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(6-2)

今晩は。

やすみだぜ!

今夜もよろしくお付き合いのほどを。

一瞬、動きを止めたミサが似合わないせせら笑いを浮かべた。

「今度は救世主気取り? 流石、ダイケンの坊ちゃんは違うわね。悪いけど、お金持ちの気まぐれに、つき合ってる余裕はないの」

その言葉は、蒼瀬が心の扉にかけていた、堅固な錠前を弾き飛ばした。

自分でもはっとするほどの大声を上げる。

「あんたもかっ!」

ミサは眼を丸くした。

後ろで、マルの諫める声。

だが、だれにも聞かせたことのない、蒼瀬の心の叫びは止まらなかった。

「またそれかよ? 好きで金持ちに生まれたわけじゃない! なんで、お金を持ってる連中は、みんなヤな奴って決めつけるのさ? 

じゃあ、聞くけど、持ってない奴らはみんないいヤツらなのかよ!」

言葉を失ったミサに、蒼瀬は迸る気持ちをぶつけ続けた。

今度は自分が八つ当たりしている事を自覚しながら。

「小学生のころ、それでずいぶん嫌な目にあった。ぼくは、お金持ちキャラで押し通せるほど、神経が太くなかったんだ。

心配したおじいちゃんが、名字を変えて、関東から遠く離れた京都で一人暮らしをさせてくれた。父さんも母さんも、仕事でいっつも家にいないから、全然平気だったし、誘拐されかかったこともあったから、事情を話したら、学校も黙認してくれた。でもね」

蒼瀬は溢れた来た涙を拭って続けた。


「この事がばれたら絶対こう言われる。金持ちがビンボーなふりしてムカつく。

わかってるんだ。だって、僕もそう思うもん。だから……」


蒼瀬は喉の奥から声を絞り出した。


「怖くて…… カッシーに言えない。

僕は詮索嫌いでもなんでもない。人と仲良くするのが怖いだけなんだ」


二階でボンボン時計が鳴った。

四人がいる和室には、蒼瀬の嗚咽と美香の荒い息以外はなにも聞こえなかった。


ミサが毒の抜けた声でポツリと言った。


ごめんなさい、と。


そして蒼瀬の祖父が言ったのと同じ言葉を口にした。


「あなたと、美香達は…… 兄妹みたいなものね」


蒼瀬は、再びこみ上げてくる嗚咽を必死に押し殺した。

今度の涙はさっきよりも熱を持っていた。

「小さい頃の事なんか覚えてません。そのとき、美香ちゃん達のおかげで病気が治ったと知ってもどうにも出来なかったと思います。でも」

蒼瀬は一歩も引かない気迫を漲らせ、涙で輝く瞳をミサに向けた。

「今なら何か出来る…… やらせて下さいお願いします」

ミサは苦痛に満ちた顔で、蒼瀬を見つめ返していたが、マルに向けて言った。

「マル。あなたはロクデナシだけど、間違いなくあの三人を愛してる。

今までコード000…… いいえ、蒼瀬くんの事を言わなかったのは、理由があったからでしょ?」

マルは能面を崩さず、しばらく沈黙を保っていたが、静かに口を開いた。

「若の血と、真言を使えば、美香の熱を下げるのは可能だ。

だが、よくて、今までどおりの体に戻すところまでだ、でないと、出血多量で若は死んでしまう。

そして、そうするには、若は感染体に戻らなくちゃならない。

陰の気を美香に注ぎ込むわけだからな」

ミサが首を振ろうとするのを押しとどめるように、蒼瀬が言った。

「やらせてください。覚悟はできてます」

「ダメよ。あなたも、美香たちと同じ状態になるのよ」

「やります」

ミサが息を呑んだ。決断を彼女に委ねるのは、残酷すぎる。


「あなたが、断っても僕はやります」


ダメ押しだった。


ミサは俯き、肩を震わせた。

耐え切れず、膝を折り、畳に這いつくばって泣いた。

蒼瀬は近づき、膝を付いてミサの手を取った。

「もう、苦しまないで下さい。あなたのせいじゃない」

ミサは、一層肩を震わせ、蒼瀬の手を握り締めた。


「ごめんなさい。ズルイ私を…… 許さなくていいから…… お願い、美香を助けて」


蒼瀬は力強く頷いた。


「必ず」


「そうすか」

樫沢は右手にタオルを巻きつけながら呟き、未だ、闇に溶け込んだまま、さっきから身じろぎもしない犬丸に言った。

「紅坂のためなら…… 友達のためならアイツ、血でも何でも喜んでやるっていうと思うッス。でも、そうすると、アオの体がマズイことになるんスよね?」

「ライラ達と同じでワクチン待ちの体に戻る」

小夜も雪も、今は言葉を失っていた。

蒼瀬が、まさか日本橋で偶然遭った少年が、自分たちの命に関わるカードを持った人物だったとは。

樫沢は、巻きつけたタオルの具合を確かめるように、大きな掌を開閉させている。

「バカだから、それでもいいって言いそうだけど…… 結局、紅坂の立場とアオの立場が入れ替わるだけだ。なんか違いません?」

「お前にとってはな。だが俺には違わない。ミクには時間がねえ」

「紅坂ってケンさんの何なんスか?」

「妹だ。兄妹ともども、物心つく前に、まとめて伊賀に出された。親には会った事もねえ」

樫沢は納得したように頷いた。樫沢は周囲の景色を見回しながら、言った。

「紅坂はいいヤツっす。美人だし、頭も切れる。なにより優しい」

「まあな。惚れんなよ」

犬丸は笑って言った。

少し自慢気に。


「なんで、急ぐんすか? アオは逃げも隠れもしませんよ。じっくり時間をかけたらみんなハッピーに……」


「ならねえ。ミクは伊賀の掟で、十七になったら官僚専用の高級娼婦になる。高級魔に憑りつかれたヤツラを燻り出すためだ」                  


明日は休みます。

また月曜日に!

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんてことだい。紅坂ちん、可哀そうだよ、なんとか、ならんもんかなぁ
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