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(4-2)

おはようございます。

なんで来る、呼んでないぞ、月曜。

信じられない物を見るような、美香の瞳に見る見る涙が盛り上がった。

紅坂は顔が熱くなるのを感じた。

以前から分かっていたことだが、改めて、自分は最低の人間だと痛感した。

耐えきれず眼を逸らす。

「なんで?」

美香の震える声が紅坂の心を抉る。

「自分が何やったか分かってるの? 男の子だったら、そんな事されても傷つかないと思ってるの?」

美香は瞬きもせず、紅坂を見つめ続けた。

「逆に考えてみなさいよ。婦女暴行と一緒だよ?」

「違う」

反射的に言ってしまい、紅坂は臍を噛んだ。

紅坂は言い訳したかった。

蒼瀬にかけた暗示は、嫌であれば、こちらの命令を拒否できる軽い物であったこと、

そして、誰でも良かった訳では無いこと。

つまり、自分にも心があると伝えたかったのだ。

「違わない…… 最低。あなたは最低よ」

美香の指摘に、さっき抉られた不可視の傷から、どくどくと血が流れ出した。

紅坂は自分に失望した。確かに何も違わない。

任務にも徹し切れない。

人間としては最低の評価しかもらえない。

何もない女。

紅坂は我知らず言葉を発した。

「これも、任務…… 仔猫、これで闘う理由が出来た?」

俯いた美香の表情は見えない。

「蒼瀬くんに、そんな事をした理由はそれだけ? そんなバカげた理由で?」

紅坂の握りしめた拳に爪が食い込む。

できれば、もっとこの娘達と仲良くしたかった、

話したかった。

自分を含むコードナンバー達は、経緯こそ違え、生きた金属と融合した人間。

あの島で孤独と心細さを経験した姉妹なのだ。


そうだ、だからこそ。


紅坂の心に光が射した。

「そう。他に何が?」

紅坂は静かに言った。

美香はぽつりと呟く。

「そう」

そして、同じ調子で言った。

「手加減出来ないよ? 私、こんなにも頭に来たの、久しぶりだから」

紅坂は苦い想いと共に、自分の目論見が成功したことを知った。

紅坂は無表情に、両手を広げ言った。

「なら、私は手加減してあげ……」

「臨」

それを遮るように、美香の口から言葉が漏れ、きぃん、と空気が澄んだ音を立てる。

「兵・闘・者・皆・陣・列・在」

次々と美香の口から、美しい旋律に乗せた言葉が迸る。

「前」

美香の全身から光が溢れた。

紅坂は瞬時に片目を瞑る。

光が続くにせよ、収まるにせよ、どちらかの眼で対応出来る。

徐々に光が収束し、紅坂はバネをたわめたまま美香を見つめた。

分かっていたことだが、五行天狗衆の異形に、紅坂は驚きを禁じ得なかった。

一本一本、それ自体が発光している様なプラチナブロンドの上に、黄金色の猫耳が立っている。

碧眼は深い海の様な光を湛え、紅坂に感情の消えた視線を注いでいた。

カーゴパンツの臀部から尻尾が生え、ゆらゆらと揺らめいている。

耳も尻尾も半透明で、ホログラフのようだ。幼い顔立ちはそのままに、幾千年を生きてきた妖精のようなオーラをその身に纏っている。

そして、ほかの姉妹と決定的に違うのは、首と手首を覆う豪奢なファー。

忍者の頂点にふさわしい、貫禄だ。

紅坂はポーカーフェイスを崩さず、美香に問うた。

「なぜ、猫なの? 天狗じゃなくて」

生きた金属は陰、陽とも、正邪に関わらず、気を吸い取る。

邪な気を取り込まぬよう、神器として神社などに祀られるのはそのためだ。

一〇年前、彼女たちは、寺に祀られている生きた金属より作りだしたワクチンを接種したはずだ。

美香は密やかに、背筋も凍る言葉を宣った。

「聞いてどうするの? もうすぐ死ぬのに」

紅坂はペースを取り戻し、肩をすくめた。

立ち直る時間は稼げた。

「冥土の土産」紅坂は平坦な声で言った。

「いいわ、手ぶらってのもなんだし。天狗ってね、もともとの姿は狐狸…… 猫だったの」

「…… イヌじゃ無くて?」

「獣あり。その状ヤマネコの如く、白い首、名は天狗…… 中国最古の地誌、山海経にあるから、生きて帰れたら見てみて」

紅坂は合点がいった。

天狗は修験道と密接な関わりがあったという。

そして、修験道の始祖と呼ばれる、役の小角は忍者の開祖と言われている。

「ありがとう。すっきりした」

美香の姿がぼやけ出し、二重にぶれ始めた声に紅坂は、緊張を高めた。

「ツイてるじゃない、いい気分で、死ねるなんて」

姉妹の中で、生きた金属の浸食率が最も高い以上、最も手強いと考えておいた方がいい。

何と言っても、最古の忍者集団の首領なのだ。

紅坂の目の前で、美香の姿が左右に分かれた。

珍しくもない分身の術だが、紅坂は気配を探って困惑した。

どちらからも気を感じる。普通、どちらかが幻のはずだ。戸惑いを顔に表さない様にしていると、美香の姿が再び一つに重なった。

眉根を寄せた紅坂の前で、美香は赤くなって顔を顰めた。

「やっぱり、この手の術は苦手」

紅坂が拍子抜けしたその瞬間、背中に何かが激突した。

ひとたまりもなく、前方に立つ美香の方に吹っ飛ぶ。

状況を把握出来ない紅坂の視界に、美香が大写しになる。

表情を変えずに美香は一歩踏み込んできた。

無造作に右のパンチを繰り出す。

素人の様なフォームで突き出された拳を、紅坂は空中で姿勢を変え、何とか回避する。

紅坂の来ているパーカーの脇に、美香のパンチが引っかかった。

工作機械に巻き込まれたかの様な、抗いがたい力が紅坂を巻き込む。

独楽の様に回転させられると、床に叩きつけられた。

ろくに受け身もとれなかった体が悲鳴を上げるのも構わず、紅坂は手足全てを使って後方に跳ねた。軽トラックの屋根に着地する。べこりと足下がへこんだ。

脇の下が噛み裂かれたように、口をあけている。だが紅坂は、さっき自分の背中にぶつかって来たものの正体から眼が離せなかった。

「惜しかったね、美香。頭を狙ってたら、終わってたのに」

こちらを見上げながらそういったのは、美香で。

「もうちょっとだったのにね、美香。それは駄目。私がやるから」

そう答えたのもパンチを当て損ねた美香だった。

呆然とする紅坂の前で、二人の美香が寄り添った。さっきまで、紅坂の前方にいた、左側の美香が言った。

「私たちが、双子だっていうのは、知らなかった?」

紅坂は動揺を隠して言った。

「初耳」

右側の美香が無表情に言った。

「そりゃそうでしょ…… 嘘だもん」

ねー。

顔と声を合わせる美香に、紅坂は意識を奪われた。

その瞬間、横に飛んだのは、理屈では無く、勘だった。

リズムとでも言おうか、このギターソロのとぎれた瞬間、ドラムが入るだろう、ドラマで言えば、次のシーンはこれが来るだろう、という予定調和。

実戦で培った戦士の特殊能力。

ただし、紅坂の生きている世界にリテイクは無い。

香坂のいたトラックの天井を、重い質量のある何かが貫いた。工事現場で鉄骨が落下したような音を立てて、薄い板金を突き破ったのは。

「ぬけないよう、美香」

上半身だけ屋根から出してもがいてる美香をみて、二人の美香はくすくす笑った。

「ドジねえ、美香」

紅坂は別のトラックの屋根でその悪夢の様な光景を呆然と見ていた。

幻術なら、物理的な破壊は不可能だ。

迷いを振り切り、紅坂は飛んだ。

ボレーシュートのようなキックが、未だ板金のかごから抜け出せない、美香の頭へ水平に弧を描く。短い悲鳴をあげ、頭を抱えた美香の腕に、手加減した蹴りがジャストミートした。

「!」

顔を歪めたのは紅坂だった。

石にキックしたような手応え。全力で叩き込んでいたら、折れていただろう。

無事な方の足で、あわてて飛びすさる。

「いったあい…… んもう!」

美香が癇癪を起こしたように、両手を振り落ろした。

色あせた板金が紙のようにひしゃげ、フロントガラスが蹴り砕かれる。

体に付いたガラス片を払いつつ地面に降りてきた美香を、紅坂は総毛だって見つめていた。

運送会社の資産をあっけ無く破壊した美香は、他の二人に歩み寄ると、紅坂がいないかのように会話を始めた。

「おしり、痛かったよ。私ばっかり貧乏くじ」

「仕留めそこねといて文句言わないの」紅坂に体当たりをした美香が言った。

「あなただって」窘められた美香が尻尾を揺らしながら口を尖らす。

「喧嘩しない。みんな美香なんだから」

最初からいた美香が、なだめる。

のんびりとした、剣呑な会話に紅坂の背中を冷たい汗が伝った。

背中のナイフに手が伸びそうになるのを辛うじて抑える。

水銀灯の明かりが眩しく照らす、生活感溢れる戦場で、紅坂は状況を整理する事に努めた。


それでは、明日、火曜日に!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 美香の無邪気さが、つまり、邪の無いその様子が、無邪鬼だなと思う、刺激的でいい感じだ
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