第17話:プールでもポイントが足りない
【未来生存率:4%】
【現在残高:610ポイント】
「しゃあああああ!!!」
「ざまぁみやがれぇぇぇ!!!」
朝からアパートに蛍子の絶叫が響き渡る。
「……うるさいわよ朝から。近所迷惑」
あの風邪が治って数日が経過していた。
サキは顔をしかめながら、洗面所で歯を磨いていた。鏡越しに、ベッドの上で狂ったように飛び跳ねている蛍子に冷たい視線を送る。
「聞いてよサキっち!」
「やっと倒したんだよ!」
「6ボス!」
「あのクソデカ亀!!」
「一晩かかった!」
「1000回くらい投げ出しそうになった!」
「でも勝った!」
「私の勝ち!!」
サキは呆れながら、コップの水を口に含んで吐き出した。
「ゲームなんだから倒せるでしょ。そりゃ」
「甘い」
蛍子はチッチッチと、偉そうに人差し指を左右に振った。
「私はこのゲームで学んだ」
「どんなに辛くても」
「諦めたらそこで終了」
「そして」
「敵はデカけりゃいいってもんじゃない」
「大事なのは中身」
サキは真顔でコップを置いた。
「なんか漫画の名言みたいに言ってるけど、びっくりするくらい浅い」
「えぇぇ!?」
「いやマジだから! サキっちもやってみ?」
「絶対また数日マッハで消えるよ」
「それは絶対イヤ」
サキは壁の時計を見上げる。
「ねえ、そろそろヨル来るよ。今日はプールでしょ」
「あ」
蛍子が急にフリーズした。
「ちょっと待って! リザルトだけ確認させて」
ピンポーン♪
絶妙なタイミングで玄関のチャイムが鳴る。
ドアを開けると、大きな麦わら帽子を被ったヨルが、眩しいほどの満面の笑みで立っていた。
「おはようございます! プール! 行きましょう!!」
「ちょい待って! セーブしたらすぐ準備する!」
蛍子がスマホとゲーム機を抱えたまま叫ぶ。
「またですかぁぁ!!」
「んじゃ、蛍子おいて二人でいこっか〜」
「いやああ待って待って! 5秒だけ!」
*
ガタゴトと電車に揺られて数十分。
私たちがたどり着いたのは、エリア0012の少し外れにある超巨大未来型ウォーターパーク『ネオサマーランド』だった。
夏季限定でオープンするこの施設は、ドーム全体に広がる巨大なホログラムの太陽、荒波プール、人間洗濯機と呼ばれる高速流れるプール、そして聳え立つ看板アトラクション『ロングスライダー絶』と、とにかく規模がバグっている。
立派な入場ゲート。
上空では巨大なLEDディスプレイが涼しげな波の映像を映し出している。
「スライダー絶! これマジでヤバそう! 3人で真っ先に並ぼうぜ!」
「わー、楽しそうですねぇ!」
蛍子の提案に、ヨルが目を輝かせる。
「えっ、ヨルってスライダーとか好きな系……?」
「はい! ジェットコースターもスライダーも大好きですよ! サキちゃんも一緒にいきましょうね!」
「いや……私は、下で荷物番でも──」
「ほらほら!! 入場QR配ったよ! 早く入ろう!」
蛍子に背中を押され、強制的にゲートをくぐらされる。
ピコピーン♪
その時、私の首元でJIMIが小さく電子音を鳴らした。
『サキちゃん警告★ 時空磁場異常を検知しましたぁ』
「?」
「どういうこと?」
『このネオサマーランドの座標で、一時的に急激な時空磁場の歪みを感知したよ。……あ、でも今はもう消えちゃった。』
「……まあ、エラーなら大丈夫っしょ! いこいこ!」
蛍子が私の手を引っ張る。私も「いつものJIMIのバグか」と、深く考えずにロッカールームへと向かった。
──15分後。
「ど、どうかな……」
ロッカールームの姿見の前で、私は自分の水着を見て完全に身を縮めていた。
黒地に赤のシャープなアクセントが入った、少しタイトなビキニ。
本当は学校の紺のスクール水着をカバンに詰め込んでいたのだが、蛍子に「は?ありえないんだけど?」と、駅前のショップで無理やり買わされた代物だ。落ち着かない。
「わあ、サキちゃん! すっごく似合ってます!」
そう言って出てきたヨルは、白いレースの付いた王道清楚なビキニ姿だった。ただでさえスタイルが良いのに、その破壊力はもはや暴力に近い。
「サキっち、ほーらスク水じゃなくて大正解だったっしょ!」
蛍子はオレンジとパイナップル柄の、いかにも夏らしいトロピカルなビキニをこれ以上ないほど着こなしてピースサインを作っている。
私たちは波のプールに浮き輪を浮かべ、冷たい水を掛け合って遊んだ。
「ひゃはは! サキっち防御力低すぎ!」
「ちょっと、顔にかけるのやめてってば! ヨル、やり返しなさい!」
「いいですよー!蛍子ちゃん、覚悟ですぅ!」
照りつけるホログラムの太陽、冷たい水、波の心地よい揺れ。
ここ数日の生活苦やポイント稼ぎの地獄が、まるで嘘のように洗い流されていく。
──ビーチパラソルの下。
少し休憩しながら、蛍子がドリンクを片手に私の顔を覗き込んできた。
「ねえサキっち、さっきからなんか元気ないけど。もしかして、恥ずかしいの?」
「は? そんなわけないでしょ! ちょっと冷たいドリンクでも買い足してくるわ!」
私は慌てて立ち上がった。
「んー、怪しい。実に怪しいぞ。なんか隠してる時のサキっちだね、あれは」
「ふふ、戻ってきたら『ロングスライダー絶』、行ってみましょう♪」
「ういういー!」
背後から聞こえる二人の不穏な盛り上がりに、私は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。
*
「……じゃあ、私は下で二人の勇姿をスマホで激写するから。うん。それが一番の善行だと思うの」
スライダーの入り口。
巨大な恐竜か怪獣が口を開けているようなおぞましいデザインの搭乗口の前で、私は踵を返そうとした。
「ああん?? まさか、サキっち」
蛍子が邪悪な笑顔で私の肩を掴む。
「サキちゃん、一緒に滑りたいです……」
ヨルが捨てられた仔犬のような目で見つめてくる。
「くっ……!」
「ほれほれほれ! 往生際が悪いぜ、乗るよ!」
結局、逃げ場はなかった。
案内係の警備アンドロイドが平坦な声で告げる。
「三人乗りボートになります。かなりスピードが出ますので、事故等は全て自己責任でよろしくお願いいたします」
「サキっち、出発だーーー!!」
「GOです!」
「待って! やっぱりお腹が痛いような──」
『危険★ 磁場異常を再検知! 危険レベル急上昇! サキちゃん危険!』
「えっ!? JIMI!? ちょっと待って蛍子、ストップ──」
「レッツゴー!!」
──ドン!!!
アンドロイドが、私たちの乗ったボートを思い切り背後から突き落とした。
「お気をつけていってらっしゃいませ。」
にこやかに手を振るアンドロイド。
「ダメ!ダメ!ダメ!!」
スライダーの闇の中へ、ボートが猛スピードで吸い込まれていく。
重力を失うような浮遊感。凄まじい水しぶき。
「ぎゃあああああああ!!!死ぬ!!!!!」
「ひゃあぁぁぁあ!! 最高!!」
「なかなか速ーーーー」
視界が、ぐにゃりと万華鏡のように回り始めた。
「もう…ダメ」
ーーー!
視界を埋め尽くしていたネオンが、一瞬で白く弾けた。
水の流れる音が、誰かに「切られた」ように消える。
静寂。
…
…
「はい!? なにここ。あれ? スライダーは?」
蛍子の、完全に素っ頓狂な声が響いた。
耳を劈くような激しい水流の音が、ふっと消えた。
肌を刺すしぶきも、体が浮くようなスライダーの振動もない。
鼓膜を優しく包み込むのは、どこか厳かで、ひんやりとした、深い深い静寂。
「これ……演出、ですか? 後続の人もいないし、スライダーの筒もないみたいですけど……」
ヨルが怪訝そうに周囲を見回す。
3人の乗ったボートは、水流ではなく、穏やかな凪の水面にぷかぷかと浮かんでいた。
「ねえ、みて!!」
「えっ……」
ヨルが息を呑む音が聞こえた。
遥か上空には、空はなく、波紋が光を反射して揺らめく、深い深い青の天井。
そこを巨大な魚の群れや、見たこともない巨大な深海獣が、ゆったりと優雅に泳ぎ去っていく。
そして眼下には──。
青白く発光する、透き通った巨大な神殿群。
血管のごとく脈打って輝く極彩色の珊瑚の道。
超古代のギリシャ神殿を思わせる緻密な大理石の様式を残しながらも、冷たく機能的な近未来のテクノロジーが融け合った、息を呑むほどに美しい「都市」が広がっていた。
「ここは……」
「ネオサマーランドではないね?」
ピコピーン♪
『時空磁場異常の収縮を確認〜。現在地を特定したよぉ。海底都市、アトランティス★』
「アトランティス!? なにそれ、美味しいの?」
「ええっ!? ずーっと昔に、地殻変動で海底に沈んだと言われている伝説の超古代都市です……!」
「うう……」
サキは、ようやくこめかみを押さえながら、のっそりと上体を起こした。
「あ、サキっち起きた?」
「はぁ、はァ……終わった……? スライダー……。死ぬかと思ったわよ……」
「うーん、どうでしょうか」
「終わったとも言えるが、まだとも言える」
「は? 長すぎじゃない? てかボート止まってるし」
「って……はあああ?? ここは? なにこれ。水の中!?」
「うーん、そのくだりはもうやったんだよなー」
ピコピーン♪
『ここは海底都市アトランティス。デバイスの接続をエリア0012からアトランティス仕様に切り替え実行するね★』
「いったいどういうこと……!?」
「スライダーを滑ってたら、磁場異常の歪みに巻き込まれて、アトランティスに繋がっちゃった……みたいです?」
『正解です★』
「意味不明!!!」
『警告はしましよ★磁場がおかしい止まりなさいーってね』
JIMIのクソ軽い反論を無視して、私はスマホを引っ張り出し、マップ機能を起動させた。しかし、表示された現在地ログには、バグったような文字化けの後に、ただ一言、
【Atlantis】
とだけ白く発光していた。
本当に別の世界に来てしまったのか。
そんな事、普通に考えてあり得るか?
いや、
……あり得るか。
私たちはボートを降り、発光する珊瑚の桟橋へとゆっくりと這い上がった。
「アトランティス……」
「なんて、幻想的な場所なんでしょう……」
見上げるヨルの濡れた髪に、ネオンブルーの海底の光が美しく反射している。
「これは! まさか!」
蛍子が私の前に飛び出して、キラキラと目を輝かせた。
「冒険? 冒険の予感じゃんこれ!!!」
「……まじで地獄かよ」
水着を着た3人の前には、広大な超科学の海底都市アトランティスが静かに広がっていた。
(第18話へ続く)




