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第五章 ジャックナイフ・ラリアット

おはようございます。

金曜日!

私は明日もシゴトデース!

今朝もよろしくお付き合いのほどを。

倉庫の横手から、片足を引きずりながら走ってきた紅坂は、入り口前の広場で頽れた。

「紅坂、無理すんな」

美香を肩に担いだ樫沢が、後ろから追いつく。

有無を言わさず手を引っ張られた紅坂は、立ち上がると同時に眩暈を覚えた。

美香に喰らった頭突きのダメージが、走ることにより悪化してきたのだ。

問答無用で抱え上げようとする樫沢を、口元に手を当て押しとどめる。

その意味を汲みとった樫沢は、紅坂を敷地との境にある側溝に誘導すると、円水の上から背中をさすった。

紅坂は髪を掻き上げ、下を向きえづく。

朝から何も口にしてないので、黄色い胃液しか出ない。

胃が痙攣し、涙が浮いた。

頭がガンガンする。

頭蓋にヒビくらい入ってるかもしれない。

酸っぱい胃酸で歯がキシキシする。

額から流れ込んできた血が目にしみた。

思った以上の深手だが、任務の仕上げが残っている。

即ち、魔を完全に滅すること。

それまで、命がもてば構わない。 

紅坂は口元を拭って立ち上がりながら、皮肉な思いに囚われた。

脱走した亡者を許さない地獄の番犬。

そして、自分はロックオンした標的を、どこまでも追い続ける猟犬。

そうだ、まさしく私もケルベロスだ。

「紅坂!」

追いついてきた蒼瀬が駆け寄った。

樫沢が、美香を肩から下ろし、蒼瀬に預けた。

美香の元から白い肌は、血の気を失い青に近くなっていた。

汗の珠がびっしりと額に浮き、前髪が張り付いている。意識は朦朧としているようだ。

蒼瀬が唇を噛んだ。

紅坂は、ふらつきながら言った。

「樫沢、私をあのトレーラーまで、頼む」

樫沢は指差された一番向こうのトレーラーを見て、頷いた。

紅坂を肩に担ぎ上げる。

走り出そうとした樫沢を押しとどめるように、紅坂が言った。

樫沢の肩から垂れさがり、地面を見つめたまま。

「蒼瀬、すまない。私は君が眠ってる間に――」

蒼瀬が遮るように言った。

「そう言うのは後。とにかくみんな無事で帰るんだ。紅坂、死んだりしたら――」

蒼瀬が何かをかざす気配がした。

「このリュックのシグマリオン、中身を晒してやる」

紅坂は驚いた。

「持って来てくれたのか」

「あたぼー。俺達クリエイターの命だぜ? だから、一緒に帰ろう。夜中に書いた恥ずかしい文章がないとは言わせない」

紅坂は微かに苦笑した。

誰にも見えなかったろうが。

「…… ノーコメント。楽しかった、感謝する―― 樫沢頼む」

「美香ちゃんを頼んだぞ、車が拾えそうなら、先に病院へ」

背中で言い捨て、樫沢は小走りで走り出した。

揺らさないように気を遣ってるのがわかる。

「樫沢」

「なんだ」

「さっき吐いた。臭くないか」

樫沢は息を切らしながら即答した。

「バァカ。おれ、元応援団でよ。毎日みんなしごかれまくって、そこら辺ゲロだらけだったっつーの。あんなの吐いた内に入るかよ」

ほどなく、トレーラーに辿り着くと、樫沢は扉に手を掛けた。

開く。イグニッションにキーが差し込まれているのを見て、納得したようだ。助手席に回ると、ドアを開けて紅坂を優しく横たえ、そのまま、運転席に着いた。運転席側に頭を向け、仰向けに横たわる紅坂は、顔を上に向けた。

逆さになった視界に、手慣れた様子でエンジンを始動し、アクセルをふかす、真剣な顔が映った。

紅坂は、意外そうに尋ねた。

「運転できるのか」

樫沢が計器板をチェックしながら、答えた。

「おう。連れの親父が大型転がしててな。教えてもらった」

サイドブレーキの外れる音。

「樫沢」

「あんまりしゃべんな。寝てろ。みんなを乗せたら――」

「うれしかった」

紅坂は荒い息をつきながら、ぽつりと言った。

意外な言葉に樫沢がこちらを振り向いた。

「…… あん?」

「大学で、私の前に立ってくれた。親にもされたことが無い」

樫沢が、信じられ無いものを見るような眼で、紅坂を見ている。

「もっとも親の顔は見たことが無い。私を庇ってくれたのは、師範だけ。師範以外ではお前が初めて」

紅坂は朦朧とする意識の中で、苦々しく思った。

心の中でさえ、師範としか呼べなくなった。

それが悲しい。

樫沢がうろたえて向こうを向いた。

「ばっ…… 何だよ、急に」

「…… 樫沢、半ドア。閉め直せ」

「ん、ああ」樫沢が、ドアを閉め直そうとした。

瞬間、紅坂は体を折り、頭越しに両足で、樫沢を車外へ蹴り出した。


「ありがとう」


地面に背中から落ちんとする、樫沢の驚愕にゆがむ顔が逆さに見えた。


「お前、今笑っ――」


紅坂は勢いを殺さず、起き上がり、ステアリングを握った。ドアを閉めると、ライトはつけず、ハンドルを倉庫の入り口に向けて切った。

それすら、今の紅坂にとっては大仕事だ。

夜の闇に包まれた、敷地内の外灯だけが照らす、寂れた倉庫まで、約一〇〇メートル。

それだけ助走距離があれば、あの鉄の扉を突き破れるだろう。

その後、倉庫内の魔物にとっておきの技を喰らわせる。

こちらも今の状態がかすり傷に思えるくらいの重傷を負うことになるだろうが、今は後のことを考えている余裕はない。

樫沢が何か叫んでいるのが聞こえた。

美香を抱えていた蒼瀬が、こちらと倉庫を見比べ、リュックの上に美香を横たえると、鉄扉に駆け寄ろうとした。

紅坂は下唇を噛んで、クラクションに拳を振り下ろした。

普通車のそれとは比べ物にならないエアーホーンが空気を揺るがし、蒼瀬は首をすくめて足を止めた。

それでいい。

ドアを開けてもらう時間はないんだ。

紅坂はぼんやりし始めた視界にその光景を捉え、ひとりごちた。

今の音は倉庫の中に聞こえただろう。

奇襲のアドバンテージが削がれたか? 

だが迷いは無かった。

痛む足でアクセルをべた踏みする。

ギヤは三速で、六〇キロを超えようとしている。

扉がぐんぐん迫るのを、瞬きも忘れ、睨み続ける。

そのとき。

高さ四メートル、幅六メートルはある両開きのドアの上部が火花を散らした。

それは歯の浮くような音を立て、端から端まで到達すると、一呼吸置いて今度は地上すれすれの高さを折り返した。

煙を立てる四本の焦げた軌跡。

「雪が、相手してる! つっこめ!」

扉越しに響く凛とした小夜の声。

紅坂の霞んだ瞳に生気が宿った。

魔に聞かれぬよう、携帯に打ち込んで渡した文面。

「足止め頼む 私がトレーラーで突っ込む」

言うとおりにしてくれたのだ。

胸の奥の消えかけた熾き火が息を吹き返し、赤々と燃えた。

指一本で押しても倒れそうな鉄の扉がそこに。

歯を食いしばり、ハンドルの上に伏せる。

フロントガラスが、粉々に砕け、大扉が断末魔の悲鳴を上げて吹っ飛ぶ。

膨らんだエアバッグに頭を、ハンドルに胸をぶつけた。

ごぐっと言う嫌な音が、胸のあたりでした。

「がはっ」

紅坂の口から鮮血が溢れた。

折れたアバラがどこかに刺さったか。

朱にまみれ、エアバッグと流血に視界を塞がれながらも、アクセルは緩めない。

ふと、昼間に樫沢と話した特攻機の話が頭をよぎった。

脳内だけで笑う。

今日は楽しい一日だった。

やるだけはやった。

眼を閉じよう。

殺人的なスピードに全てをゆだねながら、紅坂は夢の世界に落ちようとしていた。


「lock……&……」


そう、ちょっとだけ休もう…… 

魔犬の咆吼が近くで響いた。

紅坂は眼を見開く。


こいつをお見舞いしてから。


「load!」

ハンドルを全身で急激に切った。

折れたアバラの激痛が、電気ショックの様に走り、息と腕が止まりそうになるのを、無言の絶叫を上げて、ねじ伏せる。

吐血がエアバッグの表面に散った。

タイヤの悲痛な泣き声とともに、運転席が横を向き、連結されているコンテナが横滑りを起こした。運転席の窓から、ケルベロスの巨躯が見える。

不協和音を奏でながら、コンテナの側面が、波濤のように襲いかかる。

退路を断たれた魔犬は為すすべもなく時計の長針と短針に挟まれるようにして、ジャックナイフ現象を起こしたトレーラーのラリアットに直撃された。


ぜひ、

スフィンクスゲーム~クルディスタンから来たニート~

もご一読ください。

バリバリのガンアクションです。

退屈はしないですよ!

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