第10話:当たりが出てもポイントが足りない
【未来生存率:4%】
【現在残高:52ポイント】
「火曜日、学校帰り、残高52ポイント。……平穏に帰らせてよ、お願いだから」
そんな私のささやかな願いは、いつも通り、横を歩く居候宇宙人の一言によって粉々に粉砕されることになる。
「ねぇねぇサキっち、ヨルぴー! あそこの角に新しくできた『レトロコンビニ』行こうよ!」
カバンをぶん回しながら、蛍子がいつもの調子で提案してきた。
「は? レトロコンビニ?」
「えっまさかご存知でない!?最近OPENしたレトロコンビニ通称駄菓子だよ!」
「またそんな無駄遣いスポットが……」
「あの、駄菓子屋さんって、私、一度行ってみたかったんです……!」
隣でヨルがねこ耳をピコピコと輝かせておねだりしてくる。
そんな顔をされたら、残高瀕死の私だって拒否できるわけがない。
「……まぁ、ちょっと覗くだけならね」
「レッツ!レトコン!」
そうして足を踏み入れたのは、まるで昭和の時代にタイムスリップしたかのような、古めかしいプレハブ仕様の店舗だった。
棚にはうまい棒、ガリガリ君、きなこ棒、コーラガム、ブタメン。
壁には怪しいクジやトレーディングカードがズラリと吊るされている。
店員は生気のないオバア型のアンドロイドで、私たちが中に入ると、
「いらっしゃいませ。」
とだけ、平坦な電子音声で頭を下げた。
「うおお!!駄菓子屋って圧倒的に無敵になった気持ちになるよね! 普段抑圧された欲を爆発させるにはもってこいだよ、サキちゃん!」
蛍子がすでにカゴいっぱいにジャンクフードを放り込みながら鼻息を荒くしている。
「……ゴクリ。言わんとしていることはわかるわ」
「少しのお金で幸せになれますね!」
ヨルも目を輝かせて棚を凝視している。
「ていうか、この駄菓子の『ポテトフライ』がさ、マックのポテトとはまた違ってうまいいい!! これがたったの0.4ポイントとか、価格設定がバグってるよ! 発明した人は、その瞬間に世界の幸福度を爆発的にブチ上げたことに気づいたほうがいい!」
バリバリとスナックを貪り始めた蛍子に、私は苦笑いした。
「お、おう。私はソーダとカリカリ梅でいいわ」
「は!? サキっち甘いな! ほら、これ食べてみてよ!」
蛍子に強引に口へ突っ込まれたスナックを噛み締める。
「……う……これは……!? この、油っぽさが最高にうまっ!」
そんな風にふざけ合いながら買い物を終え、私たちは店を出ようと自動ドアへ向かった。
タタッ。
……開かない。
「え?」
「おばちゃん、閉店時間?」
蛍子が振り返るが、アンドロイドの店員は、
「いらっしゃいませ。」
と虚空を見つめて呟くだけ。
ドアを手でこじ開けようとしても、窓を叩いても、まるでシェルターのようにビクともしない。
『ピコ……ピピ……警告★ 空間閉塞を検知したよサキちゃん♪ この空間はあらゆる外界から物理的・電子的に遮断されてまーす★ 私も外部情報にアクセスできないから、解除方法は現時点で不明だよ♪』
スマホの画面を見れば、全デバイスが見たこともない強烈な『圏外』。
店のスピーカーから流れるチープなチンドン屋風のレトロBGMが、急に不気味なホラー音響に聞こえてきた。
「閉じ込められたってこと……!?」
それから私たちは、ドアを蹴ってみたり、思いっきり叩いてみたり、天井裏を見たり、JIMIにハッキングを試みたり、蛍子が自販機をどかそうとしたが全く持って脱出できそうになかった。
「ここまで厳重に閉塞されているとなると、なにか条件がある?」
「そうですね…条件…」
焦る私達を余所に、あごに手を当てて棚を見回していた蛍子が、ポンと手を叩いた。
「わかった!!」
「何がよ! 脱出方法!?」
「駄菓子屋ってさ! 必ず『当たり』があるじゃん! つまり、当たりを引けばこのドアが開くんだよ!」
「いやいや、そんなゲームみたいな不条理なバグが……」
私は言いかけて、自分の首元のクソAI(JIMI)を見た。ここはエリア0012。
あり得る。
大いにあり得る。
「……ハァ。他に方法も無いし、やるしかないか」
蛍子が店のど真ん中で仁王立ちになり、声を張り上げた。
「第一回!! 当たりが出るまで帰れまテン★」
「わ〜!!少し楽しそです!」
「はぁ……。私の貴重なポイントが……」
ここから、三人の「性格」が完全に剥き出しになったデスゲームが始まった。
まずは私。
「当たり付きで、一番単価が安くて、かつ在庫が最も多い商品は……これね」
私は計算し尽くした論理的な目で、レジ横の『0.1ポイントガム』の箱を指差した。
「おばちゃん、このガム、箱ごと全部ちょうだい」
「毎度あり。180個ですね。」
「180!?在庫詰みすぎじゃない?そんなに仕入れてどうする気だったのこの店!!」
「ガムは人気商品です。オススメはナイトメアコーラサワー味てです。」
オバア型のアンドロイドが無表情のまま答えた。
「人気ねえ…まあでも180個買って18ポイント……! 」
確かに少し無敵になった気がする。少し。
「じゃあそれください。」
マイドアリ〜
私は箱ごとガムを買い占めた。
「確率論的には勝てるはずだけど、これ全部めくるの…」
180個のガムを眼の前にすでにため息が出た。
一方、蛍子は完全なる欲望全開スタイルだった。
「ポテトフライ! うまい棒! ブタメン! ガリガリ君! 美味しそうなやつ全部ちょうだい!!」
ただ自分が食べたいだけのジャンクフードを、カゴから溢れるほど山積みにしては、恥から袋を開けて食べまくっていた。。
「ちょっと蛍子!! あんたただ食べたいだけでしょうが!!ちゃんと『当たり設定』のあるお菓子を選びなさいよ!!」
「大丈夫だよサキっち、このガリガリ君には私のゴーストが当たりを検知してるから!」
そしてヨルは、完全に別の世界線にいた。
「この、ねこさんクッキー……かわいい……。あ、パンダラムネも……。このウサギマシュマロも……」
当たり付きかどうかすら確認せず、パッケージが可愛い系のお菓子だけを両手で大事そうに抱え込んでいる。
「うーん…この子たちを、お店に置いていけません……!」
「ヨル、それ完全に人質を保護するタイプの買い方よ!?」
──2時間が経過した。
レトロコンビニの床は、地獄のような光景が広がっていた。
はずれ
はずれ
はずれ
はずれ……
「ねえ、なんで……?」
180個のガムをすべて消費し、包み紙の山を前にして、私は目の前が真っ暗になった。
顎はガクガク、口の中は砂糖でベタベタ。
そして何より、手元には180枚の「はずれ」の死屍累々。
「180個消費しても当たりが出なかった……なぜだ!? 普通、一箱に当たりは必ず入っているはずでしょ!? 管理局の工場、当たりを入れ忘れてんじゃないでしょうね!?」
怒りと困惑で脳がバグりそうになる。ここまで引いて、後には引けない。
ここで諦めたら18ポイントがドブに消える。
「……っ、追加投資するしかない、の……? でも、次の180個に手を出すのはさすがに泥沼過ぎる……。もし次も入ってなかったら私の家賃が、ポい活が……!」
完全に悪質なソシャゲのガチャで天井を叩く一歩手前のギャンブラーの葛藤だった。冷や汗が止まらない。
「ここでやめたら18ポイントが無駄になる。だから続けるしかない…!!」
「サキちゃん…それ……もっと無駄になってませんか?」
「う…ピックアップ出るまで引けば、勝ちだから。」
「頭ァァァァァ!!! キーーーンってなる!! 宇宙の終わりみたいな頭痛だよ!!」
私の横では、蛍子がガリガリ君をマシーンのように一気食いし、頭を抱えてのたうち回っていた。
その横には、すでにスープを飲み干したブタメンのカップが5つ積み上がっている。
「もう食えん……。さすがの宇宙胃袋も、冷気と塩分の波状攻撃は耐えられん……んで、眠い。寝たい。飽きてきた」
「こんな危機的状況で飽きるな!当たりを狙いなさいよ」
「えーそんなぁ」
そんなぁはこっちのセリフだ…
「うぅ……このパンダグミ、かわいいので噛み砕くのが可哀想で、食べられません……」
ヨルはヨルで、パンダやウサギのお菓子を前に、食べきれずに涙目で途方に暮れていた。
「あ!!当たりました!!!これ!!」
ヨルの手には、ネコちゃんモンスターのトレカが握られている。
【SSR ネコちゃんモンスター】
「違うそうじゃない!」
ヨルは、私たちとは違い、キラキラした目でそれだけを嬉しそうに眺めている。
お前は何をしにここに来たんだ。
ちなみに入口は閉ざされたままである。
泥沼の葛藤の末、私たちは完全に壊れた。
全員の脳内に、もう引き返せない狂気のアドレナリンが分泌され始めた。
「次! 次のバラ買いのガムは絶対当たる!! 当たりのフォントが見える!!」
「あと少しだけ……このクマさんグミなら、当たりが入ってる気がします……!」
狂ったパチンコ屋さながら、三人は目を血走らせてお菓子を買い足し、貪り、めくり続けた。
駄菓子の単価は安いはずなのに、チリツモの総量が財布を削っていく。
『あ、サキちゃん。残高の通知だよぉ★』
【残高:52ポイント】
↓
【残高:30ポイント】
↓
【残高:10ポイント】
「は!?ちょっと待って!!! 単価数十円の駄菓子相手に、なんでこんな破産寸前まで追い詰められてるの!!!(ガチ絶叫)」
そして、ついにその時が来た。
【現在残高:0.1ポイント】
私の残高は、完全に瀕死。
買えるのは、最後に残った0.1ポイントのガム、たったの一本だけ。
店内に、しんと静寂が広がった。蛍子もヨルも、ボロ雑巾のようになって床に転がりながら、私の手元をじっと見つめている。
「……これで、本当に最後」
震える指先で、ガムの包み紙をペリ、と直角にめくった。
パステルピンクのノイズの向こう、そこに印刷されていた文字は──
【はずれ】
「マジかよ…(どっかで見たなこの展開)」
「ああ。やっちゃった」
「やっちゃったじゃないわよ!!おかしいわ!そもそも当たり入ってんの!?もう買えないわよ…」
頭を抱えこんでいる私の横に、ネコちゃんトレカをコンプさながら集め始めていたヨルがそっと座った。
「サキちゃん、これ。最後の一粒です、どうぞ」
ヨルがそっと差し出してきたのは、レトロな『くらげさん』のイラストが描かれた、可愛らしいソーダガムだった。
「いや、ヨルが開けなよ。私はもう……空っぽ」
「私は、当たりとか関係なく、二人と一緒に駄菓子をたくさん食べられて楽しかったんです。だから、そのお礼です」
瞳孔の開いた狂気の空間の中で、ヨルの瞳だけが澄み切っていた。
「……ありがと。じゃあ、もらうよくらげさん」
くらげさんのあたりつき!と書かれたソーダ味のシュワシュワガムを私はそっとめくった。
「はい!」
ペリ。
【当たり】
「!!!」
ガコンッ!!!
その瞬間、店の自動ドアが、嘘みたいに軽快な音を立ててウィーンと左右に開いた。
天井のスピーカーから、安っぽいファンファーレが鳴り響く。
『おめでとうございます! 見事ご当選です!』
「……え。」
「ええええええええええええ!!!!!(三人シンクロの絶叫)」
本当に当たりで開いた。
「ヨル!ナイス引きだよ…最後の一粒で…」
「いええーサキちゃんの最後まで諦めない努力の結果です!」
「ほら!! やっぱ私の読み通りだよ★ 宇宙の直感を舐めるなよサキっち!」
蛍子が、口の周りをブタメンのスープまみれにした汚い顔で、床に寝そべったまま、力なくドヤ顔を決めてきた。
「いや、なんでよ!! なんで本当に当たりで開くのよ!! 新手のアトラクション型の新種詐欺じゃないのこれ!?」
私が怒髪天を突いてアンドロイドのレジへと詰め寄るが、店員は、
「ありがとうございました。」
と、いつもの平坦な声で頭を下げるだけ。
結局、この空間が何だったのか、理由は最後まで全く不明のままだった。
ピロロン♪
【MISSION COMPLETE】
・閉塞空間の正常化(あたり判定)
・駄菓子数百個の完全処理
【未来生存率:4%】
【現在残高:0ポイント】
【評価:食べ過ぎ(破産)】
【評価コメント:
もう当たりは十分に引いたので、次はハズレのない人生を送りましょう★】
*
ボロアパートに帰り着いた私たちは、文字通りボロ雑巾のように倒れ込んでいた。
全員、胃も財布も完全な大破(全損)状態だ。
蛍子がブタメンの空カップを頭に乗せながら笑う。
「ねぇサキっち。ヨルピ。駄菓子屋ってさ。やっぱ圧倒的に無敵なんだよ。」
「……どこがよ。全財産溶けたんだけど。」
「だから違うってぇ。」
「100円だけ握ってさ。」
「うまい棒にするかガムにするか。」
「当たり出るかなーってワクワクして。」
「友達と『一口ちょうだい!』って言って。」
「それが一番楽しいじゃん。」
少し間。
「今日は。」
「"当たり"しか見えなくなっちゃった。」
ヨルが苦笑する。
「途中から、お菓子じゃなくて……ずっと包み紙だけ見てましたもんね。」
「でしょ?」
「だから無敵じゃなくなっちゃった。」
「駄菓子は、ちょっと足りないくらいが一番美味しいんだよ。」
サキは呆れて笑う。
「……いや!それアンタが言う?」
「えへへ。」
私はガムを噛みすぎた顎を押さえながら、叫んだ。
「……地獄かよ」
エリア0012の空では、今日も巨大な監視の目が、10円ガムで破産した私たちのちっぽけな日常を、どこまでも呑気に見下ろしていた。
(第10話・完)




