(8-2)
今夜もよろしくお付き合いのほどを。
何が起きてるの? そう、自分からは問えないからだ。
結い上げた髪に厚化粧。
ただ、しわくちゃの顔にはめ込まれた頭領の双眸は、常軌を逸した光を放っていた。
大抵の人間は、その狂気に近い眼光を向けられただけで、言葉を失う。
紅坂の望みは頭領が叶えた。
顎で二人を指しながら、紅坂に問う。
「ミク、こいつら、何なんだい? さっき、いきなりやってきて、犬丸角栄の死と、紅坂美紅につい
て話があるって言ったんだ。用件は、アンタが帰って来てから話すとしか言わない。説明しな」
「…… 私のクラスメートで、一昨日、甲賀のマルと呼ばれる忍者に、犬丸が仕留められたとき、現場にいました」
頭領は、険しい目を二人に注いだまま、軽く頷いた。
犬丸の死は、とっくに耳にしているはずだ。樫沢はむすっとした顔のまま言った。
「犬丸先輩は、俺等、応援団と、やさぐれ達のヒーローでした」
頭領は、フン、と鼻を鳴らし、険しい顔のまま言った。
「で、チンピラ番長と、七五三が伊賀の里に何の用だい?」
樫沢はぽかんとした顔で、頭領を見、続いて蒼瀬に助け船を求めた。
「アオ、番長ってなんだ?」
更に、目を吊り上げた老婆は、理由に思い至って、ため息をついた。
「ガッコで一番強いヤツのことだよ…… 全く、そんな時代でもないのかね」
樫沢は、大きく頷くと、能面の蒼瀬から目を戻していった。
「それなら、紅坂が番長だ。俺よりつええんだからな。下手すりゃ、日本一つええ。ケンさん、死んじまったし……んで、頼みがあって来ました」
樫沢は、軽く、だが揺ぎ無く言った。
「風俗なんかいかせねえ。紅坂、返してくれ」
老婆はややあって振り返り、真っ赤になって、両手で口許を覆っている、紅坂を睨んだ。
「ずいぶんお喋りだね、ミク。まあいいさ。答えは決まってる。伊賀の掟は絶対だ。
あんたら、よそもんに口を挟まれる謂われはないね。話が済んだらとっとと消えな」
立ち上がろうという素振りを見せる老婆に樫沢は言った。
実に彼らしく。
「待ちなさい、婆さん。俺だって、あんたが、簡単にOKするとは思ってねえ。で、代案がある」
礼を失した樫沢の口調に睨め付けてくる頭領の眼光をガッチリ受け止め、樫沢は宣言した。
「俺が…… 身代わりになる」
一瞬怪訝な顔をした老婆はみるみる額に青筋を立てる。
紅坂は背筋に力の入った、頭領の後ろ姿を見て、真っ青になった。
樫沢は、フッと悲しげに笑い、妙に詳しく話し始めた。
「紅坂、そんな顔すんな。 和風の風俗っていったら、アレか?
難波の隣か、生駒山のてっぺんにある、赤線地帯みたいなもんだろ?
俺だって、あんな遣り手ババアが手招きしてる、看板もねえ小料理屋なんかいきたかねえさ。
そういや、通りかかったアベックに見せ物じゃねえって、水ぶっかけてた婆さんに似てるな、あん
た…… だけどな、紅坂」
怒りに震える頭領を完全にスルー、樫沢は自分の台詞に酔ったのか眼に涙を溜め、蒼白になっている紅坂に向かい、熱く言葉を迸らせた。
「俺だけなにもしないってわけにゃいかねえだろ? お前達ばっかりいいカッコさせてたまっかよ! そんなわけで、需要は未知数だけど、よろしくおねがいします!」
「…… 犬丸が三ッ首に憑かれたって知ってるのは五行天狗の連中と、このションベンガキどもだけかい?」
頭領の軋む様な低い声に紅坂は、思わずはい、と答え、自分の冒した失敗に気づいた。
「なら、生かして帰すわけにゃいかないね」
頭領は、傍らの扇子をとりあげ、肘掛けを手慣れた様子で打った。
天井の隅が開き、廊下にも複数の気配が生じた。
紅坂は反射的に、背中の銃に手を掛ける。
この二人だけは死なせない。
瞬間、疾風が縁側から、吹き抜け、上方に向けて、伸び上がった。どこかで聞いたようなかけ声が、威勢良く響き渡る。
「しょーりゅーけん!」
その人影は、天井を貫いてジャンピングアッパーをぶちかまし、隠れていた作務衣の男を引きずり出すと、廊下の似たような連中に向かってぶん投げた。
紅坂は眼を瞠った。
あれは五行天狗衆の長女。
無表情な頭領を尻目に、畳を蹴った小夜は、雄叫びを上げ、廊下に飛び出した。
「俺、最強! 伊賀にだけは、伊賀にだけは、もう負けねえ!」
肉を打つ音と、くぐもった悲鳴が上がる。
それをかき消すかのように、老婆に勝るとも劣らない、毒に満ちたソプラノが響き渡った。
「なんえ、この匂い。屋内の集合墓地みたいどすな…… 邪魔や、三下」
好き放題な感想を述べた後、雪は、集まってきた伊賀の壮漢達に向かい、火を噴いて牽制した。
開け放たれた障子の死角から、雪に背後を護られて現れた小柄な影が、別段驚いた様子もない頭領に向かい言った。
「ご無沙汰しております、頭領。我ら、五行天狗の襲名式以来ですね」
生真面目な顔をした美香は、頭領を挑むように見た。
頭領の白目が黒く変じ、含み笑いをするしわがれた声が二重に変化した。
「伊賀に殴り込みかい、小娘ども…… ありがたいね、死人に口無しさ」
美香は眉一つ動かさずに言った。
「我らだけでなく、甲賀まで敵に回すつもりですか? 蒼瀬くん、紅坂さんも来たんだし、もういいでしょ」
美香に促され、今まで無言で成り行きを見守っていた蒼瀬は、懐から書状を取り出した。
「祖父からです」
蒼瀬の掲げる書状の制作者の名を見た途端、老婆の妖気に満ちた眼が普段のそれに戻った。
歩いて近づいてきた、蒼瀬からそれを受け取ると、肘掛けから眼鏡を取り出し、書面に見入る。
一瞬だけ目に驚きの色を浮かべた頭領は、ややあって、口を開いた。
「あんた、つまり……」
蒼瀬は堂々と名乗る。
「申し遅れました。僕は、ダイケン製薬創立者、真田大建の孫で、蒼瀬瑞穂と申します」
紅坂は頭が真っ白になった。
聞いていない。
そんなの、聞いてないし。
頭領には、ダイケン製薬の依頼で蒼瀬を護り、五行天狗衆の助っ人をするよう言われただけだ。
紅坂は、事態の進展についていけなかった。
「聞いた事はあった。正嫡は甲賀から離れたってね…… いまさら、どういうつもりだい? 」
蒼瀬の答えは簡潔だった。
「逃げないって決めました。以後、よろしくお願いします」
頭領は、鋭い視線を蒼瀬に据えていたが、ニンマリとした笑みを浮かべた。
他人の不幸を嘲笑う類いのそれだ。
「違うね、お前はそういうのが好きなのさ。平和、つまり退屈するくらいなら死んだほうがマシ。そんな眼さね」
無表情に見つめ返す蒼瀬に向かい、老婆は続ける。
「陰の金属の保持者…… 犬丸も正確には違うし、アンタが初めてじゃないのかい? 陰が、五行天
狗衆になれるのかね? 不運ここに極まれりってやつだ」
「とんでもない」
蒼瀬は瞳を眇め、微かに笑った。
「この金属のおかげで、初めて、人と深く関われました。感謝してるくらいです」
頭領は取り合わずに首を振り、不吉な歓迎の辞を述べた。
「地獄へようこそ。 後悔したって遅いよ」
樫沢の静かな声が、ぽつりと緊張の走る大部屋に転がった。
「アオ…… じゃ、お前、甲賀側か」
「…… そうだね?」
紅坂はその台詞に違和感を覚えた。
蒼瀬達も怪訝な表情だ。気にする部分がずれている。
樫沢の言い方はまるで……
「何てこった、俺はこの婆さん側なのにな」
また明日!




