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第18話:アトランティスでもポイントが足りない

【未来生存率:4%】

【現在残高:610ポイント】


 プールのスライダーを滑り落ちた先。


 私たちは、浮き輪を抱えた水着姿のまま、青白く発光する巨大な海底都市アトランティスを歩いていた。


 頭上を覆う巨大なガラスドーム。


 血管のように脈打つ極彩色の珊瑚。


 透明な水路を、潜水型の乗り物が音もなく滑走していく。


 超古代の神殿建築と、冷徹な近未来の超科学が融合した、息を呑むような理想郷。


「……本当に、海の底とは思えないわね」


「綺麗……ネオンブルーの街並みが、どこまでも続いていますぅ」


「ここ住みたい! プールは入り放題!! 永住権ほしい!」


ピコピーン♪


『アトランティスの科学力は、エリア0012の管理局よりさらに上だよぉ★とても住みやすい場所ですね〜』


 JIMIがのんきに解説した、その時だった。


「あわわわわわ!! どいてくださいぃぃぃ!!」


「えっ!?」


 上空から、一人の少女が真っ逆さまに降ってきた。


 ドサッと私の真上に落ちてきたその子は、頭髪の隙間からエラが見え、足が淡いウロコに覆われている──人魚と人間のハーフだった。


「痛たた……。あ、あの、私、追われていて……!」


「は? 誰に──」


 ──ドゴォォォォォン!!!!!


 地響きと共に街の神殿が爆散し、大理石の破片が降り注ぐ。


 水煙の向こうから、少女を追って全高30メートルはあろうかという超巨大な海亀が姿を現した。


 甲羅には古代兵器のような遺跡を背負い、巨大な顎をガチガチと鳴らして暴走している。


「あわわわ! あれですぅ!!」


「おいおい、凶悪すぎるでしょ!!」


「あ…あれは!!」


蛍子が、拳を握り震えだした。


「夜通し戦って倒した6ボスのクソデカ亀じゃん!!」


「ゲームの話かよ!!」


「な、なんとかしないとですよぉぉぉ!!」


ピコピーン♪


『サキちゃん朗報★ アトランティスには管理局のポイント制度が存在しないため、エリア規約による一部機能制限を強制解除するよぉ★』


「え?」


『今だけ武器出し放題、使い放題だよ★』


 私の手元に、まばゆい光と共に『パステルブルーの泡砲(バブルショットガン)』が出現した。


「え!? 無料!? タダで使えるの!?」


『無料★』


「最高じゃん!!! 蛍子、ヨル、あのクソデカ亀をハチの巣にするわよ!!」


 私は泡砲を巨亀に向けてブチ連射した。


 ボコボコボコボコ!!!


 しかし、放たれた高圧の泡は、巨亀の分厚い甲羅に弾かれて虚しく弾け飛ぶ。


「サキっち、ダメだ!6ボスと一緒で、基本ダメ通らん。ただ狙うは、空にこもった後、元の形態に戻る一瞬の隙に脳天にダメージを与えるしかない!!」


「で、チクチクやってて朝までかかったんでしょ?!」


「イエス。持久戦なんだよね〜」


「あ!ほら!!甲羅モードになった!!一撃与えるチャンス★」


「こんなクソデカと朝まで戦えるか!! ──そうだ、JIMI! この銃をめいいっぱい巨大化させて!!」


『了解★ マックスチャージ!!』


 ──ドン!!!!!


 私の手の中で、バブルショットガンがビル並みのサイズへと急速に巨大化。


 水中で重力制御が効いているとはいえ、生身の私では引き金に指すら届かない。


「ヨル! サイコキネシスで引き金を引いて!!」


「任せてください! うううう……トリガー、プッシュですぅぅ!!」


「狙うは!脳天!!いけえええ!!!」


ーーー!!


 ヨルの超能力で、巨大な引き金がガチンと引かれた。


 ズババババババババオォォォォン!!!!!


 銃口から放たれた、家一軒ぶんほどもある超クソデカ泡の弾丸が、巨亀の脳天にジャストミートした。


 巨亀はたまらず白目を剥き、海の彼方へと猛スピードで逃走していった。


「あわわわ……。た、助かりました……!」


 降ってきた少女が、濡れた髪を払いながら立ち上がった。


 どこかヨルに似た、おっとりとした天然の空気を纏っている。


「君、ケガはない? 私はサキ。ここの人?」


「はい。私は、マールリル・リルリ・リールエと申します」


「長っ」


「マーリと呼んでください。」


「私たちはさっき外からスライダー抜けて来たんだけど」


「あわわ。やはりそうでしたか。……それにしても、外の世界って本当にあったんですね」


「え?」


 マーリが不思議そうに首を傾げた、その瞬間。


 街の奥から、けたたましい電子サイレンが鳴り響いた。


「侵入者を発見!!捕らえろ!!」


 全身を近未来の甲冑で固めたアトランティス兵が、武器を構えて突撃してくる。


「あわわ!! 追っ手が来ちゃいました! またあとで!」


 マーリは驚異的な足の速さ(泳ぎ)で、泡のような残像を残して一瞬で消え去った。


「逃げ足早っ!!」


「マテ。そこの外界からの侵入者。不法入国を確認。拘束する」


 残された私たちは、あっという間に兵士たちに囲まれた。


「はぁ!? 私たち何もしてないでしょ! さっきあの子を助けただけ──」


「貴様ら!外界の人か!!外界との接触は法律で全面禁止されている。即刻、捕らえろ。処刑を覚悟しておけ」


「ええええ!?処刑!?」


「早すぎません……? 水着のまま処刑なんて嫌ですぅ……」


「くっ…ここで抵抗してもこの数じゃ無理か」


「処刑の前に法廷で話くらいは聞いてやる。」


*


 私たちは一切の弁明を聞き入れられず、アトランティス宮殿の地下監獄へとぶち込まれた。


 カチャリ、と無機質な電磁ロックが閉まる。


「なんなのよ、この国!! 景色はあんなに綺麗だったのに!さっき住みやすい場合ですね〜とか言ってなかった?」


「まあ〜だいたいこういう場合は、脱出ルートが用意されてるんだよね〜」


 完全ゲーム脳の蛍子は、いろいろな突起物を蹴り飛ばして回っていた。


「あ、ねえJIMI、巨大ドリルとか召喚してここブち抜いてよ。もう帰ろう。」


『サキちゃん残念★


 このアトランティス宮殿内は、超強力なシステム制御が入っていて武器生成も空間ハッキングもできないよぉ。


 これは、人間を効率的に完全管理する最上位の統治型AI……【POSEIDON】の仕業だね。完全に手の内を封じられたよ。


 処刑を待とう★』


「処刑を待とうじゃないわよ!何か方法ーーー」


 その時だった。


 ──ドゴォォォォォン!!!!!


 背後の大理石の壁が、凄まじい爆発と共に吹き飛んだ。


 白い煙の中から、ゲホゲホと咳き込みながら誰かが現れる。


「あわわわ。皆さん、助けに来ました!」


「お前、マーリ!?」


「なんだ!?爆発か!?レジスタンスの仕業か!!」


 通路の奥から兵士たちの怒号が迫る。


「みなさーん!逃げましょう!」


「マーリ、ただの迷子かと思ったら革命軍だったの!?」


「はい!話は後で!早くこちらへ!」


「ええええええ!?」


 *


 私たちは、マーリに引っぱられ、兵士の追手を巻き、アトランティスの最下層にあるレジスタンスの隠れ家へと逃げ込んだ。


 神聖なポセイドンの杖のホログラムに、赤ペンキで巨大な『×』が落書きされている、およそ理想郷とはかけ離れた殺伐としたアジト。


 そこで、マーリは真剣な面持ちで語り出した。


「実は、私はこの国の元・第一王女なんです」


「お、王女なんですかっ!?」


「王女がレジスタンスやってるとか治安ヤバすぎない?」


「ええ。このアトランティスは、統治AIである【POSEIDON】によって管理されています。AIの完璧な計算によって、この国には犯罪もゼロ、飢餓もゼロ。」


「……でも、自由もゼロなんです」


 マーリは悲しそうにエラを震わせた。


「仕事も、進学も、誰と結婚するかさえ、人生のすべてをAIが効率重視で勝手に決定します。私は、そんな血の通わない世界が嫌でした。だから王位を捨てて、革命軍になったんです」


「なるほどね……。じゃあ、あなたたちはそのAIと戦争をしてるってこと?」


「はい。かれこれ1000年間」


「は!?1000年!?」


「アトランティスの民は、国とそれに対抗する我々レジスタンスに分かれ、長い間…憎しみ合い、そして戦ってきたのです。いまだに決着はついていません。」


 想像を絶するディストピアの歴史に、私は息を呑んだ。


「そして明日、1000年戦争の決戦の日なんです。」


「外の世界から来た皆さん、あなた方なら、この狂った運命を変えられるかもしれない。」


 マーリは、涙をぬぐうと、真剣な表情でこちらを見た。


「一緒に、私たちの聖戦に加担してください!」


「え、戦争に加担しろと!? さすがに無理よ、私たちはただプールに滑り込んできただけの女子高生──」


「無理は承知です! でも、そこをなんとか! 自由を我が手に!」


「はぁ……。ここに来たのも何かの運命かもしれないし、放っておけないけど……。絶対に危ない戦いはできないからね!?」


「大丈夫です! きっと誰も傷つかない、明るい未来があるはずです。そんな気がします!」


 その夜ーーー


 蛍子とヨルは早々に眠りに落ちたようだった。


 私は明日の戦争がどんなものなのか少し不安に駆られていたのか、ポイ活を1日していないせいか、ソワソワしてしてしまい寝付けないでいた。


 そんな気持ちとは裏腹に、ゆっくりと点滅するアクアブルーの照明に照らされて、窓の外に広がる深海は幻想的に見えた。


「こんなきれいな場所なのに戦いがあるなんてね。」


「そうですね。結局人々は何かで競わないと満足ができないのかもしれません。でも、戦いが終わったら、皆さんと一緒に外の世界に行ってみたいです。」


「いいね。」


「自分の意志でどこへでも行ける、自由な世界……なんて素敵なんでしょう。」


 隠れ家の硬いベッドの上で、マーリはドームの向こうの深海を見つめながら呟いた。


 私は、ベッドの中からマーリを見つめた。


「どうだろうね。少なからず、私たちが来た世界も結構窮屈だよ。自由という責任ってやつかな。じゃあそろそろ明日に備えて寝ようか。」


「はい……明日は早いです。おやすみなさい。サキ。」


 重い宿命を背負った少女の横顔を見ながら、私は「絶対にこの子を勝たせてあげなきゃ」と、固く心に誓って目を閉じた。


*


 翌朝。


 私たちは、マーリに連れられて「決戦の地」へと足を踏み入れた。


「ここで戦いが始まります。シーホースバトルです。」


「シーホース!?」


 ──地鳴りのような大歓声。


 視界に飛び込んできたのは、数万人の市民がすり鉢状に埋め尽くす、超巨大な海底競技場。


『さあ! 1000年続く伝統の聖戦! 本日の第一レース、各馬ならぬ各シーホース(オトシゴ)、一斉にゲートに──』


 電光掲示板にはオッズの倍率がビカビカと明滅し、ゲートの中では、競走用に品種改良された巨大なシーホース(タツノオトシゴ)たちがパドックを周回している。


 は?


「これが聖戦??」


「はい。緊張してきました。」


 大音量の実況が響き渡る中、私は首の骨が折れるほどの勢いでツッコんだ。


「競馬じゃねえかァァァアアア!!!!」


「私たちの命をかけた聖戦(戦争)です」


「うん、どこからどう見ても競馬だね」


「完全に競馬ですねぇ……」


 呆然とする私を他所に、ドーム上空のスピーカーから統治AI【POSEIDON】の冷徹な合成音声が流れる。


『人的資源の損耗は非効率。よって、国家の主権およびレジスタンスの生死に関わる勝敗は、すべてこの競技の着順により決定する』


「……。」


これが聖戦だと!?正気の沙汰じゃない。


「じゃあ、あなたたちはこの1000年間、ずっと競馬で戦争の決着をつけてたの?」


「はい」


「飽きないの?」


「え?」


「え?」


「考えたこともありませんでした。これが、私たちの宿命(オッズ)なので」


「重い!! 宿命って言えば綺麗に聞こえると思うな!!」


「でも、勝てばAIから人々を解放できます! 自分で買い目(人生)を決められる世界になるんです! だから……今日は何番にしましょう。」


「私!?まったく分からないんだけど。そもそも競馬もやったことないし。」


「それだからいいのです。私たちは固定概念に縛られ過ぎている。サキの直感でビギナーズラックを狙いましょう。」


「えー…そんな感じなの…じゃあ…10番のナンカイバスターで。」


 私は超適当に手前の10番のシーホース(タツノオトシゴ)を指さした。


「いや、サキっち。パドックを見る限りアレ(10番)は違うね。13番オトシゴノ風ならまだわかる。私なら9番バブルボブルJR一択。あいつの足首のウロコのツヤ、完全に大化けする中身を持ってるよ」


 蛍子が、どこから手に入れてきたのか、くたびれたSeahorseのロゴが入ったキャップに、新聞紙と紙切れを持ち、赤鉛筆を耳に挟みながら言った。


「んー?じゃあ、13番のオトシゴノ風で。」


「悪くない。まあ第一レースだし、サキっちのビギナーズラックにかけるのもありか…マーリ。ここは任せる。選びな。」


「では、13番でいきましょう!!」


マーリが、笑顔で頷づいた。


「オトシゴノ風という名前もかっこいいですしね!強そうな名前です!」


 ヨルも紙切れに、一生懸命マークをしながら言った。


「……。」


 ──ファンファーレが鳴り響く。


 マーリの情熱に流され、結局私たちは13番『オトシゴノ風』の単勝に全ポイント……ではなく、アトランティス通貨を賭けた。


 幕が開いた。


 しかし、結果は無慈悲だった。


 13番、驚異の末脚を1ミリも発揮することなく、ぶっちぎりの最下位でゴールイン。


「…。」


「あわわわ……。そんな、私たちの自由が……」


「くっそおおお!!だから9番って言ったじゃーん!!」


「あわわ。サキを責めても仕方ありません。」


「……まじごめん。でも、もうそろそろ帰ろうかな。」


「えっ!?」


「あわわ!?なんでですか!どんどん賭けましょうよ!!アトランティスのために!」


「たぶん私達いなくても、マーリはやっていけると思うよ。」


「待ってください! まだ第二レースがあります!!次です!次当てれば、1000年分すべて取り返せます!!だから!大丈夫!!」


「あああ!!もういい!! 1000年やってて、学習しなさいよ!!」


 ハチャメチャな戦争に付き合っていられなくなった私たちは、マーリに帰還装置へと案内してもらった。


 宮殿の最奥にある、エリア0012へと繋がる光るウォータースライダー。


「ありがとうございました。皆さんと戦えて光栄でした。また、次のレースでお会いしましょう!」


「マーリちゃん、自由を諦めないでくださいね」


「おいマーリ。第二レースは、絶対に9番の『バブルボブルJR』だ。あいつを信じろ。」


蛍子が、Seahorseロゴのキャップをマーリに被せると親指を立ててニッと笑った。


「……分かりました。蛍子さんのその不器用な名言……信じます!」


「じゃあ、行くよ。またね。」



 ──ドン!!!



「!?」


 そこは、ネオサマーランドのロングスライダー絶の、出発口。


 ボートの上だった。


 アンドロイドが、私たちの乗ったボートを思い切り背後から突き落とした。


「お気をつけていってらっしゃいませ。」


 にこやかに手を振るアンドロイド。


「ここ戻るのかよぉぉぉぉぉおおお!!!!!」


「うは(笑)しゅっぱーつ!!」


「ぎゃあああああああ!!!!!」


 視界が万華鏡のように激しく回転し、ネオンブルーの世界が瞬時に暗転した。


 激しい水しぶきと共に、私たちはネオサマーランドの普通のプールへと、スポンと勢いよく吐き出された。


 さんさんと降り注ぐ、いつものホログラムの太陽。


「いやっほーーい!!!アトランティスもスライダーもチョーたのしー!!もっかい乗ろ!!」


「ぷはっ! ……はぁ、はァ……。もう、絶対にあのスライダーには乗らない……!!」


 私はフラフラとプールから立ち上がった。


 その時、水着のポケットから、くしゃくしゃに濡れた1枚の紙切れがポロリと床に落ちた。


 自動発券機で印刷された、アトランティスの文字の馬券だった。


「なんで私、向こうの馬券を持って帰ってきてんのよ」


 すると、場内でかかっているラジオから流れるニュースが耳に入った。


『本日のエリア0012シティー競馬。 単勝1000倍の大波乱。 優勝は9番バブルボブルジュニアでした。』


「……。」


拾い上げたビショビショの馬券を広げた。


ーーーーーーーーー

第2レース 単勝

9番

バブルボブルJR

ーーーーーーーーー


「……偶然よね。」


ピロロン♪


『サキちゃん、おかえり★エリア0012に接続成功。手数料として600ポイントが、自動引き落としされてしまったよ〜★今回も徒歩で帰宅だね。』


「勝手に連れて行っておいて、ふざけるな…」


【MISSION COMPLETE】

・アトランティス潜入:成功

・1000年戦争(第1レース)への加担:惨敗

【未来生存率:4%】

【現在残高:10ポイント】

【評価】

C

【評価コメント】

ロングスライダー絶は、楽しかったかな!?

賭け事はほどほどにね!


「……地獄かよ」


 エリア0012の空路では、今日も巨大な監視の目が、完全に宿命(オッズ)に狂わされた海底帝国と、私たちの相変わらず世知辛い日常を、どこまでも呑気に見下ろしていた。


(第18話・完)


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