第4話:カレー作ってもポイントが足りない
【未来生存率:3%】
「疲れた……」
私は、鍵を開ける前に、古いアパートの錆びかけの玄関のドアに額を押し付けた。
今日だけで十三体。
街のあちこちで「目的地ハドコデスカァァァ!!??」と絶叫しながら暴走していた迷子案内AIを追い回し、再起動し、また追い回した。
ポイント残高はプラス100。
精神残高はゼロ。
今ならそこの電柱に「お前の代わりに世界救っとくか?」と話しかけられても、「助かる」としか思わない。
「……今夜は安上がりにもやしの激辛炒めでも作るか……」
満身創痍でドアを開けると、煎餅布団を不法占拠していたクラスメイトの宇宙人——蛍子が、これ以上ない極上の笑顔で出迎えてきた。
「おかえりー! 今日もお疲れ様サキちゃん! 」
「あ、ああ……(なんだこの妙な優しさは。怖い)」
「カレー作っておいたよ!」
蛍子はドヤ顔で胸を張り、コンロの上の鍋を指さした。
「カレー!?ご飯作ってくれたの?ありが…
私が恐る恐る鍋の中を覗き込むと、パステルピンクの液体がボコボコと不穏な泡を吐いていた。
甘い。
とにかく甘い。
気づけば部屋中甘い匂いで満たされている。
お菓子の家があるとすればこんな匂いに違いない。
私の知っているカレーは、こんな可愛らしい香りをしていない。
地球に住むもの全ての総意でこれはカレーではない。
「ピンクって何で色つけてるの……」
「いちごに決まってるじゃん?」
「カレーにいちごが入っているところを、私は今まで一度も見たことな——」
ピンポーン♪
絶妙なタイミングでドアチャイムが鳴り、半妖のヨルが「こんばんわ〜」と立っていた。
「おっちょうどいいとこにきたね! ヨルぴーお腹空いてるよね? 空いてないなんてことはないよね?」
「あ……その……」
「じゃあ一緒にカレー食べよ!」
「じゃあ…遠慮なく」
皿に盛り付けられたドロドロのピンクの液体(いちご入り)を前に、ヨルが震える。
「カレー……なんですかね? これ……」
「えっ」
「えっ!?」
「サキちゃん、これカレーなの??」
「いや、作ったの蛍子でしょ!!! カレーって言ったじゃん!!!」
「じゃあシェフの私がカレー作ろうと思ってできたものなのでカレーですね。ウンウン」
蛍子力作のピンクカレーは、どう見てもカレー属性ではなく『いちごホイップご飯かけ属性』であった。
「にんじんと玉ねぎとじゃがいもは?」
「玉ねぎは嫌いだから入れません! にんじんとじゃがいもは冷蔵庫になかったから入れてませーん!」
「……カレー粉はいれたの?」
「いえ。いちご牛乳は入れました。めっちゃ入れました」
なぜかホッとしている自分もいることに気づき、いや、そうじゃないと自制する。
「じゃあ、やっぱりカレーじゃないよね?」
「んーでもなぁ。やっぱり、ドロドロしたものを熱々のご飯にかけてスプーンで食べるものはカレーって本にも書いてあったからなあ。有識者の見解だからなぁ」
「どの本よ」
「図書館で借りてきた『小学生クイズ100』」
「そうか……(もうどうでもいい)。いただきます」
二人が一口食べる。
「うん。これはカレーではありません」
「えー!」
「でも、美味しい……よ?」
「え?」
ヨルは重度の甘党だった。
「でしょ???? やっぱ美味しいってことはカレーじゃんね!」
「もうカレーでいいよ。(力尽きた)」
「よかった!」
「そういえば、ヨル何かあった?」
私が見かねて尋ねると、ヨルは少し恥ずかしそうに、ピンクのホイップ飯を食べる手を止めて言った。
「あ! その……今日はスーパームーンみたいなので、一緒に見に行きたいなって!」
「スーパームーン?」
「そうです! 月がいつもより大きく見えるらしくて……」
「スーパーな月ってことでしょ?」
「た、たぶん……?」
「じゃあ普段の月より3倍くらい大きいのかな?」
「そんなには大きくならないと思う……」
「えー!!謎すぎー!!」
「…。じゃあカレー食べ終わったら、みんなで見に行こうか」
「やったー! 大きな超月見るの楽しみ!」
ヨルはとても嬉しそうにねこ耳をピコピコさせていた。
お皿を洗い終えた私は、「少し冷えるね」とパーカーを羽織り、三人で外に出て、ボロアパートの階段を降りた。
6月の外は少しひんやりしていた。
そして何よりスーパームーンだからか、いつもより明るく感じた。
蛍子が空を見つめて、のんきな声を漏らした。
「おお。デカい〜! 超月って感じ!」
「あれ……?これは?」
ヨルがこちらを不安そうにチラッと見つめた。
「?」
私もゆっくりと空を見上げた。
その瞬間。
そこにある光景を
脳が理解するのを拒否した。
「おい, おい、おい! 何よこれ……ッ!!!」
月が近い。
ではない。
ほぼ月。
空そのものが月になっていると言ったほうが近い。
今にも降ってきそうなくらい、視界のすべてを埋め尽くすほどの【超巨大な月】だった。
いつも空に浮かんでいる管理局の巨大な監視衛星(目玉)すら、月の裏側に隠れて見えなくなっている。何かが、絶対におかしい。
『ピコピコピピーン♪』
私の首元で、サポートAI「JIMI」が電子音を鳴らした。
『サキちゃん!おめでとう! 今見えている月は地球に向かって降下中。120秒後くらいに激突の軌道です♪』
「はい!? 月が!?」
理解を拒否していたはずの、脳細胞が高速で回転する。
……待て、これはチャンスだ。
月が落ちれば世界は破滅する。はず。
これを解決すれば、世界を救った特大ボーナスで家賃の2000ポイントが一発で払えるのでは!?
「月……どんどん近づいてきてませんか? こわ……」
「まじスーパーっていうだけあるナイスなイベントだねぇ。風情があるね」
「月が地球に落ちる!」
私が必死に言い放った。
「サキっち…さぁ。いきなりクソ真面目に言ってるの?これがスーパームーンだよ?大人げないな」
「いやいや、だから、文字通り、このままだと月が落ちてきてヤバいってことよ!」
「有識者のソースは?」
「JIMI!」
私は首元のAIを指差した。
「とにかく急いで止めないと! 家賃が払えない!」
「家賃!?」
蛍子が目を丸くする。
「そんな…月が落ちたら、スーパームーンみんなでいっしょに見れなくなっちゃう……そんなのは嫌だ嫌だ!!」
ヨルのサイコキネシスがいきなりフルマックスで発動。周囲の電柱がメリメリとひん曲がる!
その衝撃で少しだけ月が遠ざかる。
「ヨル!ナイス! JIMI! 『空間重力異常転換装置』に即課金!!」
私は今日貯めた100ポイントを全ツッパする覚悟で叫んだ。
『重力は正常だよ。それでもいい?』
「!? じゃあ何だって言うの?」
『あの見えている月を物理的に破壊する以外の提案はありません。』
「月を物理的に破壊!?ムリムリ。そんな事できるはずない!」
『そうだね★じゃあ特別ボーナス!!今回の緊急性を加味して【月破壊刀】がアンロック。来月からの分割払いで課金しちゃっていい〜?』
「ま、ま、ま待って!ムーンブレイクブイレイド!? いくら!?」
『総支払額は今即決すれば、2000ポイント!!今だけ価格!支払いますか?』
「2000ポイント!?家賃分じゃん!!!」
どうするの私?
家賃2000ポイント
世界滅亡
月破壊刀が今だけ価格&ローン
カレー
いや、あれはカレーじゃない。
全部が頭の中でぐちゃぐちゃになる。
……いや、迷っている暇はない。
世界が救えれば、それで——!
「JIMI!! 私をあの月へぶち上げて!!」
『了解だよ〜!100ポイント消費して、あの月までジャンプするね?』
「オーケー!そして月破壊刀に課……
JIMIが私を宇宙へ射出しようとした、その瞬間。
視界の端の蛍子が、すっと口元に謎の筒を構えた。
「マイ吹き矢を喰らえ!! シュシュシュ!!」
ぱぁあああああああんん!!!!!
夜空に間抜けな轟音が鳴り響き、目の前の巨大な月が一瞬にして大破裂した。
「……………………は?」
破裂した月の中から降ってきたのは、月の破片ではなく、大量の発光するイエローの「巨大なビニール(の残骸)」だった。
それがバサァッと街全体に覆いかぶさってくる。
「やっぱり風船だった!!」
「風船!?」
「風船割る時ってさ、なんかさ、緊張するんだよね。」
私たちが怯えていた月は、ただの『偽物の風船』だったのだ。
破裂したビニールの隙間から空を仰ぐと、そこにはいつも通りの、少しだけ大きく輝く本物の綺麗なスーパームーンが静かに浮かんでいた。
(JIMI大嘘ついたわね)
『いえ、『あの見えている月』を破壊するって言いましたよ〜。嘘は言ってないよ♪直近の会話ログ見ますか?』
「はぁ、まあ課金も寸前で止めたし、いいよ……(ガチの虚脱感)」
幸い、サキの走り回って貯めた100ポイントは一歩手前で守られたのだった。
*
翌日の放課後のマクドナルド。
私たちはいつもの席で、冷めきったポテトを突いていた。
店内のテレビから臨時ニュースが流れている。
『——次のニュースです。昨日夜、エリア0012において、スーパームーンに合わせた自己啓発広告キャンペーン用『超巨大月バルーン』が、システム異常により地上付近まで降下。何者かによって破裂させられ事なきを得ましたが、ビニールに覆われた地区では、現在も撤去作業が行われており、各所に交通機関の遅延がでていますーー』
「ねえねえ、サキちゃん。ここで『小学生クイズ100』から問題です!」
蛍子がポテトを私に突きつけながら、ドヤ顔で言った。
「月にはウサギがいて、お餅をペッタンペッタン!じゃあ、いちご牛乳で作ったピンク色のドロドロの食べ物はなーんだ?」
「カレー」
私が死んだ目で即答すると、蛍子は「ブブー!!」と大げさに手をクロスさせた。
「正解は『いちごホイップご飯かけ』でした〜! 美味しいからってカレーとは限らないんだよね! 有識者の見解でした〜!」
「……お前がカレーって言い張って作ったんだろ!!(怒)」
「えっ……私、あれ結構好きだったから、またサキちゃんのおうちで食べたいな……」
隣でヨルが、ねこ耳を恥ずかしそうにパタパタさせながらとんでもない不名誉な感想を漏らす。
「だよね〜!ヨルはわかってるね!だってさどんな時でも、お家に帰ったら美味しいカレーがあったらそれって絶対に幸せだよね??」
「…そうね。ありがとう(真顔)」
蛍子は嬉しそうにポテトを口に放り込んだ。
次はカレー粉で幸せをください。
いや、その前に家賃をください…
……っていうか、さっきニュースでやってた風船の件、撤去作業ペナルティの連帯責任として、私の口座からまた50ポイント引き落とされて残高50ポイントになってるんだけど……
『逆にこれで済んでよかったともとれるよサキちゃん♪』
【MISSION COMPLETE】
・超巨大月型広告バルーンの無害化
【未来生存率:3%】
【現在残高:50ポイント】
【評価:B+】
【評価コメント:
月だと思い込んでいた風船を破壊しました。
問題は解決しました♪】
深いため息をつきながら、窓の外で黄色のビニールを大型重機が何機も出動し撤去作業を行っているのを見上げた。
「……地獄かよ」
エリア0012の空では、今日も巨大な監視の目が、私たちのバグった日常を呑気に見下ろしていた。
(第4話・完)




