祖国のすぐそばへ 3
「みなさん、メリー・イグリーをご存じなのですか?」
メリー・イグリー、三人が収監されていたガルドラ刑務所の所長、その人物がこの名前だった。
「同姓同名かもしれませんが……」
「そうなのですか……。でも刑務所長という地位にまで他国の人が昇れることは少ないですよね。だとするとチカリヤ人という可能性は低いのかな……」
「ええ、チカリヤの方は経済界は牛耳れていたようですが、国にまで入り込むことは難しいと思います」
エンゲルとペトの会話にブルが口を挟みます。
「イグリーという姓はオルダヤでは珍しくないけど、チカリヤ人もイグリーって名乗っているのかな?」
「ブル、学校へ通ってくる生徒たちの中にもイグリーという姓は何人もいたけど、チカリヤ人という認識はなかったよ」
「シルバーピークのチカリヤ人をまとめるメリー・イグリーは、みなさんがご存じの方とは別人のようですね」
エンゲルが話を閉じようとした。
「僕は同一人物だと考えています。証拠はもちろん何もありませんが……」
ハットはシルバーピークにいるメリー・イグリーは刑務所長だった人物と同一だと考えていた。
考えられるパターンとしては、
①オルダヤ人だけど洗浄党を支持しておらず、チカリヤ人とともに行動をしている人。
②チカリヤ人の移民としてオルダヤにやってきて、名前を変えて生活している人。
③オルダヤ人でもチカリヤ人でもない第三国の人で、今はチカリヤ人と行動を共にしている人。または、
④オルダヤ人だがチカリヤに忠誠を誓っている人。
「ハット、①のオルダヤ人だけど洗浄党を支持していないというのはないぞ。もしも①が正解だったら、刑務所内でシンといがみ合うことはなかったはずだ」
「ハット、私もブルの意見に賛成。それとメリー・イグリーにチカリヤ人を感じることはなかったから、②の移民説も違うだろう」
「ペト、それを言うなら③の第三国の人というのも考えにくい。刑務所長と言えばオルダヤでは第四か第三ランクだろ? あの国でそこまで昇れる第三国出身者はいないと俺は思うぞ」
「ペトとブルの意見をまとめると、④のオルダヤ人だけどチカリヤに忠誠を誓っている人、ということになるね」
「ハット、ひょっとしたら親かその前の世代でチカリヤからオルダヤに移り住んだ、チカリヤ二世とか三世とかじゃないか? 昔のオルダヤにはいろいろな国の人が移り住んできたって言うし」
「俺はそんな話は聞いたことがないけど、昔は移り住む人が多かったのか。さすが先生だな、よく知っていらっしゃる」
「ペト、なるほどね、何代か前にオルダヤに移り住んできたチカリヤ人の子孫……、それならば話としておかしくはないよね。だったら刑務所長時代からチカリヤ寄りな考えを持っていたのかな」
ハットたち三人は、脱獄した際のメリー・イグリーの言葉を聞いていないのだから知る由もない。彼女は洗浄党派とか反洗浄党派ではなくあくまで国家に忠誠を尽くす人。それも洗浄党が仕切るオルダヤ国ではなく、また別の国に対して忠誠を尽くしているのです。
「お暇な時にでも、私がモノルの街をご案内しようと思っていたのですが……」
「僕もモノルの街を知りたいですし、みなさんの生の声も聞いてみたいので、街には出るつもりでいますよ」
「ハット、それは危ないと思うよ。万が一洗浄党の息が掛かったオルダヤ人がいて私たちを見つけたら、本当に処刑されるよ」
「本当にそう思うぞ。俺たちを肯定的に捉える人もおれば、敵対視している人だっているはず。それに脱獄した俺たちのことをメリー・イグリーが根に持っていたら……、領事館から出ないほうがいいぞ」
ペトとブルはいつものように身の安全が第一と考えるので、ハットの考えには明確に反対した。ブルはその体格からするともっと豪快な人物のように見受けられるが、実際には臆病というか保身的な人。意外と危険を冒してまでチャレンジしようとは思わないようですし、ペトは学校の先生という職業柄がそうさせるように思います。
それに対してハットはおとなしそうな見た目とは真逆、まずは動いて確かめようという気持ちが強い。幼いころから両親に躾けられてきたので、決まりを破ることを嫌う性格なのですが、自分から進んで新たなことの発見と真実を確認したいという好奇心が強く、さらにこのグループではリーダーに祭り上げられているために、よけいに率先して動こうとしています。
「ペトとブルの言うことはわかるんだけど、それだとここへ来た意味がないよ。どうしてシルバーピークのモノルという街に移動しようと決めたのか、生の声に接して広く真実を伝えるためだよ。僕たちの武器はネット環境下でのSNS発信しかないのに、その燃料となる声や真実を探しに行かないでどうやって戦うの?」
ペトとブルは安全の確保も大事だろうと言いたげな表情を見せたが、これまでにも何度か同じような場面でハットに指摘されたことを思い出した。
「ハット、君をリーダーにしたのは私のミスだよ。私がリーダーをしておれば、今ごろはもっと安全な場所で快適に暮らせていたからね。でもそれは刑務所長代理だったシンやホフマン前大統領との約束を破ることになる。ハットに指摘されなければつい安全な方へ、そして不義理な選択をしてしまう。私も街へ出て自分の耳と目で感じてくるよ」
「俺は……、まだ死にたくはないからな。だから安全な選択をする。しかし……、その前に約束したもんな、約束したから刑務所から出られて、そしてアストルへと渡れたわけだ。自分が守られているとそれが当たり前になり、周りの人たちが危険と隣り合わせであっても見て見ぬふりをしてしまう。俺のダメなところだ。ハット、俺もいっしょに街へ行くよ」
そのやり取りを見ていたエンゲルは笑顔を浮かべた。
「いつもこうやって方針を決めていくのですね。若いけどハットが前面に出ている理由がわかった気がします。では街へ行くのは明日朝からでもよろしいですか? 私が案内しますので」
「いえ、案内は結構です。僕たちだけで歩いてきます」
明日の朝、モノルの街を三人だけで歩き、人々の生の声を聞きに行くこととなった。




