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(7-2)

間に合った。

今夜もよろしくお付き合いのほどを。

雪の大きな瞳にも、諦めの色が浮かんでいた。逃げる気力もなさそうだ。

「じゃあな」

犬丸の非情な呟きを耳にし、小夜は最後に自分が出来る精一杯の事をしようと思った。

全身が、高熱を発し始めているが、もう、リミッターを戻す必要もなさそうだ。

気力を振り絞り、座ったまま雪を抱きしめ、そして背中に庇った。

どのみち二人とも串刺しだろうが。

「ゴメンな、雪。姉ちゃん、弱かった」

雪も小夜の背中に抱きつき、子供の頃のように顔をくしゃくしゃにして泣いた。

「小夜ねえ…… 美香治ったらええね」

小夜は犬丸を見据えたまま、姉として最後の命令を下した。


「雪、目を閉じてろ」


そのとき。


引き戸を開ける音がすると、叫び声が響いた。

剣を小夜達に向けた犬丸の動きが止まる。

「やめて!」

屋内から漏れる光を背に、紅坂は金切り声を上げた。

ザンバラになった髪に、覆われていない方の目を見開いている、白いブラウスの大半を赤黒いシミで覆われた少女は、背を向けている犬丸によろよろと近づき、後ろから抱きしめた。


「お兄ちゃんやめて」


だが、そのくぐもった声を聞くやいなや、犬丸は抱きついている紅坂の髪をわしづかみにし、片手で前方へ放り投げた。

驚愕に目を見開く紅坂の胸を、如意棒の様に伸びた黒い刀身が刺し貫く。

小夜も雪も凍り付いたままそれを見ていただけだった。

犬丸は怒りを込めて吐き捨てた。


「血の匂いがしねえ。それと、ミクは俺のこと、アンちゃんって 言うんだよ」


その言葉に合わせるかのように紅坂だったモノは、空中でさらさらと塵に帰った。

幻術だ。

実体を伴う幻術を使えるのは、姉妹の中でただ一人。

犬丸は、小夜達に背を向け、開け放たれた引き戸から屋内へと向き直った。

そこには。

真っ青な顔で廊下に立っている紅坂、さらにそのずっと後ろ、階段のそばに、半裸の蒼瀬に支えられている下着姿の美香がいた。

「美香……」

「美香!? 大丈夫なんか」

呟く小夜と、素っ頓狂な声で叫ぶ雪。

こんな時でも己より美香の心配をする次女が、雪らしい。小夜は思った。


「そっちこそ……」


美香は苦しそうに呟く。その頭部には、懲りもせず猫耳が立っていた。

さっきの幻術そのままの姿をした紅坂は、手を広げ、右脚を引きずりながらゆっくり犬丸へと歩み寄る。

三和土を降りるとき、バランスを崩した紅坂に犬丸は思わず手を伸ばしかけ、見えない障壁で盛大に弾き返された。顔を顰める犬丸に、紅坂は魂の抜けた表情で、ほとんど声を出さず唇の動きだけで呟いた。


「……んちゃん」


犬丸も悲しげな顔で両手を広げて待った。

紅坂は引き戸の結界を潜り抜け、崩れ落ちるように、犬丸の腰へと抱きついた。


「待たせたな、ミク。だけど、まだ終わってねえ」


労るように紅坂の髪を撫でると、犬丸は蒼瀬へと顔を向けた。


「初めて会うな、コード000。ミクを助けたい。俺について来てくれたら、お前の友達、全員死なずに済む」


蒼瀬は荒い息をついて項垂れる美香を支えたまま、怪訝な顔で犬丸を見つめている。


「悪いが、拒否権はねえ。お前が助けてくれねえと、ミクは売春婦にされちまうんだ」


蒼瀬はこれ以上ないと言うくらい目を見開いた。

紅坂が、より強く犬丸に抱きつく。

犬丸が、宥めるように、紅坂の肩に手を置いて言った。


「ミク、離れてろ。俺が、必ず何とかしてやる」


紅坂は犬丸の腹に顔を押しつけたまま、強くかぶりを振る。

犬丸が苛立ちを表に出した。


「ミク……」


そして。




「ぐふっ!?」



紅坂がその姿勢のまま、一気に犬丸の体を締め上げた。

めきめきっと音が響く。

愕然と見下ろした犬丸の顎に、突然立ち上がった紅坂の頭頂部が炸裂した。

仰け反る長身のソバージュを掴むと、紅坂は涙を流し、強張った顔で言った。


「アンちゃん、体が勝手に……」


犬丸の目に動揺が走り、ふるいかけた黒いブレードが微かに揺れる。

頭を引き戻された、犬丸の視界に、蒼瀬に支えられ嫌らしい笑みを浮かべていた美香が映り、さらさらと消えていく。


小夜は呆然と呟いた。



「あっちが幻術……」



そして。

犬丸はとっさに顎を引き、頭を下げた。

その額に、紅坂の姿をした何かの前頭部が叩き込まれた。

変化した犬丸でも耐えられる衝撃では無かったようだ。

両膝を付く。いまや、美香の顔に・・・


明らかに紅坂の血を塗りたくったであろう、美香の顔に戻ったその少女は、力なく呟いた。


「そっか、お兄ちゃんはNGなんだ。貴重な情報、ありがとね」


薄いブルーにチェックの入ったブラとショーツ姿の美香は、ふらりとよろめいた。

今や、自分の妹で無いことを確信した犬丸は。


「ざけやがって、クソガキ!」


悪鬼の形相で傾いた美香の胴体に向かい、右腕の刃を疾らせる。



「美香ぁ!」



小夜と雪の悲鳴、そして轟音が重なった。


耳を聾する、銃声とともに、犬丸のブレードが弾き返される。

とっさに身を捻った犬丸は、続く銃声で肩に被弾し、くるりと半回転する。

階段から降りてきたらしい、坊主頭に無精ひげの僧侶が、廊下の奥で立っているのを、小夜は見た。

険しい顔で硝煙漂う銃口を犬丸に向けている。

小夜は叫んだ。


「先生!」


利き手を伸ばし、反対の手で引き付ける様にして銃を握る、ウィーバースタイルのまま、斎賀はスタスタと廊下を犬丸に向けて歩き始めた。

小夜たち三人も、斎賀に厳しく仕込まれた銃の撃ち方だ。


「く、そ!」


犬丸は半回転させられた勢いに逆らわず回り続け、右腕を掲げて、電灯に鈍く光る黒いブレードを向けた。獲物に牙を剥く蛇のような勢いでマルの首へと切っ先が伸びる。

結界が作動し、白い稲妻が犬丸を包む。だが、袈裟を着た壮漢は、歩みを止めず、軽く進行方向を変え、首を傾けそれを躱すと、更に自動拳銃を速射した。

三発を一気に発射する三点バーストを胸に食らい、犬丸は血飛沫をあげ、後方へ吹っ飛んだ。

それでも、長身の伊賀忍者は踏みとどまる。

斎賀は、三和土に倒れている美香の横を通り過ぎ、早足で迫ると、なおも立ち続ける犬丸を、ケンカキックで蹴倒した。


誰も声を発する者はいない。


大の字に倒れた犬丸に、ベレッタM92Fを向けたまま、斎賀は片手でタバコとライターを取り出すと、器用に火をつけた。

ジッポを閉じる澄んだ音が、星の見下ろす境内に小さく響く。


「…… すげえ」


俯せのまま、顔だけ上げた樫沢が、呆然と呻く。

「参った…… よくもまあ、あんなエグイ手考えつくぜ、あのチビ」

犬丸が苦笑混じりに呟いた。

声に、ゴボゴボと血泡が混じっている。

斎賀は答えず、苦そうに煙を吹いた。

小夜と雪にちらりと視線を走らせ、美香の方に顎をしゃくる。

小夜と雪は、よろめきながら、立ち上がった。比較的無事な雪が、小夜より早く、美香へと駆け寄った。

「美香! しっかりしよし!」

蒼瀬に抱え上げられている、血まみれの美香を雪が揺する。

雪は、美香の手を握ると、九字を唱えた。

二人同時に猫耳が消失する。

その時、小夜の視界に、リビングから現れた人影が映った。

ミサだ。

片手に散弾銃をぶら下げている。色白の顔を歪め、美香へと駆け寄った。

その、すぐ後ろから、もう一つの影がよろめき出た。

紅坂だ。

小夜は驚いた。さっきの美香の幻術が映した姿より、遙かに死人に近い。

自らの血で生乾きになっているセミロングの髪は、ごわごわで、血の気が無くなった青い顔は、昔日の映画にでてくる吸血鬼のようだ。

大半が赤黒く染まっている白のブラウスは、スカートからだらしなく裾がはみ出し、まるで暴漢に襲われた被害者のようだった。

縛られていたのか、赤い輪のような痣が付いた、手首をさすりながら、片脚をひきずり、のろのろとこちらへ歩を進めてくる。

蒼瀬も雪も、ミサも美香の介抱に必死で、紅坂に注意を払わない。

その横をゆっくりと通り過ぎる紅坂。

樫沢は、マルからもらったタバコを持って、犬丸に這いずりよると、荒い呼吸をつく口元に差し込んでやっている。

死にかけの蝉のようにのそのそと、こちらへ向かってくる紅坂を見ているのは自分だけだ。


周囲の音が消え、世界が紅坂と自分だけになったような気がした。


小夜の胸に、言いえしれない感情が込み上げてきた。


明日はお休みします。


GW中はどうしよう、仕事が・・・


また、ツイッターか活動報告で書きこみます。

https://twitter.com/vaiolet89443556



ただいま19:57分。


ちょっとギリギリすぎた・・・



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― 新着の感想 ―
[良い点] 切ない、哀しい、なんだか泣いてしまいそうだ。
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