祖国のすぐそばへ 4
「あのう、本当に案内しなくてもいいんですか?」
「ハットが言っているので……」
「俺たちはハットの考えに沿って動きますから」
エンゲルの問いにペトとブルは答えたがハットは無言だった。
「ハット君、私服に着替えさせて警備員を同行させようか?」
領事の問いにも〝結構です〟とだけ答えたハット。その様子にペトとブルはハットは機嫌が悪いのだと思った。
三人はスマホにモノルの地図を表示させて領事館を出た。モノル市内を徒歩とバスで巡り、できるだけ街の人の声を聞くつもりです。領事館から少し歩いたバス停で待っている時に、
「ハット、何か気に障ることがあったの?」
「何もないですよ」
「俺も今日のハットは機嫌が悪そうだなって思ったけど、本当に何もないのか?」
「特に機嫌が悪いとかはないんですよ。ただ領事館でお世話になっているエンゲルであっても、必要以上に近付いてくる人ほど警戒するほうが良いと思ったのです。考えすぎかもしれませんけど……」
「俺たちには気付かないニオイとか空気とか、何か気付くことがあったのか?」
「ブル、特にそういうのではないですけど、どこか引っ掛かるというか……」
「ハット、領事館を出る前に総領事に何かを聞きに行っていたけど、それも関係があるの?」
「うん、さっき聞いたら……」
バスが到着したのでここで話を切り上げ乗り込んだ。車内はシートが半分ほど埋まっている程度で、最後部の三人が横並びで座れるシートが空いていたのでそこへ座った。
「さっきの話の続きなんだけど、総領事に聞いたところでは……」
ハットは二人にかいつまんで総領事から聞いたことを話すと、
「そうなんだ、俺はてっきりベテランの職員なのかと思っていたのに」
「ハットは何となくおかしいと思っていたってこと?」
エンゲルは領事館で働き始めてまだ三カ月ほどで、総領事によるとやや気になる点があるとのこと。
「僕たちに興味があるのは嘘じゃないと思うけど、何だか探られているような気がして……」
「俺たちを嗅ぎまわっても意味ないだろうに、ほぼすべてをSNSに書き込んでいるからなあ」
「ブル、ハット、ひょっとすると私たちからアストルの情報を聞き出したいのかもしれないよ」
「おいペト、それって領事館の中でスパイ活動をしているってことか?」
「よくはわからないけど、でも用心するに越したことはないからね」
「そうか、だとするとハットの判断は正しかったってことか」
「ブル、私たちには匂わないけどハットには感じるモノがあるのかもしれないね」
「やっぱりハットをリーダーにして正解だな。俺がリーダーだったらエンゲルの申し出を疑いもせず受け入れて、人通りの少ない所へ連れ込まれてピストルでバン! なんてことにもなりかねないぞ」
ハットは会話には寄らずバスの周囲を警戒するようにキョロキョロするだけだった。
「ペト、このバスって迂回しながら街の中心部へ行くんだよね」
「そう、住宅街に住んでいる住民を拾いながら走るから、かなりの迂回ルートになってるよ」
ハットはペトの返事を聞くと黙り込み、手に持ったスマホを窓際にかざしながら画面を注視していた。その様子をペトやブルが横から見ているのだが、何かを検索したり地図を見ている感じでもない。横から見ると画面は消灯し真っ黒になっているように見えた。
いつものブルならば冗談っぽく一言は話すはずが、今朝から今までのハットの様子を思うと軽々しく話し掛けてはいけない、そんな気持ちになって黙って見ていた。
「ブル、ハット、降りるよ」
「道にはみ出してる露店がいっぱいだな、これは面白そうだ」
ブルは遠足でバスを使い目的地に着いた子供のようにはしゃいでいるが、ずっと消灯したスマホの黒い画面を凝視していたハットは、ペトの言葉に頷くだけだった。
ペトやブルがシートから立ち上がるタイミングでハットが小声で、
「領事館からずっと車が付けてきているから、バスから降りる時には本当に気を付けて」
ハットの言葉に表情が引きつるペトとブル、今度は二人が黙って頷いた。
ハットに言われたこともあり、ペトはバスから降りると後方を確認した。バスの後ろには古い車が止まっており男性数人が乗車しているが、全員が黒いサングラスを掛け山高帽やハンチング帽をかぶっている。いかにも怪しいと感じたペトは、バスから降りる様子が後ろの車から見えないよう邪魔するように壁のように立った。
ブルが降りてきた時には、
「僕が壁になって後ろから見えないようにしているから、速足で歩いて左手の市場に入ってくれ」
そしてハットが降りてきたときには、
「ハットありがとう、左手の市場に入ってくれ」
ブルとハットが市場へ入ってもしばらくそのまま立っていたペト。前に誰もいない状態になってから一目散に走りだした。ブルやハットが左に折れて入った筋を通り越してから後ろを見ると、古い車の男たちはペトを追い掛けることもなく車内に座ったまま。
それに気付いたペトはハットたちが左折した市場の筋まで歩いて戻り、
「ハアハア……、後ろの車は……、たまたま付いてきただけのようだよ……」
息を切らせながらブルとハットに説明したペト。
「ペト、何もなかったんだね、ごめん……」
「ハット、俺はハットがバスの中でずっとスマホを睨みつけてどうしたのかと思ったけど、鏡の代わりにして見ていたんだな。とにかく謝ることはない。そのくらい用心して然るべきなのだから」
「そうだよハット……、私も何もなくて良かったと思ってるよ」
バスの後ろを付けてきた車は道がよくわからず、バスの行先がこの市場だったために一緒に走ってきたようです。でもこの車の後ろにはオートバイがいて……。
「ペト、一つ聞いてもいい?」
「ハット、どうしたの?」
「どうやって聞けばいいのかがわからなくて……。いきなりオルダヤについてどう思いますなんて聞くのも変だし、きっかけがないというか、よくわからないんだよ」
「ハット、今から俺様が見本を見せてやるぜ」
そう言うとブルがフルーツを売っている女性に声を掛けた。
「そのリンゴは美味しい?」
「もちろんだよ、うちはチカリヤ産を扱ってないからね」
「そうなんだ、オルダヤ産ってことはない?」
「オルダヤねえ、昔はいいリンゴを作っていたけど今じゃ全然ダメよ」
「そうなんですか、それもやっぱり洗浄党のせいかな?」
「さあどうかしら、でもリンゴを送り出さずにチカリヤ人を送り出してくるのだから、やっぱり洗浄党のせいかしら」
「そのリンゴ、一盛貰うよ」
「ありがとう」
茶色の紙袋にリンゴを入れてもらい、ペトとハットの前まで数歩歩くとリンゴを一つずつ手渡した。
「ハット、わかったか? いきなり聞き出そうとしたって無理だから今のように……、ハットは俺の横にいろ、俺がきっかけを作って話し掛けやすくしてやるよ」
「ブル、助かるよ!」
「じゃあ私は一人で市場内を回ってくるよ」
ハットはブルとともに、ペトは一人でモノルの人たちの声を聞き回っていったが、背後には何やら怪しげな人の姿が……。




