(6-2)
金曜日ィィィ!
我がナチスの科学(中略)
今夜もよろしくお付き合いのほどを。
次々と明かされる過去の闇。
「結果、コード000は、金属の除去は無理だったものの、完全に陰陽のバランスを保つことに成功した。
しかし、そうなると、今度はお前達の方を治せない。
コード000の体から、お前達を治療するために、陰の気を取り出せば、せっかく成功した積み木を、崩しちまうかもしれん。
ダイケンの上層部は、あっさりとお前等を放り出そうとした。
維持に金がかかりすぎるし、金属それ自体には興味がなかった。
世に出せねえから、金にならねえもんな」
「ふざけんな……」
我知らず、小夜の口から呪詛が漏れた。
「けれど、それに反対したのが、現場の研究者達だ。
トップに直訴した。
お前達がかわいくて、かわいそうでたまらんかったらしい。
上には、お前達のおかげでダイケンの血族が救われたと言う義理、そして後ろめたさがあったようだな。鶴の一声がかかり研究続行が決まった。
だが、ミサは、上層部の決定を耳にした時点で、オリオンにコンタクトを取っていた。
ミサはダイケンとオリオン、つまり、伊賀と甲賀が、ツーツーだと言うことを知らなかった。
ここで二社はバーター契約を結んだ。
誰にとってもメリットのある話だった。
ダイケンは厄介払いができるし、オリオンは、金属の研究を引き継げる、お前等は、窮屈な島暮らしから解放される。
俺とマルはオリオンから派遣された風を装った。
だが、結果はお前等の知ってる通りだ」
雪が涙の筋を顔に引いたまま、せせら笑う。
すこしでも、やり返したいのだろう。
「揃いも揃って、間抜けな事やな、え? 母さんがいっつもバカにしてたわ。
何が、腕利きやって。今のうち等の方がずっと使えるんちゃうの?」
犬丸は押し黙り、彫像の様に立ち尽くした。
場に緊張が走る。小夜は踵を浮かし、臨戦態勢に入った。
だが、犬丸は、何かの答えを掴んだように、呟いた。
「…… そうか。なるほどな、そう考えりゃ納得だ」
訝しむ表情の小夜達に、犬丸は気の抜けた声で言った。
「あの頃の俺たちに比べりゃ、魔との戦いは今のお前等の方がずっと上だ。
あの時、俺たちは、修業先のイラクから呼び戻されて、時差ボケもそのままに、任務に就かされたんだ。
戦闘能力は高く、肩書きは立派だったが、二〇そこそこのハナタレで、魔との戦闘経験も殆ど無かった。
だから、岩に化けてた魔が、幼児の姿で車の前に立ち塞がった時、見事にパニクった。
マルの反応が良すぎたのが裏目に出て、海岸に真っ逆さまだ」
小夜達は、話の進展について行けない。だが、犬丸の次の言葉は、落雷に等しかった。
「上の奴らは、俺たちに失敗して欲しかったんだ。
お前等を五行にするために。だから、後々ミサに、勘ぐられねえ様、最高に見える護衛をつけた。
マルはそれに、いつからか、気付いてたんだな。
だから、あの後出家して、甲賀の一線を退き、お前達の教育係に志願したんだ」
「そんな、まわりくどいマネ…… 」
小夜が虚ろに言った。もう思考能力は残っていない。
「伊賀も甲賀も、ミサを怒らせたくなかったんだ。
どうあっても手元に置いときたかった。
生きた金属のエキスパートで、天才だからな。
けど、それ以上に、伊賀も甲賀も、五行天狗衆の復活を悲願にしていた。
魔との戦いは、ずっと劣勢だったからよ…… お前等、もしかして集められた理由は、コード000の為なんかじゃなく」
犬丸は突然話を切り、暗天を見上げた。
「どうでもいいな、済んだ事だ…… 話が長くなった」
別段凄んでいる訳でもないのに、次の台詞は、ぞわりと小夜と雪の背中を這い上った。
「入れてくれや。そっちも俺に用があンだろ?」
犬丸の声に呼応するように、砂利を踏む音がし、小夜より頭一つ高い影が前に出た。
今まで、小夜の背後で、沈黙していた樫沢は言った。
「口挟んですんません。ケンさん、なんとか話あえないスか?」
「いいぜ」
あっさり即答した犬丸に、小夜は拍子抜けした。
「お前達は陰の金属が欲しいんだろ? ケルベロスが欲しいのは、お前達の命。俺が欲しいのは、コード000の血だ」
小夜は眉を顰め、叫んだ。
「一つ目は非売品だし、二つ目は俺達に関係ねえだろ」
「こないだまではな。今はあるだろ」
犬丸の言葉は、ほの暗い境内を、寒々と這った。
「突き止めるのに、苦労したぜ。小学校に上がるまでは、偽装の為、女として育てられていたからな。蒼瀬瑞穂。あのガキがコード000だ」
「ふざけんな、バカぁ!」
頬骨にミサの拳骨がめりこみ、蒼瀬は畳の上で、無様に尻餅をついた。
ぶん殴られた左の頬より、心の方が遙かに痛かった。
眼をあげることもできず、蒼瀬はささくれ、飴色に変色しているいぐさの表面を見ていた。
真っ赤な顔で息を切らし、涙を浮かべて蒼瀬を詰るミサは、傍らから見ても、狂の一字を連想させた。
「あなたの為に、あの子達はモルモットにされていたですって?」
体を震わせ、目を見開き、食いしばった歯から呪詛を洩らすミサに、蒼瀬はただ項垂れていた。
……そうだ。幼い頃から聞かされて育った言葉。
お前が生きているのは、血の繋がらない姉妹達のおかげだ。
だから精一杯生きなさい。
そのときは、いつも食べている魚や肉のおかげで生かされているんだよ、とかそういうレベルのお説教程度にしか捉えていなかった。
美香達と紅坂に出会うまでは。
自分の出自に思い至るまでは。
日本橋で彼女たちに出会い、自分たちの体と折り合いをつけながら、元気に生きている彼女たちを見て、蒼瀬が感じたのは……
惨めさだった。
自分にも悩み、コンプレックスがある。
たぶんあまり人が持たない類の。
彼女たちを見ていると、それがちっぽけに思えて仕方がないのだ。
自分を悩ませる全てが、怠惰と臆病さを正当化してきた言い訳に思えてしまうのだ。
自分が恥ずかしくて、たまらなく、彼女たちに苛立ちすら覚えた。
「君の背後が分かった気がするよ」
運輸会社で紅坂に言った言葉。
この寺で、マルの姿を見たとき、魂が抜けそうになった。
予想していた病名を、医者に告げられたときのような、脱力感。
紅坂がコード000でないと知ったときが止めだった。
奈落の底に突き落とされた。
彼女たちの人生の上にあぐらをかき、言い訳ばかりをして無為に時間を過ごしていた自分。
確かに、彼女たちが金属に冒されたのは自分のせいじゃない。
でも、彼女たちを利用し、自分だけが普通の生活を送っていたことが、許せない。
ミサに言われるまでもない。ミサの罵声とパンチは、蒼瀬にとっていっそ救いだった。
ミサが泣きそうな声で喚いた。
「恥ずかしげも無く、よく言えたわね? 僕に出来ること? 時間を巻き戻してよ。彼女たちが過ごせたはずの子供時代を返しなさいよ!」
「それは、彼も同じだ!いい加減にしろ、ミサ。彼女たちが金属に冒されたのは彼のせいじゃないだろう」
後ろに控えていたマルが、珍しく怒気を含んだ声で言った。
「分かってる!」
ミサは髪を振り乱して絶叫し、布団に横たわり体中を氷や氷枕で覆われ真っ赤な顔をしている美香を指した。
「でも…… あんまりじゃない。なんで彼だけ」
その言葉は蒼瀬の心を深く抉った。
蒼瀬は力の入らない下肢を奮い立たせ、立ち上がった。
もう蹲っているだけじゃダメだ。
だって……
これ以上自分を嫌いになりたくない。
「マルが…… ぼくに出来ることがあるって言いました。やらせてください」
明日も投稿します
( ^ω^)




