第四章 天狗ども、闇に舞え
おはようございます。
遠くへ行きたい・・・
コロナだから無理だけど
紅坂が事務所の古びた扉を開けると、すぐ頭上に水銀灯の並ぶ天井があった。
電球の傘と、鉄骨の梁に排気ガスで黒くなった埃が積もっている。
ちょうど紅坂達が通う高校の体育館ほどのスペースで、造りもよく似ていた。
側面にキャットウォークがあるところも同じだ。
眼下の壁際には、沢山の配達用軽トラックが雑然と駐車されている。
ここは、休日のため、荷物を積んだままのトラックを押し込んである倉庫で、紅坂と蒼瀬は今まで奥の二階にある、コンテナタイプの事務所にいたのだ。
高い位置にある薄汚れた窓の外は、もう夕闇に包まれている。
だが、高い天井を有する倉庫内は、来たときからつけっぱなしの灯りで煌々と照らされていた。わざと半開きにしておいた鉄製の大扉のところに、紅坂の招いたゲスト達がいた。三〇メートルほどの距離がある。
「よお、マイ・シスター000。お呼びにより参上したぜ」
小夜の声が、殺風景なトラックの寝床で反響する。
年季の入った、錆が浮く階段を降りつつ、紅坂は返した。
「ご苦労、マイブラザー003。お辞儀が出来たらもっと完璧」
「誰がブラザーだ、コラァ!」
あっけなく小夜が切れる。
美香がジト眼で言った。
「おねーちゃん、情報を出来るだけ引っ張り出すから、挑発に乗るなって言ったの誰よ?」
「ほんまどす。カルシウム、全部身長と、おっぱいにまわってもうとるんや、きっと」
雪がいくらかやっかみを孕んだ、合いの手を入れる。
小夜はちょっと赤くなった。
「うるせえな、ツッコんで見ただけだろ」
美香はそれに取り合わず、紅坂にきつい眼を据えた。
集団の一番後ろにいた樫沢が叫ぶ。
「紅坂、蒼瀬はどこだ?」
「無事なんでしょうね?」美香が続く。
悠々と階段を降りて来た紅坂は、言った。
「無事かどうかは、私に聞いてほしいくらい、元気」
小夜が冷笑した。
「妄想はもういいんだよ、嬢ちゃん。言ってて侘びしくねえか?」
雪も軽蔑したように言った。
「もうそのネタええわ。あのボンズにそんな甲斐性あるわけおまへん」
だが、紅坂は見逃さなかった。
そう言いながらも、二人の瞳の奥に一抹の期待が宿っているのを。
「彼の事は、私の肌がよく知っている。もしかすると、樫沢よりも」
紅坂はパーカーのチャックをつまんだ。
「それ、いい加減、ムカツクんだけど」
美香が早口で詰った。
紅坂はジッパーを胸の間まで下ろし、言った。
「ホラ」
時が止まった。
うおおおおん
一瞬の停滞の後、どよめきが、冷めた空気を跡形もなく消し去った。
「そ、それは」
雪が頬を染め、口をぱくぱくしながら、紅坂の首から胸にかけての痣を指した。
「マンガとかでしか、見たことないけど…… キスマークってやつじゃ」
小夜が女の子らしく口元を覆っていたが、おずおずと言った調子で問いかけてくる。
「そう」
紅坂が肯定すると、目は点、口が四角になっていた美香は、くらっと倒れそうになった。
「カッシーさんが…… だって、あのアオだよ? できるわけないじゃんって言ってくれたから…… 安心してたのに」
「美香ちゃん、しっかり! 何かの間違いだって、アオには無理無理!」
うわ言を呟く美香を支えた、樫沢のフォローをよそに、紅坂が淡々とニュースキャスターのように続ける。
「先っぽは何とか守り通したけど、外堀を攻められた。背中にも吸われた痕がある。今夜中に本丸にたどり着かれるのは、火を見るより明らか」
「み、見上げた暴れん棒将軍どすなっ」
眼をギラギラさせながら食いつく雪を見て、紅坂は心中呟いた。
掛かった。
完全に信じたようだ……
まあ、本当なのだが。
「雪、やめやがれ!」
小夜が叫んだ。
「美香の気持ちを考えろ!」
小夜は拳を握って歯ぎしりした。
「チクショウ、何てことを…… 俺は信じねえ!」
美香が瞳を潤ませ鼻声で呟く。
「小夜ねえちゃん……」
小夜は燃えさかる炎を瞳に宿し、何かを振り払うかのように、空間を右手で薙いだ。
「それから何しやがったんだ、テメェ!」
紅坂は、小夜の頬が上気しているのに気づいた。
結局、続きが聞きたいだけなのだ。
紅坂は一つ頷き、それに応えてやることにした。
今こそ培って来た創作能力が試されるとき。
蒼瀬、見てるか?いや寝てるか。
「私が拗ねて見せると、謝るどころか、信じられないような事を頼んできた…… 本当にあきれたすけべ」
「そりゃなんだ、コラァ!?」
「ちゃっちゃと言いよし!」
「想像に任せる。私は怒った、初めてなのにそれは無いだろう。怒ってアオアオ…… もとい、ヤツの胸板をぽかぽか殴った」
「甘アマかましてんじゃねえぞ!」
「聞いとるこっちが、こっぱずかしいどすな! 何、頼まれたんどす?」
二人とも息が荒い。
樫沢は黄昏れた眼をしている。
美香がゾンビのようにゆっくりと体をもたげた。
「想像に……」
「ごまかすんじゃねぇ、答えろ!」
「気になって、夜寝られへんやん!」
「…… 言いたくない。それくらい恥ずかしい」
「教えてください!」
「後生どすえ!」
紅坂はもったいぶってため息をつくと、少し目を伏せ、出来るだけはにかんで見えるよう、努力した。
「体操服に、ブルマはまだしも、赤白帽まではムリ」
ぜえぜえと肩で息をしている美香を、紅坂は、半眼で見ていた。
鬼の様な形相をした、美香の前には、後頭部に痛恨のヘッドバッドを食らった野次馬二人がのびている。
「…… 何の情報引っ張り出そうとしてんのよ」
樫沢は「ちょっと外の空気、吸ってくる」とか言って、首を振りながら出て行った。
醒めた顔で見つめる紅坂だが、実はあきれていた。
喜怒哀楽。
忍術の初歩中の初歩で、まさかこれ程思い通りにいくとは思わなかった。
蒼瀬を攫うというのは、京大のキャンパスで、とっさに思いついた作戦だ。
蒼瀬を利用して、美香を焚きつければ、二人の会話を聞いている限り、少なくとも美香は追って来るだろうと言うのが紅坂の読みだった。
そうすれば、姉達も嫌々ながら美香に付き合うのでは、と考えたのだが、その通りになった。
唯一外れたのは、姉達が自ら望んで、鼻息荒くエロ話を聞きにやってきたことだ。
しかし、実際には、紅坂にとって、実力を見極めた小夜と雪にはもう用がなかった。
「ありがと。手間が省けた」
そう言った紅坂を、美香はぎっ、と睨んだ。
「一体あなた……」
「伊賀衆・中忍、紅坂美紅」
美香が眼を見開いた。
「それで、いろんな疑問の答えになった?」
美香の目つきがゆっくりと険しくなった。
「伊賀者が私たちに……」
「私は名乗ったけど?」
ぐっと美香がつまり、ふてくされたように言った。
「五行天狗衆・上忍、不動美香」
紅坂は、瞬きもせず、一二,三歳にしか見えないおかっぱの少女を見つめた。
日本の忍者、全ての頂点に立つ五行天狗の首領。
生きた金属と、もっとも親和した細胞を持つコード001。
コード002,003の実力は大体分かった。いずれも、紅坂の敵ではない。
003はまっすぐ突っ込むだけだし、002は喋りすぎだ。
それでも今まで負けなかったのは、相手が弱かったのだろう。
001に関しては、血圧の上昇と共に、腕力が向上するというデータしか手に入っていない。
コード002,003が眼を覚ます前に、勝負を終わらせたい。
紅坂は爆弾を落とすことにした。
「蒼瀬、上手だった。眠ってた割に」
美香は弾かれたように紅坂を見た。
わき上がってくる、いやなもやもやから努めて眼を逸らし、紅坂は続けた。
「私が操った」
そうだ、スマブラのラノベを書こう!
DXもSPもPMも出すんだ。
アマだから、ハイスコアガールみたいなことにはならないぜ!
…やる気が出たら




