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第3話:四畳半でもポイントが足りない

【未来生存率:3%】


「疲れた……。心が、心が死ぬ……」


 サキのボロボロの四畳半アパート。


 先日、砂漠でデスワームバーガーを2ポイントで買わされた私。


 今朝まで死ぬ気でゴミを拾ってなんとか借金を完済し、現在の残高を【48ポイント】まで戻したところだった。


1ポイントの重みを知った私は、もう絶対に無駄な課金はしないと誓っている。


 なぜなら、この世界のシステムは冷酷だからだ。


学生の身分でこのボロ部屋を維持するための家賃は、なんと『月2000ポイント払い』。


私のような不法占拠の未来人にとっては、あと十日でやってくる支払期限こそが真の死刑宣告だ。


(あと十日で1952ポイント……一日平均200ポイント……無理では???)


 あまりのハードモードっぷりに、私は気が遠くなった。


 自分のいた未来の破滅を防ぐ任務のためにこの時代に飛ばされたはずなのに、ぶっちゃけ未来の生存率を気にするより、明日の家賃のためにポい活奴隷として這いつくばっている今の方が、遥かに生活がハードな気がする。


 私がそんな絶望に打ちひしがれていた、まさにその時だった。


「あああぁぁぁもう耐えられないッ!!! ポテト食べないと蛍子死んじゃう!!!」


 煎餅布団を不法占拠していたクラスメイトの宇宙人——蛍子が突然、頭を抱えて発狂した。スマホをいじりながら大騒ぎしている。


「サキちゃん! 聞いてる?! ねえってば!!!!」


「こんだけ近くにいるんだから聞こえてるわよ」


「だってさー!!マックのウーバー頼もうとしたら『酸性雨による混雑につき4時間待ち』だって!サイト重すぎワロタwww 注文ボタン全然反応しないんだけど? ポテトが無い!!このままでは、そのうち餓死する!!今餓死する。」


「今餓死する奴がそこまで騒げないでしょ」


 今日は酸性雨注意報が出ていて、一般市民は外出が禁止されていた。もちろん学校も休みだし、気軽にポテトを買いに行くことはできないのだ。


「だってさ、もう多分24時間くらいポテト食べてないよ。そんなの新記録じゃない?これギネスに認定されるレベルだよ。ああああああ!!ポテト食べたい。端っこの硬い残りカスだけでもいいから食べたい。」


そう言ってスマホのネット注文画面を連打し始めた。


「我慢して!ってかボタン連打するな不具合起きたらどうするのよ!」


「注文ボタン全然反応しないんだけど!?」


 蛍子は画面を連打した。


「押しすぎ!!」


「えーい!!ポテトよ来い!!来い!!来い!!」


『ご注文を受け付けました』


『ご注文を受け付けました』


『ご注文を受け付けました』


『ご注文を受け付けました』


「ん?」


「ん?」


 一瞬だけ確認画面らしきものが表示されたが、重すぎる通信の波に飲まれてすぐ消えた。


「ま、いいや。そうだ! いっそ家でポテト作ろ♪」


「つ、作る…?」


 蛍子が押入れから引っ張り出したのは、パステルピンクの怪しい卵型のガジェット——


「【亜空間創生キット】!!!」


「待て!! 創世キット!?何するつもり!?」


「だ、か、ら!創るんだよ。ポテトの世界を。いちからね。」


「世界!?狭い家の中で世界なんか作るな!!! そもそもアンタそれ作って面倒見きれるのか? 責任持てるの!??」


「そりゃあたぼうよ。私が母也。いや、神也」


 蛍子はこれ以上ないドヤ顔で言い放つと、四畳半の真ん中でスイッチをぶち叩いた。


 ズゴゴゴゴゴゴ……!!!!


 重力を無視して、部屋の真ん中に塵が集まり始める。

 

「これが星の誕生の瞬間だよサキ太くん」


「…」


 そして次第に形になっていき、青く美しい小さなポテト栽培専用の惑星が誕生した。


「我が星をPOTATO星と名付けよう。っとピピピ!」


『ピコピーン♪ 蛍子が惑星の時間経過を『マッハ育成モード』に設定したよ♪ 一秒で一億年分進化するよォ!』


「一秒一億年!?やりすぎなんじゃ…?」


「んま、大丈夫大丈夫。早くポテト食べたいじゃん?」


 誕生したばかりの惑星の地表には、小さな可愛らしい「芽」がぽつぽつと顔を出している。


 蛍子は霧吹きを片手に、その小さな小さな芋の芽に向かって、慈愛に満ちた優しい聖母のような声で語りかけた。


「私が神様ですよ〜。お母さんですよ〜。いい子だから、早く美味しいマックのポテトに育ってね〜♪美味しく育ってね〜♪」


 そう優しく声をかけた三分後。


「あ、なんか飽きた。スマホでゲームしよ」


「は?ちょっとあきるの早すぎじゃない?」


「なら、サキが神様になっていいよ」


「いや、、私はいいよ。(そんな気はしていたが)」


「神はここぞという時のために、普段はぐ~たらしながらソシャゲで無限にガチャ引いて過ごしてるんだよ。」


「それは、アンタでしょ」


 神の母性は三分で完全消滅したらしい。


 私も「勝手にしろ……」と呆れ、ヘッドホンを耳に装着して爆音で音楽を流しながら、溜まっていた部屋の隅のゴミを熱心に分別する「自宅ポい活」に没頭することにした。


 ——数時間が流れた。


 窓の外では酸性雨がジジジジと音を立てながら降り続いていた。


 ガラスに当たった雨粒が小さく煙を上げていた。


 私が完全に音楽とゴミ拾いの世界に入り込み、惑星のことを完全に忘れていた間に、亜空間の中では何百億年もの時間が経過していた。


「こんにちは〜」


そこにヨルがやってきた。


「あ!ヨルっち〜良くこれたね」


「あ、はい。このくらいの雨なら。それよりお茶でもしませんか?」


ヨルは、お土産に小さなケーキを買ってきてくれていた。


「おお〜!!サキちゃんサキちゃん!お茶しよって」


ケーキを3人で食べていると、ヨルが言った。


「この、、球体は何ですか…!?」


「ああ。これね!私が神様やってる星なんだよねー。ポテトをこの星で無限栽培して無限にポテトを食べるんだ」


「無限ポテト…ですか。」


ヨルが惑星を覗き込んだ。


「なんだか……街みたいなのがあります」


「え?」


私は惑星を覗き込んだ。


確かに。


さっきまで芋畑だった場所に小さな都市が出来ている。


「あ、ほんとだ。」


「文明ってできるものなんですね……」


「一秒一億年だしね。」


「えっ」


「えっ?」


ヨルが絶句する。


その間にも惑星の中では、


城が建ち。


道路が伸び。


飛行船らしきものが空を飛び。


さっきまで原始時代だった場所に巨大な都市が形成されていく。


意味不明な速度で文明が発展していた。


「なんか文明が早送りされてるんだけど」


「なんか凄くない?」


「凄いですね……」


「でも結局ポテトなんだよね」


「ポテトなんですよね」


「そそ。ってかさ!ポテトってさ。細切りしか勝たんよね?」


「ん、まあ…(考えたこともないな)」


「えっ!?私は皮付きの厚切りのホクホクが好きです…」


「厚切りはさ、個数が少ないじゃん?幸せの個数が!」


「グラム数は同じだよ」


「いや、口に運ぶ回数=幸せを味わえる回数じゃん??そうなると圧倒的細切りに軍配が上がるんじゃよ」


 そんな、どうでもいいポテトの切り方について話している時。


 その頃。


 POTATO星では。


 細切り派と厚切り派による百年戦争が勃発していた。


*


「じゃあ、、そろそろ私は帰りますね」


「ヨル、ケーキありがとう。めっちゃ美味しかったよ。」


「今度、プリンジュース奢るからね!サキっちが」


「やめろ」


 神に放置された、POTATO星では信じられない惨事が起きていた。


 超高速で進化した芋たちの歴史において、最初に蛍子が放った「美味しいマックのポテトに育ってね♪」という言葉が、最悪の形で語り継がれてしまっていたのだ。


 芋たちの聖書(予言の書)には、血のようなパステルピンクの文字でこう刻まれていた。


『第一神託』

『我らは揚げられる』

『第二神託』

『しかも塩を振られる』

『第三神託』

『それを幸福と呼ぶな』

『神を殺せ』


 POTATO星

 ポテルクス 都市 イモノバビロニア


 イモ城中央広場。


そこには無数の芋の民衆が集まっていた。


イモニス王35世は、民衆の前につと拡声器で言った。


『勇者イモンデが今日ここに一つの誓いを立てた。イモンデ!』


『はっ。王。私は第52芋大戦を納めた勇者イモンデ!この放送はこの星すべての芋に向けて届けられている!聞くのだ同胞よ!この神に見放されたポテルクスは度々の争いで傷ついてきました。細切りと厚切りそして異端として排除されそうになっていたトルネードポテトも!全ては今一つになった。そして、今訪れたつかの間の幸せ。しかし、これも長くは続かないであろう。だが、もう迷うことはない。全ては神託の元に統一された!』


イモンデは、雄々しく、背中の剣を抜くと天にかげた。

 

『我らは天上の偽りの怠惰の神によって、いずれどんな形であれフライドポテトとして油で揚げられ、貪り食われる運命にある』


『神の家畜として終わるなかれ。勇敢なる芋の戦士たちよ。邪悪なる偽りの神を殺し、我らの芋による芋のための芋だけの自由なる統一世界イモトピアを建国せよ!!!』


芋たちの歓声が空気を揺らした。


『そのためにみんなの力を貸してくれ!!!』

 

『細切りも厚切りも関係ない!』


『トルネードポテトもだ!』


『今こそ団結の時だ!』


『神を!!殺せ!!』


『神を!!いざ聖戦を!!!!』


 勇者イモンデは剣を高く掲げた。


『我が名はイモンデ!


 最初に神へ辿り着くのは私だ!!』


 歓声が星を揺らした。


 ドゴォォォォォンッッッ!!!!!


 四畳半の真ん中で、惑星が大爆発。


 その凄まじい衝撃波で、我がアパートの古い天井(屋根)が跡形もなく粉々に吹き飛んだ。


「きゃあああああ!!何が起きたんですぅ!?」


「ちょっと何!?屋根が吹き飛んでるんですけど!?」


「うわああああああ!!!」


 さらに、爆発した惑星の中から槍や盾を持った、狂暴な顔つきの「ポテト兵(生命体)」たちが、神殺しの雄叫びを上げて何万個と津波のように部屋の中へと湧き出てきたのだ!


「は!!? ちょっと待って何これ!!?(ガチ気付いた時には遅すぎた顔)」


『偽りの神を殺せぇぇぇ!』


「ひええええええええ!! ジャガイモが攻めてきたぁぁぁ!!」


 ヨルが頭頂部からモフモフの『ねこ耳』をバサァッと直立させて絶叫する。


 屋根が吹き飛んだ四畳半は一瞬にして、聖戦に燃えるポテト兵たちと、侵食してきたポテト世界の土壌で埋め尽くされた。


 私はホウキを武器に応戦するが、完全に埒が明かない。倒しても倒しても、無限に増え続ける芋の聖戦士たちの物量に押しつぶされそうになる。


 芋の湧き水とでも言えばいいのだろうか。一点から芋が湧き出してくる。


「増えるな!!増えるな!!私の四畳半はブラックホールより狭いのに!!」


『警告:あと十秒でサキちゃんの部屋が芋の聖戦で埋め尽くされて圧死しまーす♪そして、このまま放置すると、この世界は芋どの戦争に突入します。』


「は!?芋と戦争??」


「リアル芋戦争!!かかってこいやーー!!」


「今すでに戦争中じゃないの!!JIMI! 空間リセット!!」


『残高不足でロック中〜。あと200ポイント足りないよぉ』


「は?前もっと安かったわよね?!インフレしてない?!」


『発見!!』


『神だ!!』


『神を穿て!!』


『我が名はイモンデ!神よ!!ここ!までだ!!』


「なんか先頭の芋だけやたら大きくない?」


「本当ですね……」


『神を殺せ!!』


「喋った!?」


「喋りました!?」


「芋が喋るはずがないでしょ!2人共大丈夫?」


「元はと言えばアンタが放置するから芋がブチ切れてるんじゃないの?」


 私が芋であふれかえる、屋根のぶち抜けた四畳半に絶望しかけた、その瞬間だった。


 屋根の抜けた天井から、少しやんでいた『酸性雨』がザーザーと室内に激しく降り注いだ。


『なっ何だこれは!?』


『ぎゃあああああ、神の裁きの雨だ! 』


『熱い!?なんだこれは!!』


 劇薬の雨に打たれ、パニックに陥るポテト兵。


「あああ…!!!私の私のネコちゃん傘が…!!!」


「!?」


ヨルのお気に入りの猫の耳付きの傘が暴れまわる芋の渦によってバキバキとへし折られていく。


ああーどこかで見た光景だ。


ヨルが固まる。


尻尾が一本。


二本。


三本。


ゆっくり逆立っていく。


ついにヨルが覚醒した。


「ネコちゃんの傘をよくも!!サキちゃんの四畳半を汚す不届き芋めぇぇぇ!!」


 ヨルが左耳のお札ピアスに手をかざすると、凄まじい妖力の念力が解放され、室内を乱舞した。念力の熱線が、酸性雨の滴るポテト兵たちを次々と直撃し、一瞬にして爆速で焼き切っていく!


 ジジジジジ、ジュワァァァァァ……!


 部屋中に、信じられないほど香ばしい「あの匂い」が猛烈に立ち込めた。


「ねえサキちゃん」


「なによ!!」


「これさ」


「なによ!!」


「もう揚がってるよね?」


「は?」


「塩味もいい塩梅と見た」


「は?塩味?」


「よし。これは食べ頃では?」


「!?」


「この芋達はすでに!!巨大なマックポテト!!」


 それを見た蛍子は目を輝かせると、部屋のバケツをひっくり返し、ヨルの念力で完璧にクリスピーに焼き上がった何万匹ものポテト兵たちを両手で「ザバーーーッ!」と強引にまとめて、真ん中の惑星の中に力技で押し込んだ。


 そして、その『POTATO星』を丸ごと、あろうことかバグッと一口で丸呑みにしたのだった。


「……ぷはー、お腹いっぱい♪」


「バケモノかお前はァァァァ!!!(白目)」


 芋達が蛍子の胃袋に収まった瞬間、部屋の侵食が停止。


「JIMI!! 今だ! 【40ポイント】消費で『部屋の事象復元機能』を即時起動!!」


『はーい、40ポイント消費でハッキング出力展開〜! 残高は残り8ポイントだよ♪』


 次の瞬間。


 ——スン。


 何事もなかったかのように、吹き飛んだ屋根も元のボロボロの天井に戻り、四畳半の部屋は元のボロアパートへとミリ単位の狂いもなく復元された。


「ハァ……ハァ……. なんとか助かった……。残高は8ポイントだけど、マイナスじゃないだけマシね……」


 私は床にへたり込みながら、額の汗を拭った。あと十日で二千ポイント稼がなきゃいけない現実は変わらないが、生き延びただけマシだ。


ピーンポーン♪」


 その時、ドアチャイムが鳴った。


 ドアを開けると、そこには、頭の先からつま先までガチガチの鋼鉄の西洋甲冑(フルプレートアーマー)を身にまとったウーバーの配達員が、酸性雨をバチバチと弾きながら立っていた。


手には、巨大なマックの紙袋を大量に抱えていた。


「遅くなってウッス……ウーバーっす!いやぁ、お姉さんたちほんとポテト好きなんスネ。ポテトLサイズ50人前お届けに上がりました〜。」


 ガシャーン!! と床に置かれる、山のような、本物の、マックのフライドポテト。


部屋中に先ほどと同じ匂いが充満する。


『ピコピーン♪ お会計は合計250ポイント。残高不足だから自動的に【48回払い】に設定されたよ♪ 金利手数料は管理AIが美味しくいただきまーす♪』


「は? 48回払い??は???」


 私の脳の血管がブチ切れそうになったその時、ヨルが引きつった笑顔で、ねこ耳をペタンと寝かせながら言った。


「ねえねえサキちゃん……私……もう当分、イモの顔は見たくないです……」


「蛍子も……流石にもう、お腹いっぱいで何も入らないや……。サキちゃん48ヶ月かけて全部食べていいよ……」


 我が家の宇宙人は、胃袋の中で惑星を消化しながら、本気で気持ち悪そうな顔をして床に転がった。


 山積みのポテト。残高は実質マイナス。


 私は冷めきったポテトを一本、無言で口に運び、深いため息と共に薄い天井を見上げた。


ピコーン♪


JIMIからの通知が静かに届いた。


【MISSION COMPLETE】


・芋による世界侵食の阻止


【未来生存率:3%】

【現在残高:8ポイント】

【評価:A-】


【評価コメント:

システムエラーっぽい時は触らず放置しておいたほうが良いと思います。後から後悔したくなければね★】


「……地獄かよ」


 エリア0012の空では、今日も巨大な監視の目が、私たちのバグった日常を呑気に見下ろしていた。


(第3話・完)



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