娼館の女
(こんこんこん)
執務室にノックの音がする。
「エリーザです。モエ様がこられました」
とエリーザの声がする。
モエ……、
あぁ娼館の女か……。
面倒だが、一度会っておこう。
「わかった。客間に通しておいてくれ」
と俺は言った。
「かしこまりました」
とエリーザは言った。
俺は途中だった執務を終わらせ、客間に向かう。
そこには、モエという女がいた。
すらりとした長い足。
引き締まったウエスト。
クリクリとカールしたショートカットに、
身体の線を強調するようなドレス。
店のNO1なのは、すぐにわかった。
「ひさしぶりだな」
と俺は言った。
「エドモント。私のこと忘れたと思っていたわ」
とモエは少しすねた口調で言った。
「そうか……、このところ仕事が忙しくてな」
と俺は言った。
「そうなの……。元気そうね。ずいぶん痩せたんじゃない」
とモエは目を細める。
「あぁ。体重を5キロほど絞った」
と俺は腹の辺りを触る。
モエは近くに寄ってきて、お腹を触る。
「すごい、お腹の肉がなくなってるじゃない」
とモエは言った。
「まだまだだ。あと3キロは絞る」
と俺は言った。
「どうしたの? そういえば、強盗に襲われたって大丈夫だったの」
とモエは顔を近づける。
「あぁ、この通りピンピンしている」
と俺は言った。
「前よりも元気そうだものね」
とモエは笑った。
「そうだな」
と俺は言った。
「わかったわ。元気ならよかった。じゃあね」
とモエは言った。
「あぁ」
と俺は玄関まで見送った。
モエは振り返りもせずに、屋敷から出て行った。
エドモントがハマったのもわかる。
なかなか上手い去り方だ。
少し押して、そしてスーッと引く。
それを自然にできる。
これをされたら、普通の男なら、ぐっと惹かれるだろう。
しかし……、
俺はそんな手には乗らない。
………
その頃モエは、
娼館へ馬車で帰る途中だった。
「姉さん。エドモントの旦那、どうでした」
と娼館の若い男は言った。
モエはボーっとした表情で遠くの景色を見る。
「あれはダメだね」
とモエは言った。
「えっ? エドモントの旦那って言ったら、姉さんにぞっこんだったでしょ」
と娼館の若い男は言った。
「そうよ。完全にハマっていたわ」
とモエは言った。
「ならどうして? 喧嘩でもしたんですか」
と娼館の若い男は言った。
「私がそんな事するはずないじゃない」
とモエは言った。
「ではなぜ?」
と娼館の若い男は言った。
「そんな事知らないわよ」
とモエは吐き捨てる。
「すみません」
と娼館の若い男は言った。
「まるで、別人みたいだった」
とモエは呟いた。
「強盗に頭を強く殴られたって聞きましたぜ」
と娼館の若い男は言った。
「打ち所が悪かったのかしら」
とモエは言った。
「姉さんに惚れないなんて、頭がおかしくなったんですよ」
と娼館の若い男は言った。
「……でもね。いい男になってたんだ」
とモエは呟く。
「なんか、言いましたか?」
と娼館の若い男は尋ねる。
「ブサイク見てたら、お腹空いたって言ったのよ。どっか店寄りなさい。肉食わしてあげるから」
とモエは言った。
「あざす。すぐに向かいます」
と娼館の若い男は言った。
………
その頃、エドモントの屋敷では、
「旦那様、娼館に行くご用意でもいたしましょうか?」
とエリーザは言った。
「なんで、そんな事を聞く?」
と俺は尋ねた。
「いえ。前はモエ様がこられたら、すぐに娼館に向かわれてましたから」
とエリーザは言った。
「……そうか、いや行かない」
と俺は言った。
「大丈夫なのですか?」
とエリーザは言った。
大丈夫……、
一体何を心配しているのか?
「それは……、俺がモエに好意を持っていたからという事か?」
と俺は言った。
「……えぇ。まぁ。最近の旦那様が少しご様子が前と違うので」
とエリーザは言った。
「前のほうが良かったか?」
と俺は尋ねた。
「いえいえ。そんな事はありません」
とエリーザは言った。
「前の俺はどんなだった」
と俺は言った。
「……それは」
とエリーザは言った。
「あぁ言いにくいよな。それがどうかとは聞いていない。どんな行動をしていた?」
と俺は言った。
「そうですね。いつも鞭を持っておられて、奴隷や使用人がヘマをすると、すぐに鞭でお仕置きをなさってました」
とエリーザは言った。
うわ。The奴隷商人みたいな行動だよな。
「他には……」
と俺は言った。
「週に3回は娼館に通われてました」
とエリーザは言った。
「仕事とかは?」
と俺は言った。
「ほとんどされずに、貴族の方と会談をよくされてました。
そういえば、最近会談もされてないですね」
とエリーザは言った。
俺は貴族と何を会話していたのだろう……。
「エリーザ……、俺はお前には何かしたか?」
と俺は尋ねた。
「……それは、
私、仕事を思い出したので、これで」
とエリーザは真っ赤になって去っていった。
あぁそうか……、
本当に、Theクソ奴隷商人みたいな行動だな。
そう俺は思った。
別にそれを悔やんだわけでも、
罵倒したいわけでもない。
ただの認識として、
そう思ったのだ。
俺は正義という感覚が非常に曖昧模糊としているのだ。
俺は執務室にあった鞭を思い出した。
棚の中の鞭を取り出す。
革の冷たさと、怨念がこもったような湿り気を感じた。
鞭を手にじっとそれを見つめる。
鞭の色は均一ではなく、
黒でも茶色でもない、
ただただ……、
どす黒い色をしていた。
これは鑑賞用ではない、
本当に使われていた鞭だ。
俺はそう確信した。
頭の中に、
エドモントの記憶が断片的に蘇る。
こいつ……笑ってやがる。
自称神……、
なんてバケモンに転生させやがった。
神への多少の怒りと同時に、
無知と無恥と鞭という言葉が、
むちの同音であることに気が付く。
知識がないという意味での無知。
恥を知らないという意味での無恥。
そして動物を調教するための鞭。
人や動物を暴力以外で、
手なずける方法を知らないという意味での無知。
人や動物を暴力以外で、
手なずける方法を知らない事を恥とも思わないという意味での無恥。
まさに、
ある時期からのヤクザの在り様と同じではないかと思った。




