(4-3)
あーたーらしーいーあーさが来た・・・
はあ・・・。
よろしくお付き合いのほどを。
一つ、三体とも幻ではない。
二つ、打撃は跳ね返された。
三つ、怪力を行使する。
現実的な選択は、銃で撃ち、ナイフで闘う事だが、その選択肢はない。
傷つける訳にはいかないのだ。
複数の敵に締め技は使えない。
技をかけているうちに、残り二人のいい標的になってしまう。
それに、あの怪力だ。腕を引きちぎられるかもしれない。
どうしても、背中のブレードに意識がいく。
魔の殲滅任務に当たる中忍以上にのみ携帯を許される伊賀忍者の秘刀『円水』。
生きた金属の残骸、ダマスカス鋼を用いた妖刀だ。
別名ウーツ鋼と呼ばれるこの鋼材は、古代より刀剣の材料として近隣諸国に名を轟かせていた。
シリアの首都、ダマスカスで刀剣に鍛えられたことが有名な事からこの名が付けられ、木目のような文様を特徴とする。
日本では南蛮鉄と呼ばれ、室町時代よりポルトガルとの貿易で輸入されていた記録が残っているが、実際、伊賀に伝えられるこの刀の歴史は遙か昔に遡るらしい。
絹のネッカチーフを落とせば自重で斬れ、鉄の鎧を寸断しても刃こぼれしないといわれる伝説のダマスカスブレード。
その謎の一端は、ドレスデン工科大学の研究チームにより、解明されている。
一八世紀に作られたダマスカス鋼の剣を解析したところ、表面からカーボンナノチューブ構造が発見されたのだ。一九九一年、日本人によってやっと見いだされたナノテクノロジーを紀元前一五〇〇年前の鍛冶職人達は使用していたことになる。
鉄の六分の一の重量で、本質的な強度は二〇倍以上といわれる、ナノ材料。
だが、それは、太古より連綿と紡がれてきた歴史の裏側の残滓でしかない。
『気』の存在をオカルトで片付けている間は、研究者達がその真実に辿り着くことはないだろう。
「相談は終わった? 仔猫達」
紅坂は、別の軽トラックの上から声を掛けた。三人の美香がきょとんとした表情で紅坂を見上げた。まるで、今思い出した、とでもいう風に。
三人の美香が、まるで、放課後の教室掃除をしていたかのような口ぶりで言った。
「うん、終わった」
「あなたの命も」
「頭痛がしてきたから、早く終わらせて帰ろう」
「そ」
紅坂も彼女たちと同じように能面で一言。
しかし、内心どうこの場を収束させるか、考えあぐねていた。
簡単にねじ伏せられると思っていた目論見が外れたのだ。
最大限の力を発揮させたところを、ねじ伏せ、実力の違いを思い知らせる。
その自信はあった。
銃なり、円水を使って、斃すことなら出来ると思う。
紅坂は、ビスチェの内側に手を入れ、背中に固定してある円水のストラップを外した。
革製の巨大なシースごと抜き去ると、背中が途端に涼しくなった。
鞘をはずさない円水で打ち倒す。
それしかないだろう。
「あ、やっぱり使うの」
「困ったな…… 嘘だけど」
「ほんとは困る。さてどっち?」
美香がなんの感情の動きも見せずに答えた。
「どっちでも」
言うなり、紅坂は瞬動を掛けようとした。
そのとき。
「美香!」
美香の背後三メートルほどで、身を起こした小夜が叫んだ。
思わず紅坂の足が止まる。
三人の美香のうち、一人が振り返る。
もう二人はこちらを見つめたまま微動だにしない。
「おねえちゃん、すぐ終わるから待ってて」
小夜が、信じられ無いような顔で言った。
「おまえ…… 馬鹿野郎、リミッター外したのか!?」
美香はこともなげに言った。
「すぐに終わらすから」
「やめろ! 雪起きろ」
小夜が動転した様子で、隣で伸びてる雪を乱暴に揺すった。
雪が、うめき声を上げて、もぞもぞと動きだす。
美香が、舌足らずな口調はそのままに、しかし底知れぬ威厳を込めて小夜達に告げた。
「五行天狗衆、頭領の名において命ずる…… 控えよ」
小夜が眼を剥き、動きを止めた。
雪は頭を振って、美香にぼんやりとした瞳を向けた。
異常を察し、雪もまた瞠目する。
「美香?…… あほたれ、なにやっとんの、死にたいんか!」
最後の方は悲鳴に近かった。
小夜が地面を蹴って、美香に向かい飛び出した。
「ぐっ」
次の瞬間、火花を上げ、不可視の壁にぶつかったかの様に跳ね返される。
紅坂に背中を向けている美香の一人が、結界を張ったのだろう。
尻餅をついている小夜が、吼えた。
「美香、やめろ! 変化を説いても、熱が下がらなくなるぞ!」
「大丈夫」
背中を向けていた美香が、こちらに向き直った。
微かに顔をしかめている。紅坂は緊張を高めた。
「紅坂、美香ちゃん、やめろ!」
その声がかかると同時に、紅坂は瞬動を掛け、さっき紅坂の降りてきた階段が視界に入る位置に移動した。
壁を背にし、美香達が右前方、事務所の入り口が左上方に見えるポジションだ。
蒼瀬が階段の手すりから、真っ青な顔で身を乗り出している。
そのとき、蒼瀬が手を滑らせた。紅坂が、心臓を爆発させ、とっさに痛む方の利き足で瞬動を掛けた。
ブチブチッと足の腱から異音が響いた。
しかし、利き足を犠牲にした甲斐あって、蒼瀬が頭から落下してくるのを楽々とキャッチできた。
腕の中の蒼瀬が硬く眼を瞑っているのを見て、紅坂は怒りや安堵を背景にしたまま、かわいい、と思ってしまった。
「うおおおお」
バチバチと言うスパーク音に混じり、小夜の咆吼が響いた。
結界を力業で超えようとしているのだ。
二人の美香はこっちを無表情に見ている。
その顔が、不気味な笑顔を浮かべた。
愛らしい顔に、恐ろしいほど不似合いで、フェイカーとしては、最高の笑顔。
マネキンが嘲笑したらこんな感じだろう。
紅坂の全身を戦慄が貫いた。
そのとき。
「みんな! ……紅坂!?」
階段の上からあり得ない声がした。蒼瀬だ。驚愕に顔を歪め、こちらを見ている。
紅坂は顔を動かさず、眼だけで、ゆっくりと腕の中の蒼瀬を見た。
腕の中の蒼瀬だったものがいやらしく笑った。
美香の顔で。
「ありがとう。助けてくれて」
一瞬敗北の色が浮かんだ、紅坂の髪を美香の手が掴み、流暢なフランス語を発した。
「アデュー(神の御許で)」
紅坂の脳が、爆発し、真っ暗になった視界に、無数の星が散った。
美香のヘッドバッドを食らった紅坂は、ひとたまりもなくくずおれた。
誘蛾灯に引っかかった虫が焦げる音。
今、小夜を苛んでいるのはその何十倍もの騒音と、何十倍に当たるか分からない電撃だ。
結界を瞬動で越えようと試みた小夜は、全身を貫く電流のようなそれに、苦鳴をあげていた。
九字により、おそらく出力を全開にして美香が張った障壁だ。
無事で済むとは思っていないが、覚悟をしていてもさすがに口から漏れる悲鳴を殺しきれない。
脳髄をも灼くような痛みを支えるのは、長女としての使命感と、幼い頃、美香にしてしまった約束へのけじめ、そして普段自分達が奏でている、日常というハーモニーへの愛着だった。
「イチゴ、メロン、マロンにチョコ…… 一個でづつでよかったよね?」
ミサが、みんなのリクエストを掌にボールペンで書きながら言った。
メモをとってもそのメモ自体を忘れてしまうミサの癖で、肘近くまで研究の覚書等でびっしりだ。
流しのシンクにもたれ、寄り目になって掌を見つめているミサの姿は、ほんとに一〇代にしか見えない。
今日は、美香の一五歳の誕生日。
主役である、美香が言った。
「マロン言ってない」
雪も続く。
「マロン言うてへん」
小夜が〆た。
「マロンたべるの斎賀先生だけ」
ミサが、驚いた様に顔を上げ、真っ赤になった。
「そ、そうだったよね。ごめん、ごめん。いや、ホラ、嫌いな歌ほど口ずさんじゃうでしょ? いつものクセって言うかさ、ホラ」
言い訳の羽ばたきで、必死に脱出を試みるミサを、雪が無情に撃ち落す。
「うち、嫌いやけど、日本のラップなんか歌わんえ?」
「う…… ま、まあ、いいじゃない! 来年は美香も中学卒業、そ・し・て? そう、長かったあなた達の忍者修行もおしまい! やったー! 見てる私も辛かったんだからね?」
小夜たちは苦笑した。
リミッターを切る最終試験がどうにも自信がない。
だが、それを告げて、ミサの気勢を殺ぐのもどうかと思い、小夜たちは何も言わない事に決めたのだ。
「まあ、ここで、あいつを呼んで、多少懐柔しておくってのもアリかもしんないけど…… 」
「ムリムリ」
三人が一様に手を振った。
「わ、わかってるわよ。九九%は石で出来てるアイツにそんなの逆効果だって事ぐらい。去年と、一昨年は単なる行き違いで参加させてあげたから、ちょっと仏心をだしただけ!」
頤を反らし、斜め上方に向かって熱弁を振るうミサ。
劣勢を挽回しようと励む弁護士の様な母の姿を、小夜は苦笑して、美香はうんざり顔で、雪は無表情に見ていた。
ミサは、我に返った様に低い声で言った。
「…… まさか、あんたたち、私に内緒でアイツに声かけたんじゃ無いでしょうね?」
「ぜんぜん」
三人は声をそろえて言った。
「そ、そう」
それならいいわ、とか呟きながら、明らかに元気の無い様子で背中を向けた。
「お母はん、うち、斎賀先生に用事あるんやわ。最終試験の事で」
「えっ…… そ、そなの? べ、別に今日じゃなくても」
「まあ、そう言うたらそう…… 」
「…… 明日でもいいかもしれないけど、雪がそこまで言うんなら仕方ないわね」
雪が何か言うより早く、ミサは取り出した携帯を耳に当て、小走りにダイニングから飛び出した。
「おつかれ」
それを見て、ため息をついている雪に向かい、小夜は言った。
「毎回飽きもせんで…… 今は、美香しか誕生日せえへんから、年一回になったけど」
「でも」
振り返ると、うんざり顔だった美香が、天使のように微笑んでいた。
「毎年おんなじ事が繰り返せるって素敵だよね」
スマブラ、まさしさん、プロになりましたね。めでたい!




