取引優先の大国 7
「ごめんね、なかなかこちらに顔を出せなくて」
国家安全保障庁の課長クラスの女性職員とともに、一緒にヒカルゴを脱出した国家安全情報部長官ミスティ・パガーノもやってきた。
「パガーノ長官、おひさしぶりです!」
「三人とも元気そうだし、あなたたちが発信するSNSは世界中で見られているわよ、本当に頑張っているわね。それとね……」
パガーノ長官は一呼吸置いてから、
「私はもう長官でもないし、ヒカルゴの公務員でもないのよ。ただの一民間人……」
ヒカルゴ連邦モドル・タイダ大統領によって国家安全情報部長官を解任させられ、さらに公務員としての資質を欠くとして分限免職処分となった。
「いつ長官ではなくなったのですか?」
「長官を解任されたのは国を出て数日後、公務員としての地位は一週間前に失ったのよ。帰国命令にずっと背いていたからね。部下たちは命令が出てすぐに帰国したから免職にはならなかったけど、モドル・タイダ政権下の国家安全情報部にはいられなくなって結局辞めて会社員になったわ」
ミスティ・パガーノは諜報機関のトップから民間人になったわけですが、彼女を支援する国や団体もあり忙しく世界中を飛び回っています。もちろんヒカルゴの今とこの先と洗浄党の危険性を訴え、世界中に理解してもらうために。
「ハットは大丈夫? 三人の先頭に立って洗浄党のことを発信し続けているけど、変わったことはない?」
「パガーノさん、僕の父を騙ったメッセージがオルダヤ国内から届いた程度で、あとは特に何もありません」
「実はそのことを含めてオルダヤ国内の情勢や洗浄党のことなどを聞こうと、国家安全保障庁に連絡したのですよ」
「ペト、どういった事が聞きたいの?」
「ハットの父を騙ったメッセージが届いたことで、オルダヤや洗浄党に何かが起きているのかなと思ったので、それで国家安全保障庁の方に聞けば何かがわかるかもしれないと思ったのです」
ペトがパガーノに説明すると、
「ペト、ブル、ハット、はじめまして。私は国家安全保障庁で分析官をしているギブソン・リリックと言います。オルダヤやチカリヤとその周辺国の情勢分析をしています。私が今の時点でわかる範囲の事をお話しします」
リリック分析官は三人と握手をしながら自己紹介を終えるとオルダヤ、ヒカルゴ、チカリヤの三カ国と洗浄党の現状を話し始めた。
オルダヤに関しては経済面で牛耳られていたチカリヤの追放運動が盛んになっており、両国間には緊張感が漂い始めている。殺人や強盗などの重罪についてはこれまでどおり極刑が選択されているが、自動車で速度オーバーを一度しただけでも国外追放つまりはチカリヤへの強制送還を実施している。これによりオルダヤ国内の大半の企業はチカリヤから取り戻せてはいるが、貿易面ではチカリヤとの取引はほぼ全面的にストップ。
さらにチカリヤと近しい国々もオルダヤとは断交に近い状態となっている。もともとアストル陣営の各国はオルダヤを敵国とみなしているため輸出入はほぼストップ。オルダヤ国内の企業は洗浄党が推す人間がトップに返り咲くも国民の所得水準はかなり下がり生活はひっ迫し、洗浄党と大企業に勤める少数の人と多くの国民との間の貧富の差は激しくなり、不満が高まるレベルではなくなりいつ暴動が起きてもおかしくはない。
そこでハットたちを悪の枢軸に見立てて、彼たちがオルダヤと洗浄党のありもしない話を世界中に巻き散らかしているために、世界の各国が門を閉じ我が国を窮地に追い込んでいると宣伝しているようだ。
「だからハットの父になりすましてメッセージを送り付けてきて、居場所を探し出そうとしたんだ!」
「ええ、私も偽装されたメッセージが送られてきたと聞いてそう思いました」
ペトの反応にリリックが答えた。
ヒカルゴでは中央と地方ともにヒカルゴ洗浄党の所属議員が大多数を占めたことで、オルダヤと同じくチカリヤからの移民を一掃する動きを加速させている。ただしヒカルゴではチカリヤからの移民だと偽装したオルダヤからの洗浄党員が大半でチカリヤ人は少なく、一掃作戦は順調に進んだためすでに完了している。
ヒカルゴは洗浄党政権によりチカリヤとその同盟国との断交を進めたい意向のようだ。アストル及びその同盟国は表向きは静観しているが、ハットたちの発信によりヒカルゴが第二のオルダヤになりつつあることが広く知られるようになり、多くの企業がヒカルゴから手を引いているようで、国内の物資の供給状況はかなり悪化している。
ヒカルゴの大統領モドル・タイダの手腕に疑問を持つ国民が増加しており、ヒカルゴ洗浄党への不信感にも繋がっている。ふたたび大統領選の前倒しを目論むヒカルゴ洗浄党に対して、オルダヤの洗浄党が年に二回も大統領選を実施するのはさすがに暴挙だとして止めているようで、ヒカルゴ国内の混乱状況はしばらく続きそうだ。
「リリック、私がキャッチしている範囲では、オルダヤのヒロム・ヨウラ洗浄党党首がヒカルゴ洗浄党のヒメキ・ヨーク党首に対して、大統領選ではなく病気による止むえない交代と称して、ヨーク党首自身が責任を取って大統領代行の座に就くように要求しているとか」
「他国の政党が大統領の交代を要求しているって、内政干渉そのものよね」
パガーノの発言にリリックが反応した。
そしてチカリヤはオルダヤに対して関係国と協力して経済封鎖などの対抗措置を取っていますが、第三国を経由した取引が細々と行われているのが実情。少量の物資を供給することでオルダヤに対して、チカリヤが完全に撤退すればオルダヤにどれほどのダメージとなるかを考えろとのメッセージのように取れる。それと並行してチカリヤ人に対する差別をオルダヤは公然と行っていると国際会議の場で訴えるものの、周辺国を強制的に併合して人民の弾圧を行っているチカリヤの言い分はなかなか聞き入れてはもらえず、チカリヤも作戦に窮しているのが現状。
武力による解決も否定しないチカリヤですが、今のところは何とか踏み止まっている。
ここまで話を黙って聞いていたハットたち三人ですが、
「各国の様子や駆け引きを聞いていると、とてもではないのですがSNSの発信だけでは太刀打ちできないですね。私たちには荷が重すぎるというレベルを超え、まるで別世界の話のようです」
「もちろん祖国オルダヤが昔の〝まとも〟だった頃には戻ってほしい、でも俺たちではどうしようもできない。各国が上手く交渉してくれることに期待するしか……」
ペトとブルは気持ちを率直に話し、
「もちろん他国からの圧力が最も効果的だけど、国民が内側からもっと声を上げられるように、今まで以上に僕たちが情報を流し続けることが大事だと思うよ」
ハットはSNSによる戦略が間違いではなく、さらに強化する必要があると話したが、
「ハット、私たちがオルダヤ国内からの発信だと偽って情報を流したって、反応があったのはハットの父だと騙ったメッセージが一度だけ。誰にも伝わってはいないよ」
「俺もペトと同意見。オルダヤ国に住む俺たちの〝仲間〟には何も伝わらず、洗浄党の連中が俺たちに敵意をむき出しにしただけだ。他の国には実情が伝わり効果はあったと思うけど、肝心なオルダヤに何も伝わっていないから……」
「ペト、ブル、ぞんなことはないよ。伝わっていても声を上げられないだけなんだよ、きっと。だからもっと発信を強化しよう! 本気で立ち上がってもらえるように!」
ハットはペトとブルに反発した形になり、
「ハット、悪いけど俺はもう降りるよ。ヒカルゴに戻るか、オルダヤに送還されて処刑されてもいい。元々投獄されて一生の大半が獄中生活の予定が、これだけさまざまな体験ができたのだからもう十分」
「私も祖国のためにと寝る間も惜しんで発信してきたけど……、もういいよ。祖国の仲間には何も伝わっていないみたいだけど、洗浄党の愚行に怒りに震え立ち上がろうとしているようだから、私たちの努力なんて無駄骨だったんだよ」
毎日パソコンやスマホで発信を続けても祖国オルダヤには何も伝わってはおらず、それとは関係なく国民が洗浄党に対して怒りを示し始めている。ペトやブルが言うように無駄骨だったし、脱獄したからさまざまな経験ができた。それだけで十分だと二人は考えたのです。
ハットはペトやブルの言葉に引き留めることも反発することもできず、自分も祖国へ帰って脱獄犯として処刑されても仕方がないと思いながら、二人の話を聞いていたのですが……。




