奴隷たちの脱走
(こんこんこん)
早朝、執務室にノックの音がする。
こんな朝早くに誰だ。
俺は眉をしかめる。
「ロックです」
とロックの声がする。
「入ってくれ」
と俺は言った。
「失礼します」
とロックはドアを開けた。
冷気が部屋の中にスーッと入ってくる。
心なしか、緊張した面持ちだ。
「どうした」
と俺は尋ねる。
「旦那。脱走したガキがいましたんで、捕まえてきました」
とロックは言った。
どこか疲れた様子だった。
あぁ、管理責任を問われそうだから、ちょっとびくついているのか。
「どこにいる」
と俺は言った。
「閉じ込めてます」
とロックは言った。
下を向き、俺の目を見ようとしない。
「ロック。
こういうモノはな、管理責任っていうのがあるんだ。
わかるな」
と俺は言った。
「覚悟しています」
とロックは唇をかみしめた。
「そうか……。
すまなかったな。
俺の責任だ」
と俺は言った。
「何を言ってます。旦那。
悪いのは私です」
とロックは驚いた表情で否定する。
「こういうのはな。そもそもシステムが悪いんだ。
それを設計したのは俺だ。
つまり俺の責任だ。
まぁいい。
お前には責任は問わない。
それだけだ」
と俺は言った。
「ガキどもはどうします?」
とロックは、ほっとした表情で尋ねる。
「奴隷と使用人全員を集めろ。そのガキどももだ」
と俺は言った。
「はい」
とロックは短く返事すると、すぐさま走り去っていった。
10分後、屋敷の庭に、使用人と奴隷が集められる。
公開処刑……。
もしくは連帯責任。
そんなイメージがあるのか、
皆緊張した面持ちだった。
……
オイラはバルス。自由が欲しいんだ。
奴隷のバルスは、頭がよく、口が回る少年だった。
同じ奴隷の仲間4人を従えるリーダー格。
彼は、奴隷商人エドモントの支配からの脱出をひそかに狙っていた。
「今晩脱出するぞ」
とバルスは小声で言った。
「でも、バレたら鞭で打たれるぞ」
とジョンは忠告する。
「それに、ここを出たって、どこで生活するんだ」
とハンニは尋ねる。
「冒険者だ」
とバルスは言った。
「俺らでも冒険者になれるのか?」
とジョンは身を乗り出す。
「冒険者は誰でもなれるって聞いた。
あのAランク冒険者マツーも、元逃亡奴隷みたいだ」
とバルスは言った。
「マツーって、あの色の黒い?」
とジョンは尋ねる。
「じゃあ、俺らもマツーみたいになれるのか」
とハンニは呟く。
「なんか夢があるね」
とジョワンは言った。
「だろ。ここにいたって、一生奴隷だ。俺は夢を追いかける」
とバルスは言った。
「よし、やろう」
とジョンは言った。
「俺も行くよ」
とハンニはバルスの肩を叩く。
「みんなでやれば、怖くない」
とジョワンは言った。
「わかった。俺も行く」
とルイダは言った。
……
10分後。
庭に使用人と奴隷たちが集まった。
張り詰めた空気が重く肩にのしかかる。
皆は整列し、
俺はその前方の少し高い場所に立つ。
そこには縄で拘束された5人の少年の姿があった。
「こいつらが脱走した奴隷たちです」
とロックは言った。
「ロック。普通、逃げた奴隷はどうなる?」
と俺は尋ねた。
「はい。意識がなくなるまでむち打ち。あとは食事抜き、連帯責任の場合もあります」
とロックは言った。
「貴族から買ってきた奴隷がいたよな。前に出ろ」
と俺は言った。
50人の奴隷が出てくる。
「ロックの言ったことは本当か?
ウソだという奴は手を上げろ」
と俺は言った。
誰も手を上げない。
「そうか……。鞭打ちや、食事抜き、連帯責任っていうのが、定番か」
と俺は言った。
沈黙が走る。
「クソみたいな制度だな。俺はそんなことはしない」
と俺は言った。
動揺が走る。
そんなことはしない。
もっと残酷なこと。
それとも、無罪放免。
いやそんなはずはない。
そんなことを考えた者が、多かったのだろう。
「脱走。
そうか……。
勇気があるじゃねぇか。
冒険者になろうと思っただって、
夢があるじゃねぇか。
普通は奴隷商から逃げたら、打たれるのが道理ってもんだ。
ただな。
俺は暴力は振るわない。
だから見逃してやるよ。逃げればいい」
と俺は言った。
場は再び凍り付く。
脱走した少年たちは、状況がのみこめていないようだ。
「ただな。
この服はお前のもんじゃねぇ。俺のものだ。
だから、この服は返せ。
やれロック」
と俺は言った。
「へい」
とロックは、少年たちの服を脱がせる。
「下着は残してやれ。あと取っておいたボロボロの服あるだろ。あれ持ってこい」
と俺は命じた。
「お前達は俺の所有物だが、
今日死んだと思っといてやるよ。
追いかけはしない。
ただな。
お前を守りもしない。
お前には、何の財産もない」
と俺は言った。
ロックはボロボロの服を持ってくる。
それは悪臭が漂う冷たい服だった。
「あぁこれだ。これなら1着だけやる」
と俺は言った。
「あと、パン二つずつ、人数分持ってこい」
と俺は使用人に命じた。
すぐにパンが用意された。
「これは今日お前達に食わせるために、用意したパンだ。
これも今日の分はもう焼いたから、お前にやる。
餞別だ」
と俺は言った。
少年たちは、パンを受け取るが、
その顔は、
希望に満ちた顔ではなく、
ただただ、どす黒い、絶望に満ちた顔だった。
「他はいねぇか。
外に出るなら今だぞ」
と俺は言った。
誰一人、声を上げる者はいなかった。
「あとお前ら、
逃げるなんて臆病者のような真似はするな。
最後に、
ここにいる一人一人にあいさつしていけ。
ありがとうございました。
と別れの挨拶をするんだ。
お前ら、こいつらは夢を持って出ていくんだ。
止めるなよ。
勇気ある行動を称えてやれ」
と俺は言った。
俺はロックに命じて、
使用人や奴隷たちを、並ばせる。
少年たちは、
がたがた震えながら、
挨拶をする。
「旦那様よろしいでしょうか?」
と若い女の使用人が手を上げた。
「どうした」
と俺は言った。
「この子……、
ルイダはここで働きたい。
冒険者はもうしたくないと、言ってますが、どうしましょうか?」
と若い女の使用人は言った。
「そうか……。
どうしようか。
セバスどう思う?」
と俺は言った。
「働きたいという士気の高い者なら、申し出を断るのも、もったいないかと」
とセバスは言った。
「あぁそうか。わかった。じゃあ戻れ」
と俺は言った。
「旦那様、このジョワンという子も戻りたいと」
とエリーザは言った。
「あぁそうか。わかった。じゃあ戻れ」
と俺は言った。
「旦那様、このジョンという子も戻りたいと」
と奴隷の女は言った。
「あぁそうか。わかった。じゃあ戻れ」
と俺は言った。
「旦那様、このハンニという子も戻りたいと」
とセバスは言った。
「あぁそうか。わかった。じゃあ戻れ」
と俺は言った。
そして、最終的にバルスだけが、出ていくことになった。




