第15話:学校でもポイントが足りない
【未来生存率:4%】
【現在残高:200ポイント】
夜21:00。
「お母さん?うん。今から帰ります。大丈夫。」
塾の帰り道。
学級委員長の高瀬ミナトは、閑静な住宅街へと続く駅前のホログラム改札付近で、完全に不審な三人組を見つけて足を止めた。
「あれは…サキさん?」
視線の先には、クラスメイトのサキ、蛍子、ヨル。
何やらスマホを見て盛り上がっているようだった。
(……こんな時間に、やっぱり不良なのかしら。いったい何が始まるの?)
普段の学校ではだるそうにしているサキが、今は目を血走らせてスマホの画面を凝視して何か言っていた。
ピコピーン♪
『サキちゃん朗報! 本日夜の3時間限定!24時まで善行ポイント100倍キャンペーン開催だよぉ★ 今月の生活苦を一瞬で解消する大チャンス!★』
「は?100倍ですって!?」
「すご(笑)めっちゃ、神イベじゃん!!」
数分間のごみ収集で100ポイントももらえる計算になる。
「これなら一瞬で極貧生活おさらば+大富豪じゃん!!」
私は首元のJIMIが映し出した『利用規約(スクロール30ページ分)』を、超高速スクロールしてエントリーボタンを連打した。
『サキちゃん、キャンペーン規約なが~いけどちゃんと読んだ!?』
「YES」
『いいのね?』
「YES!YES!YES!3時間の火蓋が切られてるんだから早くして!!」
『はーい!了解★じゃ、エントリー(※キャンペーン対象者のみ有効)しておいたので善行ファイト★』
「よし!!ここで稼いで今月の家賃くらいは稼ぎ切る!!」
「うおおお!!!ついでにマックのポテトも食べ放題!!!」
「私もお付き合いします!がんばりましょお〜」
「蛍子! ヨル! 今日は寝かせないわよ! 全員で夜の街の徳を貪り尽くすわよ!!」
「がってん承知の助!」
「が、頑張りますぅ……!」
物陰からその光景を覗き込むミナトの背筋に、冷たいものが走った。
(……!?
こんな人通りの多いところで、何をしてるの…
恐ろしい速度で端末を操作したと思ったら、
ガッツポーズ!?
新手の儀式? 犯罪結社のコード入力……?
これは、委員長として、放っておけないわ)
ミナトはカバンを強く抱え直し、静かに尾行を開始した。
*
ここからのサキたちの「本日夜の3時間限定!24時まで善行ポイント100倍キャンペーン」は、ミナトの常識を宇宙の彼方まで置き去りにした。
「ターゲット発見!旅行帰りのおばあちゃん!その重いトランクケース、私が持ちます!」
サキが全力疾走で近づき、おばあちゃんの買い物袋をひったくるように受け取る。
「えっお嬢ちゃん。ありがとねぇ助かるよ」
爆速でタクシーをアプリで配車。
トランクへケース押し込んだ。
【善行:高齢者補助★】
『ピロン♪ 1ポイント獲得★』
「時給悪すぎでしょ!! 100倍どこいったのよ!」
『あ、キャンペーン分の付与は翌々月末だから、今は通常分だけだよ★』
「はぁ!?ケチくさ!!」
(……!?
何かの密輸をしている?
──あ、今度はおばあちゃんに何かを渡して、無理やり感謝させてる……?
新手の宗教勧誘かしら。
それにしても勢いが怖いわ……)
電柱の影から追うミナトの脳内は、不穏な想像で満ちていく。
しかし、サキのポい活ランは止まらない。
「サキっち、お次は空中歩道にホログラム迷子がいるよ!」
「なんとかしないと……!!」
「私が!迷子センターまで連れていきますよ〜」
ヨルは優しくホログラム迷子に手を差し伸ばすと笑顔で言った。
「私と一緒にお母さんのところへ行きましょうねぇ!」
【善行:迷子案内★ 通常1ポイント獲得★】
「次よ! 路上で自動清掃ドローンがゴミを詰まらせてストライキ起こしてるわ!」
「あっしに、任せろ!!めちゃめちゃ修理してあげようじゃないか★うおおおお!!!」
ガン!ガゴン!ガガガがガガガ!!!
蛍子はどこからともなく七つ道具的なセットとを取り出すと、躊躇なく清掃ドローンをいじりだす。
「んーダメだ。でも、あれだ!こりゃ、叩けば直るやつだね!」
ズゴン!!!
一撃を喰らったドローン達は、一瞬クネクネと妙な動きをすると、再起動しゴミ集めを再開した。
【善行:インフラ救助★ 通常10ポイント獲得……失敗】
ピコン!
『警告★
アプリの更新が未完了のため、位置情報ONが認識されず一部ポイントが保留中だよ♪アプデしてから進めてね!』
「この土壇場でアプデ要求してくんじゃないわよ!!」
(……なななにを?
やっぱり意味が分からない。
聞こえる単語は『ポイント』『あと少し』『100倍』だけ。
──でも、やってることは普通に地道な人助け……?
でも、なんでこんな時間にポイント稼ぎなんて学生がしているの…
理解できない)
物陰のミナトは、怪しさと親切さの矛盾に頭を抱えていた。
そして、異変は街の中央広場で頂点に達した。
コツコツと地味な善行を積み重ねてきた私たちの前に、巨大な壁が立ち塞がる。
イベント用として発注されたものの、大きすぎて会場に入らずに放置された【巨大パンクだるま落とし(全高15メートル・超合金製)】がネオンをギラギラに光らせながらそびえ立っていた。
「でっかーー笑」
「発注する前にサイズを確認しろよ…」
巨大だるま落としは夜間インフラの邪魔になって車や人が立ち往生し、周囲のパトロールAIが警報を鳴らしている。
「サキっち! あれ撤去したら、インフラ救助扱いで一撃150ポイント(100倍で15000ポイント)くらいもらえるんじゃん!?!?みんな困ってるし!助けちゃおうぜ」
「15000ポイント!?き、来た!!最後のボーナスステージ!!でもアレどうすんのよ!もう時間がないわ。」
時刻は23:50ーー残り10分。
「ふふん、サキちゃんにこれを貸してあげよう★ドカンと!!やっちまいな★」
蛍子がカバンから取り出したのは、パステルピンクに染められた、重力制御機能を搭載した超重量工具──『実質100トン質量巨大宇宙ハンマーZ』だった。
…!
なぜこんなものが、バッグに入っているかは今は置いておこう。
今はそんな小さなことに突っ込んでいる時間がない。
このチャンスを掴んでみせる!!
私は、そびえ立つクソデカだるまを睨みつけた。
一方ーー
だるま落としの野次馬の中にミナトはいた。
「おい!なんだあれ!?」
「だるま落としが始まるのか!?」
「早く通れるようにしてくれ!!」
(また、、何が始まるの!?
まさか、、今度はあのだるま落としを!?)
スマホを見るととっくに門限も過ぎ、親からの着信が何件か入っていた。
(ゴクリ…
でも、今帰るわけには…いかない…気がする。
これの結末を見届けなくては…ならない気がしてきている。
もう、何なのよ!!)
ミナトはスマホの電源を切るとポケットにしまい込んだ。
「迷子は無事帰れました〜ってこのだるまさん何ですか」
そこに、ヨルが戻ってきた。
「ヨル!ナイスタイミング!あのクソデカだるまをコンテナにぶち込む!サイコキネシスでだるまの土台以外を固定したりできる!?」
「任せてください!ううううーーー空間固定!!ですぅ」
ヨルのねこ耳と六本の尻尾がバサァッと広がり、重力概念を引きちぎって巨大だるまの上半分を空中でピタッと静止させる。
「よっしゃあ!!いくぞ!」
ーーん!?
ハンマーを握るがピクリとも動かない…!!
「なにこれ重すぎ!!」
「パワー100トンだけど重力制御してるから実質98トン!(すまん)」
「そんなん持てるか!!てか誤差すぎる!」
ピコーン!
『サキちゃん!警告★生身の腕力で100トン質量ハンマーを振ったら両腕が爆裂四散してあの世行きだよ♪ 30ポイント消費で腕力を一時的に20倍に強化する?★』
「即!前借りチャージ!粉骨砕身、ぶち抜くわよ!!!」
『了解★腕力20倍&空間制御もオマケで付与したよん!!』
「GJ!!もらったぁぁぁあああ!!」
私はJIMIの腕力強化機能を起動し、大ジャンプ。
空中から落下する勢いのまま、蛍子から受け取った超重量工具を思い切り振り抜いた。
ドゴォォォォォン!!!!!
火花を散らしたハンマーが、巨大だるまの一番下の段を完璧に捉えた。
キィィィィィン!!!
金属製のだるまの一段(推定3トン)が、夜空へ向かって猛烈なライナーを放ち、遥か彼方に停車していたトラック2台のコンテナへ、ミリ単位の狂いもなく真っ二つにパッキングされてすっぽりとぶち込まれた。
【善行:巨大障害物撤去★通常ポイント150ポイント獲得】
「サキっち!ナイスバッティング!!ヨルぴーも、ナイスキープ!」
「ふにゃあ……腕が、腕がもげそうでしたぁ……」
広場の植え込みに頭を突っ込んで隠れていたミナトは、眼鏡をガタガタと震えさせながら息を呑んでいた。
(!?!?!?
わ、私は、何を見せられているの……!?
巨大特殊工具で巨大だるま落としをトラック2台のコンテナへぶち抜いた……!?
意味が分からない。
何も分からない。
でも……)
ミナトは、サキがおばあちゃんの重い荷物を持って、すごくダサい作り笑顔を浮かべていた時の顔を思い出した。
(ただ……
人助けをしている時の、あのサキさんの表情だけは、嘘には見えなかった。
私は一体、
こんな時間まで⋮…
彼女たちの何を見ているんだろう……)
気づけば、時刻は二十三時五十九分。
私たちは夜の裏路地で、ついに全てのミッションを完遂した。
「ハァ、ハァ……終わっ、た……! これで100倍よ! 生活苦解消どころか、数万ポイントの大富豪よ!!」
「やったねサキっち★」
「皆さん喜んでくれました、嬉しいですぅ!」
「今回はさすがに完全勝利っしよ!」
私たちは勝利を確信し、ハイタッチを交わした。
その瞬間。
ピロロン♪
「JIMI!んで、いくらキャンペーンポイントはいるの!?」
『ああーっと。サキちゃん。その前に残念なお知らせ★
利用規約のページ最下部に小さく【※本キャンペーンによる付与は善行1件に対して上限15ポイントまで。あとね、23時以降は深夜料金およびシステム維持費として通常善行から10%のポイントが相殺されます】って書いてあったよぉ★善行ポイント総量制限法って知ってる?♪』
「……は?」
『よって、あんなに頑張った巨大だるま落としのキャンペーン加算ポイント1500ポイントですが、上限に引っかかって【15ポイント】に修正されまーす★』
「ふざけるなぁあああああああ!!!!!!」
裏路地に私の絶望の血の叫びが響き渡った。
*
時を同じくして──。
日付が変わる瞬間に急いで帰宅したミナトは、一軒家の玄関を開けた。
「ミナト!! あなた今何時だと思ってるの! どれだけ心配したか分かっているの!?」
心配そうな母親がリビングで待っていた。
「あ……お母さん、ごめんなさい……」
自室のベッドへ、制服のままバタンと倒れ込むミナト。
眼鏡を外し、天井を見つめる。
(結局、何だったんだろう。でも、やっぱり怪しい……)
謎だけが深まった夜。
スマホの画面が明るくなり、親からの【明日から21時以降のスマホ利用制限をかけます。来週からは塾の帰りは車で迎えに行きます】という通知がポップアップした。
「……今日一日、私は何をしてたの。」
はぁ…頭が痛い。
そして、通知が届いた。
【今日1日の歩数:34,821歩】
【おめでとうございます。過去30日で最大です。】
「……地獄ね」
*
午前1時ーー
駅前の二十四時間営業のラーメン屋のカウンター。
「まあまあ。サキっちのだるまストライカーはみんな喜んでたし、帰りにラーメンも食べれたから最高じゃん★ 深夜の塩分は脳に染みるよ〜★」
蛍子はすでに、チャーシューメンの大盛りを。
ヨルは期間限定のミルクティーラーメンを。
ふうふうと幸せそうにすすっていた。
私の目の前に置かれた、湯気の立つ温かい激辛ラーメン。
「……はぁ。」
私はため息をつき、割り箸をパチンと割って、真っ赤なスープを一口すすった。
それは、めちゃくちゃに激辛で。刺激的で。
涙が出るほど、何かにしみた。
ピロロン♪
【MISSION COMPLETE】
・深夜の徳稼ぎランナー:完遂
・巨大パンクだるま落とし撤去:成功
・上限規制&維持費相殺:適用
【未来生存率:4%】
【現在残高:185ポイント】
※腕力強化(-30pt)、相殺(-20pt)、上限加算(+15pt)の地獄精算。ただし地道な通常ポい活のちりつも分(20pt)は手元に残留
【評価】
B-
【評価コメント】
規約の『※』は最後まで読みましょう★
でも、深夜のバッティングセンスはメジャー級だったよ♪
「……地獄かよ」
エリア0012の空では、今日も巨大な監視の目が、私たちのバグった日常の夜食を、どこまでも呑気に見下ろしていた。
(第15話・完)




