表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/37

(4-4)

水曜日。

来たぞ、ここまで来た。明日は木曜日だ!

よろしくお付き合いのほどを。

意識が戻った小夜は焦った。

実際は、数秒も経ってなかったようだ。

あわてて、前を見る。

美香の頭突きをまともに食らった紅坂を見て、小夜は一瞬目の前が暗くなった。

死んだか?

よろめき、倒れ込んだ紅坂を見下ろす美香の笑顔は、小夜から見ても正視に耐えない邪悪さだった。

おもむろに紅坂の腹にまたがる美香をみて、小夜は叫んだ。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」

小夜の体が光を放った。

強引に地面を掴む足に力を込める。

ズドン!

激しい地鳴りとともに、小夜の体がぶれる。

今までのものと比較にならないほどの、鋭く凝縮した痛み。

それも一瞬だった。

美香は、ぐったりした紅坂にまたがり、襟首を掴んで起こしているところだった。

とどめの一撃を入れるため、頭を振りかぶっている美香に、小夜は勢い殺さず体当たりする。

美香と小夜は絡みあったままふっとび、額から血を流している紅坂も弾け飛んだ。

三人とも、サーキットでレーシングカーが事故を起こしたかのように宙を舞う。

高速で流れる景色を背景に、いっそスローモーションに見える速度で、美香をかばった小夜の背中が、一階の物置の壁に激突した。

リミッターを切り、全身の硬化を行った小夜は無傷だ。

「美香、無事か!」

背中から抱きすくめる形で、腕の中に閉じ込めた末っ子に叫ぶ。

「う……」

体熱の上昇で真っ赤になって息を荒げる美香を見て、小夜は自分の髪の毛を素早く一本抜き、気を通した。

「チクチクするぞ、我慢しろ」

即席の針を用い、手慣れた様子で美香の頭のあちこちをつつく。

美香は弱々しくもがいたが、小夜は意に介さず施療を続けた。

鬱血した血を抜く、瀉血と呼ばれる、民間療法だ。

美香の発光している金髪のあちこちに、赤黒い水たまりが点々と生まれた。

頭の芯で、軽い疼きを覚え始め小夜は軽く顔をしかめた。

生きた金属の浸食が一番少ない小夜は、体熱の上昇も、他の二人に比べて緩やかだが、ぐずぐずはしていられない。

「美香、リミッターを掛けろ!」

美香は少しだけ振り向き、限界いっぱいまで横目を使うと、掠れた声で言った。

「下忍、頭領の命令を、何故無視する」

小夜はカッとなって叫んだ。

「いつまでやってやがる、ぶっとばすぞバカ!」

「紅坂!」

蒼瀬を追い抜き、階段を飛ぶように降りてきた樫沢が、途中で手すりを飛び越えた。

外側から、何らかの方法で、二階に侵入していたようだ。

樫沢は膝をつき、大の字になっている、紅坂の口元に手をかざすと、硬い声で言った。

「呼吸が速い。あんまり大丈夫じゃねえぞ」

にぃぃと引き込むように美香が笑った。

「あら、残念。生きてたんだ」

美香の呟きに、小夜の堪忍袋の緒が切れた。

今の美香の悪態が、樫沢と、何より階段を駆け降りてきた蒼瀬に届かない事を願い、小夜は怒号した。

「どあほう!」

美香の胸ぐらをつかんで立ち上がると、ほお桁を張る。

金属を殴った手応え。

美香は微動だにしない。

リミッターを切った美香の特殊能力の一つで、幻術を硬化させることが出来る。

幻術の正体は、霧状の生きた金属だ。

しかし、いま、小夜が手を挙げたのは本体。

金髪の大半を自らの血に染め、口元を引き結んだ美香は、小さい頃そっくりの眼をして、小夜をにらんだ。

わがままを言うときの、姉達を押しのけ、遊具の上でふんぞり返っていたときのあの眼だ。

「なんでよ、私を頭領にしたのはお姉ちゃんじゃない!」

「ええ加減にしよし!」

結界に挑んでは、はじき返されている雪が叫んだ。

小夜より、金属の親和率が高い雪なら、逆九字で美香の変化を解けるのだ。

ただし、美香に触れている必要がある。

「ええ加減にしよし、あほ美香! あれは、あんたの体が弱いから小夜が闘わんでええ様に、御輿に乗せたんやろ。そんなことも――」

「私は、お荷物じゃないっ、ちゃんと闘える! どんくさいからって、ごまめにしないでよ!」

姉達二人は言葉を失った。

遠く水銀灯の照らす色のない景色は、墓場の様な沈黙に包まれる。

眼に涙を浮かべて、肩で息をしている美香に、小夜は静かに言った。

「悪かった。とにかくリミッターを掛けろ。な、美香頼む」

「いや、頭領は誰の命令も聞かないの! 蒼瀬くんにひどい事したあの女をやっつけるまで……」

「うるせえ、妹のくせに!!」

小夜は虎の様に吼えた。

窓硝子までビリビリ震えるような大噴火に、美香はびくっと体をすくめる。

「長女はこの世で一番偉いんだよ!」

眼を見開いた美香。

小夜はこの機を逃さず、矢継ぎ早に畳みかけた。

「あの女をやっつける? もう気づいてんだろ、向こうの方が実力は上だ。あいつが俺たちを殺すつもりならとっくにやってんだよ、逃げるつもりなら、とっくに消えてるんだよ。こんなマネされたのは頭に来るけど、命まで取るようなことじゃねえだろうが!」

美香は言葉を返せず、ただ唇を震わせている。

小夜は声のトーンを落とした。

「焚きつけてきたのは向こうだ。おまえを切れさせるためにやったんだろうし、望み通りにしてやったんだ。気に病むことはねえが、これ以上は俺が許さん」

涙をぼろぼろ流す美香へ、小夜は厳かに言った。

「母さんの代理として言う。リミッターを今すぐ掛けろ。頭領もごまめもねえ」

小夜はささやいた。

「おまえに何かあったら、俺も、雪も、母さんも、みんな悲しくてしんじまうぞ」

美香は、顔を歪め、唇をかんでうつむいた。

そして二本の指を立て、目の前の空間をマス目状に斬り、最後に斜め下からその対角線に指を走らせた。

美香から耳が、しっぽが、金髪の輝きが失せる。

それを確認してから、小夜も美香と全く同じ動作をした。

呪文の代わりの九字呪法だ。

結界が消え、近づいてきた雪が、無言で床に涙をこぼし続ける美香を抱きしめた。

お気に入りのブラウスが美香の血で染まるのも構わずに。

「あほ」

雪の震える悪態に、美香は消え入りそうな声で言った。

「ごめんなさい」

小夜は、汚れた鉄板の上にどすんと、尻餅をつき、先ほどへこませてしまった、事務所の外壁にもたれた。

その冷えた感触が、小夜の体のあちこちの痛みを呼び覚ます。

さっき障壁を抜けたときに、体の筋をだいぶ痛めたようだ。

全身が、ぴきぴきとした疼痛を訴え掛ける。

「いってえ……」

小夜の呟きが力なく床を転がった。

先ほど結界を超える際の見返りに、お気に入りのTシャツが裂け、グレーのスポーツブラが丸ごと露出している。

カーゴパンツにもあちこち鈎裂きが出来て、トランクス型の下着が見え隠れしていた。

動きやすさを重視した軽装が仇になってしまったのだ。

だが小夜も含め、誰もそんなことを気に掛けてる余裕はなかったようだ。

「紅坂!」

蒼瀬が叫んだ。

蒼瀬と樫沢に囲まれていた、紅坂が、ゆっくりと体を起こした。

視線が定まっていない。

当たり前だ、と小夜は思った。

硬化した美香の頭突きをもろに食らったのだ、

生きてるのが不思議な位だ。

紅坂は自分の額に触れ、電流が流れたかの如く、その手を引っ込めた。

顔を顰めている。

小夜は怒りを隠さずに言った。

「生きててくれてよかった。美香を人殺しにしたくねえからな」

紅坂は足を投げ出したまま、焦点の定まらない顔を小夜達に向け、寝起きのように呟いた。

「やるね」

美香の顔を胸に抱いたまま、雪が氷の様な殺気を送る。

「それはもうよろしいわ。今から、小夜が質問する。無駄口叩いたら、乳削いでまうえ」

小夜は立ち上がると、痛みに顔を顰めつつ言った。

「雪の言うとおり、ゲームは終わりだ。いまから――」

紅坂が遮った。

「終わってない」

小夜が眼を眇めた。

「あ? 意地張んのも大概にしとけ。利き脚もやられてんだろ。立てもしねえくせに……」

再び緊迫する場を取り繕う様に、蒼瀬が急いで口を挟んだ。

「紅坂、もうよそう。理由があるんだろうけど、怪我したりさせたりは洒落になってない」

樫沢が怒ったように続けた。

「紅坂、ここまでやった訳を言え。窓も開いてたし、アオは服も乱れてねえ上、グースカ寝てただけ。試しにパンツを脱がせて見たが、いつもの、面白みのない、粗末なチンチンだった。紅坂、なんであんな嘘ついた?」

蒼瀬が赤くなって、樫沢の後頭部に蹴りを入れた。

「いつも見てるような言い方やめろ! ってか、見たのかよ!?」

靴の裏でスタンピングされても、樫沢はちょっと揺れただけでまじめな顔を崩さない。

樫沢の、美香への気遣いに小夜は苦笑した。


あああ、感想をくださああい、よろしくお願いいたします、泣いて喜びます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 終わっていない、この一言、とても大事。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ