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Counter the Amenthes - Truth of Shadow  作者: 霧上
前編 - Dusk
3/17

Lightning 「雷撃」

マリアーンの闘争心は冷静さを失わせる諸刃の剣であった。ラファエルはそれを分かっていた。とはいえ、それを見抜くのが彼でなければいけない理由などあっただろうか。そぐわない階級差の上官が何故、彼を指導したのか。


「どうかね、奴は」

その音声が彼の耳元に聞こえてきたのは、まだ太陽の光を受け取る熱帯の濃緑が空気に染み付くような、雨季のヴィエンチャンに構えた連合軍の軍事拠点だ。

「バカとハサミは使いよう、といった所ですね。正直、潜在能力俺よりもあるでしょう。だからといって驕らせてはいけないでしょうし、まだ精神面に問題があります。」

巨大な建物の廊下でラファエルはボス……いや、この軍隊の統治者からの無線に軽く応じた。

「ふん、そうか。欠点はあるようだが"人間として"強き者なら望ましい。あの化物軍団のような人為的な軍隊ではな!」

低く笑い飛ばした上司に、ラファエルは軽く腹を立てる。彼には改造人間を多く所属させた海軍に親友がいたのだ。

「俺の親友を傷つけるようなことは差し控えていただきたい、元帥殿」

「なに、吾輩に楯突くか。……構わんが誤解をするな。吾輩は連中やあのクソ提督を傷つけてはいない。傷つけたのは吾輩や連中や……お前を改造した例の集団だ。奴らの好きにさせない為、我々は人間の力を信じなければならないことは自明であろう、ラファエル」

無線は元帥の脅すような、それでいて自虐を交えたためか――切ない声を再生していた。

「元帥殿、私情を謹んでいただきたい。彼らとマリアーン大尉は関係ない」

ラファエルは冷静に返す。軍の頂点にこのように言い返せるのは、「クソ提督」とその親友であるラファエルぐらいであろう。

「そう、関係がない。だからこそ陸軍の希望なのだ。人の可能性なのだ。」

ゆっくりと元帥はすべてを託すかのように、ラファエルに語りかけた。

「彼にプレッシャーを与えないでください。貴方は彼に期待をしすぎているんです」

大尉には佐官あたりの上官が妥当であったこの軍隊に、不自然な上下関係を生み出したのは"元帥様直々の勅令"によるものだった。ラファエルも彼を望んではいたが、彼を直接の部下として迎え入れるのは不自然だと感じていた。

「相応の配属だ。貴様は引き続き彼の教育に力を入れておけ、頼んだぞ」

「くっ……わかりましたよ、元帥殿!」

苛立ちを隠せないラファエルは半ば強制的に無線を切断した。黒い電子タバコを早急に取り出し、眉間に皺を寄せて煙を吐く。

「俺は所詮あの男の代わりなのか……!」

募る思いに彼は空を睨んだ。それは、雨雲を蓄えるように纏っていた。


一方、マリアーンの耳に聞こえたのは未来世界で世界的な歌手であるヴィクター・コルダのソウルフルな声であった。ブルートゥースや電子端末によって制御された音楽プレーヤーで歌を聞きながら、金属製のベッドで横になっていた。士官である以上、プライバシーが保証された個室を充てがわれていたのだ。「見せかけの平和なんてクソ食らえ」という英語の歌詞。ヴィクターがハンガリー出身であるため、「生」の声には東欧の訛が含まれていた。マリアーンは懐かしさに耳を澄ませた。先日ラファエルと戦い、言われた言葉。本気で本性で正直に戦う。それを彼は本気で戦っていい理由と判断した。調子に乗って倒してしまったが、マリアーンは考え直すと、ラファエルは手を抜いて戦っていたようにも見受けられたのだ。あんなに遅い蹴りをする人間であったか、と彼は中将に問うことは当然しなかったが、結局のところ中将は自信をつけさせたかっただけではなかったのかと思うようになっていた。正直に戦えと言いながらお前はどうだ。マリアーンのひねくれた思考回路では芝居に付き合わされたと感じていた。だが、別に構わなかった。上官に勝てても、自分のことを棚に上げて叱咤するのも、どうでも良かった。それでも、彼にはどうしても癪に障ることがあった。


「影に勝てない」

認めたくなかった。本気で容赦なく戦ったはずなのに、勝てなかった。ラファエルがどんな助言をしようと、今の自分では勝てないことははっきりとしていた。今までの努力が無駄なわけではないが、あと一歩に近づけない。前回の任務の反省点はわかった。「油断」だ。でも本当にそれだけだろうか?現実を突きつけられた感覚にイヤホンを流れる歌詞を忘れる。このまま寝てしまいたい、だが眠れない。消えない焦燥が今の彼を襲っていた。悔しさに口を噤む彼の胸元に留めてある、小型無線端末の通知音が鳴る。

「マリアーン、出撃命令だ!」

ラファエルの声が続く。

「『影』がこの近くにいる」

伏目がちだったマリアーンが覚醒し、急いで軍用ジャケットを羽織った。あの時にも使った、アサルトナイフも装備して。


ヴィエンチャンはメコン川を介して隣国タイと繋がるラオスの首都であり、アジアの活力とアメンテスの災いにより発展と混乱を極めていた。宇宙船のような高層ビルと古来からある仏教の建築物が並ぶ町並みがそれを如実に表現している。新旧様々な建物と交通機関のごった返す通りの廃屋に「影」が出現したのだ。ラオ語で書かれた看板も立ち並び、「平穏な人々」も多く住むここでは派手に戦うことは出来ない。連合軍は慎重な行動を求められ、アメンテスもそれを狙っていた。うす暗くなった空は雨を告げた。状況は最悪、だがマリアーンは興奮していた。今度こそは仕留める。……恋にも近い感覚かもしれない。だが、もっと血なまぐさい衝動だ。

「進め」

マリアーンは笑っていた。小型のレーザーライフルを携え、ぎらぎらと輝くオリーブの瞳孔を広げていた。まるで薬物中毒者である。怯える兵士、狼狽える兵士をよそに廃屋の階段を登っていく。潜んでいたテロリストを発射音のしないレーザー銃であっさりと撃ち殺していく、その狂気は健在であった。

「影はどこだ!」

「来たな連合の悪党め!彼の元には行かせぬ!」

扉の前に立ちはだかっていたのは、中年の武装した兵士であった。声を出す、つまり容疑者として特定できる要素を晒してでも戦意を見せるということは、相当な馬鹿であるか、それなりの立場であるということだ。だからといって、マリアーンの敵ではない。彼は間合いを決め、目にも止まらぬスピードでナイフ片手に突っ込んだ。相手の発砲よりも……否、シングルアクションの銃のトリガーに手をかける前にだ。

「……ははは、何も見えていない、お前は!」

笑っていたのは敵兵だった。ボンの部下になるだけあり、俊敏さは高かった。相手はマリアーンが気づけば背後に回っていたのだ。すぐに引き金が引かれた。反射ともいえるスピードでマリアーンは姿勢を屈め躱したが、不運な彼の部下の喉に命中した。

血飛沫でマリアーンの髪が濡れる。だがそんなことも気にせず、ドアノブを利用して棚の上に登った。死角を利用し上から手榴弾を投げる。爆風を利用して相手の目を眩ませながら、階段の手前まで飛び降りた。あたりに舞う粉塵の間から覗く人影を察せないマリアーンではなかった。携えていたレーザーを一発。どさりと人が倒れる音が聞こえた。ただ見ているしか出来なかった部下の兵士たちを睨みつけると、彼は「前進しろ」と合図した。


「出てこい」

扉を乱暴に開けて、レーザーライフルを軽く上げた彼は、その「何もない」部屋に潜んでいることを察していた。大尉は濡れた髪も気にせず、雨漏れのする2階の「違和感」に向けて、部下に銃を発射させた。だが些か反応が遅かったようだ。マリアーンは躱していたが、銃を撃った兵士は血を流して斃れた。それには眉間に7.62x39mm弾が貫通していた。

「まさか先手を取られるとは、ボン!」

マリアーンはアサルトナイフを手に取ると、風を切るように構えた。やはり「影」は、あの時と同じ笠を被っていた。隠れているときに邪魔になるだろうに、決して取ろうとしない。

「…おい、」

笠をかぶり直した影は、マリアーンに問いかける。

「俺はなんて呼べばいいか困るじゃないか」

マリアーンは攻撃しようとした瞬間に男に喋られたため、唖然としたまま間合いを詰められてしまった。彼は死を覚悟したが、笠の奥に煌いた青緑の瞳に血は映っていなかった。代わりに映っていたのは、

「決めた、稲妻の傷(サンダーマーク)がいい。」

彼の目に走る傷であった。

「何だよ、急に……っ!」

攻勢に出られないマリアーンに、ボンが口角を上げた。

「俺を殺してみろ、サンダーマーク」

彼の首に、彼から奪ったアサルトナイフを突きつけながら。


「マリアーン!」

ラファエルの無線越しの声は焦りを感じ取れる。だがマリアーンの闘争心が再び芽生える。にやりと笑い反り返るととんぼ返りの要領で足を用いてナイフを取り上げ、転がったナイフに目もくれず、袖に隠したナイフを取り出しボンの頭目掛けて投擲した。一方ボンはあっさりと躱すが、マリアーンの切り返しを興味深そうに見ていた。

「どうせ死ぬんだろ、何とでも呼べ!」

「そのことは心配するな、俺はもう……」

ボンがしゃがんだと同時に身体をバネにして高く跳ね上がり、手刀をマリアーンの右肩に落とした。速い。

「死んでいる!」

ぐおお、と低い呻きを漏らしマリアーンは床に叩きつけられた。

「中々じゃないか、サンダーマーク。あんたの軍隊は見る目がない。アメンテスならもっと上に行けただろう」

「てめえ、この期に及んで勧誘か……!」

マリアーンは憤怒を滾らせてボンを睨みつける。彼は穏やかな顔をして笠のポジションを整えながら、マリアーンを見下ろした。

「おっと、触れてはいけなかったか。」

「殺す、殺す、殺す……!」

怒りを露わにして立ち上がろうとするマリアーンの背中を、ボンは容赦なく踏みつける。唸り声が上がった。

「やめとけ、撤退すべきときにしないと身内が困るだろう」

「……何、庇ってやがる。殺せるなら殺せよ。俺たちが憎いんだろう?」

踏みつける足の力加減は変わらないが、ボンはまじまじと顔を近づける。

「確かに。お前"たち"は憎い。」

ボンは言い直す。

「だが、お前を今殺したくないんだ。こんな卑怯な手で」

「奇襲の名手であるお前らしくない言葉だな」


「……生きて帰ってくれ、俺の真実を告げてからお前には帰ってもらいたいんだ、サンダーマーク。」

踏む足を弱め、数歩下がるボン、コードネームに負けず、影のように静かに後ずさる。

「勝手な真似を」

「未来のお前ならできるだろう?」

ボンは笑って去っていく、そうだ、また消えてしまう!自由の身になったマリアーンはすかさず立ち上がり、銃を構えようとしたが、肩に力が入らない。

「くそ……!」

「待っているぞ、サンダーマーク!」

湿った部屋の奥に彼は消えていった。また、チャンスを逃したのだ。マリアーンは悔しさに唇を強く噛んだ。


「マリアーン……もう、撤退しろ」

「わかっています、中将、俺は……!」

「何も言うな」

聞こえてきた無線は、大量の雨音と雷鳴にかき消されて、濡れた部屋に響いた。

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