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第11話:朝顔観察でもポイントが足りない

【未来生存率:4%】

【現在残高:20ポイント】


「だる…」


 5時間目の理科室。


 私は自分の机に突っ伏して、死んだ魚の目で呟いていた。


 10円ガムの泥沼ガチャで破産した傷は癒えていない。


 私の残高は、瀕死の20ポイント。


 そこに、先生の呑気な声が響く。


「えー、今日から班ごとにネオ朝顔の観察をしまーす。大変希少な植物種なので大事にね」


「サキっち、ネオ朝顔って天ぷらにできるかな? じゃなきゃ育てる意味なくない?」


「毒とかあるんじゃない。知らないけど」


 なぜ高校にもなって朝顔を育てなければならないのか。


 この時代の教育概念は本当によく分からなかった。


「では、解散」


 *


 放課後。


 ベランダのプランターの前。


 蛍子とヨルで、ネオ朝顔をチープなプラスチックのプランターに植え終えたところだ。


 私はじょうろを手にため息をついた。


「ハァ……。ポい活(善行)にもならない水やりなんて、虚無すぎる」


「まあまあ、きれいなお花が咲くはずですよ〜」


 ヨルがスコップや肥料を片付けながら言った。


「サキっち、そんな効率の悪いじょうろは捨てるんだよ!」


 蛍子は、どこからかパステルピンクの怪しい機械を取り出した。


 無数のノズルと、主電源コードがついた物々しい兵器。


「宇宙最新型・超成長水やり機〜★」


「待ちなさい。それ、何?」


「よく育つだけだよ★」


「嫌な予感しか、しません……」


 ヨルがねこ耳をペタンと寝かせて後ずさりする。


「大丈夫だって! ほれ、ポチっとな★」


 蛍子が主電源のコンセントを壁にぶち込み、ボタンを押した。

 ピッ。


 プシュー、と一瞬だけ霧が吹き出た。


 それで終わり。


「なーんだ。何も起きないじゃ──」


 ──翌朝。


 登校した私は、校門の前で硬直した。


「……あれ?」


 学校が無い。


 正確には、校舎が見えない。


 今回は一面の緑だった。


 見上げるほどの巨大なツル。ビル並みの葉っぱ。


 学校が、完全に謎の熱帯雨林に呑み込まれていた。


「学校どこ?」


「サキちゃん、おはよ…え??これ、学校ですよね?」


 登校してきたヨルも立ち止まった。


ピコピーン♪


『 植物成長率、約190万倍を検知したよサキちゃん★』


 首元のJIMIがクソ軽快に告げた。


「どういうことよJIMI!!」


『原因はベランダの宇宙水やり機だよ★ 目標地点までの体感距離は100キロメートルだね♪』


「学校で100キロのジャングルとか意味分かんないんだけど!」


 私が頭を抱えていると、横で蛍子が「ふっふっふ」と胸を張ってどこからともなく登場した。


「いやー、育った育った。朝顔って夜の間に育つっていうじゃん?」


「限度を190万倍くらい超えてるでしょうがァァァ!!」


「これだけ緑があれば、未来生存率が爆上がりするかもしれないよ?空気きれいになるしね。」


「上がってないわよ! 現在4%って出てるわ!」


「まぁまぁ〜サキっち、これはさ、大冒険のニオイがするよ! はいこれ!」


 蛍子がライト付きの黄色いヘルメットを3人分取り出し、私の頭にカポッと被せてきた。蛍子とヨルはすでに被って準備万端だ。


「なんか、かっこいいですね!!冒険!!」


「学校ジャングル探検隊結成だー!! 全軍突撃!」


 なんかもう、ツッコむ気力もなかったので蛍子達の勢いに同意することにした。


「うーん、もうどうにでもなれ!」


 私たちはヘルメットの紐を締め、未知の領域へと足を踏み入れた。


 景色は完全に狂っていた。


 校門は巨大な木の根にバキバキに呑まれている。


 見上げる校庭は、完全に鬱蒼とした原始の森。


 昇降口は真っ暗な洞窟と化し、靴箱はそびえ立つ断崖絶壁だった。


 はるか上空、巨大な葉っぱの隙間に、辛うじて校舎の窓がチラリと見えている。


「インディみたいな大冒険の予感しかないよね!!」


「たぶん死ぬよ。インディ的なの来たら……」


「外見はジャングルですが、なんだか少しだけワクワクしますね!」


 ガサササササササササッッッ!!!


 一歩進んだ瞬間、頭上の巨木から脳に悪い音が響いた。


 降ってきたのは、禍々しい赤い斑点がついた、軽自動車サイズの巨大ムカデ。


 害虫バグだ。


 牙を剥き、蛍子とヨルめがけて一直線に落下してくる。


「ひえええええええええ!!(硬直)」


「お、おっきいトゲトゲ!インディきたな!!」


「危ないっ!! 2人とも伏せて!!」


 私は叫び、2人の体を強引に突き飛ばした。


 同時に、自分も横へと飛び退く──!


 ──ズザザザザザッ!!!


「痛っ……!」


 直撃は避けた。だが、勢い余ってトゲのついたツルの茂みに突っ込んでしまう。


 太ももと膝を派手に擦りむいた。

 

 ブレザーが破れ、ワイシャツに赤みが広がる。


 痛みより先に破れたブレザーっていくらだっけ…とか頭をよぎる。


「サキちゃん!!」


「サキっち!?」


「あ…傷は大丈夫…」


「許しません……! サキちゃんを傷つける虫なんて、空間ごと消え失せろぉぉぉお!!!(白目白濁)」


 ヨルの精神メーターが恐怖と怒りで限界突破した。


 お札ピアスから黒い火花が散る。


 6本の尻尾がバサァッと花開いた。


 ドゴォォォォォン!!!!!


 ヨルのヤケクソなサイコキネシスが炸裂した。


 巨大ムカデは一瞬で粉砕され、遥か彼方へと吹き飛んでいった。


「サキちゃん、お怪我が……! すぐに保健室へ行きましょう!」


 ヨルが半泣きで私を抱き起こす。


「いや、ただの擦り傷よ。このくらい平気平気、歩けるし」


「ダメです! 破傷風とかバグ菌とか入ったら大変ですよ!」


「任せろ!! 探検セットの方位磁石があるから!」


「気づくの遅くない? てか救急セットを入れといてよ……」


「めんごめんご! さあ、保健室はこっち!!」


 蛍子がサングラスを光らせ、野生の勘で植物の隙間の近道を見つけ出した。


 ヨルはシャツの裾をやぶき私の腕の傷に巻き付けてくれた。


「ヨルぴー、サキっちを担いで! 突撃だぁー!」


「はいっっ!!」


 ──ドスン。


 数時間後。


 私たちは強引に保健室へと滑り込んだ。


 だが、そこも植物だらけの魔境だった。


「サキちゃん、動かないでください」


 ヨルが救急箱から消毒液と包帯を取り出し、私の脚に巻き付ける。隣で蛍子がおやつのポテトを私の口に突っ込んできた。


 治療が一段落すると、蛍子が棚から巨大な物体を引きずり出した。


「ねえねえ! このおっきい注射器で水鉄砲しよ!」


「戻しなさい」


 巨大注射器に跨る蛍子の脳天にチョップをブチ込む。


「これを見てください、この畳一枚ぶんの巨大絆創膏……少しだけ、かわいいです」


「ヨルまでボケるな! 貼ったら窒息するわ!」


「じゃあ、この布団サイズの巨大湿布は?」


「重すぎて腰が砕ける!」


「このライトセーバーみたいな巨大体温計は?」


「振り回すな危ない!!」


「というか、なんか植物以外も大きくなってない?」


「確かに。校舎自体も大きくなっている気がします」


「マジでどうなってるのよ……」


 JIMIも圏外で黙り続けている。


「早く水やり機を止めないと、世界がジャングル化するわ。進むわよ」


「ラジャー! イエスボス!」


 数時間歩き回り、


 気づけば、周囲はすっかり暗くなっていた。


 私たちは校舎の中に侵食した巨大なネオ朝顔の葉っぱの下で、野営(キャンプ)をすることになった。


 パチパチと、蛍子が起こした焚き火が爆ぜる。


 蛍子の冒険バッグから取り出した、非常食(チリコンカン&クラッカー)を開けた。


「……学校でキャンプする日が来るとは思わなかったわ」


 星空(天井)を見上げながら、私は呟いた。


「少し、楽しいです」


 ヨルが優しく微笑む。


「なーんだ、サキっちも気に入った? じゃあ明日もまた来よう★」


「元凶が言うな。でも……怪我の処理はありがと。助かったわ」


 私が小さく呟くと、2人は嬉しそうに顔を見合わせた。


「あ、これ。保健室の先生の机にあったわかめスープとカントリーマーム」


 蛍子がポケットからお菓子を取り出した。


「お、カントリーマームは有能」


 お菓子を3人で分け合う。


「キャンプだとなんでも美味しいね〜。学校でお菓子食べるのも特別だしさ」


 蛍子が嬉しそうにカントリーマームを齧る。


「……まぁ。それはそうかもね」


 私は小さく笑った。


 無駄な時間。完全な遠回り。


 だけど、この時間は悪くなかった。


 ──翌朝。


 2日目の行程は、文字通りの大冒険だった。


 まずは「図書室の遺跡」。


 ツタに埋もれた本棚の間を、ツタをかき分けながら進む。


 続いて「音楽室の怪異」。


 風に揺れた巨大なピアノが、誰もいないのにガゴーンと勝手に鳴り響く。私たちは悲鳴を上げて走り抜けた。


 さらに「体育館の洞窟探検」。


 体育館は巨大な鍾乳洞のようだった。バレーボールサイズの発光胞子がふわふわと浮かんでいる。


 そして、2日目も結局、水やり機は見つからなかった。


 私たちは再び巨大な葉の下で野営し、翌朝「校舎の階段登山口」へとたどり着いた。


 植物のツルが巻き付いた階段は、垂直の崖だった。私たちはヘルメットを抑え、一段ずつ必死に登っていく。


 頂上は謎の霧で霞んで見える。


「これがリアル登山か。ツラミ。」


「これ、本当に学校よね?」


「多分……。あ、あそこのツルの向こう、3階のベランダに出られます!」


 私たちはついに3日目の昼、植物の塊の頂点にたどりついた。


 やっと空が見えた。


 と、思った瞬間だった。


「って、なによこれ!!」


 そこにそびえ立つ、ラスボス──クソ巨大なネオ朝顔。


 大輪の花は妖しくパステルピンクに脈打ち、完全に食虫植物化していた。


 私たちが近づくと、ウネウネとしたツルが襲いかかり、大きな花びらがガバガバと開閉して威嚇してくる。


 その凶悪な花の中心に、目的の宇宙水やり機ががっちりと挟まっていた。


「大きく育ちましたね……。しかも、なんか怒ってませんか?」


「おおお。天ぷらにするには育ちすぎ。こんだけ大きいならツタを登れば宇宙に帰れるかも。あ、何だっけ?ジャックの豆何とか、、豆、、枝豆?何だっけ?」


「これは豆の木じゃなくて、食人植中物でしょうね。」


「いや!そんなことより、蛍子。これの止め方は?」


「知らない★」


「でしょうね!!!!!(ガチギレ)」


 私たちは金属バットで叩いたり、めちゃくちゃにボタンを押したりしたが、頑丈な宇宙兵器はビクともしない。


 朝顔のツルが激しくのたうち回り、私たちのヘルメットを狙って襲ってくる。


「なんなのよ、この頑丈な兵器は!」


「あの、なんかあそこから、すっごく長い黒いコードが伸びてますが……これ抜けばいいんじゃ?」


 ヨルが指さす先、凶暴なツルの隙間に、一本の極太な主電源コードがコンセントに繋がっているのが見えた。


「あ、そうだった。コード式だから激安だったんだこれ。抜けば止まりますね。ハイ」


「最初に言ええええええええ!!!」


「コードレス高かったんだよ〜」


「コードレスだったら終わってたわね」


 私は突進した。


 襲いかかるツルを間一髪でかいくぐり、絡み合う根っこを引っこ抜き、壁のコンセントからコードを思い切り引き抜いた。


 ブツンッ。


 シュウウウウウウウウ……。


 ーーーー!!


 一瞬だった。


 巨大植物たちが、映画の逆再生のように縮んでいく。


 ドスン。


 気づけば、私たちは元の教室のベランダの、普通のプランターの前に立っていた。


 朝顔は、完全なる普通サイズ。


 紫色の綺麗な花が咲いていた。


「も、戻った!?」


「お、サキさんたちの班のネオ朝顔、よく育ちましたね!」


 通りかかった理科の先生が、満足そうに頷いた。


「先生、評価5ください!」


「もちろんです」


「そういう話じゃないでしょうが!」


ピロロン♪


【MISSION COMPLETE】


・学校ジャングル化:解除

・学校復旧率:100%


【未来生存率:4%】

【現在残高:1,020ポイント】

【評価:A-】

【評価コメント】

エリア0012のCO2濃度を約1年分改善しました。

ただし学校を熱帯雨林にする必要はありませんでした★


「1020ポイント!?!?(前回の残高込み)」


 蛍子が画面を凝視して叫んだ。


「サキっち!!よし!! 天ぷら食べ放題行こう!! 今日は私のおごりってことで!!」


「私のポイントでしょうが!!」


「私達のポイント!!」


「わぁ……天ぷら……! フルーツポンチの天ぷらもありますかね……」


「ヨルまでノるなぁぁぁ!!!」


 私たちは並んで、夕暮れの校舎を見上げた。


 私は小さく息を吐く。


「次ネオヒマワリでも育てる?」


「育てない」


「えーー!無限ひまわりの種で、ハム愛好家相手にボロ儲けできると思うんだけどなー?」


 校舎のベランダでは、小さなネオ朝顔が風に揺れていた。


「……地獄かよ」


 エリア0012の空では、今日も巨大な監視の目が、私たちのバグった日常をどこまでも呑気に見下ろしていた。

(第11話・完)


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