罠
バルスが出ていき、
ずいぶん組織内が静かになった気がした。
今回俺は、
恐怖で人を支配したのか、
それとも現実で人を支配したのか、
そう自問自答した。
俺はヤクザの若頭だった時代の事を思い出す。
よく組長とヤクザとヤクザ映画について話をした。
「なぁ。俺はな。ヤクザ映画がヤクザをダメにした。そう思っているんだ」
組長は、ぽつりと言った。
「組長もヤクザ映画好きじゃねぇですか。なんでダメにしたなんて思うんですかぁ」
と俺は尋ねる。
「ヤクザは、愛され、しかし恐れられる存在であるから、生存できた。
しかしな、ヤクザ映画が流行り出してから、少しおかしくなった。
あの時、ヤクザの定義は、たんに恐れられる存在でしかなくなった。
だから滅びの道をたどった。
俺はそう見てるんだ」
と、ボンヤリと熱燗を傾けながら、組長は言った。
「まぁ。そういうところはないとは言えないですねぇ」
と俺はテーブルを拭きながら言った。
「ヤクザ映画はな。
ヤクザを偽りの恐怖で強くはしたが、それはステロイドのように、ヤクザの中の義理と人情という本質を蝕んだんだ。
わかるか?
義理と人情を欠いたヤクザという存在は、ただの暴力装置にすぎない。
そういうことだ」
と組長は言った。
その目は、憂いに満ちているというか、世界に飽きているとか、そういう目だった。
「ただの暴力装置……。
耳が痛い話ですね。
しかし、ヤクザ映画は暴力を美化するとも、言われてますぜ」
と俺は言った。
「義理や人情というのは、映像を通じては、うまく表現できん。
わかるだろ。
恩や義理ってのは、感覚なんだよ。
わかるよな。
ようは、その義理や人情を受ける側の気持ちに、観客を誘導するのは難しいからなんだ。
しかし、暴力は違う。
確実に違う。
暴力は映像だけで、
見る側に、圧倒的な恐怖を植え付ける。
だから、本質的に、ノワールで暴力側を美化することなど不可能なんだ。
もう一度言う。
ノワールで暴力側を美化することなど不可能だ」
と組長は低い声で言った。
「ノワールで暴力側を美化することなど不可能。
たしかに、そうかもしれませんね。
ある種の嫌悪感しか残りませんものね」
と俺は遠くを見た。
俺は若頭をやりながら、そしてこの世界に来てからも、
ずっと考えてきた。
暴力と支配についてだ。
俺は暴力は嫌いだ。
ヤクザなのに、
なぜって?
理由はいくつかある。
・殴っても蹴っても、こっちが痛い。
・ヘタしたら捕まる。
・服や部屋が汚れる。
つまり、
コスパが悪いってことだ。
しかも、
暴力は連鎖するし、
復讐だって起こりやすい。
どう考えても、
暴力を採用するコストは高い。
つまり、
暴力で支配する奴は、
頭が悪いだろってことだ。
そこに属するのは、勘弁ならない。
俺の美学が許さないってことだ。
……
(こんこんこん)
執務室にノックの音がする。
「エリーザです。モエ様が来られました」
とエリーザの声がする。
何のようだ。
「わかった。客間に通しておいてくれ」
と俺は言った。
「かしこまりました」
とエリーザは言った。
俺は途中だった執務を終わらせ、客間に向かう。
「ひさしぶりだな」
と俺は言った。
「エドモント。私のこと忘れたと思っていたわ」
とモエは少しすねた口調で言った。
「そうか……、このところ仕事が忙しくてな」
と俺は言った。
「そう……。今日は忠告よ。あなた、狙われてるわよ」
とモエは目を細める。
「まぁいつものことだ。ありがとな。教えてくれて」
と俺は笑った。
「違うの。今回は相手が悪いの」
とモエは言った。
その表情は少し怯えていた。
「相手が悪い。あぁ、アカベーの裏についてる貴族か……。たしかアホ……」
と俺が貴族の名を口に出すと、モエは急に口を閉じた。
あぁ、これじゃあ……巻き込んでしまうよな。
「忘れてくれ。独り言だ」
と俺は言った。
モエは、執務室の窓際に近づき、外を見る。
「しかし、店の客だろ」
と俺は言った。
「だいじょうぶ。私の客じゃないわ」
とモエは言った。
「ふっ。やっぱ。お前は良い女だ。
じゃあ、こいつら潰せば、店の経営傾くな」
と俺は言った。
「潰せればね。
まぁ私には関係ない事だわ」
とモエは遠くを見た。
「まぁでも火の近くにいれば、火の粉をかぶる可能性だってある。
借金いくら残ってるんだ」
と俺は尋ねた。
「金貨30枚よ」
とモエはため息をついた。
「俺のところ来ないか?」
と俺は言った。
「身請けするつもり?」
とモエは眉間にしわを寄せる。
「いやそうじゃない。俺の下で働かねぇかってことだ。
お前みたいな鼻の利く奴が俺には必要だ」
と俺は言った。
モエは、黙ったまま考えている。
「誰と添い遂げるかは、好きにすれば良い。
好きな奴の側にいればいい。
ただ仕事を手伝って欲しい」
と俺は言った。
「わかったわ。ただし、条件がある」
とモエは俺の目をまっすぐ見る。
「なんだ」
と俺は言った。
「あと金貨10枚用意して欲しい」
とモエは言った。
「わかった。用意しよう。理由を聞いてもいいか?」
と俺は言った。
「妹分があと金貨10枚で出れるのよ」
とモエは言った。
「ずいぶん優しいんだな」
と俺は目を細める。
「ちがうわ。彼女は部下として使える。それだけよ」
とモエは腕を組み、目をそらした。
「よしわかった。
じゃあ、今から娼館に向かおう」
と俺は言った。
モエはうなづいた。
……
俺たちは、娼館に向かい、
金を出した。
娼館のやり手ババアは、
「予約の客が詰まっている」
と多少渋りはしたが、
「わりぃな」
と手に金貨1枚を握らせると、
笑顔になった。
俺はやり手ババアから、
ここだけの話ということで、
面白いことをいくつか聞いた。
なるほど……、
これが事実なら、
殴らなくても、ぶっ潰せるってもんだ。
やり手ババアは、
雇われで、
そもそもこの娼館に未練はあまりない。
だから、利のあるほうになびくんだろう。
そう思った。
俺は、
「娼館やめたら、
うちで面倒見てやるから来いよ」
と言ったら、
「私を身請けするつもりかい」
というので、
「じゃねぇよ。情報屋だよ。うちの屋敷に住んで、しゃべってるだけで、生活できるなら、それがいいだろう」
と言ってやったら、
「それがいい。あんたは男前だが、タイプじゃないからね」
と笑った。




