第16話:風邪を引いてもポイントが足りない
【未来生存率:4%】
【現在残高:185ポイント】
「ハァ、ハァ……あと、30ポイント……」
茹だるような真夏の休日。
サキは一人、めまいを堪えながら重い足を動かしていた。
また、今月の家賃の支払期限が迫っている。
お年寄りの荷物運び、ゴミ拾い、道案内。
今日も必死に善行を積み重ねてきた。
が、もう限界だった。
ゾクッ、と異様な寒気が全身を駆け抜ける。
真夏なのに、歯の根が合わないほど体が震える。
「うそ、これ……なに……風邪?」
目の前がぐにゃりと歪む。
たまらず公園のベンチへ倒れ込んだ。
ピコピーン♪
『サキちゃん警告! 15分以内に次のエントリー済の緑地美化ミッションをこなさないと、ペナルティでマイナス50ポイントだよぉ★』
「動け……ないわよ、バカ……」
視界が急速に狭くなっていく。
冷たい汗が吹き出し、指先が強張る。
完全に、風邪か何かだ。
誰かに助けを──
「JIMI、メッセージ送信して……誰か……」
スマホを握る指から力が抜ける。
それと同時に、
私の意識は真っ暗な闇の底へと完全に沈んでいった。
*
同時刻。サキのアパートーー
「おっしゃ!!4ボス倒したった!ざまーみろベロベロべー!マッジでさー第三形態まであるとか、どんだけ鬼畜なの?!」
蛍子は、サキのベッドに寝転がりながら、エナドリとポテチをきめて、ゲームに勤しんでいた。
「アイテムもそこそこ残ってるし今回は許してやらんでも──」
ピロロン♪
蛍子のスマホがけたたましく鳴った。
画面を見た瞬間、蛍子は持っていたゲーム機を床へ放り投げた。
「は?! サキっち……!?」
『助けて』
サキとヨルとの3人のグループLINEに、一言だけ送られてきたメッセージ。
すぐさま電話をかけるが、繋がらない。
「わわわ……どうする? どうする……そうだッ」
蛍子はすぐにヨルに電話をかけた。
「ヨルぴ!!」
『は、はいぃ!? どうしたんですか蛍子ちゃん!』
「メッセ! みた!? 行くよ!! サキっちがヤバい!! 位置情報送る!!」
『えっ!?サキちゃん!?すぐに向かいますねーー』
「オッケー!すぐ出る」
玄関へ飛び出そうとする。
「あっ」
「セーブしてない」
靴をほっぽりだすと、蛍子は全力で部屋に引き返し、セーブを連打し、テレビの主電源をブチ切り、また玄関へと走った。
「よし! いくぞ!」
『今それ必要ですか!? 早く行ってあげてくださいぃぃ!』
ヨルの悲鳴のような通信を耳に、二人は自転車で街を大爆走した。
JIMIの共有位置情報を頼りに、公園のベンチでうずくまっているサキを発見。
大急ぎでサキのアパートへと運び込んだ。
サキは朦朧としていて、呼びかけても反応が無かった。
「蛍子ちゃん、サキちゃんのおでこ、信じられないくらい熱いです……! 39度、いやそれ以上ありますよ!」
「マジか……! サキっちー! おーい!」
「……ほたるこ……よる……」
「あわわわわわ。サキちゃん大丈夫ですよ。今お家です」
「あ……りが……うッ……」
「重症すぎ……ポテチは…食べないか。私、必要なもの買って戻る! ヨルぴ、看病頼んだ!」
「は、はい!! リスト送っておきますね。気をつけていってきてくださいね」
「うゆ。行ってくる」
蛍子はいつになく真剣な表情で、エコバッグを抱えながら、部屋を飛び出していった。
ヨルはサキをベッドへ寝かせ、タオルに氷を包み額に当てた。
「ヨル……ごめん……ありがと……」
「サキちゃん……今すぐ病院へ行きましょう」
ヨルが涙目でサキの手を握る。
サキは熱で朦朧とする頭をなんとか横に振った。
「だめ……診察代、払えない……」
「私が払いますよ、そのくらい!」
「あはは、そんな……迷惑かけられないよ。それに、私、未来人じゃん。こっちの医療制度の対象外だから……家賃も、もうすぐだし……」
「サキちゃん、少し頑張りすぎですよ、いつも……!」
「……あはは、ツケが回ってきたかもね……」
サキの肌が徐々に青白くなっていくのを見て、ヨルはゴクリと唾を呑んだ。
「いつも心配で……わたし、うぅ……そうだ!」
ヨルが懐から、古びた禍々しい御守り袋を取り出した。
その封印をピリピリと解く。
中から出てきたのは、紫黒色で時折、脈打つように発光する、ドロリとした小瓶だった。
「これ……ママが、本当に本当に困った時だけ飲みなさいって持たせてくれたお薬です。秘薬ですから、きっと効きます!」
「妖怪の秘薬……まあ死ぬよりマシね、もらうよ……」
差し出された禍々しい紫の液体を、意を決して一気に喉へ流し込んだ。
──ゴクン。
味はよくわからない。
次の瞬間だった。
「うッ……」
頭がカッと燃えるように熱くなったかと思うと、世界が急速に遠ざかり、サキは一瞬でまた深い暗闇に落ちた。
……。
……。
「聞いてます? 0027番」
不意に、冷たい電子音の交じる声が鼓膜を叩いた。
世界が、一瞬で裏返る。
──ここは、見覚えのある場所だった。
エリア0012にタイムリープする直前。
私が怪しいバイトの面接で訪れた、あの無機質な地下研究施設。
私は窮屈なヘッドギアを装着され、カプセル型のコクピットに座らされていた。
「あ、はい……」
「いい? 時間がないの、ちゃんと聞いてその通りにやって! カウントと同時に、手元のレバーを引いて。そうすれば未来への跳躍が始まる。2065年だから体感5分くらい。着いたらさっき渡したヘッドホン型JIMI AIの指示に従って!」
面接の時にいたオバサンの声が響く。
ただの『未経験歓迎! 時空テスター募集』の面接だったはずなのに、突然、鳴り響いた警報。
わけも分からぬまま、私はこの狭い操縦席に押し込まれた。
周囲では白衣のスタッフたちが怒号を上げ、慌てふためいて走り回っている。
インジケーターには見たこともないボタンや数値が並んでいるが、私は今日初めてここに来た、ただの素人のテスターだ。
原理も、
操縦法も、
何もかも分かりはしない。
こんな私が過去に行って、果たして無事に帰ってこられるのだろうか。
そもそも、私は過去で何をするんだっけ?
私は手元に支給された、"JIMI"と刻印されたヘッドホン型AIデバイスを見つめた。
液晶画面は沈黙したままだ。
過去の世界に接続して、向こうでの行動をサポートする人工知能。
それすらも、ただの絵空事のように思えた。
「準備はいい!? 閉めるわよ!」
「は、はい。でも、なんで私なんですか?」
「今日会ったばかりのアナタに、こんなことを頼むのがおかしいのは分かってる! でも──
その瞬間、
──ドオォォォォォン!!!!!
鼓膜を引き裂く轟音と共に、凄まじい衝撃がコクピットを襲った。
マシーンが起動したのではない。
施設のどこかで、大規模な爆発が起きたのだ。
フロントガラスの向こうは、真っ黒な爆煙と火花に覆われ、一瞬で何も見えなくなった。
ピロロン♪
火災報知器のサイレンが鳴り響く中、耳元でやけに軽快な電子音が鳴った。
JIMIだ。
『AIモードに切り替わりました。はじめまして。0027。今すぐレバーを引いてください』
「は?オバサンは!? 何が起きたの?これからどこに行くの? なんで?マジで意味わからないんだけど!?」
『あなたの目的は世界を救うことです。』
「は?」
世界を、
救う?
そんな大層な話、聞いてない。
「待って待って!意味わかんないって」
『レバーを引いてください。』
「こんないきなり…ってか、報酬は!? 一回だけタイムリープできる権利は、ちゃんと、もらえるんですよね?」
『……はい。成功報酬に変更はありません』
「……まあ、約束守るならいいけど」
そうだ。
世界救済?
そんなの知らない。
私の目的は一つ。
その報酬だけ。
……まあ。
なんとかなるでしょ。
『それでは、跳躍開始──』
「え、ちょっ──」
ーーーーー!!
「うわああああああああ!!!!!!」
テレビの電源を落としたように、視界が瞬時に暗転した。
ーーー!!
私は、一人で暗闇に立っていた。
なんでここにいるんだっけ?
私はーーー
「どこへ行くの?」
「わからない」
「サキ」
「何?」
暗闇の向こう。
誰かが手を伸ばしている。
必死に、私を呼んでいる。
私は? どこへ行くのだろう。
いや、どこへ向かっているのだろう。
「サキーーー」
私も手を伸ばす。
あと少し、あと少しで、届く──
『何に?』
*
サキが深い眠りに落ちている間。
静まり返ったアパートの部屋に、蛍子が抱えるほど大量の買い物袋を下げて戻ってきた。
「はぁはぁ……なんとか……買ってこれましたぜ」
エコバッグから出てきたのは、冷えピタ、ゼリー、スポーツドリンク。
そして、大量のマックポテトにシェイク、わさビーフが2袋、さらにロングポテトとお菓子の山。
「ほぼほぼお菓子じゃないですかっ!」
「いや、これは、その、元気になったらいるかなーと思ってだね……ヨルっちのジュースも買ってきたよ、ホイ」
蛍子はエコバッグの底から、青いラベルの『飲むカツサンド(夏限定ソーダ味)』を取り出してヨルに手渡した。
「ありがとうございます! サキちゃんは、お薬を飲んで、今は眠っています。熱は少し落ち着いたみたいですけど……」
「そっか。そっか。ヨルぴもありがと。少しは良くなってるっぽいなら良かった……」
「いええ、蛍子ちゃんも暑い中ありがとです」
蛍子はテーブルの端に、山積みのポテトやお菓子を優しく置いた。
「なんかさ、サキっち静かだと静かだね」
「あはは、そう言われてみればそうかも知れませんね! 早く良くなって欲しいです」
「うん。良くなったらさ、夏だしプール行こう」
「そうですね! 一緒に行きたいです!」
「うんうん」
ピコピーン♪
その時、静寂を切り裂くように、サキのスマホからJIMIのアラートが鳴り響いた。
『警告! サキちゃんの今日の義務善行タスクがまだ3件残ってるよぉ。このまま二十四時を過ぎると、ペナルティで100ポイント没収だぉ★』
「ええ?! ……罰金?」
「は? そんなのキャンセルに決まってんでしょうが! 熱で寝込んでるのわかんないの!?」
『残念無念……サキちゃんはキャンセル補償月額20ポイントに入ってないからキャンセル適用外なんだよ〜♪』
「この状態で100ポイント引かれたら、サキちゃん本当に破産しちゃいます……!」
「もういい! 私が代わりにサキっちのデバイス持って行ってくる」
蛍子がスッと手を伸ばし、サキの枕元からスマホを握りしめた。
「え……? 蛍子ちゃんが……?」
「まあまあ、私に任せなさい! このくらい朝飯前よ。武器もあるしね」
「武器!?」
「善意100%の蛍子ちゃんロボ、発進★」
蛍子はヨルにバチッとウィンクをかますと、パステルピンクのバールを片手に、すごい勢いで夜の街へと飛び出していった。
「だ……大丈夫かな……」
ヨルは不安そうに、閉まった扉を見つめた。
*
「サキちゃん……」
…。
「サキちゃん!」
ーーー!!
ハッと目を開ける。
差し込む朝の光が眩しかった。
目の前には、ヨルが本当に心配そうな顔で私を覗き込んでいた。
頬には、涙の跡が乾いて光っている。
「……ヨ、ル……?」
「よ、よかったですぅぅぅ!! すごいうなされてたので。。でも熱、完全に下がりましたね! よかった!」
ヨルは私の胸に顔を埋めて、おいおいと泣き崩れた。
一晩中、寝ずに看病してくれていたのだ。
ねこ耳がしおれて、目が真っ赤だった。
「美味しい……」
私はベッドの上で、ヨルの作ってくれた温かいおかゆを食べていた。
「本当にありがとう、ヨル。看病、ずっとやってくれてたんだよね」
「サキちゃんが元気になってくれれば、それだけで十分です……」
ヨルが嬉しそうにねこ耳をパタパタと動かした。
「あっ、あれ? 蛍子は?」
「あ! それが──」
ガタン!!!
玄関の扉が勢いよく開いた。
そこに立っていたのは、全身ボロボロで煤だらけ、なぜか髪に大量の葉っぱをつけた蛍子だった。
「ただいま……」
「蛍子ちゃん!? ど、どうしたんですかその格好!?」
蛍子は息を絶え絶えにしながら、私のスマホの画面をドヤ顔で見せつけてきた。
「善行……全工程、完了しました……」
画面には誇らしげに、
【本日獲得:550ポイント】の文字。
「蛍子……私の代わりに行ってくれたの」
「ま、まあね!」
「ありがとう。こんなボロボロになってまで、私のために……二人とも本当に、ごめん」
「いやー! 気にしなくていいって★ 日頃からこの家に居候してるし、その感謝の気持ちだよ! あはは!」
蛍子は少し照れくさそうに笑った。
その時だった。
ふと、部屋のテレビから臨時ニュースが流れ出した。
『──続いてのニュースです。昨晩から明朝にかけて、エリア0012のベイエリアおよび中央エリア付近において、詳細不明の小規模な爆発や、複数回の強烈な閃光が確認されました。
管理局は現在、何者かが超高出力の重力バールを用いてインフラを物理破壊、もとい強制救助したとみて、現場一帯を封鎖し捜査を──』
私はゆっくりと蛍子の方を振り向いた。
「……まさか、ね」
蛍子はスッと口笛を吹きながら、天井の監視の目を見つめて目を逸らした。
「物騒だねー最近」
「……。」
ピロロン♪
無情なJIMIの通知音が響き渡る。
【MISSION COMPLETE】
・サキの看病:超成功
・代理善行ミッション:物理的完了
【ペナルティ詳細】
・器物破損(ドローン救出時):4件
・道路交通法違反(自転車暴走):2件
・営業妨害(深夜の店舗お助け):1件
・不法侵入(落とし物捜索時):1件
・公共物損壊(バール使用):3件
※上記の違約金として、合計540ポイントがサキ名義の口座から即時徴収されました★
【未来生存率:4%】
【現在残高:10ポイント】
【評価】
D-
【評価コメント】
サキちゃん復活おめでとう★
お友達が街を半壊させたから、獲得ポイントと相殺だよ♪
手元のスマホに表示された、血の涙も出ない「残高10ポイント」。
「……おい、蛍子」
「いや! 頑張ったよ?! 蛍子ちゃんサキっちのために超頑張ったじゃん!?」
「どこがぁぁぁ!! 街を破壊してんじゃないわよ!!」
「サキちゃん完全復活ですね。よかったです♪」
「うんうん。よかった! 非常によかった!!!!」
「……地獄かよ」
エリア0012の空では、今日も巨大な監視の目が、私たちのバグった友情と、どこか報われない毎日を、呑気に見下ろしていた。
(第16話・完)




