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第12話:誕生日パーティーでもポイントが足りない

【未来生存率:4%】

【現在残高:1020ポイント】


「…だる」


 土曜日の午前中。


 気怠さの中に沈む、アパートの四畳半。


 私は、自分の机に突っ伏して、スマホを眺めていた。


 今日の善行活動リストを、適当にスクロールしていく。


 現在の残高は1020ポイント。


 前回のジャングル大冒険。あのネオ朝顔討伐のおかげだ。


 奇跡的に財布が温かいことだけが、唯一の救いだった。

 

 1000ポイントもある。


 少しダラダラしてもいいかもしれない。


 頭の隅で、そんな悪魔の囁きが聞こえる。


「サキちゃん」


 布団からサングラスを光らせた蛍子が、ものすごい勢いで這い出てきた。


 親の顔より見た速度だった。


「暇ですよね? 確実に」


「暇してるように見えるかもしれないけど、確実に暇ではない」


「えーーーせっかくのお休みに、若者が暗ーい顔してスマホ適当に眺めてていいのかい?! それでいいのかい?! ユー」


「……ユーとか言うな」


「今日が何の日か、忘れたわけじゃないでしょうね」


「あ? 今日? なんか約束あったっけ?」


「はぁ……これだからチミは。いいか?落ち着いて聞くんじゃよ今日は、我らがヨルっちの誕生日だよ!」


「は!? 本当に!?」


 私は、ハッと身体を起こした。


 スマホのカレンダーを開く。


 予定欄は真っ白だった。


 確かに前に聞いて登録したはずなのに、できていなかった。


「ヨルっちに伝えといたぜ。16時にうちに集合せよとな」


「やば……何も用意してない」


 だが、私には1000ポイントがある。


「よし、蛍子。今日は奮発するわよ」


「おおー! 誕プレ買い出し隊、全軍突撃だぁー!」


 私と蛍子はアパートを飛び出した。


 *


 週末のショッピングモールは、完全にカオスだった。


 家族連れや学生たちで、ゴミゴミと混み合っている。


「ショッピングモールってワクワクが止まんないよね!」


「う、うん」


「あれ? サキっちキンチョーしてる?!」


「は、はい!? なんでキンチョーなんかするのよ!」


 しかし、いざショップの棚を前にすると、手が止まった。


 カワイイ過ぎるグッズが、所狭しと陳列されている。


 空間の密度が高すぎる。


「この猫のキーホルダー……300ポイントか。値段の割にちょっと安っぽいかな」


「サキっち、こっちの可愛いくまちゃんアクセサリーは500ポイントだよ!」


「うーん、でもヨルはあんまりジャラジャラ付けないし……」


「ぺんぎんさんパジャマセット! 600ポイント!! 」


「タコさんウインナー抱き枕5個セット! 700ポイント!!」


「ヤドカリなりきりセット! 800ポイント!!!」


 だんだん、候補の値段が跳ね上がっていく。


「あああ!! これ! ヨルぴーならこれ、絶対喜ぶよ! スマホにこの猫のアプリ入ってたもん!」


 蛍子が最後に指差したのは、ガラスケースの中だった。


 そこに鎮座するのは、大型のぬいぐるみ。


 招き猫ポーズをした、なんかちょっと変な顔をしたリアルな猫。


 良く知らないが、『マネキーヌ』というキャラらしい。


 その名前だと犬っぽさあるよな、とか思いながらも値札を見る。


 ーーー!?


 お値段、ジャスト1000ポイント。


「せん、1000ポイント……!?」


 私の手がピキリと止まった。


 ポい活下請けの私にとって、これはほぼ全財産だ。


 こんな高額な買い物をしたことなんて、一度もない。


 そもそも普通の女子高生なら、休日に友達と来るような場所にあまり来たことが無い。


 蛍子の「キンチョーしてるの?」は、あながち間違っていなかった。


 ここは何か、キラキラしすぎている。


 なんだかソワソワして、自分が自分ではないような気持ちになってくる。


 気を抜くと、本当に目が回りそうだ。


 だが!!


 心配するな自分。


 今の懐には1000ポイントもある。


 心配はいらない……いらない……はず。


 いや、1000ポイントって冷静に考えたら全財産なんだけど。


 しかし、300ポイントのキーホルダーより、ぺんぎんさんより、タコさんウインナーより、ヤドカリより、マネキーヌが一番良く見えてきた。


 ヨルがこのぬいぐるみを抱きしめている姿が、脳裏に浮かんできた。


 絶対に喜んでくれるはずだ。


 心臓がドクドクと嫌な音を立てる。


 でも──。


「……誕生日くらい、このくらい奮発してもいいよね。ポイントなんてまた稼げばいいしね!」


 私は半分開き直り、震える指で決済端末にスマホをかざした。

 

 ピッ。


【現在残高:20ポイント】


 一瞬で財布が冷え切った。


 胃がキリキリ痛む。


「よし、これをアパートに隠して、ヨルが学校から帰ってきたらサプライズね!」


「オッケー★ 隠密作戦開始!」


 *


 私たちはマネキーヌを抱え、大急ぎで四畳半のアパートへ戻った。


 集合時間の16時まで、まだ猶予はある。


「誕生日はね、なによりも派手じゃないと意味がないんだよ!」 

 蛍子は部屋にあった折り紙や新聞紙で、猛スピードで部屋を誕生日仕様に飾り付け始めた。


 私もマネキーヌを押し入れに隠し、壁にガーランドを貼る。


 すると蛍子が、どこからともなくパステルピンクのバズーカ型の機械を取り出した。


「待て。何それ」


 私は即座にその砲口を掴んだ。


「その流れは、絶対ダメなやつ」


「あ、これ? 大誕生日お祝いバスターだよ」


「バスターってついてる時点でダメ。また家をジャングルか何かにでもするつもり?」


「大丈夫大丈夫! 人生、お祝いは爆発だよ★」


 蛍子が嬉々としてスイッチを押した。


 数秒、不気味な静寂。


「……ほら、何も起きな──」


 ドゴォォォォォン!!!!!


 テッテレーーーーー!!!!


 大音量のハッピーバースデーBGM。


 そして、当たり前のようにアパートが大爆発した。


 天井が消し飛び、壁が半壊し、レーザー光線と紙吹雪が空へ舞い上がる。


「ゲホッ、ゴホッ……! な、なんなんだよこれは!!」


 煤だらけの私が瓦礫から這い出ると、首元でJIMIがピコピーンと鳴った。


『建造物崩壊を検知★時間進行制限中。空間事象の強制修復を開始するよ。必要ポイントは800ポイントだよぉ★』


「高っ!!! あるわけないでしょ、残高20ポイントよ!?」


『修復しない場合、近隣住民が全員お星様(あの世)になるね♪』


「…やるしかないじゃん。」


『大丈夫! 手元にある高額物品をハッキングポートへ消費(質入れ)すれば、緊急ポイント変換ができるよ★』


 私は、振り返った。


 瓦礫の隙間から、さっき震えながら買ったばかりの、マネキーヌの変な顔が覗いていた。


 ……マネキーヌが無事だったことだけは奇跡だった。


「……」


 私はぎゅっと目を閉じた。


「……修復お願いします」


 スマホをぬいぐるみにかざす。


 パステルブルーの光に包まれ、マネキーヌが光の粒子となって消滅した。


 直後、アパートが激しい光に包まれ──ミリ単位の狂いもなく、元の四畳半へと完全復旧した。


【現在残高:220ポイント】


 静まり返る部屋。


 蛍子が、珍しく、誕生日用のBIRTHDAYと派手に装飾された金ピカのサングラスを外して少し落ち込んでいた。


「サキっち。……まじでごめんなさい」


「……」


「でも、誕生日ってさ、値段じゃなくて気持ちだから。ヨルっちなら、きっと喜んでくれる」


「……そうだね」


 私は小さくため息をつき、笑った。


「えっ?怒らないの?」


「時間がない、もう一回、買いに行こう」


 私たちは大急ぎでショッピングモールへ引き返した。


 残り220ポイント。


 もう高級なものは買えない。


 店内を必死に探し回り、最後に見つけたのは、小さな猫人形のついたデフォルメストラップだった。


 お値段、220ポイント。


「これなら、ヨルっぽいかな」


 私は端末をかざした。


 決済完了。


 残高は完全なるゼロになった。


 アパートへの帰り道。


 夕焼けに染まる坂道で、私たちは制服姿のヨルとバッタリ遭遇した。


「あれ? サキちゃん? 蛍子ちゃん?」


 私は少し照れくさくて、小さな袋をヨルに差し出した。


「……ごめん。本当はもっといい物買ったんだけど、いろいろあってこれしか買えなくなった。誕生日おめでとう」


 ヨルは驚いてねこ耳をピンと立て、袋を開けた。


 中から出てきた猫ストラップを、しばらくじっと見つめている。


 そして、心から優しく微笑んだ。


「ありがとうございます……!」


 ポロッと、ヨルの目から大きな涙がこぼれ落ちた。


「実は……私、誕生日をこうして誰かに祝ってもらうの、初めてなんです」


 私と蛍子は、その言葉に一瞬だけ固まった。


「いつも一人で、静かに過ごしていたので……。私のためにプレゼントを選んでくれたことが、本当に、本当に嬉しいです。大切にします」


 ヨルはストラップを胸にギュッと抱きしめた。


 少しだけ、胸が温かくなるような感動的な空気。


 しかし。


 ヨルが不思議そうに首を傾げた。


「あれ? でも、私の誕生日……来月ですよ?」


 長い、静寂。


「…………え?」


「あ。来月か」


 蛍子がポンと手を叩いた。


「めんごめんご★」


「マジで時間とポイント返してくれぇぇぇぇぇぇ!!!!(ガチ絶望)」


「サキっちの誕生日に返すから許して〜!」


「絶対に元金の1000ポイント返してよね…」


「ふふっ。じゃあ、来月もまたお祝いしてくださいね」


 ヨルがクスクスと笑う。


「もちろん! また盛大に爆発させるぜ!」


「えっ!?ば、爆発??」


「いや!爆発は、まじでやめて!!」


 私たちは笑いながら、夕焼けの帰り道を歩いた。


 *


 誕生日は間違えた。


 ポイントも全部なくなった。


 それでも、ヨルが本当に嬉しそうに笑ってくれたから。


「……まぁ。悪くない一日だったわね」


 私が小さく呟いた、その時だった。


「あ、そう言えば、代引きで誕生日ケーキ頼んだの忘れてた」


 蛍子がスン……と真顔になってスマホを取り出した。


「サキっち……すまん。誕生日だからさ、100ポイント貸して」


「は!? 誕生日ケーキ!? ポイントなんか無いわよ! それにもう誕生日でもなんでも無い普通のケーキじゃん!!」


「ケーキに……罪はない」


「罪があるのはアンタでしょ!!!!!」


ピロロン♪


【MISSION COMPLETE】


・誕生日サプライズ:実施

・アパート修復:完了

・ヨルの笑顔:獲得


【未来生存率:4%】

【現在残高:0ポイント】

【評価:A】

【評価コメント:

プレゼントの値段より、祝う気持ちが高評価でした★

ただし、来月の誕生日を今月祝うのはおすすめしません★】


「……地獄かよ」


 エリア0012の空では、今日も巨大な監視の目が、誕生日でもなんでもないケーキの到着を待つ私たちの四畳半を、どこまでも呑気に見下ろしていた。


(第12話・完)

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