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第六章 椅子取りゲーム

木曜ォォォ!

草アァ!


今夜もよろしくお付き合いのほどを。


~幕間~


降りしきる雨の中、私は京都、百万遍の町を歩いた。

袈裟を着ているお陰で、編み笠を目深に被っていても、周りの視線を吸い寄せる事はない。ショットガンの銃床で殴られ、感覚の無かった頬が痛みを訴えだしたのは、十五分程歩いて、加茂川にたどり着いた頃だ。

肉体ではなく、精神のダメージが私の両足から力を奪い去る。激しさを増す川床に並べられた、飛び石を踏んでわたり、対岸にある橋の下で頽れた。

三人の少女が泣き崩れ、叫び、そして私を庇い、詰る姿が、虚ろに見つめる地面に映し出される。

外見はほとんどそのままに、一〇年前より、遥かに母親らしくなった、ミサ。

彼女の向けた銃口が、私の命を救った。

目的は、果たした。

彼女達が自由に生きていくための下地が、長い苦闘の末、やっと完成したのだ。

私の考え付いた、唯一の罪滅ぼしが、やっと形になったのだ。

だが。

私は、ぼやけた思考の中で自問する。

私は、間違いを犯したのではないか? 

何か大事な事を失念していないか?

…… いい。全ては済んでしまった事だ。弁解するつもりも無い。彼女達を救えなかった私に、何かを求める資格などないのだ。

私の娘たちよ。

心の中で、いつもそう呼んでいた。願わくば…… 

これからは、青空の下を駆けて欲しい。

たとえ、苦難がその前に立ち塞がろうとも。

そのためだけに、私はこの一〇年を生きてきたのだから・・・





「携帯の番号が変わってねえから手間が省けたぜ、カシ」

鳥居の向こう、竹林の小径をバックに、闇よりも、なお黒い人影が言った。

樫沢が掠れた声で問う。

「ケンさん…… なんで、あんな化けモンになっちまったんスか?」

長身の影が、道でも間違えたかの様な軽い調子で言った。

「んー、伊賀の奥地に、つがいのケルベロスが護ってる、聖地があってな。そこに、欲しいモンがあったんだわ」

「……生きた金属ってヤツすか?」

影が嬉しそうに言った。

「おっ、ベンキョーしてるな? 話が早ええ。んで、あの程度の犬コロ無問題だったんだけどよ……」

影が天を仰いだ。

「後ろから、仲間にやられるとは思わんかったぜ」

樫沢があんぐりと口を開けた。

側にいる、小夜も雪も顔を顰めている。

「まあ、お宝パクッて逃げ出すつもりだったしな。どうしてもついて来るっていう、新入りを連れてったんだけど、ケルベロスを倒しかけたときに、刺されちまった。宝物に手をかけたら、そうするように、操られてたみたいだな。ろくに人も殴れねえようなガキだから油断しちまったよ」

五月の京都、宵の口。

小夜たち三人は言葉もなく立ちつくしていた。

「おれが何するでもなく、そいつはケルベロスに魂を食われちまった。俺を刺した後、抜け殻になってたからな。

んで、俺も死にかけてたんだけど、もう一匹と取り引きした。

食われるくらいなら刺し違えるつもりだったからよ。向こうは飲んだ」

車の音はほとんど聞こえない。

笹の葉ずれの音だけが、蒼く、昏い石造りの境内を取り囲む。

「奴らにもメリットはあった。ケルベロスは姿を自在に変えられても、会話がヘンだから、犬のフリ以外はすぐバレる。俺の姿を借りられるんなら渡りに船だ。奴らにとって、伊賀にある生きた金属の守護は、おまけみたいなモンで、本業は亡者狩りだからな」

「んじゃ、ケンさんは同化したから、死なずに済んだんですか?」

「おー。あいつらの再生能力はハンパねえからな。一晩もありゃ元通りってやつよ」

小夜は唇をそっと噛んだ。

魔の回復力をもった、裏伊賀の最高師範。

相手が悪すぎる。

「犬丸…… とか言ったな。ここに何の用だ」

小夜は犬丸さんと言いそうになるのを辛うじて踏みとどまる。

ビビってるのを悟られるな。

長身の影は鳥居を指して言った。

「とりあえず、中にいれてくれねえか? これがあるから招待されんと入れねえ」

「話ならこのままでええやろ」

雪が警戒心も露わに言った。

「は、手厳しいね。ま、いいぜ。ここにきた目的は勿論、お前らを狩るためだ。ケルベロスとの契約でな」

入れてくれ、と頼んでおきながら、犬丸はぬけぬけと言った。

判ってはいたが、実際に聞かされると、小夜の全身に電流が走った。

小夜は、あることに気づいた。

この男は通常の魔と違い、まともな口が利ける。

「魔は、何で俺たち…… いや、生きた金属を追うんだ? あんた知ってるか?」

「ああ、やっぱり知らなかったか。五行天狗の古文書は大昔に失伝してるもんな…… 生きた金属は、この世にあっちゃいけないんだ。現世と冥界のバランスが崩れちまうからな。奴らは、世界の均衡を保とうとするバランサーだ」

小夜は、衝撃で全身が痺れた。

それって、俺たちと……

もう独りの冷静な自分が悲しそうな眼で見つめている。

「気付いたか? そう、俺たち裏三家のお題目と、全く一緒だ。立場違えばってヤツだな」

白が、上ずった声で叫んだ。

「あないな、化けモンと一緒にすんな! うちら、一般人を襲ったりせえへんわ!」

「なんもされねえ限りは、あいつらも同じだ。まあ、タチの悪いのもいるし、だから、俺達裏三家がなくならねえんだけどな。ところでよ、忍びは、天狗の手駒として、創られた訳だが、表でも裏でもいい。心正しき正義の忍者に、会った事あるか?」

小夜も雪も、唇を噛んだ。

自分達、五行天狗衆は、魔との戦闘に限定されているため、いわゆる、汚れ仕事に手を染めた事はない。

だが、破壊に諜報、流言に暗殺、表裏問わず、忍者とは、人でなしのやる仕事であり、自分達はその一員なのだ。

だからこそ、忍術の書には、正心、正しい心が強調される。

だが、正しい心とは? 

誰にとっての正義だろう?

 誰しも、自分は正しいと思ってるから、戦いになるのだ。

小夜達にとって、そんな言葉、笑いのネタでしかない。

「そもそも、冥界から逃げ出した天狗が細切れになって、人間に取り憑いたところから、全ては始まったんだ。お前達に寄生し、日本中の忍者が護ってる陽の金属こそ、諸悪の根源じゃねえか…… そんな眼で見んな。オツムまでは、侵されちゃいねえよ」

「確かにそうかもしれん。けどな、車ひっくり返してまで、うちらを五行に据えた、アンタらの方が、遙かに憎いわ!」

雪の怨嗟に満ちた声に、犬丸が唖然となった。

「…… なんだそりゃ。どんな伝言ゲームやりゃ、そんだけネジれた話になるんだ?」

「とぼけんやないわっ! 斎賀が一年前、ここで修行の最中に言うたんや! こんな事も出来ひんのか、これじゃ、車をひっくり返してまで、五行に据えた意味があらへんって!」

雪の絶叫に込められた悲しみと、絶望が、小夜には痛いほど分かった。

この心の叫びが、家の中にいる、斎賀に聞こえればいい、小夜はそう思った。

雪は態度にこそ表さなかったが、斎賀を頼り、信頼しきっていたのだ。

姉妹の中で、一番甘えたで、泣き虫なのだ。

その傷の深さは如何ばかりか。

雪は眼に涙を光らせ、続けた。

「おかげさんで、みんなリミッターが切れるようになって、ついでに美香が斎賀を殺しかけた。母さんが、鉄砲ぶっ放して、斎賀を銃床でぶん殴らんかったら、美香がホンマに殺してたやろ。

うちら、襲名した日に、普通の人生送る最後のチャンスを無くしたんや。

みんな、一緒に暮らせるんやったら、それもしゃー無い、そう思たのに…… 

アンタ等忍者は、みいんな同じや! 

子供の命より、カビの生えた忌々しい、しきたりと伝統の方が大事なんやろ!」

小夜も初めて聞く、雪の本心。

男は悲しげに答えた。

「みんな一緒に、か。マルも入ってたわけだな。そん中に」

天を仰ぎ、男は信じられ無い事を言った。


「あのバカ…… あれは魔の仕業だ。忍者でないミサに、魔の話をするのは厳禁だったからな、あん時は。だから、タイヤがバーストしたってウソついたんだ」



「…… え?」



「あの島は、甲賀者の基地みてえなもんだから、高級魔が見張ってたんだ。

人体に親和している金属を見つけるのは、高級魔でも無理。が、発動してりゃ別だ。

お前たち、あの頃は、陽の金属の中和が不安定だったろ? 封魔の輪がまだ無かったからな。その状態でミサが海岸に連れ出したから、魔に目をつけられてたんだ」

「…… 何を言っている?」

小夜が、瞬きもせず、問うた。

心臓の鼓動がうるさい。

「言った通りだ。あの時はともかく、五行になったお前らにはその事を話しても問題ねえのに…… あのアホ、ミサを庇ってたんだ」

小夜の頭が真っ白になった。


じゃあ…… 先生は、一〇年間ずっと…… 


そしてその後も。


斎賀の無私の愛情に気付いた小夜の膝が震え、取り返しの付かない自分達の失態に、いつの間にか、滂沱の涙を流していた。

雪もだ。


何故、先生を信じなかった? 


小夜は、実のところ、後で考えれば、考える程、おかしいとは思っていた。

多分、皆も。

だが、誰も口に出さなかった。

蒸し返す勇気がなかったのだ。

あの頃、自分たちは、どうしても修行の最終段階をクリアできなかった。

すなわちリミッターの解除だ。

それには、過剰なまでのアドレナリンの分泌が必要だった。

業を煮やした斎賀が言った台詞のお陰で、自分達はそれが可能になった。

そして、何の釈明もせず、斎賀は姿を消した。

いや、その機会を自分達は与えようとしなかった。

今ならわかる。

リミッターを切る事が出来なければ、私達はまともに戦えない。つまり、普通の生活ができない。

だからこそ、それが下手な美香は、小夜たちに護られ、戦いの時は家に留め置かれたのだ。

「細心の注意を払い、お前等は島に運び込まれた。

それもミサの思いやりでおじゃんになっちまった。ミサは、マルがお前たちを、忍者に仕立て上げたと、思い込んでるだろうが、逆だ。

お前たちは、五行になるしか、道は無かったんだ。

結界に護られた場所で、毎日を過ごすなら別だけどな」

あっ、と雪が声を出した。

「じゃあ、まさか…… 島飛び出したんも、母さんの早とちり」

小夜が、最も尋ねたく無い事を、雪は震える声で問うた。

犬丸が首を振る。

それは、小夜達にとって、跪きたくなるほど有難い答えだった。

「いや、ミサがお前達をモルモットにしていると感じたのは半分当たっている。ダイケンがお前達を集めたのは、甲賀の正嫡、コード000の金属除去の為だ。ヤツは陰だったからな。陽のお前達が必要だった」


いくぞ!クライマックス!(2回目)


( ^ω^)・・・


感想おまちしてます。もらったら泣いて喜びます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いろいろ、繋がって来たね、緊張してきた
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