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第14話:ガチャを回してもポイントが足りない

【未来生存率:4%】

【現在残高:320ポイント】


「欲しい、です……」


 土曜日の午後。


 私の部屋でダラダラしていると、ヨルが珍しくスマホを差し出した。


 画面には、古い壺を抱えて全力疾走する猫たちの画像。

 

「なにこれ? ガチャガチャ??」


「はい! 【限定・骨董持ち去りネコ目印チャーム】です!! シークレットが出なくて」


「エリア0012にはもう在庫ゼロなんですぅ」


「おおお!!!?」


 テトリスに夢中だった蛍子が、いつの間にか背後から画面を覗き込んでいた。


「あるよ!! エリア0011のガチャショップ『ヤナギモリ』に!」


 シワシワの画面を私の顔に押し付けてくる。


「近いって。見えないよ」


「そうなんです……行きたいな〜って思って」


 いつもは何も欲しがらないヨルが、ねこ耳をパタパタさせて上目遣いで訴えてくる。


 現在の残高は320ポイント。


 管理区画を越えるモノレール代を払っても、ガチャ数回分には足りる。


「サキっちさ、エリア0011行ったことある?」


「ないわよ」


「えっマジ? 遅れてるぅ〜」


「アンタも行ったことないでしょうが!!」


「エリア0011にはケバブという美味しい食べ物があるらしいですよ! それと……イチゴミルクかつサンドの専門店もあってですね!!」


「おおーなにこれ! 超かっこよ!! 昔何かが墜落したビルがあってそこが聖地として──」


「あーーもう。わかったわよ。行くわよ、エリア0011」


「やったァァァ!」


 *


 国際空港並みに物々しい入区ゲート。


「そこでお止まりなサイ。これより入区審査を行いまスワ。」


 冷徹な目をした警備アンドロイドが立ち塞がった。


「入区目的は?」


「ガチャです」


「欲望に忠実ですね。通ってヨシ」


「あっさり!?」


「マテ、そこのパイン頭。カバンからハミ出ているパステルピンクの巨大な砲身はナンダ?」


「あ? これ? 日傘だよ。最新の。知らないの? 遅れてるぅ」


「ああ、最新の日傘でスネ。よし、通れ」


 ……。


 ザルすぎるセキュリティを突破し、私たちはモノレールに乗り込んだ。


 まるで海外旅行に出発するようなワクワク感が車内に満ちていく。


「ねえサキっち、都市伝説の口コミ見た? エリア0011ってゾンビで溢れてるらしいよ! 怖すぎ!」


 蛍子が画面を見せてくる。


『★★★★★ ゾンビに食べられてゾンビになりました』

『★★★★★ 二度と行きません。気づいたら死んでました』

『★★★★★ ガチャ神。でも死んだ』


「口コミ書いてる時点で全員生きてるでしょうが!!」


 キーーーーン。


『エリア0011 中央区。エリア0011 中央区。降り口は左側です』


 扉が開いた瞬間、ブワッと熱気を感じる。


 そこには別世界が広がっていた。


 空中を埋め尽くす無数の怪しいネオン看板。


 路上にハミ出した大量のガチャ専門店、レトロゲームのジャンク市、見たこともない食べ物屋が所狭しと連なっている。


 未来技術と古き良きカルチャーが混沌と混ざり合った、圧倒的な熱量の街。


「すごいです……おもちゃ箱をひっくり返したみたいです!」


 ヨルが目を輝かせる。


「ワクワクが止まんない!!! アレもこれも食べたい!」


 ぐうう……。3人してお腹が鳴った。


 私たちは路地裏の怪しいケバブ屋のスタンドに腰掛けた。


 スパイシーな謎肉をモグモグと口に運ぶ。


「んー!! この謎肉、ハチャメチャに美味しい!!」


「あ、本当だわ。ソースがピリ辛で最高……」


「はふ、おいひいですぅ……」


 ヨルが口の周りにソースをつけながら微笑む。


 幸せな昼食。


 まさにその時だった。


 ビカビカビカ!!!


 目の前の路地に、巨大なホログラム広告が真っ赤に明滅した。


【緊急指名手配】


【管理局の重要データを強奪した凶悪犯がこの付近を逃走中】


【賞金:10000ポイント】


「1万ポイント!?」


 私はケバブを喉に詰まらせかけながら、絶叫した。


 瞳がポイントマークに変わった。


 1万あれば家賃どころか、この街のガチャを筐体ごと破壊して買い占められる。


「サキっちー??このビッグウェーブもちろん???」


「1万ポイントは激アツすぎる! もちのろんで、捕まえるわよ!」


「いえっさ!!賞金稼ぎの血が騒ぐぜ!」


「えっ、ええ!? 凶悪犯だったら怖いですよっ」


ピコピーン♪


『サキちゃん、JIMIの索敵ハッキング完了★ 情報要約!


犯人は逃走中。


データ端末の位置把握。


この先の路地裏を時速60キロの超高速で移動しているのを突き止めたよぉ★もし何かあっても自己責任ね〜以上★』


「時速60キロ!?どんな凶悪犯よ、とにかく!行くわよ!」


 私たちはJIMIの簡易レーダーを頼りに、雑多な裏路地を激走した。


 そこで逃走犯を視界に捉えた。


「あそこだわ!!逃がさないわよ凶悪犯!!」


 ゴミ山の奥、垂直の壁をあり得ないスピードで登っていく謎の影。


 間違いなくあれが管理局の特級データ端末を持っている。


「速すぎる!追いつかないわ!」


ピコピーン♪


『サキちゃん、30ポイント消費すればジャンプ力と脚力を一時的に20倍に強化できるよぉ★』


「30ポイント!? 捕まえれば1万ポイントよ!! 跳躍!!!」


 ピッ。


 私の脚にパステルブルーの光のラインが走る。


 ドンッッッ!!!


 地面が爆裂し、私は一気にビルの2階の高さまで大ジャンプした。


「うわっ!? 高っ!! 待って待って待って!! 着地できないぃぃぃ!!」


 想像以上の大ジャンプに、空中で手足をバタつかせて焦る。


「ぬは!!サキっち飛びすぎ!!笑」


「死ぬ!死ぬ!!」


「まあまあ。慌てなさんな。そんな時のために準備してきたんだからさ。これでもくらえ★」


 蛍子がカバンから日傘(バズーカ)を躊躇もなく、ぶっ放した。


 ドゴォォォォォン!!!!!


 爆風に煽られ、謎の影が空中へひょれひょれと舞い上がる。


「チィ!!直撃を回避しただとッ!?」


しかし、爆風で謎の影がバランスを崩した。


「今だぁぁぁ!!」


私は空中で、全身ごと体当たりした。


「うにゃああっ!?」


影は私と一緒にもつれ合いながら地面へと、急落下。


「うわっあぁああああああああ!!」


「サキちゃん!!!危ない!!!」


 ヨルが慌ててサイコキネシスで空間の重力を捻じ曲げた。


 落下していた私と影は、地面寸前で、ふわっと数秒浮き上がった。


「 確保、ですぅ!」


 ヨルが影をふんわりと受け止める。


 私は──背中から地面に転げ落ちた。


「はぁはぁ…ヨル…マジ…助かったわ…。 20倍は聞いてない!!未来道具の殺意が高すぎる!!」


『結果よければ全てよしですね★サキちゃん♪』


「よく言うわ…。よし、凶悪犯、観念しなさい……って、え?」


 ヨルの腕の中にいたのは──


「……にゃあ」


 パステルパープルの首輪をつけた、一匹の小さな黒猫だった。


「は……!? なんか小さいと思ったけど、猫ぉぉぉお!?」


「こやつが指名手配犯!?」


 ヨルだけがその猫の瞳を見て、ハッと息を呑んだ。


「……君は」


「どうしたの、ヨル?」


「……いいえ。何でもありません、…指名手配犯は猫ちゃんだったんですね?」


 ヨルはどこか複雑な表情のまま、猫をそっと撫でた。


 首輪には、確かに管理局のデータ端末ががっちりとアタッチされていた。


「何はともあれ、犯人逮捕!! 勝ち確よ!!」


「いえーい!! 無限ガチャ〜!!」


 *


「……ですから、対象は猫だったんですってば!」


 私たちはエリア0011の管理局支所へと乗り込んでいた。


 受付の管理局職員はパニックを起こしている。


「端末の識別コードは確かに指名手配犯のものですが……猫は人相データと一致しません。賞金は適用外となります。お引き取りください」


「はぁぁぁあ!?お引き取り!? データ奪還したのは事実でしょうがァァァ!!」


 私は受付のカウンターを激しくバンバン叩いた。


「あーん? こちらとら事件解決したのに無しだとー!?窓口ごと爆破してもいいんだぜ? ユー★」


「ダメ絶対!! これ以上面倒なことになるのはごめんよ…」


 私はバズーカを取り出そうとする蛍子を必死に止めて、職員に詰め寄った。


「──とにかく、ちゃんとブツを取り返したんだ。1ポイントも出さないなんて絶対に許さないからね!!」


 押し問答が続く。時計の針が無情に進んでいく。


「……あの、サキちゃん」


 ヨルが、私の袖を引っ張った。


「……ガチャ」


 ハッと壁の時計を見る。


 閉店まであと10分。


 一番の目的が果たせなくなってしまう。


「んーもういいわよ! 規約の『協力金』でいいから早くよこしなさい!!」


「まあ、それくらいなら許可します。送金します。」


 ガガガガガ。


 端末に無理やり【300ポイント】が転送される。


「よし、走れば間に合う! 急ごう……!」


 私たちは管理局を飛び出し、裏路地のガチャショップへ向かって猛スプリントを開始した。


*


 閉店3秒前。


 滑り込みでガチャショップ『ヤナギモリ』のガチャコーナーへ突っ込む。


「あった! 骨董持ち去り猫コレクション! 残りはざっと20個くらい!?」


「嬉しいです……!! 4回分回します!」


 まずはヨルが回し始めた。


 ガッチャ、コロン……。


「あ〜ん。残念ですぅ。被りでした。でもこれ大切にします!」


 さすがシークレット。


 簡単には出てくれない。


「まだよ。ここに猫捕まえた賞金(協力金)があるわ」


「えっそんな。それはサキちゃんと蛍子ちゃんがーーー」


「何いってんの、このために来たんだよ? それに、みんなで捕まえたんだから! 引こう」


「ヨルぴーよ。忘れるでないぞ。ガチャはな、出るまで引けば無料と同義なんだよ。だ、か、ら! ぶん回して回収しないとね★ 私も、納豆サムライのチャームぶん回してくる」


 納豆サムライ?


 蛍子は少し離れたところでGOODサインを送ってくる。


 残高は前借りの引き落としと協力金を合わせて、ヨルの4回分を引いた残り全額。


チャンスは9回。


ガチャの残りも丁度そのくらいだ。


当たるはず。


そんな気がする。


「ヨル、回して!! 閉店になっちゃう」


「マダイイヨ。ソレ在庫最後。ユックリ引クトヨイヨ。キットアタルネ。」


店員のアンドロイドのパンクなお姉さんが、店じまいしながら笑顔で頷いた。


「あ、ありがとうございます! じゃあ……回します!!!」


 ガッチャ、コロン。


 ガッチャ、コロン。


 ガッチャ、コロン。


「当たって。……お願い!」


 …!!


 ガッチャ──コロン。


カプセルを開けると──


「わぁ……!でました!これです! これ!!」


【透明パープルの骨董を持って全力でジャンプする猫】だった。


 ヨルが欲しがってた超激レアのシークレットだ。


「おかげでコンプリートですぅ。ありがとうございます……」


 ヨルが静かに、本当に嬉しそうに笑った。


 ねこ耳が嬉しさを隠しきれないようにパタパタと動いている。


「……よかったね」


 私は床にへたり込みながら、小さく息を吐いた。


ピロロン♪


【MISSION COMPLETE】

・エリア0011潜入:成功

・データ端末奪還:成功

・骨董持ち去り猫ガチャ:勝利

【未来生存率:4%】

【現在残高:220ポイント】

※ジャンプ力強化(30pt)、ガチャ5回(250pt)の精算含む

【評価】

A

【評価コメント】

新しい街での大冒険、お疲れ様でした★

賞金はバグで消えちゃったけど、その笑顔はプライスレス♪


 *


 すっかり暗くなったネオン街。


 モノレールの駅へと続く、古びたビル群を歩く。


「見てください、サキちゃん。光に透かすと、とっても綺麗です」


 ヨルが手のひらの上の小さな猫を、宝物のように見つめている。


「本当ね。シークレットってだけはあるね」


 1万ポイントはバグで消えたし、私の脚は筋肉痛で死にそうだけど……まぁ、その顔が見られたなら良しとするかーー


「完全勝利だねぇ! 私も納豆サムライの『居合切り水戸納豆』ゲットできたしマジ満足★来てよかったね!!ゾンビはいなかったけどね(笑)」


「んじゃレビューでも書いとく? 『猫捕まえて、騙されて死にました』って」


「クレーマーこわっ」


「はー? 蛍子が言ったんでしょうが!」


「あはははは!」


 並んで歩く3人の影が長く伸びていく。


 ギラギラと輝くネオンの喧騒の中で、私たちは笑いあった。


「ーー!」


 ヨルがいきなり立ち止まった。


「ヨル?」


 その時だった。


 ピロン♪


『!』


 突如、私の首元でJIMIが鋭いアラート音を鳴らした。


「え? なに?」


 足を止めて思わず後ろを振り返った。


 はるか遠く、夕闇が迫る古いビルの屋上。


 オレンジ色の空を背にして、一匹の黒猫がぽつんと座り、じっとこちらを見つめていた。


(あれ? あの猫……さっきの猫……?)


 私がパチクリと瞬きをした、わずか一瞬の隙だった。


 黒猫の姿は、まるで最初からそこにいなかったかのように、すっと夕闇の向こうへ消え去っていた。


 JIMIの画面のバグ反応も、綺麗さっぱり消失している。


 何?ヨルも反応してた?


「サキっち!? どうかした!?」


「……ううん、何でもない。疲れてるだけかも」


 朝まで走り回って、知らない街まで来て、賞金首まで追いかけた。


 疲れてるんだ。


 きっと、それだけ。


 今日は帰って、ゆっくり寝よう。


 明日からまた……ポい活しよう。


「アレ? サキっち、疲れてる? ゾンビみたいだよ? 写真付きで『エリア0011にサキゾンビいました!』ってレビュー書いてもいい?!」


「やめろ。マジで! 人を勝手に晒すな!!」


「ゾンビは!! いた!!(新真実)」


「……地獄かよ」


エリア0011の空では、今日も巨大な監視の目が、レトロなネオンの街と、私たちのバグった日常を、どこまでも呑気に見下ろしていた。

(第14話・完)


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