第2話:M.D.Wでもポイントが足りない
【未来生存率:3%】
「疲れた……」
校門をくぐった私は思わず立ち止まった。
「……あれ?」
学校が無い。
正確には、一階が無い。
校舎が砂に埋まっていた。
そこには、朝の爽やかな学校の校庭ではなく、見渡す限りの大砂漠が広がっていた。
「なんなのよ…もう…」
その光景を前に、私はしばらく言葉を失った。
先日、九千九百九十九兆ポイントを一瞬で失効され、さらにドリンクバー代の負債を背負わされた私は、今朝まで死ぬ気でゴミを拾ってなんとか『20ポイント』まで戻したところだった。
なのに、これだ。
この大砂漠化の原因はだいたい予想はついている。
サラサラの砂をパンプスで踏みしめ進むと、砂丘の先に2人の人影が見えた。我が家に居候中の迷惑宇宙人の蛍子、長年人間を装っているが中身はメンタル豆腐の半妖のヨルだった。
「蛍子!!一応聞いておくけど、これ、あんたでしょ?」
蛍子は、サングラスを掛け、アウトドア用のチェアーにくつろぎながら、手元のパックジュースにストローを刺しチューチュー吸いながら言った。
「おっ!きたね!」
「砂漠もなかなか快適ですな」
「あ、サキっちもジュース飲む?それともオヤツ食べる?おっとっとのカレー味なら数粒なら分けてあげてもいいけど?それともーー」
「説明して、今すぐ!」
以下、こうなった理由である。
昨日の放課後ーー
それは、ヨルと私の何気ない会話から始まった。
「サキちゃん、砂遊びってしたことある……?」
「まあね。砂でお城作ったり、ダム作ったりして境界線を決めて遊ぶんだよ」
「そうなんですね!楽しそお〜」
「ヨルはやったことないの?」
「はい。公園で遊んだ思い出がなくてーー
その夜ーー
その話を小耳に挟んだ目を輝かせた我が家の宇宙人——クラスメイトの蛍子。
彼女は、自分の星から持ち込んだ
『星をすべて砂に還すリモコン(カラー:パステルピンク)』
を昨日の夜に嬉々として起動したのだった。
そして、翌朝砂漠化した学校へと期待を膨らませ到着した蛍子だったが、
「あ、これが砂場ね。
いまいち殺風景でバエないね。ポテト食べよ」
と、マジで五秒で飽きてリモコンを砂漠に投げ捨て、この砂の海にそのまま無くした。←イマココ
「星を砂に変えるボタンって何よ…地球を滅亡させたいわけ!?」
「だってさ昨日の夜、砂場あそびについて考えてたらなかなか眠れなくてさ。」
「8時には寝てたよね」
「そうだっけ??それでたどり着いたんだ。
砂場は小型砂漠であると!!そう考えたことある?無いでしょ?盲点だったでしょ?」
「…うーん。それはそうだけど」
「それにしても、大きな砂場ですね!」
私が返答に迷っていると、ヨルが少し困り顔でニコッと笑ってみせた。
ゴォォォオンーーー!!
その瞬間、背後の体育館が砂塵の中に崩れ去っていった。
「あわわ…」
「早く拾って止めて!!最大出力になったら地球がただのサラサラの砂鉄の球になる!!」
『サキちゃん。このまま行くと3日後エリア0012は砂漠になっちゃうよ。』
「JIMIこの一帯の時間を昨日の夜に戻せる?」
サキは、未来から持ち込んだヘッドホン型のサポートAIであるJIMIに呼びかけた。
『サキちゃーん!残念。検証何回もしたけど全て失敗……ダメでした。リモコンに干渉しようとしましたが、アクセス不可能。地形ごと置き換えてもリモコンを見つけない限り砂漠化するね〜』
「じゃ!私はそろそろ図書館で勉強でもしようかな〜グッパイ★」
「いや!ちょっと待って!」
「今日は地理でもやろうかな。モンゴルとかその辺り」
「どの口が言ってるんだよ。お前が原因だろ!!」
「めんごめんご〜。まあ適当に探してれば見つかるっしょ♪」
「はぁ…まじで探そうよ。滅びちゃうよこの世界……」
三人で這いつくばって砂を掻き分ける。
爽やかな朝の日差しはギンギンに照りつける太陽に変わっていた。
したたる汗を拭うと、そこに砂がまとわりつく。
割と絶望しかなかった。
「これが砂遊びか〜」
「えっ!?そうなのですか!?」
「……」
無心で砂をかき分けながら、「これが砂遊びか」と言われるとそうかもしれないと思ってしまった私は、相当に疲れているに違いない。
と、言うか、この砂の海でリモコンが見つかるのだろうか。
「あれ??なんか動いてる??」
「リモコン!?」
突如、足元の砂がボコボコと脳に悪い音を立てて沸騰し始めた。
地中からズザザザザと砂を巻き上げて這い出てきたのは、パステルピンク色の巨大な肉塊——。
「おおおお!!これは!!知ってる!!UMA図鑑で見た!!M・D・W!!」
「は!?なんでモンゴリアンデスワーム!?しかも多すぎ!」
しかも一匹じゃない。
十匹、二十匹、三十匹。
ギザギザの歯を剥き出しにした巨大ミミズどもが、ウジャウジャと大発生して校舎に巻き付いていく!
『ピコピコピピーン♪』
私の首元で、JIMIがクソ軽快な電子音を鳴らす。
『この現象について解析したよ!リモコンが、モンゴルの怪獣データと混線したみたい!今はデスワーム製造機になってるよ〜♪』
「唐突なモンゴルが謎すぎるのと、バグの混ざり方が最悪すぎる!!」
「サキちゃん、またトントンしてあげよっか?」
と私のヘッドホンに手を伸ばすが、JIMIが『エラー!エラー!なんらかの影響で通信ができませんでした』と宣う。
今回はチートポイントすら使えない。
「おっきなイモムシ嫌い…キモい…い、い、や、あ、あ、あ」
虫が大嫌いなヨルは、三十匹の巨大ワームに囲まれて恐怖が限界突破。
お札ピアスから黒い火花を散らすと、目つきが変わった。
溢れ出る妖気と共に、普段一本の尻尾は、『六本の尻尾』が花開く。
「クソッ、こうなったら……ヨル!!怖いならあの虫の顔を見ずに、私の指示通りにサイコキネシスでワームを掴んで、蛍子の前に積み上げて!!」
その時、5匹ほどの巨大ワームがヨルの前に立ちふさがった。
ヨダレが滴る大きな口を開けるとヨルに向かってダイブする。
「危ない!!」
「いやあぁぁぁぁ!!(ヤケクソ白目サイコキネシス)」
ヨルの超能力が解放され、巨大ワームたちが次々と空中に持ち上げられ、私はそれを昨日の会話通り『砂のダム』のように縦一列にギュウギュウに詰め込ませた。数十匹を敷き詰めた巨大な『モンゴリアンデスワームのダム』が完成した。
「あ!リモコンあるじゃ〜ん♪」
「どこ!?」
蛍子が指さす先。
築き上げられたモンゴリアンデスワームのその頂点に、パステルピンクのリモコンが挟まってピコピコ鳴っているのが見えた。
「ああクソっ!!あそこまで登れっていの!?」
私はリモコンを止めるため、意を決して蠢くワームのダムを登り始めた。
しかし、相手は生身の巨大ミミズだ。
辛うじて謎のイボイボにしがみついて登るが、砂で滑るし、体中砂だらけになるし、重労働だしで、キツくてずり落ちながら必死に這い上がっていく。
ハァハァと息を切らす私のもとに、嬉々とした声が届いた。
「ねえねえサキちゃん!」
「なに…」
「登山ってさ楽しい?登山?登虫?登デスワーム?」
デスワームの麓で、さっきのパックジュースをチューチュー吸いながら蛍子が言った。
「っ、この状況で呑気に言葉遊びしてんじゃないわよ……」
私はひらめいた。
「あーっ、よし!蛍子、どっちが先にあの頂上まで登れるか勝負だ!!勝った方にコーラおごりで!!」
「お!?やるか!?登デスワーム歴なしのこの私に勝負を挑むとはいい度胸だ。行くぜ〜!!」
ノってきた!
コーラで事態が収拾できるのなら、安いものだ。
蛍子は凄まじいスピードでダムをドタドタと登り始めた。
すぐに私を追い越すと、遥か彼方に到達している。
さすが宇宙人。底しれぬコスモパワー。
このまま蛍子にリモコンを押させれば、この世界は救われてポイントも入るはず!!と小さくガッツポーズをしようと思ったその瞬間、だった。
「あ、なんかワーム登り飽きちゃった。」
「は!?」
頂上まであと一歩のところで、蛍子はスンッ……と真顔になって足を止めた。
「辛すぎ。キツイ部活が始まって15分後くらいの気持ちになってきた。登デスワームはつらい。もういいや、降りよ」
「このタイミングで放棄するなァァァァ!!!(絶叫)」
私も限界。これ以上登れない。
次のイボに手が出せない…
しかし、次の瞬間だった。
たまたま蛍子の降りているところに、デスワームの口の部分が突き当たった。
「うわっビックリした。なんか邪魔だな〜!ほたるこパンチ!!」
スパーーン!!
「!?」
蛍子が突如、デスワームダムにパンチを一撃をぶち込んだのだ。
そしてその一撃は、かなり強力だった。
そのせいで、バランスを崩したワームダムが自壊しはじめる。
「うわああああ!!蛍子!何してんの!!し、死ぬ!!」
私も足場を失い、必死にしがみつくがデスワーム壁はどんどん崩壊していく。このままではデスワームの瓦礫に飲まれて死ぬ。
「JIMI!緊急離脱かなんか転送とか助けて!」
『ダメダメ〜さっきもそうだったけど、なんかこの砂漠ヤバい磁場かなんかで通信ができないから実行できないよ〜!お疲れ様★自力で生き延びるしかない。サキちゃんならいけるいける!頑張れ!頑張れ!』
「……使えねぇ」
サキは空中へ投げ出された。
「!!」
視界の先に、崩れたワームの肉壁と流砂に、下にいたヨルが気を失いそうになりながら完全に埋もれそうになっている。
その獲物にデスワームが一斉に襲いかかる。
「ヨル!!起きろ!!寝たらダメだ!!」
「サ…キ…ちゃん…?って!
ひええええええええ!助けてママァァァァ!!」
自分へ、飛びかかるデスワームを前に、
ヨルが涙目で絶叫した。
ーーーーー!!!
砂漠(学校)を照らしていた快晴の空が、
突然、
バリッ――――
と紙を破るような音を立てて裂けた。
「……え?」
誰も理解できなかった。
空が。
空そのものが割れている。
裂け目の向こうには夜空も宇宙も存在しない。
どこまでも続く深淵。
底の見えない深海のような闇。
その奥で、
何か巨大なものがゆっくりと瞼を開いた。
ギロリ。
金色の眼光が校庭を舐める。
その瞬間。
数十匹いたデスワームが一斉に硬直した。
まるで生物としての格の違いを本能で理解したかのように。
「な……なに……あれ……」
足が動かない。
呼吸が浅い。
ただ、本能だけが叫んでいた。
――あれは見てはいけないナニカ。
裂け目の向こうから、
白い毛並みがゆっくりと現れる。
山脈のように巨大な鼻先。
幾重にも連なる鋭く長い牙。
雲より大きな耳。
そして。
世界そのものを見下ろすような黄金の瞳。
『ショウコリモナク、コレヲクエトイウノカ
ヒトヅカイノアライヤツラメ』
巨大な狐は深くため息を吐いた。
『イイダロウ』
ヨルの尻尾が、ぴたりと動きを止めた。
「……コン」
次の瞬間。
バグバグバグバグバグッ!!!!
デスワームたちは悲鳴を上げる暇すらなく、
一匹残らず
巨大な口にまとめて引き裂かれた。
そして、そのまま天に昇るように、フッと虚空へ消え去った。
あまりの圧倒的パワーと不条理さに、
呆気にとられて口をぽかんと開ける私、蛍子、ヨルの3人。
静まり返った砂の上に、ポツンと、蛍子のパステルピンクのリモコンが落ちてきて、自動的に『ピッ』と停止ボタンが押された。
「砂遊び終わり?砂遊びまあまあおもしろいじゃんね?」
「……そうだな」
砂漠化が巻き戻り、元の校庭に完全リセット。
だが、リセットされたのは「地形」だけで、ワームが暴れたあとの大量の砂や泥、傷跡はそのまま残ってしまっていた。
砂だらけになった校舎を、体操着を着た生徒たちが愚痴を言いながら掃除している。
私とヨルもジャージ姿で砂だらけになりながら、砂を箒で掃き出していていた。
「……ねえヨル。さっきの、あれ何だったの?」
「うーん……ママかな?」
「ママ!?」
「たぶん。おっきな狐は実家のペット的なやつ……」
「ヨルの実家の世界観どうなってるの…」
そんな会話を置き去りにして、その横ではなぜか蛍子が即席の屋台を開いていた。
クソ巨大狐が食べ残したデスワームの肉片が、鉄板の上でジューッと嫌な音を立てて焼かれている。
「はい安いよ安いよー! 世界を救ったデスワームバーガー、今なら2ポイントだよー!」
「たくましすぎるだろ宇宙人……」
その時、私のヘッドホンから『ピコピーン♪』と、JIMIの声が響いた。
『サキちゃんおめでとう! 連帯責任のペナルティを相殺して、さっき『クソ巨大狐』がバグデータを美味しく完食してくれたお掃除ボーナスが入ったよ! 差し引きで【50ポイント】残りました〜!』
「……え!?まじ!?残高がプラス……!」
失効もせず、手元に残った純然たる50ポイント。
シアトルへの道のりには程遠いけれど、私にとっては血と汗の結晶だ。
いや、もうちょっとスムーズに溜まってくれてもいいと思うのだか(切望)
*
放課後。夕暮れの校庭の片隅。
一歩も動けないほどに疲労困憊していた私は、地べたに座り、蛍子から二ポイントで買い取った謎の『ワームバーガー』を、無言でパクリと一口、口に運んだ。
味は、なぜか少しマックのポテトの味がした。
JIMIからの通知が鳴る。
【MISSION COMPLETE】
・デスワーム自動生成マシンの停止
【未来生存率:3%】
【現在残高:48ポイント】
【評価:A-】
【評価コメント:
学校を砂漠化させた上に危険怪獣を無限増殖させましたが、予測不能なペットが問題を捕食しました。】
そして、深いため息をつく。
「蛍子ちゃん。このワームバーガーって食べれるの?」
「当たり前じゃん!!この世で食べられないものなんて無いんだよ?知ってた?YouTubeで見たもんね?大きなイモムシたべてたよね?サキちゃん!美味しいよね??染み渡るよね??」
「えっ、これさっきのイモムシなの?ムリムリ。私かつサンドがいい……」
「カツもイモも一緒一緒!!」
「いやあああああああ」
目の前で勝手に盛り上がる宇宙人と半妖。
私はそれを完全に聞き流しながら、砂混じりのバーガーを噛み締め、夕焼け空を見上げた。
「……地獄かよ」
エリア0012の空では、今日も巨大な監視の目が、私たちのバグった日常を呑気に見下ろしていた。
(第2話・完)




