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第七章 電気街の羊に狼の牙はあるか

第七章です。

よろしくお付き合いのほどを。

痣のできた頬を膨らまし、渾身の力で雪が炎を吐いた。

周囲をキャンプファイアのように明るく照らす炎を、犬丸の左手から放たれる、トリカブトの毒液が迎え撃つ。

樫沢の正確な投石が、ケルベロスの頭部を狙い、最小限の動作でそれをかわす犬丸の本体を、弾丸のように飛来する小夜の斬撃が襲いかかる。

三体に分身する小夜の攻撃を、犬丸はすれすれでかわし、なぜか正確に小夜の本体を察知して、攻撃を繰り出してくる。

一瞬でも気を抜くと、犬丸は、倉庫で小夜が傷つけたアキレス腱から血を吹き出させながら、瞬動をかけてくる。

リミッターを切り、常に全身を硬化させていなければ、小夜も雪も、とうに頭部を熟柿のように破壊されていたろう。

命がけのルーティンを繰り返しながらも、少しづつ小夜達の動きに変化が現れていた。

小夜は真直ぐに突っ込まなくなった。

犬丸に足を引っかけられ、喉を破壊されかけたことと、樫沢が犬丸の瞬動を、常に全力でサイドステップを続けることにより、辛くもやり過ごしているのを見たからだ。

だから、小夜は、犬丸に突撃するときは、分身するのと、周囲の石碑を蹴ってあらぬ方向から襲いかかるのとをランダムに選択した。

しかし、流石に体力を消耗してきていた樫沢が最初に捕まった。

肉を打つ重い音と、短い苦鳴。

ボディを打たれた樫沢は、砂埃をあげ、朽木のように倒れた。

右手を保護していたタオルが解け、拳に巻き付けていた自転車のチェーンが覗く。

手は血とオイルでまだらに染まっていた。


「四角いのん!」

 

 雪が叫んだ。

「わりいな、カシ。俺もちっとばかし不調だから、あんまり手加減できねえ」

強力な結界が張られている不動家の前で、犬丸がぼやいた。

ダメージを堪え、リミッターを切って、無理矢理参戦している小夜の目からみても、確かに犬丸は消耗していた。

ソバージュのかかった肩までの長髪は血に濡れ、ケルベロス化した時に受けたダメージで、素肌の上に来ている黒いスーツのあちこちが、さらに暗い色に濡れている。

木屋町の遊び場が似合いそうな服装を、一瞥した犬丸は顔を顰めた。

「せっかくガメて来たおニューが台無しだな……」

白い猫耳を立て、闇夜で髪の毛を揺らして、雪は嘲笑した。

「よう似合うてますえ、その喪服。ワレの葬式で、喪主と弔問客と、死体の三役やらにゃいかんどすからな」

「口の減らねえガキだぜ、ったく」

犬丸は苦笑した。

小夜達としては、鳥居以上に強力な結界の張られた、家の中に逃げ込みたいが、引き戸の前には伊賀最強の忍者が立っている。

犬丸の足下に倒れている樫沢が気になるが、今はどうしようもない。

入り口は他にもあるが、この騒ぎでも家の中から人が出て来ないところを見ると、美香に対して何らかの治療を行っている可能性が高い。

さっきから微かに聞こえるのマルの読経が、小夜の推測を補強している。

犬丸が顎をあげ目を細めた。

「マル…… 何かやってるな」

五月の夜風に耳を澄ませていた犬丸の目つきが変わった。

「遊びが過ぎたか。コード000を先に使われちゃたまらん」

小夜が口の端から垂れる血を、拭いながら笑った。

「いまから本気出すって、言い方カッコわりいぜ?」

犬丸はもう笑わなかった。

開いた口から出たのは。


「臨」


小夜と雪をぎょっとさせる言葉だった。


「兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」


犬丸の全身がスパークした。

落雷を受けたアンテナのような大気を震わす音。

小夜と雪は、瞬間的に、顔を庇った。

光が収まるのを感じ、二人は身構えながらも、薄目を開けた。

そこに立っていたのは。

白く輝く光を放つ、犬丸の姿だった。

長髪が、リミッターを切ったときの雪のようにゆらゆらとざわめき、頭部には、小夜達よりも大きく、鋭く尖った耳が屹立していた。

「ここからは全力だ。じゃねえと、結界を破った後、マルと戦えねえ。あいつは甲賀切っての使い手だからな」

小夜の膝頭が震えた。

絶望が全身の力を抜き去る。

小夜は呆然と呟く。

「九字呪法による変化…… おまえ」

「あ? 九字呪法はただのボタンだ。何のスイッチにするかは、そいつ次第だよ。俺の場合は、フュージョンの割合の調節だ」

小夜は膝を付きそうになる。

はったりじゃなかった。

あいつは、まだ本気じゃなかったんだ。

雪も恐怖に震えている。

小夜は雪に言いかけた。

引こう、と。

顔は痣だらけ、口の中は切りまくってざくざく、後は結界とマルさんに任せよう、と。


「ふ…… ざけんのも、たいがいにしよし」


小夜はぎょっとして、雪を見た。

その目には、涙が浮かび、全身は瘧にかかったかのように震えてる。

いまの台詞も蚊の鳴くような声だ。

犬丸は不機嫌な顔で言った。


「あ? 聞こえねえ。とにかくじっとしてろ。稽古は終わりだ。オメエラ、後半の動きは良かったぞ」


踵を返そうとした犬丸に、雪が吼えた。


「稽古ォ? 今から全力ゥ? 上等やん、うちらの本気をみせたるわ! びっくりして死によし!」


犬丸が舌打ちした。

眼差しが、先ほどとは比べ物にならない、殺気を放っている。

「空気読めや。ミクの事で、義理があっから稽古で済ましてやってたのが、わかんねえのか、ガキ」

雪はゆっくりとこちらを振り返った。

犬丸に見えない角度で小夜に向けた情けない顔にはこう書いてあった。

どないしよ。

小夜は雪のはったりに苦笑しながら、覚悟を決めた。

この負けず嫌いな次女には、教えられてばかりだ。

首をコキコキ鳴らすと、改めて爪を構え、自信ありげに聞こえるよう、願いつつ言った。

「ってなわけだ。こっちも全力でいくぜ?」

犬丸は低い声で言った。

「アホが…… 十分警告したぜ」

とはいえ、変化した犬丸は立っているだけで、凄い威圧感だ。

そして、既にやれる事はやっている。

リミッターを外し続けるのも後、二,三分が限界だ。


しかし。


犬丸を、瞬きもせずに見ていた雪は、口元をつり上げた。

小夜は犬丸の背後、引き戸の向こうに映る人影に気づいた。

犬丸の、ぴんと立った狗耳がぴくりと動く。

気配を察したようだ。

全ては一気に動いた。

雪の早口な叫びが、夜の静寂に響き渡る。


「避けたら、妹にあたるえ!」


同時に犬丸へと向けた雪の右拳から、三本の鈎爪が射出され、夜気を切り裂き強襲する。

主武器を無くす覚悟の最終奥義だ。

半瞬、躊躇が生じた犬丸の、掲げた左腕に、一列となり深々と突き刺さった。

その時には、五メートル離れた場所から、渾身のダッシュを決めた小夜が、地面スレスレで犬丸の懐に飛び込んでいた。

すぐ頭上を雪の吐く炎が迸る。

これ以上ないタイミングで襲いかかる小夜と雪のコンボ技。


「行けぇ!」


あらん限りの力で突きだした鈎爪は、犬丸の腹部へと吸い込まれた。

次の瞬間、小夜は自分の頭蓋が軋む音を聞いた。

視界が真っ赤になり、真っ暗に。

天地がわからなくなり、何か柔らかい物にぶつかったような感触と、雪の短い悲鳴を聞いた。

受け身もヘッタクレもなく地面を転がり、力のない四肢がそれについて回り―― 止まった。


「さ、小夜ねえ!?」


一緒に巻き込まれ、尻餅をついた雪が悲痛な叫び声を上げる。

「う……」

小夜は、混濁した意識のまま、両手をつき、上半身を起こした。

耳の奥で、ぐわんぐわん音がする。

三半規管がやられたのか、バランスが保てず、片肘を地面に突いた。

口から鮮血が、ぼとぼととあふれ出る。

それでも、朦朧とした視野の中に犬丸を入れるため、何とか敵へと顔を向けた。

そこには、一歩も動かず仁王立ちしたまま、無表情に二人を見下ろす狗神の化身がいた。

小夜によって浅く傷つけられた腹から血を流している。

犬丸は、ほとんど口を動かさず、無表情に言った。


「見事だったぜ。エグイやり口も俺の好みだ…… やれることは全部やったか?」


犬丸は右腕を横に突き出した。

ジジッ、バリバリッと言うスパーク音に合わせ、拳から、黒い刀身が姿を現した。

反りのない、両刃の剣は、稲光を纏って一メートルほどの長さに伸びた。


明日はお休みします。

また、金曜日に!

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