでチカリヤに擦り寄ったようだ。チカリヤはとにかく金を撒き、それで他国の内部へと侵入してはその国を食い荒らすからね」
「僕たちがまだヒカルゴにいる時からチカリヤに擦り寄っていたのですか……」
「ホフマンが君たちをアストルへ送り届けた理由も、チカリヤが君たちを安易に利用できないようにするためだ。わが国はチカリヤとは敵対関係にあるから接触も難しいから、アストルにいればこれまでどおりに発信できるはずだと思ったのだろうね。わがアストルはチカリヤと敵対しているからこそ、ホフマンの考えも浮き彫りになったわけだ」
部屋に戻った三人は早速パガーノにホフマンのこと、ヒカルゴのこと、チカリヤのことなどを綴ったメールを送った。彼女からはすぐに返信があり、今はチカリヤと親密な関係にあるとある国に滞在していて同じような話を聞いたという。
〝来月には、領事館へお伺いできると思います〟
メールの最後は、この一節で締め括られていた。




