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(4-5)

よし来た、木曜!

おはようございます、今朝もよろしくお付き合いのほどを。

ほんと、この四角い男は器用なんだか、不器用なんだか。

紅坂は取り合わず、背中に手を回し、ガバメントを背中から抜いた。

そして、俯いたまま呟く。

「何も終わっていない。あなたたちが強くて安心した」

「――おい」

樫沢が慌てたようにその手を押さえようとし、小夜と雪が眼に殺気を宿した。

「紅坂、いい加減にしろ! 怒るぞ」

蒼瀬が掴もうとする手を軽くあしらい、平常と変わらぬ鋭い動きで、銃を蒼瀬の方に向けた。

全ての空気が変わった。

誰かが口を開く前に、紅坂は固まっている蒼瀬に銃を向けたまま言った。

「私の正体を教える。私はダイケン製薬に雇われた――」

紅坂の額から、つうっと一筋の血が流れた。

次の言葉は、瞬動を掛けようとした、小夜と雪、飛びつこうとした樫沢を止めるのに十分な破壊力を行使した。

「あなたたちの、助っ人」

紅坂は蒼瀬の襟首をつかんで引き込むと同時に、その背後の鉄扉に向けトリガーを引いた。

耳を聾する鋼の咆吼に、蒼瀬と樫沢は度肝を抜かれた。

だが、小夜達は、ある気配を扉の向こうに察知し、紅坂の速射の意図を理解した。

銃声の残響と耳鳴りが頭の中で木霊する。

紅坂が放った三発の四五ACP弾は、入り口の、大扉についている人が出入りするための鉄扉に大穴をうがっていた。

キィキィと音を立てて開閉していた普通サイズのドアは、蝶番が外れて、地面に倒れた。

その向こうに、暗い山々を背負った産業道路が見える。そこからのっそりと現れたのは――

蒼瀬が呟いた。

「あれは」

昼間、駅で見た黒犬だった。

いや、一回り大きい。

子牛ほどの大きさはある。

入り口に収まりきらない半透明の体躯が、幽霊の様にすり抜けながら入ってきた。

猛獣には三カ所の大穴が開いていた。

そこから水道の蛇口をひねった様な勢いで血が流れ出している。

黒いつややかな毛並みの凹凸を天井の灯りが白く照らしている。

長い足、ピンと張った耳、血統書付きの猟犬だと言われても納得してしまうだろう。

ただし、普通の犬は人語を話さない。

ゴロゴロという遠雷のような重低音で、犬が喋ったのだ。

「哀れな亡者たちよ、冥界の鉱物に冒されたる、哀れな亡者たちよ。疾く冥界に戻れ。ここは、亡者の生きる世界に非ず」

呆然としていた小夜は、魔が自分達五行天狗衆に対し、いつも唱えるお題目を聞いて、素早く立ち直った。

五行天狗衆。

すなわち、『陽の金属』と親和した忍者。

五行天狗衆を襲名したあの日から…… 

つまり、冥界に対して、私たちはここにいる、逃げ隠れするつもりはないと宣戦布告したその時から、魔と生涯闘い続けることを宿命づけられたのだ。

金属の浸食によって生き永らえたものを、魔達は亡者とみなす…… らしい。

らしいというのは、小夜たちは魔とまともな会話が出来たためしがないため、かれらの正体を推測する手がかりが、非常に限られている。

分かっている事は、


1、陽光の下には出現しない。

2、対魔用の結界が張られた霊場(神社等)には出現できない。

3、生きた金属に浸食された人間を殺すことで、冥界につれていこうとする。

4、人の眼に触れることを嫌う。そのため、動物や人の形を借りてしか人前に出現しない。


いずれも、「おそらく」という接頭辞が付く。

小夜は心臓の鼓動が高まるのを自覚した。

アドレナリンが全身を駆けめぐり、全身の痛みをいくらか和らげる。

小夜は、素早く、状況の把握に努めた。

雪は既に、戦闘態勢に入っている。

背中にかばっている美香は今にも倒れそうだ。

紅坂は蒼瀬と樫沢に肩を借りながらも、素早く立ち上がった。

額から流れる血を意に介さず、魔に厳しい視線を送っている。

チラリと小夜の方を見た。

紅坂は小夜にしか見えないように、人差し指と親指をくっつけ、ゆっくりと引き離すジェスチャーをした。

「引き延ばせ、時間を稼げ」という合図だろう。

小夜は右手をピクリと動かし、了解を示した。

「帰るのはテメエだ犬コロ。昼間、駅で美香を襲ったのもテメエの仲間か?」

「応。我ら、冥界の眷属、亡者を連れ帰るのが存在意義なれば」

完全に実体化した犬は、明後日の方向を見ながら答えた。

まるで、下手なアテレコのようだ。犬と別の人格が喋っているように見える。

雪が朗々とせせら笑った。ひんやりし始めた倉庫内に頼もしいソプラノが響きわたる。

「難しい言葉しっとりますなあ、ワン公。足し算もできるんやったらテレビに出れるえ」

黒犬は相変わらず辺りをキョロキョロ見回しながら、地を這うような声を出した。

「否。我ら冥界の眷属、姿を衆目に晒す事能わず」

生真面目に返答する魔に対し、雪が腰に手を当て、呆れたように言った。

「いつ話しても、自動翻訳機と話とるみたいどすなあ」

紅坂がチチッと舌を鳴らして小夜達の気を引いた。それと同時に投げてきたスマホを、小夜は怪訝な顔でキャッチする。

「読んだら妹達にまわせ。声に出すな」

小夜は、モニターの文面を読むと、雪に向けて放った。

「答えよ、亡者共、己から冥界に戻るか、わが牙に噛み裂かれ、地獄に堕ちるか」

小夜は頭を掻きながら、疲れたように答えた。

雪が投げ返して来た携帯を紅坂にトスして返す。

「毎度毎度、おんなじ事言わせんな。俺たちゃ亡者なんかじゃねえ、ちゃんと生きてんだよ。母さんが、今、金属を除去する薬を研究中だから、それまで、待ちやがれ」

小夜は、ダマスカスブレードを背中に装着し直している紅坂に眼を向け、口調を和らげ、続ける。

「そこの女は、唯一金属の除去に成功した、コード000だ。何か情報を握ってるらしいし、進展があると思う。今日のところは帰ってくんねえか?」

そう言ってから、小夜は違和感に囚われた。自分がいま口にしたことに対してだ。

魔犬の傷口が小さくなり、流血がおさまりつつある。

黒犬は舌を出して息を荒くしたまま言った。

本物の犬に、スピーカーでもつけてるのか、と訝るほど動物らしい仕草だ。

「否。その霊剣を持つ者も又亡者。金属の除去…… 人間の、女如きに冥界の鉱物を、理解できよう筈が……」

自分の母を如き呼ばわりされた、小夜のヒューズが飛ぶ前に、白い疾風が魔の鼻面を走り抜けた。四本の鈎爪で顔を横薙ぎにされた、魔犬が高い悲鳴を上げる。

蒼瀬達のそばに雪が突然現れた。

だらりと下げた爪から血を滴らせ、怒りのためか、頬には朱が差している。

ドスの効いた声で、雪が啖呵を切った。

「誰の母親を如き呼ばわりしとる、カス犬! もうええ、うちが解体して、サファリパークに寄付しちゃる!」

魔犬が痛みに暴れ、悲痛な鳴き声を上げ続けた。

魔に最も有効なのは、生きた金属製の武器による攻撃だ。

確実なダメージを約束する。

小夜が瞬動を掛け、倒れかけている美香を支える。

ほぼ同時に、紅坂のガバメントが吼え、顔の傷を前足で掻きながらのたうつ黒犬に大穴を穿ち続ける。

弾切れを起こした銃を腰に差し、ナイフを抜きはなった紅坂は、波板状のスレート壁に向かい、片足で地を蹴った。

一足飛びで三メートル離れた内壁に肉薄する。

天井の灯りを跳ね返し、ブレードが高速で舞った。

壁が音も立てずに斬り開かれ、人間が通れるくらいの口を開ける。

紅坂が真っ先に転がり出る。

美香を抱えて飛んできた小夜が、蒼瀬と樫沢に、ぐったりしている末っ子を託した。

「アオ、樫沢。美香を頼む」

「合点です」

樫沢は美香を軽々と抱え、紅坂に続いた。

蒼瀬が小夜に何かを言おうとしたその時。

犬そのものだった、高い鳴き声が、怨嗟に満ちた、人間のそれに声質を変えていった。

魔犬は、満身創痍ながらすっくと四つ足で立ち上がると、先ほどよりも遙かに人間らしい声で吼えた。

「亡者風情が…… 我と契約を交わした者の、切望を聞き入れたが、愚かだったわ。掟通り――」

黒犬の形態が変化を始めた。

全身が泡立ち、その下から、ガスを入れてふくらんだ腸を思わせる、醜悪な肉芽が増殖する。

あっという間に象ほどの大きさになった。

魔犬は、痛みから逃れようとするかの如く、無事な顔をでたらめに振り回す。

そのすぐ横から。

沸き立つ溶岩を思わせる肩口から、耳が生えてきた。

反対側の肩からも。

分娩を思わせる衝撃的な光景から、小夜、雪、蒼瀬は眼を離せなかった。

そこから火砕流を思わせる血液をしたたらせて現れたのは、二つの犬の顔であった。

最初からあったのものと瓜二つの黒い鼻面。

飛び散った赤黒い血が、鉄板に落ちると、じゅっと言う音を立てて煙を上げた。

三つの顔は、声を合わせ、天井に向かい遠吠えを放った。

魂を抜かれていた蒼瀬が、思わず耳をふさぐ。

重低音の三重奏が、倉庫内に弾けた。

「掟どおりりりり、貴様ら五人とも、地獄に落としてくれるわあああ」

窓どころか、倉庫内に駐車されてある車までが、震えたほどのハウリングは、地鳴りに等しかった。耳をふさいだ小夜の内臓がシェイクされる。

瞬きもせずに、未だ巨大化し続ける、魔犬を見上げた蒼瀬が何かを呟いた。唇の動きで何と言ったか分かった。

ケルベロス。

冥界で、亡者の脱出を阻む地獄の番犬。

高位も高位の魔。

小夜は、心の底から恐怖した。今の咆吼で心が折れかけている。

勝てない。逃げの一手だ。

「小夜さん、逃げよう! 雪さん、行こう!」

叫んだ蒼瀬へ、ケルベロスの前に仁王立ちした、雪の背中が言った。

「ボンズ、寝言は寝て言いなはれ」

言葉を失う二人の前で、雪はゆっくりと腰に手を当てた。

「カモネギどころか、鍋とゆずぽんまで、背負ってきよりましたわ。

かあさんが研究に、高位の魔が必要や言うてたんよ」

そう言う雪の声が、微かに震えているのに気づいた小夜は。

「今日はええ日や―― 違うか、小夜」

その声が届いた時には、小夜の顔にも精一杯の強がりが浮いていた。

小夜の拳から、金属音を立て、鈎爪が邪悪な舌を出した。

「長女として命ずる」

この世で一番偉い長女は口元を吊り上げた。

「俺の分も残しとけ。いいとこ取りは許さん」

少しだけ振り向いた雪もまた、精一杯らしい、クールな笑いを小夜に見せた。

小夜は、瞠目している蒼瀬に背中で言った。

「アオ、なにしてる。俺は、おまえと樫沢に、美香を任せたんだぜ?」

言葉の意味を理解した蒼瀬は、唇を噛むと踵を返し、即席の出口に向かってダッシュした。

小夜は、岩盤同士がこすれ合うような声で、吼え続ける魔物に、ゆっくりと向き直る。

「さてと…… 雪、久しぶりに夫婦オオカミでいくか?」

雪が九字を切りながら、上機嫌で応えた。

「ええどすなあ、美香がおったらむくれるし、使えんよって」

怖さを感じてない訳ではない。

ただ思考が高速で回転し始めているだけだ。

ファイティング・ハイ。

小夜は、痛みすら感じる鼓動に、顔がにやけるのを止められない。

体内で、エンジンの唸りが高まるのを感じた。

もう既に、二階建ての家ほどの大きさになっている魔は、手近の雪に襲いかかった。

金色の輝きを発した次女の体躯を、巨大な前足が薙ぐ。

その軌道にあった軽トラックの群れが、ミニカーのように半壊しつつはじき飛ばされた。

雪は、ケルベロスの眼前にいた。

ふわりと膝を曲げて宙に浮かぶ雪の黒髪が、怪鳥の翼のように広がる。星屑を纏った様な、煌めきを発するそのロングヘアーの上に、初雪の様な色をした猫耳が立ち、長い足のラインを際だたせるレギンスのヒップからしっぽが踊っていた。

妖艶とすら言える笑みを浮かべ、リミッターを切った次女は告げた。

「五行天狗衆、中忍―― 不動雪、参る」

ジャンプ中で方向転換の出来ない雪に、ケルベロスが黄色いよだれをまき散らしながら牙を剥き、電光石火で首を伸ばす。

ガチン、と顎を閉じた瞬間、横一列に六人の雪が同じポーズで現れた。

全員が、ケルベロスの前面、思い思いの場所に爪を立て、その巨躯を蹴って散らばった。

生きた金属を多量に含む鈎爪を食らい、魔犬は苦悶の声を上げる。

しかし、猛り狂った三ッ首は、コンクリートに並列して立つ六人の雪達に、大口を開けて迫る。

その時、黒い閃光が、ケルベロスの前足の後ろをよぎり、次の瞬間、アキレス腱から血を噴出させた魔は、ひときわ高い悲鳴を上げた。

居合い切りの要領で左の鈎爪を振るった小夜が、背中越しに戦果を確かめ、呟いた。

「五行天狗衆、下忍、不動小夜…… 一発じゃ断ち切れねえか」

そう言いながらも、手応えにニヤリと笑う。

やれる。

十分、やれてんじゃんか、俺達。

小夜をはじき飛ばそうと、前足で地面を掻く魔犬。

しかし巨木の根の様な爪が、コンクリートに傷を穿つ頃には、小夜はジグザグに瞬動し、京都大学で桜を斬った時よりさらに長い鈎爪を、今度はケルベロスの後ろ足に見舞っていた。

ミサの祖父から聞かされた、ニホンオオカミの、熊との戦い方。雌が熊の眼前で陽動し、雄が、仁王立ちする後ろ脚の腱を狙う。複雑な動きの苦手な美香が僻むので、滅多に使わない雪とのコンビ技。

今度は炎を吐いている雪に向かい、小夜は叫んだ。

「動けなくする。それまで持ちこたえろ!」


いかがでしたか?

これから怒涛のクライマックスです!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 強い女の子っていいよね。「亡者風情が…… 我と契約を交わした者の、切望を聞き入れたが、愚かだったわ。掟通り――」 なるほど、契約を交わした奴がいるのか。話が広がっていくなぁ
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