密入国者か正義のヒーローか 7
ハットたち三人がヒカルゴの海岸に漂着してちょうど二年が経過した今日、ヒカルゴの情勢はまったく違う展開をたどり始めた。数日前に実施された大統領選挙の得票率は二八対七二という大差をつけられてモドル・タイダが大統領の椅子を手にした。いや、洗浄党がヒカルゴを陥落させたのです。
ただしこの差はハットたちがSNS戦略を担当する前と同値度。ハットたちの努力はまったく効果がなかったと見るべきか、洗浄党はいくら頑張ってもこれ以上の支持を得られないと見るべきか。
大統領選挙に大敗し、明日で退陣するアリス・ホフマン大統領。彼の周りにはそれまで側近として仕えていた大臣や議員たちの姿はほぼなく、残ったのはほんの一握りの人たちだけ。結局人間という生き物の大半は日和見派ばかり。忠誠を尽くすというのは口先だけで、本心はその時々の風を読んで勝ち馬に乗るだけ。一本筋の通った考えを持つ人は一時期は上昇気流に乗れても、日和見派の多数派攻撃によって失速していく。
風見鶏的な日和見派の人たちはその時々の勢いのある人にしばらく付いては、また別の勢いのある人へと乗り換えて生き長らえていく。人としては全く信用できないけど、政治家なんてほとんどは風見鶏的な日和見派の人たちばかり。そこには真の政治家としての信念は一切ない。
しかし不思議なことに、そんな風見鶏的な日和見派の人たちほど熱狂的な支援者が付いて回る。それまでとは一八〇度違う事を言いだしても熱狂的な支援者が支え続ける。後ろを泳いでいたらご馳走にあり付けるからなのか、それとも口先だけの言葉を鵜吞みにし、これまでの失敗事例なんて綺麗さっぱり忘れられるのかな。
「長官はほかの大臣のように逃げて行かないのですね」
ペトが諜報機関のトップ、ミスティ・パガーノに尋ねた。
「私は諜報機関を大統領に任された公務員で政治家ではありません。それに任命してくださった大統領に最後までお仕えするのが、人として役人としては当然ですから」
「そのことで話があるんだ……」
今日一日で大統領の座から滑り落ちることになったアリス・ホフマンが、長官やハットたちに話し掛けた。
洗浄党は今後間違いなくオルダヤで行っていた独裁政治を仕掛けてくるはず。洗浄党が隠して実行しようとする政策や考えを暴いた諜報機関、そしてSNSを使って事実の暴露を続けたハットたちに対し、その手始めとしてこれらの者を消し去ることを考えるだろう。
現行の法律では処罰を与えられない長官やハットたちだが、オルダヤで実際に施行されている〝国民に対する影響を考えたうえで罪状と刑期を判断する法律〟の類似法案が可決されれば、命の保証は完全に消え失せる。それだけではなく、洗浄党の熱狂的な支持者である〝信者〟が、政府の飼い犬であるハットの命を狙うといったポストがSNSで見られるようになりかなり危険な状態になっている。
「パガーノ長官、そしてハット君たち三人は国外へできるだけ早期に出るほうがいい」
「大統領、先ほども話したように、私は任命いただいた大統領に最後までお仕えするのが当然の義務です。それが公務員というものですから」
「私たちは大統領に拾われたから今も生き長らえているだけです。最後までアリス・ホフマンと言う男に付いて行く覚悟です!」
長官とペトは拒否したのですが大統領は、
「そうか……、では皆に命令する、国外からこの国を守るために尽力してほしい。長官は各国首脳と連携を強化するべく尽力してくれ。ハット君たち三人は国外から世界中にヒカルゴのことを、洗浄党のことを、そして君たちの祖国オルダヤの現状を発信し続けてくれ、これは大統領命令である!」
「ならば大統領も国外へ脱出しましょう。一緒に世界へ訴えていきましょう!」
大統領は長官やハットたちと行動を共にすることは拒否した。洗浄党を信用できない国民たちとともに、明日からは一人の国民としてとして一緒に闘い声を上げていくと決めていたのです。得票率が低いと言っても国民の三割近くは投票してくれたのですから、自分だけが逃げるわけにはいかない。〝正義〟の国民と寄り添って生きていくことを選んだのです。
それに、
「いくら洗浄党といえども、そう簡単に私を始末することはないよ。少ないとは言え私を支持してくれる国民が後ろにいるのだ。それこそ内乱に発展しかねないからね」
長官はここまでの大統領の話を聞き終わると顔を曇らせた。
国家安全情報部として得た情報では、元来のヒカルゴをいまだに支持する国民を完全に消滅させるために、洗浄党が軍部の一部と結託してアリス・ホフマン大統領の暗殺を企てる、そんな計画が進行しているということがわかったからです。
たとえ選挙で勝とうが負けようが関係なく、必ず目障りな存在になるであろうアリス・ホフマンを始末する、洗浄党による武力のクーデター作戦も進行していました。
「長官、その計画のことだが私の耳にも入っている。しかし国軍の総司令官や陸海空のそれぞれの指揮官によって、洗浄党側に寝返りを図った大佐以下数百名の処分を行ったのでその脅威は取り除かれたよ」
このことを聞いて国家安全情報部長官は大統領の指示に従って国外へ脱出す命令を許諾、ハットたちも続いて国外脱出する提案を受け入れました。
「私は君たちに我が国の命運を託すよ、信じているよ、頼む、我がヒカルゴを救ってくれ」
翌朝、官邸内の国家安全情報部から黒塗りの車が走り出そうとしていた。目ざとく見つけた数十人の人たちが敷地内から出た瞬間にその車を取り囲んだ。
「政府の飼い犬ハット! 出てこい!」
「お前が洗浄党の足を引っ張るからこの国の発展が遅れているのだ! 命を賭して責任を取れ!」
一斉に声を上げた数十人の群衆。
彼たちは以前からハットの身勝手なSNSへの投稿のせいでヒカルゴの発展が滞っている、邪魔が無ければ洗浄党の躍進によって見違えるほど良い国になっていたはずだ。ハットはこの責任を取れ、自ら取れないのならば我々が取らせてやると、以前からハットを襲うとSNSで表明していたのです。
そして彼らは、ハットたちは官邸内から発信をしているのではないか、あまりにも政府内の決定事項を知るのが早すぎるし、ヒカルゴ洗浄党党首ヒメキ・ヨークと新大統領モドル・タイダが官邸を訪れた時もマスコミより先にSNSで発信していた。絶対に官邸内にいるはずと見張り続けていたのです。
黒塗りの車からは誰も外に出てこないので群衆は車のドアを強引に開けようとし、中には鉄パイプを振り回す人も。
ただこの事態は事前に予測されていたので、官邸の警備担当者のほか護衛に当たっていた警察官たちが逆に群衆を取り囲みすぐに制圧し全員を逮捕した。この人たちは洗浄党の支援者の中でも特に過激な武闘派と呼ばれている人たちで、洗浄党の最高顧問のトクル・カストやオルダヤの洗浄党党首ヒロム・ヨウラを崇拝する人たちです。
こういう事態を恐れたパガーノ長官の忠告により、ハットたちは前日夜に秘密の通路を使って徒歩で官邸を抜け出し、用意されていたタクシーで空港に隣接するホテルへ移動。群衆が襲ってきた時間にはすでに機上の人となっていました。
飛行機で旅立つ直前にハットはSNSに朝九時の予約投稿をしており、
〝僕たちは洗浄党が政権を完全に把握したことで命の危機が迫っています。現大統領の命令により国外へ脱出し、今後は国外から発信し続けます。僕たちはこれからも正しい本当の姿のヒカルゴを取り戻すべく、世界中の各国へ発信し続けます。ミッドハット・ホール〟
このようなお知らせを発信した。もちろん逃げる気なのかといった非難の声も寄せられましたが、ハットたちは言い訳はせずただ謝り続けた。今のハットにはそれ以外にできることはないのだから。




