祖国のすぐそばへ 1
シルバーピークの首都近郊の軍事施設までは約一二時間のフライトだった。大使館は首都レイにあるが、ハットの希望で車で約三時間ほど離れたモノルという街にある領事館で活動することになった。モノルはオルダヤ国境に接している街で、少しでもオルダヤに近いほうが今現在の様子がいち早くダイレクトに伝わってくるのではないか、そんな気がしたのです。
「寒い中長時間の移動大変でしたね、私はアストル国モノル領事館の総領事クーパー・アクセルです。大統領から話は聞いております」
「私たちのようなオルダヤの脱獄囚を引き受けてくださり、本当にありがとうございます」
三月初めだが真冬の寒さに街も凍るモノルの領事館に着いた三人。アクセル総領事の挨拶にペトが返答する形で挨拶をして、総領事は三人と順に握手を交わした。
「シルバーピークの中でもここモノルではあなた方の発信に興味がある人が多く、隣国オルダヤの洗浄党の危険性をひしひしと感じているようです」
「ありがとうございます。シルバーピークの方々の反応の良さは私たちも感じておりますが、洗浄党がこちらへ攻め入る兆候などはあるのですか?」
「そのあたりの話は後ほどお茶でもしながら、まずお部屋の案内や館内の説明をいたします」
総領事に変わり職員に三人が寝泊まりして〝業務〟を行う部屋を案内してもらい、荷物を置いた後に館内を案内してもらいました。
「私もあなた方の発信にとても興味があります」
大使館や領事館で働く人は外交官だけではなく、地元の人たちを職員として雇うことが一般的。案内してくれた方は地元に住むミヒャエル・エンゲルという五〇代の男性で、近年オルダヤから移住してくる人が増加していることが気になるという。
「機会があればですが、少しお時間を頂戴していろいろとお話を聞かせてください」
館内の説明が終わり三人を応接室へ連れて行くと、エンゲルは離れて行った。
「ここ数年の事ですが、オルダヤからの移住希望者がかなり増加していて……、密入国者も相当いることからアストルはシルバーピーク政府との連携を緊密化させているのです」
総領事やその他の領事たちとお茶しながら話をしていた。
「密入国ですか?」
「ええ、シルバーピークはこれ以上の移民受け入れは困難として国境を封鎖するなど対策に出たのですが、先に入国した人々が手引するのだろうと思われます、ただし……」
「ただし?」
「あなた方オルダヤの人々ではなく、オルダヤへ移民としてやってきたチカリヤの人々のようなのです」
「それはやはり洗浄党がチカリヤ人からオルダヤを奪い返そうとしているためですね」
「そういうことです、ただしチカリヤがそう簡単にオルダヤを手放すだなんて考えないはず。おそらくチカリヤ本国から何らかの指示が出ていて、それに従って行動しているだけのように思います」
総領事とペトの会話を聞いていたブルが総領事に質問する。
「大統領も含めてアストルはチカリヤ共和国をかなり警戒していますが、何か理由があるのですか?」
「彼たちは我が国の数倍の人口を誇る国であると同時に、一般人を含めて国の指令には絶対従わなければいけない決まりがあります。それは他国へ移り国籍を取得した人も含みます」
「だから今はオルダヤに住むチカリヤ人が、国の命令でシルバーピークへ移ってきているということなんですね」
「チカリヤの人々はスマホのGPSで現在地を常に国に監視されている状態ですし、国から命令されればその地域のことを報告、つまりはスパイ活動もしますし、兵隊として戦うこともためらいません。スパイやゲリラ部隊を送り込んでいる状態です」
「そんな人たちがウヨウヨしているのですか?」
ブルが驚きの声を上げると、
「そういう法律が施行されているのがチカリヤ共和国なのですよ」
ここまでの話を聞いていてハットが、
「そんな国なのに洗浄党はよくヒカルゴから追い出すことができましたね」
「私が聞く限り……、あくまで噂ですが……、洗浄党ではなく前大統領のホフマンの力だったようです。洗浄党によってチカリヤとその同盟国とは断交に近い状態ですから、その修復の代わりに何かの約束をしたのではないですか」
「それって、ヒカルゴから洗浄党を追い出すか完全に弱体化するまで帰国してくれないかとか?」
「そのあたりでしょうね」
「その話は本当ですか? 国家安全情報部長官だった方からはそのような話は聞いていませんので」
ペトの質問に対して、
「ホフマン氏は個人的に仲良くさせてもらっているのですが、大統領退任後はあくまで一民間人の行動だからと内緒で動いているようです。退任されてからは世界中を飛び回っているようです」
アリス・ホフマン前大統領も必死で世界中を駆け巡っている。ヒカルゴ連邦を洗浄党から守るために。
SNSで発信を続けていますが、ヒカルゴからチカリヤ人を追い出したのは洗浄党の功績だとの反応も多く、ハットたちが具体例を出して本性を発信してもヒカルゴ国内での洗浄党の支持率が下がらない理由が分かった気がした三人。やはり遠く離れた地から懸命に発信しても本当の事や核心部分が掴めないために、どうしたって発信力が弱くなっていたのではないだろうか。
そう思うとオルダヤやヒカルゴに近いシルバーピークに移動してきたのは正解だったと言えるだろう。この領事館の領事たちはアストルの外交官だから知っていても明かせないことは多いだろう。シルバーピークの人たちから噂レベルでもいいから情報を仕入れ、それを発信していく方が絶対に効果があるはず。ハットたちはそんなことを考えていた。
「ペト、ブル、シルバーピークに移動してきたことをSNSで報告しようと思うんだけど、どう思う?」
ハットはペトとブルに、自分たちの居場所を公開しようと言い始めた。
「ハット、俺たちの居場所を洗浄党は探っているんだぞ。アストルの施設でのことをもう忘れたのか?」
「ハット、私もブルの意見に賛成。わざわざ自ら油を撒いて燃え上がりやすくするのは危険だぞ」
「それもわかるけど……、シルバーピークにいることを伝えた方が、これまで以上に情報が集まりやすい気がするんだけど」
「ハット、言いたいことはわかるぞ。でも命を狙われる危険性も高いんだぞ、俺は居場所の公開には反対だ」
「ブルの言うとおりだよ、ハット」
ハットはしばらく考えてから、
「でも僕たちは四〇数年間の獄中生活を本当は送っていたわけだし、脱獄の時は命拾いしたけど捕まれば処刑される身。そしてオルダヤやヒカルゴの将来を託された身でもあるんだよ。なのに僕たちだけが安全ばかり求めていくのは違和感を感じる。ホフマン前大統領も世界中を駆け巡って尽力しているのに、僕たちだけ安全な所からSNSを発信して終わりって……」
今度はペトとブルが黙り込んでしまった。
ハットの言い分はもちろんわかるが、脱獄して二年数カ月ですっかり安全な場所で暮らすのは当然となり、刑務所長代理だったアダム・シンズやアリス・ホフマン前大統領との約束を忘れかけていたことに気付かされたのです。
黙り込む時間がなおも続きましたが、その沈黙をペトが破りました。
「ハット、総領事に私たちの警護レベルを上げるようにお願いしてくるよ……」
この日のSNSの発信でハットは、シルバーピークへ移動してきたことを書き込んだ。




