第7話:レベルアップしてもポイントが足りない
【未来生存率:3%】
「お腹空いた……」
毎度の過酷な善行タスクを終えた私は、初夏の生温い風に吹かれながら帰路についていた。
ポイ活アプリの画面を睨みつけながら歩いていると、ポケットの端末が震える。我が家を不法占拠中の宇宙人・蛍子からのメッセージだった。
『サキちゃんマックポテト買ってきて!L3個! 命令!』
「何が命令よ。誰がパシリよ……」
そう毒づきながらも、気がつけば私はマクドナルドのカウンターに立ち、自分の分のハンバーガーセットまでしっかり購入してしまっていた。
家に帰れば、昨日スーパーの半額セールで買ったもやしで作る「激辛もやし炒め」が待っているはずだったのに。
私の意志の弱さのせいで、なけなしのポイントがまた目減りしていく。家計が、財布の底が血の涙を流していた。
「ただいま……」
絶望とバーガーの袋を抱えてドアを開けた、その瞬間だった。
「おッっかえりぃぃぃぃぃーーー!!!」
ドォンッ!!!!!
玄関をくぐった刹那、何だかよく分からない物体を胸に抱いた蛍子が、肉弾戦車さながらの勢いで突っ込んできた。まともに対面衝突を食らった私は、買ったばかりのバーガー袋を死守しながら、蛍子諸共四畳半のフローリングへと派手に転がった。
「な、なによいきなり……! 殺す気!?」
「見てこれ!! じゃじゃーーん!!」
蛍子が私の目の前に突き出してきたのは、一つの箱だった。
この2065年という超ハイテクディストピアにおいて、驚くほど未来感ゼロの、昭和の家電のような少しダサいデザイン。
中には、これまたプラスチック感が隠しきれない安っぽいサングラス型のゴーグルが二つ収まっている。
「今流行りの!! KWSK V-Link!!」
「ゲーム機……!?」
「そうそうそうそう!! 新製品のモニター検証に応募しまくったら、なんと二個同時に当たったのだよワトソン君!!」
「へぇ、無料なんだ。アンタにしては珍しい有益な引きね」
「ただし課金要素あり★」
「帰れ。今すぐそのバグハードを海に投げ捨ててきなさい」
「あの……サキちゃん、蛍子ちゃん、お邪魔します……」
その時、ボロアパートの開けっ放しのドアから、ヨルが恐る恐る顔を覗かせた。彼女の手元には、すでに全く同じデザインのゴーグルが握られている。
「それ、ヨルも持ってるの?」
「あ、はい……実家に何故か転がっていたので、蛍子ちゃんに呼ばれて参戦しにきました……」
こうして、どういうわけか我が家の四畳半で、女子高生三人による最新VRゲームのプレイが決定してしまった。
ただ、夜中のハンバーガーとコーラに、ゲームは最高に罪悪感があり、謎にテンションがぶち上がっていた。
蛍子が選んだタイトルは、世間では「何故か10年以上サービスが続いている不滅の古典」として名高いMMORPG──『Lost Grail Online』。
──その聖杯は、世界を救うか。
七つに砕かれた伝説の聖杯。
それを統べし者は、世界の王となる。
広大な大陸アルカディアを舞台に、君は一人の冒険者として旅立つ──。
剣士、ソーサラー、僧侶、シーフ、アーチャー。数百種類を超えるスキルと無数のジョブが織りなす、プレイヤー同士が紡ぐ歴史。
「よし、そうと決まれば、キャラクリしよ! キャラクリ!!!」
蛍子に促され、私たちはダサいサングラスを装着して仮想空間へとログインした。
剣と魔法のエフェクトとともに、ドラゴンが炎を吹き出す。
Lost Grail Online
→新規キャラクター作成
を選択。キャラクリの画面に映し出される無数の種族と、細部までディテールがいじれるUIにテンションが上がっていく。
私は迷わず、攻撃性能と狩り効率のみを徹底追求した、ステータス極振りの『ソーサラー(魔法使い)』を選択する。
ゲームの基本は最高率のレベリング、これに尽きる。
「私ソーサラーやっていい?」
「おk」
「ヨルは何にする?」
「私は……お洋服が可愛いのにします!」
「蛍子は?」
「んー。マジで迷う。こんだけいじれちゃうとさ、キャラクリだけで数日は掛かりそうな予感しかしないけど、まあ、ビジュ全振りで格好良い……ああっ!!これ! これにする!」
そして、始まりの大地アルカディアに3人のプレイヤーが降り立った瞬間、私は自分のステータス画面と2人のアバターを見て頭を抱えた。
SAKI ソーサラー レベル1
YORURU ソーサラー レベル1
たるる ソーサラー レベル1
「全員ソーサラーじゃねぇか!!!!! パーティーのバランスって概念を知らんのかお前らは!!!」
「みんな素敵!!現実世界みたい!!」
「んまー、細かいことは気にするな!魔法三人衆、爆誕ってことで剣と魔法の世界の冒険にレッツらゴー♪」
──初戦、エリア001の最弱モンスター、レベル1の「スライム」。
見た目はよくいる、可愛いおもちゃみたいな液体型のモンスターだ。
「ファイアボール!!」
「ファイアボール!!」
「ファイアボール!!」
ドガァァァァァンッッッ!!!!!
「は!?」
3人が同時に放った初級魔法は、調整ミスを疑うレベルの規格外の大爆発を起こした。
スライムを蒸発させた熱線と爆風は、そのまま前衛のいないソーサラー3人を容赦なく巻き込み──
『GAME OVER』
「ちょっと!! 火力設定おかしすぎるでしょ! 味方ごと爆発したわよ!?」
「あはは……10年以上運営してるゲームだから、新規プレイヤーがサクサク進めるように、初期の基礎火力がインフレしてるみたいですね……」
リスポーン地点で煤まみれになったヨルが、引きつった笑顔で教えてくれた。
──2戦目。
気を取り直して草原に出た私たちの前に、突如、システムから禍々しい赤文字のアラートが突きつけられた。
『出現:超危険種:メガデスリス』
「ん?なんだこいつ。何の変哲もないクソデカリスじゃん」
「あ、本当ですね、大きなリスですね。ただ…強い?のかな?」
体長3メートルを超える、もふもふの毛並みをした巨大なリスが、くりくりとした可愛い瞳でこちらを見つめていた。
「……かわいい」
サキの荒んだ心がほんの一瞬だけ癒やされた、次の瞬間だった。
ブォォォォンッッ!!!
メガデスリスの丸太のような尻尾が、時速300キロの超スピードで虚空を薙いだ。
風圧だけで視界が漆黒のノイズに染まる。
『GAME OVER』
「3秒!!! ログインしてから通算生存時間1分未満なんだけど!!」
再び初期の街の噴水広場に叩きつけられた私は、荒い呼吸を整えながら、ふと、網膜の端で明滅しているゲーム内通知の「あるログ」に目を留めた。
『システム連携:討伐報酬:0.001ポイントが実口座へ送金されました』
「……へぇ」
『最初の敵(トロフィー0001獲得):5ポイント』
「え」
『レア素材(メガデスリスの髭)納品:10ポイント』
「待って」
『初回ログインボーナス:50ポイント』
「!!」
【累計:65ポイント】
落書き消し
→15ポイント
迷子ペット探し
→20ポイント
海洋ゴミ回収
→30ポイント
スライム狩り
→65ポイント
は!?私の午前の善行がこの一瞬でペイされた訳!?
「サキちゃん、さっきからどうしたんです?!」
不思議そうにゴーグルの奥から私を見る蛍子の肩を、私はガシッと掴んだ。
その時、私の瞳には、怪しくギラつく炎が灯っていた。
「待って待って待って」
「このゲーム……神では??? ポイントが……現実のポイントが、無限に稼げるじゃん!!!!!」
「お、おう…」
それが、全ての始まりだった。
サキという人間の、本質的な「バグ」が起動した瞬間だった。
──初日。
私は常人には理解できないレベルの効率厨としての才能を発揮し始めた。
味方を爆破しないミリ単位の距離感を完璧に把握し、最速の詠唱キャンセルを編み出し、さっきまで私たちを蹂躙していた超危険種『メガデスリス』をハメ技で一方的に虐殺し続ける。
「あはははは!! 燃えろ! 燃え尽きろリスども!! ポイントを私に寄こしなさい!!」
超絶ハイテンションでファイアボールを連射する私。
だが、ふと後ろを振り返ると、2人のアバターは微動だにしていなかった。
「サキちゃん……蛍子、もう眠気が限界突破して頭がブラックホール……寝るー……」
「サキちゃん、おやすみなさい……ちゃんと……寝てくださいね……?」
ボイスチャットの向こうで、完全に寝落ちした2人の規則正しい寝息が聞こえてくる。
「オッケー、2人は休んでて。私、あと一周だけダンジョン回ってくるから」
──翌朝。
「ふぁ〜あ。おはようサキっち。よく眠れ……って、は?」
朝起きてログインしてきた蛍子が、私の頭上のステータスを見て絶句した。
「レベル37」
「え!? ちょっと待って何それ怖っ! 徹夜したの!?」
「蛍子、今すぐ近くのコンビニで、エナジードリンク3本とおにぎりとサンドイッチ買ってきて」
ピコン。
「はい、ポイント送金したから。ゲームで稼いだ金だから余裕。それより、ゲームしながら片手でチャージできる炭水化物が必要なの。早く、早く行って!!!」
「お、おう……(ガチの廃人の目してるザンス……)」
──翌日。
「サキちゃん! 起きてますか!? 今日は学校ですよ!?」
ヨルの悲鳴のようなボイスチャットが飛んでくる。
「今、最深部ダンジョン。ボス戦の最中だから話しかけないで。詠唱がズレる」
──さらに翌日。
「ただいまーーって!」
「サキちゃん……まだやってる……」
「レベル58」
「目が……目がガチの血走った赤色になってます……!!」
「ちゃんとご飯食べてますか?」
「食べてる」
「何をです?」
「エナドリ」
「それ飲み物です」
「こわすぎ。宇宙人の私から見ても今のサキっちの執念、未知の侵略生命体よりオドロオドロしいよ……」
ログイン時間が連続20時間を超えた頃、私の限界を迎えた脳の視界に、一つのゲーム内システムが飛び込んできた。
【全サーバー対応・週間獲得経験値ランカーシステム】
それは、上位ランカーになるごとに、すべてのコンテンツの『討伐・クリア報酬ポイント』に、最大5倍の倍率がかかるという悪魔の仕様だった。
「ランクが上がれば、報酬倍率がアップする……。そうなれば、家賃なんて一瞬で稼げる……ポイントがザクザク湧き出てくる……」
私の脳のネジが、完全に消し飛んだ。
「……なら、トップ、狙えばよくない?」
エナジードリンクを購入。
カップ麺を購入。
蛍子へのポイント送金をマッハで繰り返し、手元に物資を集める。
私という人間は、完全に「終わって」いた。
「ねえ、ハマりすぎじゃね? たかがゲームじゃん」
呆れる蛍子の声が、遠くのノイズのように聞こえる。
「……やっと、この世界のシステムを理解した」
私の目は完全にハイライトを失い、死んでいた。
「ここからが、本当の本番よ……」
「あ、それは良かったザンスね。私は現世が楽しいからヨルっちと遊びに行ってくるよ?」
「おにぎりとエナドリ、追加で買ってきて。お釣りはいらない」
ピコン(ポイント送信)。
「お、おう……パシリ代ありがとね……」
──5日後。
久々にヨルと蛍子がゲーム内にログインしてきた。
「サキちゃん、お久しぶりです〜。まだ生きてますか……?」
二人がアパートに表示された私のステータスを見た瞬間、エリア0012の空間そのものが凍りついた。
【サキ:レベル90】
「えっ」
「えっ」
「……ずっと、5日間一秒もログアウトせずにやってたの?」
「まぁね。最適なルートを構築すれば、レベルなんてただの数字よ」
「ガチすぎてマジで引くわ……怖い……」
「サキちゃん、お願いですからちゃんと寝てください……生命維持のインジケーターが真っ赤ですよ……!!」
「ありがとう。でも大丈夫、効率は落ちてないから。じゃ、私は今から『全一格付けランクマッチ』に行ってくるから」
「あ、私は新ジョブの『ダンサー』やるね!」
「えっ!? ソーサラーは!?」
「飽きた…魔法唱えるのしんどくなった…」
「^^;……私は生産職をのんびりやりますね。お薬を、作ってみます」
「おういえ! ヨルぴーの作った怪しい薬の売上、半分頂戴ね!」
その頃──。
『Lost Grail Online』の古参トップランカーたちのコミュニティは、未曾有の恐怖に震撼していた。
『おい、誰だあの新顔のソーサラー』
『5日間、一秒も休まずに最高難易度ダンジョンをソロで低レベル周回してやがる』
『寝てないぞ、あいつ。PvP(対人戦)の動きが完全にマシーンだ』
『今シーズンのソーサラーって調整最悪で最弱認定されてたよな?』
『化け物だ……。一体、何が目的なんだ?』
『どうせチートでしょ?え?違うの?』
『運営のテスターとかじゃね?!え?テスターマークついてない?』
『伝説の聖杯か!? 大陸アルカディアを統べる世界の王の座を狙っているのか!?』
血走った眼で、限界速度でキャラコンをしながら、サキはボソリと呟いた。
「家賃」
『……は?』
「家賃、2000ポイント払いたい……それだけよ……!!」
『全員:?????』
そして。
ゲーム運営開始以来、誰も到達し得なかった驚異的な速度で、不法占拠の女子高生が世界の頂点へと君臨した。
【週間ランキング:第1位:SAKI】
『おめでとうございます! 1位確定報酬として【10000ポイント】が口座に振り込まれました!また、全てのポイント報酬が5倍になります。』
「勝った……。これで、家賃……5ヶ月分……それにもう善行しなくても生きていける……」
システムログアウト。
サングラス型のゴーグルを外した瞬間、世界が激しく回転した。
「あれ………
バタンッ。
私は、四畳半の床へと崩れ落ちるように倒れ、そのまま意識を失った。
*
ピピピッ、ピピピッ……。
無機質な電子音が響く。天井が白い。
ボロアパートの木目の天井じゃない?
「……あれ? ここ……」
『ピコピーン♪ サキちゃんお目覚め? 睡眠不足による重度疲労で、蛍子ちゃんたちに救急搬送されたよ★今日で入院して3日目だよ★』
私の首元で、相変わらず軽いJIMIの声が響く。
『あ、ちなみにシステムからの自動決済通知読み上げるね♪』
『民間緊急搬送および集中治療医療費:マイナス10500ポイント♪』
『無断学校欠席1週間および管理義務違反ペナルティ:マイナス1500ポイント♪』
『エナジードリンク代:マイナス400ポイント♪』
「待って」
『カップ麺・おにぎり等購入代金:マイナス1000ポイント♪』
「待って」
『ゲーム内アイテム課金:マイナス3500ポイント♪』
「待って」
『シーズンパス:マイナス500ポイント』
「待って」
『システム利用料:マイナス30ポイント』
「…」
『高難度ダンジョンチケット:マイナス1000ポイント』
「…」
『武器錬金代:マイナス350ポイント』
【現在残高:12ポイント】
画面に表示された、あまりにも冷酷なデジタル文字。
「は……?」
「きっちり引き落とされました。残念!健康は大切にね★』
ベッドの上で、私の絶叫が病院の白い壁に虚しくこだました。
「返せええええええぇ!!! 私の1週間を、命を削ったポイントを返せぇぇ!!!!!(血涙)」
『でもでも、ゲーム、すっごく楽しかったでしょ?★』
「……」
私は、点滴の管が繋がった自分の右手をじっと見つめ、少しだけ考えた。
消えてしまった伊豆の、あの誰もいない綺麗な海。
バグだらけの自販機の前で、時間が止まって笑い合った日々。
そして──ゲームの中で、呆れながらも私のためにエナジードリンクを走って買ってきてくれた蛍子と、本気で泣きそうな顔をして心配してくれたヨルの顔。
「……まぁ」
私は、シーツの匂いを嗅ぎながら、小さく息を吐いた。
「少しだけ」
「いや……楽しかった、かもね」
【MISSION COMPLETE】
・ゲームの世界で世界の頂点に立つ
【未来生存率:3%】
【現在残高:12ポイント】
【ランカー順位:1位】
【所持金:0円】
【評価:廃人】
【評価コメント: 世界ランキング1位達成。
おめでとうございます。
なお現実世界ランキングでは最下位です★】
「……地獄かよ」
エリア0012の空の下、今日も巨大な監視の目が、自滅寸前の私の愚かな日常を、どこまでも呑気に見下ろしていた。
PS.異常に強いソーサラーをSAKIと呼ぶミームがMMORPG界隈に生まれていたことを彼女は知らない
(第7話・完)




